ナザリック地下大墳墓、第九階層。
一般メイドたちの「女子力向上計画」を軌道に乗せた俺は、次なるターゲットである戦闘メイド隊『プレアデス』の様子を伺うため、彼女たちが定期的に使用している会議室――通称「プレアデス・ルーム」の前にいた。
アインズ様の許可を得て、そっと中の様子を覗き見る。
そこには、武装を解き、紅茶と茶菓子を囲んでくつろぐ六人の姉妹の姿があった。
「……ルプ。貴女、またカルネ村で悪ふざけをしたそうですね? セバス様から報告が来ていますよ」
眼鏡をかけた長女、ユリ・アルファが溜息混じりに説教をしている。
「えー、違うっスよユリ姉(ねえ)! あれは向こうが勝手に勘違いしただけで……」
褐色の肌を持つ次女、ルプスレギナ・ベータが、悪びれもせずニシシと笑いながら言い訳をする。
「……うるさい。」
冷徹な声で二人を遮ったのは、三女のナーベラル・ガンマだ。
「……ム。ナーベ、姉に向かってうるさいとは何よ。……シズ、エントマが食べているそのお菓子、私の分まで取らないで頂戴」
五女のソリュシャン・イプシロンが、優雅に紅茶を啜りながら苦言を呈す。
「……ん。早い者勝ち」
無表情な四女、シズ・デルタが、隣の六女、エントマ・ヴァシリッサ・ゼータに菓子を与えている。
「モグモグ……これ美味しい~」
(……なるほど)
俺は扉の隙間から、その光景をじっと観察した。
彼女たちは仲が良い。
種族も性格もバラバラだが、セバス・チャンという共通の上司を持ち、ナザリックを守る同志としての結束は固い。
この「お茶会」は、彼女たちにとって唯一、鎧を脱いでリラックスできる聖域なのだろう。
だが、俺の腐った目(観察眼)は、その奥にある「歪み」も見逃さなかった。
ユリは常に妹たちの言動に気を配り、説教役(保護者)に徹している。休まっていない。
ルプスレギナは退屈そうだ。ただ駄弁るだけでは、彼女のサディスティックな欲求は満たされない。
ナーベラルはアインズ様(モモン)との冒険者活動の疲れか、どこかピリピリしている。
他の面々も、「集まること」自体が目的化しており、個人の時間を楽しめていないように見える。
(……集団での休息は足りている。足りないのは、『個』としてのガス抜きだ)
俺は意を決して、扉をノックし、中へと入った。
「――失礼します。ナザリック労働環境改革推進・特別補佐官、比企谷八幡です」
室内の空気が一変した。
リラックスムードは消え、六対の鋭い視線が俺に突き刺さる。
だが、そこにあるのは人間(下等生物)を見る目ではない。
「ナザリックの同僚」としての、値踏みするような視線だ。
「……八幡様。お話は伺っております」
ユリが立ち上がり、居住まいを正した。
「一般メイドたちへの指導、感謝いたします。……本日は、我々『プレアデス』への査察でしょうか?」
「査察だなんて堅苦しいものではありませんよ」
俺は努めて軽い口調で、しかし目は笑わずに言った。
「貴女がたのお茶会を邪魔するつもりはありません。ただ、見ていて思ったんです。……貴女がたは『プレアデス』としての顔しか持っていないのではないか、と」
「……どういう意味っスか?」
ルプスレギナが目を細める。
「週に一度、このお茶会の時間とは別に、完全に一人になれる『趣味の時間』を設けませんか? という提案です。……アインズ様の許可は得ています」
俺はテーブルに資料を広げた。
「これから一人ずつ面談を行い、それぞれの適正に合った『趣味(ストレス解消法)』を提案させていただきます。……業務命令だと思って、付き合ってください」
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1. ユリ・アルファとの面談:『教育者の休日』
まずは長女、ユリ・アルファ。
彼女は真面目な委員長タイプだ。妹たちのまとめ役、一般メイドの教育係、そして副リーダーとしての責任感でガチガチになっている。
「八幡様。ボk…私は……その、特に趣味と言えるものがありません。妹たちが問題を起こさないか見ているだけで、時間は過ぎてしまいますし……」
ユリは困ったように眼鏡の位置を直した。
「それが問題なんですよ、ユリさん。貴女は『お姉ちゃん』をやりすぎている」
俺は彼女に一冊の本を差し出した。ナザリック図書館から借りてきた、少し難解な教育論の専門書だ。
「貴女は知的好奇心が強いはずだ。妹たちの世話から離れて、静かな場所で読書に没頭する時間が必要じゃありませんか?」
「読書……ですか。確かに、嫌いではありませんが……」
「それと、これも」
俺は、帝国で買い付けた『様々なデザインの眼鏡』を並べた。
「貴女のトレードマークである眼鏡。……たまには違うフレームを楽しんでみては? 誰のためでもない、自分だけの楽しみとして」
ユリの目が輝いた。
「……! こ、これは……ふちなし眼鏡……それに、アンダーリムまで……」
彼女は頬を染め、眼鏡を手に取った。
「……分かりました。八幡様の提案、受け入れさせていただきます。……たまには、私も一人の女性として、本と眼鏡の世界に浸ることにします」
(攻略完了。……やはり教師タイプは知的なアイテムに弱い)
