ナザリック地下大墳墓、第九階層。
その主であるアインズ・ウール・ゴウンは、執務室の椅子に深々と体を預け、眼窩の奥の赤い光を優しく明滅させていた。
私の手元には、ここ数日で上がってきた数々の報告書、そして『嘆願書』が積まれている。
まずは、シャルティアの配下であるヴァンパイア・ブライドたちからの連名状。
『副官殿(八幡様)の業務改善のおかげで、無意味な待機時間が減り、自己研鑽や美容に充てる時間が増えました。私たちの肌艶が良くなったのは、全てアインズ様の深遠なるご配慮のおかげです。どうか、今後も定期的なご指導をお願い致します』
続いて、コキュートスが統治するリザードマンの長老たちからの羊皮紙。
『八幡殿の指導により、食料の廃棄ロスが激減し、冬越しの備蓄に余裕ができました。
彼は我らリザードマンにとって、コキュートス様に次ぐ恩人であります。
是非とも、彼を再び派遣していただきたく……』
これらを読み進めるたび、私の胸(肋骨だが)の奥から、熱いものがこみ上げてくる。
(……やった。私は、間違っていなかった!)
八幡を『労働環境改革推進・特別補佐官』に任命したのは、私の采配だ。
正直、彼が逃げ出さずにここまでやるとは思っていなかったが、結果はどうだ。
現場からは感謝の嵐。だが、何より驚くべきは守護者たち自身の劇的な変化だ。
シャルティアを見ろ。
一週間の休暇を取った彼女は、以前のような悲壮感や焦燥感が嘘のように消え失せ、内側から発光するような(吸血鬼だが)活力をみなぎらせている。
先日など、休暇中に作ったという『手刺繍のローブ』を、頬を染めながらプレゼントしてくれたのだ。
「アインズ様への愛を形にしましたわ!」と言って。
……いやぁ、嬉しかった。あんなに心のこもった贈り物は久しぶりだ。
コキュートスもそうだ。
あの武人一辺倒だった男が、自らナザリック図書館へ通い、古今の物語や戦術書を読み漁っているという。
司書長からの報告によれば、何やら一生懸命に『絵本』を描く練習までしているらしい。
「若君のために!」と鼻息も荒く。
……まだ子供もいないのに、孫の教育に熱心なおじいちゃんのようだ。
八幡は一体、どんな魔法を使ったんだ?
精神操作の魔法やスキルを使ったわけでもないだろうに、あの頑固な守護者たちの意識をここまで変革させるとは……。
しかも、休暇から戻った二人の働きぶりはどうだ。
だらけるどころか、オンとオフの切り替え(メリハリ)がついたのか、以前よりも集中力が増し、業務効率が格段に向上している。
『休むこと』が、これほどのプラス効果を生むとは……!
「くっくっく……。これぞ、私が目指していた『ナザリック、ホワイト計画』への第一歩! 私は経営者として、素晴らしい判断をしたのではないか!?」
歓喜のあまり、思わずガッツポーズを取りそうになった瞬間。
《強制鎮静》
緑色の光が私の体を包み込み、高ぶった感情を強制的に「通常」へと戻していく。
スンッ、と心が落ち着く。
「……ふぅ。いかんいかん、王たる者、常に冷静であらねば」
私は居住まいを正し、冷静な頭で次の手を考え始めた。
シャルティア、コキュートスときた。
ならば、次は誰のところへ八幡を派遣すべきか。
「順当にいけば、第六階層のアウラとマーレか? 彼らはまだ子供だ。成長期に不眠不休というのは、私の元の世界の倫理観からしても心が痛む。
八幡なら、彼らの良い『お兄ちゃん役』になれるかもしれんが……」
ふと、思考を巡らせていた私の視界に、執務室の隅で控えている一人のメイドが映った。
一般メイドの一人だ。
彼女は、私が執務をしている間、微動だにせず、直立不動で控えている。
「…………」
私は、彼女たち一般メイドの勤務シフトを思い出した。
ナザリックには41人の一般メイドがいる。
彼女たちはローテーションで私の部屋の担当(当番)を受け持つ。
確か、当番の前日は「非番(休み)」だったはずだ。
「うむ。休みはある。よしよし」
一瞬、そう納得しかけた。
だが、待てよ?
当番の日は、朝、私が起きる前から準備をし、私が寝るまで付き従い、その後片付けをして、翌日の引き継ぎをする。
実質、24時間以上の拘束労働だ。 しかも、その間はずっと立ちっぱなし、緊張しっぱなしのワンオペ業務。
(……これ、私の元の世界の『コンビニ夜勤ワンオペ』より過酷じゃないか?)
前日が休みとはいえ、その休みは翌日の24時間勤務のための「寝溜め」で消えるだろう。
プライベートな時間など、皆無に等しいのではないか。
「……ブラックだ」
私は愕然とした。
灯台下暗し。
私のすぐ側で、私に尽くしてくれる彼女たちが、最も過酷な労働環境に置かれていたとは。
しかも、彼女たちはそれを「至上の喜び」として、笑顔でこなしている。
それが余計に、私の良心(鈴木悟としての心)を抉った。
「……おい」
私は、控えているメイドに声をかけた。
「はいっ! いかがなされましたか、アインズ様!」
彼女はビクリと反応し、即座に平伏した。
その反応速度が、常時張り詰めている神経を物語っている。
「……いや、なんでもない。楽にしていてくれ」
「はっ……恐れ入ります」
彼女は再び直立不動に戻る。
これではいけない。
彼女たちを統括しているのは誰だ?
メイド長ペストーニャか?
いや、実質的な管理と、第九・第十階層全体の指揮を執っているのは……。
「……セバスか」
執事、セバス・チャン。
私の友、たっち・みーさんが創造したNPCであり、正義感に溢れる男だ。
彼は真面目だ。真面目すぎるがゆえに、「主君に尽くすことこそ正義」と考え、部下たちにも完璧な奉仕を求めている可能性がある。
彼自身もまた、休むことを知らない鉄人だ。
「……決まりだな」
私は、アルベドを呼ぶためのベルに手を伸ばした。
アウラとマーレの件も気にかかるが、まずは足元からだ。
私の生活を支えてくれているメイドたち、そして戦闘メイド『プレアデス』。
彼女たちに「人間らしい生活」と「適正なシフト」を与えることこそ、急務である。
「アルベド。……八幡を呼べ」
私は、執務室の窓(モニター)から見えるナザリックの風景を眺めながら、決意を固めた。
「次の派遣先は、執事セバス・チャンの元だ。……八幡よ、この『ブラック執事』から、メイドたちを救い出してやってくれ」
魔導王の慈悲深き(そして八幡にとっては迷惑極まりない)改革の号令が、再び下されようとしていた。
難易度表
easy シャルティア
normal コキュートス アウラ・マーレ
hard セバス
very hard デミウルゴス
Hachiman Must Die アルベド
次は来週になりそうです。
挿絵のリクエストです。
-
おまかせ
-
八幡+シャルティア
-
八幡+アルベド
-
八幡+デミウルゴス
-
八幡+コキュートス
-
八幡+アウラ
-
八幡+マーレ
-
八幡+アインズ様
-
八幡+メイド達