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2. ルプスレギナ・ベータとの面談:『盤上の支配者』
次は次女、ルプスレギナ・ベータ。
彼女は俺の向かいに座るなり、ニシシと笑った。
「で? アタシには何を提案してくれるんスか? 退屈なのはナシっスよ~」
彼女の本質はサディストだ。
他者の反応を見て楽しむ。だが、ナザリック内では勝手な殺生は許されない。
その鬱憤が溜まっている。
「ルプスレギナさん。貴女には『TRPG(テーブルトークRPG)』のゲームマスター(GM)を推奨します」
「……てぃーあーるぴーじー? 何スかそれ」
「紙とペン、そしてサイコロを使って物語を作るゲームです。GMは神となり、プレイヤーたちに試練を与え、絶望させ、あるいは希望を持たせてから叩き落とすことができる」
俺は、彼女の嗜虐心をくすぐるように説明した。
「プレイヤー役には、カルネ村の住人を誘ってみてはどうでしょう。貴女の掌の上で、彼らが右往左往する様を眺める……。物理的に傷つけず、精神的に弄ぶ。どうです? 貴女の性格にぴったりでしょう?」
ルプスレギナの瞳孔が開いた。
「……へぇ。面白そうじゃないッスか。アタシが神様になって、シナリオを支配する……」
彼女は舌なめずりをした。
「イイっスね! 八幡、アンタ話が分かるッス! その遊び、詳しく教えるッスよ!」
(……危険な遊びを教えてしまったかもしれないが、まぁ良いだろう)
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3. ナーベラル・ガンマとの面談:『漆黒の英雄譚』
三女、ナーベラル・ガンマ。
彼女は腕を組み、冷ややかな、しかし乱れのない姿勢で椅子に座っていた。
「……八幡殿。私への用件とは何でしょうか。アインズ様の御供の準備がありますので、手短にお願いいたします」
彼女の声には、人間に対する生理的な嫌悪感は抑え込まれ、あくまで「特別補佐官」に対する事務的な響きがある。
「ええ、お忙しいところ申し訳ありません。……ナーベラルさん、単刀直入にお伺いしますが、最近の『冒険者モモン』としての活動において、少々ストレスを抱えておられるのではありませんか?」
ナーベラルの眉が、わずかに動いた。
「……何が言いたいのですか」
「貴女は常にモモンさんの側にいて、その圧倒的な武勇と慈悲深さを、誰よりも近くで目撃されています。……ですが、それを共有し、語り合う相手は周囲にいない。周りにいるのは、貴女が好ましく思わない人間たちばかりです」
俺は、彼女の心情を分析して提示した。
「アインズ様の素晴らしさを叫びたいのに、隠さなければならない。……その『抑圧』こそが、貴女の精神的な負担になっているのではないかと推察します」
ナーベラルは小さく息を吐き、肯定した。
「……否定はしません。アインズ様の深淵なる御心や、美しき魔法の行使……それを理解できぬ下等な者たちと接するのは、確かに時間の無駄と感じることがあります」
「そこで、こちらを使ってみてはいかがでしょうか」
俺は、ナザリックの倉庫から見繕った、最高級の羊皮紙で綴られた分厚いノートと、装飾の施された万年筆をテーブルに置いた。
「……これは?」
「『冒険者モモン・英雄譚』の執筆用セットです」
「……英雄譚、ですか?」
「はい。単なる業務報告書では、事実しか残せません。ですが『小説』ならば……貴女が感じたアインズ様の覇気、剣を振るう際の美しい所作、敵を粉砕する際のカタルシス……それらを、貴女の言葉で自由に、情緒豊かに表現することができます」
俺は、文学青年(自称)としての熱弁を振るった。
「事実の記録ではなく、貴女のフィルターを通した『物語』として、アインズ様の偉業を後世に残すのです。……アインズ様の真の姿を最も知る貴女にしか、書けない傑作になるはずですよ」
ナーベラルの瞳に、かつてない熱と輝きが宿った。
彼女は万年筆を手に取り、その感触を確かめるように握りしめた。
「……なるほど。事実の羅列ではなく、私の言葉で、あのお方の素晴らしさを形にする……」
彼女は恍惚とした表情で呟いた。
「素晴らしい提案です、八幡殿」
「お役に立てれば光栄です。……人間との会話が億劫な時は、『今は執筆の構想を練っているのだ』と考えれば、彼らの存在もノイズ程度に感じられるかと」
「ええ……。ええ、そうですわね。素晴らしい名案です」
ナーベラルは、まるで宝物を扱うかのようにノートを抱きしめた。
「感謝します。……このノートが埋まる頃には、貴方にも読ませて差し上げましょう」
「それは……楽しみにしております」
(……アインズ様への愛が重すぎて、とんでもない長編大作になりそうだが)
こうして、ナーベラル・ガンマの「毒舌」は、創作意欲へと昇華されることとなった。
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4. シズ・デルタとの面談:『収集癖とカワイイもの』
四女、シズ・デルタ。
彼女は無言で俺を見つめている。
「……ん。用件」
「シズさん。貴女、カワイイものが好きですよね」
「……好き。でも、ナザリックには少ない」
「そこで、これです」
俺は、帝国で見つけた様々なデザインの『シール』と『ぬいぐるみ』を取り出した。
「任務を一つ達成するごとに、この台紙にシールを貼ってください。たまると、俺がアインズ様に頼んでレアなぬいぐるみを出してもらいます」
「……!」
シズの目が輝いた(ように見えた)。
「……シール。集める。……ぬいぐるみ、作る」
「あと、気に入った相手には1円シールじゃなくて、こっちの『花丸シール』を貼ってください。……1円だと、なんか安っぽく見えるんで」
シズは俺に近づき、ペタリと俺の額に花丸シールを貼った。
「……ん。八幡、カワイイの分かる。……仲間」
(……仲間認定された。まあ、悪い気はしない)
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5. ソリュシャン・イプシロンとの面談:『泥沼の人間観察』
五女、ソリュシャン・イプシロン。
彼女は妖艶に微笑んでいる。
「あら、八幡様。私には何を提案してくださいますの? 生きた人間以外で、私を満足させられるものなんて……」
「ありますよ。……『他人の不幸』と『愛憎劇』です」
俺は、記憶にある限りの「ドロドロした人間関係の物語」や「修羅場エピソード」を書き起こした小説もどきのレポートを渡した。
「人間を物理的に食べるのもいいですが、彼らの愚かさ、裏切り、嫉妬……そういった『負の感情』を物語として摂取するのはどうですか?」
ソリュシャンはレポートをパラパラとめくった。
『親友に彼氏を寝取られた話』
『遺産相続で骨肉の争いをする兄弟』……。
「……ふふ。ふふふふ。……素晴らしいですわ」
彼女の笑みが深くなった。
「人間とは、なんと愚かで、醜くて……愛おしい生き物なんでしょう。これなら、消化の手間もなく楽しめますわね」
「気に入ってもらえて何よりです。……ネタが尽きたら、俺の実体験も話しますよ」
「まあ。八幡様のその『腐った目』が作られた経緯……とても興味がありますわ。是非、詳しくお聞かせ願いたいです」
(……俺のトラウマが、彼女の娯楽になるなら本望……なのか?)
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6. エントマ・ヴァシリッサ・ゼータとの面談:『未知なる味覚の探求』
最後は六女、エントマ。
「八幡様ぁ、お腹空いた~」
彼女はテーブルの上のクッキーをつまみ食いしている。
「エントマさん。あなたにはこれを」
俺は、大量の『駄菓子』と『激辛スナック』を出した。
「人間を食べるのはナザリック内では禁止です。しかし、これらは自分の故郷のお菓子です。未知の味だと思いますよ」(料理長に頼んでおいて良かった)
「くんくん……変な匂いです~」
エントマは激辛スナックを口に入れた。
「……!! ……辛っ! 痛っ! ……でも、美味しい!」
「虫系の味覚には、こういう刺激物が合うと思いまして。……あと、このグミは食感が虫に近いらしいですよ」
「わぁ……! ムニムニしてる! 八幡様、ありがとう!」
エントマは両手にお菓子を抱えて喜んだ。
こうして、プレアデス全員との面談が終了した。
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後日。
プレアデス・ルームを再び覗くと、そこには以前とは違う光景があった。
ユリは窓際で静かに読書をし、時折新しい眼鏡をかけ直して満足げにしている。
ルプスレギナは一般メイドたちを集めてTRPGのセッションを行い、邪悪な笑みを浮かべている。
ナーベラルは一心不乱にノートにペンを走らせている。
シズは黙々とぬいぐるみを愛でている、エントマはその横で激辛スナックを齧っている。
ソリュシャンは優雅に俺のレポートを読み耽っている。
それぞれが「個」の時間を楽しみ、しかし同じ空間にいることで「姉妹」としての空気感も共有している。
完璧な『つかず離れず』の関係。
「……ふぅ。ミッションコンプリートだな」
俺が立ち去ろうとすると、背後から声をかけられた。
「……八幡様」
ユリ・アルファだ。彼女は、新しいアンダーリムの眼鏡を指で押し上げ、柔らかく微笑んだ。
「妹たちが……いえ、私も含めて、心からリラックスできています。……貴方は、不思議な方ですね。新参者でありながら、私たちの『欲』をこれほど正確に理解されるとは」
「……ただの観察の成果ですよ。それに、貴女たちが機嫌よく働いてくれた方が、俺も楽できますから」
「ふふ。……ありがとうございます、八幡『弟』」
「……は?」
今、弟って言わなかったか?
俺は聞こえないフリをして、足早にその場を去った。
だが、背中には六人の姉妹からの、確かな信頼(と、それぞれの歪んだ感情)が向けられているのを感じていた。
ナザリック労働環境改革推進・特別補佐官、比企谷八幡。
その評価は、留まることを知らず上昇を続けている――。
次はもうちょい先になりそうです!
挿絵のリクエストです。
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