執事セバス・チャンの説得を終え、俺は第六階層・巨大樹林へと足を踏み入れていた。
緑豊かな森の空気。ナザリックの中で最も息が詰まらない、精神衛生上よろしい階層だ。
次なるターゲットは、第六階層守護者である双子のダークエルフ、アウラとマーレである。
「……まずは現状把握からだな」
俺が闘技場近くの居住区画を歩いていると、三人のエルフの女性たちと出くわした。
彼女たちは、かつて人間のワーカーチームに奴隷として使役され、耳を切り落とされていたというエルフたちだ。
今はアインズ様の慈悲により耳も完全に再生し、この階層で双子のお世話係として暮らしていると聞いている。
「あ、八幡様! ごきげんよう!」
三人のエルフは俺を見るなり、揃って満面の笑みで深々と頭を下げた。
「どうも。……その、アウラとマーレの仕事ぶりというか、普段の様子を聞きたいんですが」
俺が尋ねると、彼女たちはパァッと顔を輝かせた。
「アウラ様とマーレ様ですか!? ええ、ええ! もうお二人は本当に素晴らしくて、可愛らしくて、毎日尊さに胸が張り裂けそうです!」
「特にアウラ様のお着替えをお手伝いする時の、あの嫌そうなお顔! はぁぁ……! 私、このナザリックに拾われて本当に幸せです!」
「マーレ様は私たちをなんとも思っていないんですが、そこがまた照れ隠しみたいで可愛くて……! 寝顔なんて天使そのものなんですよ!」
「…………」
俺は、三人の熱を帯びすぎた瞳を見て、スッと半歩下がった。
(……怖い怖い怖い。完全に狂信者の目だ、これ)
かつて人間から酷い虐待を受けていた反動か、ナザリックの空気に当てられたのか。
彼女たちは双子に対する『過激派のオタク』のようなテンションで語り続けている。
俺は気味悪さを感じながらも、適当に相槌を打ちつつ情報を引き出した。
「で、でも、お二人はお忙しいんでしょう?」
「そうなんです! アウラ様は魔獣の調教に加えて、トブの大森林へのダミー基地の建設作業、さらに外交任務まで……。マーレ様も階層の植物管理や魔法の実験で、お二人ともほとんど休みなく働いていらっしゃいます。私たちが『お休みになってください』と言っても、『アインズ様のために!』と聞かなくて……」
エルフの一人が、涙ぐみながらハンカチを噛んだ。
「なるほど。分かりました。……ちょっと言って聞かせてきます」
狂信エルフたちから逃れるようにして、俺は森の奥へ向かった。
「あ! 尻尾の角度が違う! もっとピシッと! そう!」
開けた広場で、鞭を片手に巨大な魔獣たちに指示を出している少女――アウラ・ベラ・フィオーラを見つけた。
「よ、アウラ。お疲れ様」
俺が声をかけると、アウラは魔獣たちに「待て」の指示を出し、こちらに駆け寄ってきた。
「あ、八幡じゃん! お疲れー!」
彼女は屈託のない笑顔を見せた。
アルベドやデミウルゴスほどではないが、アウラも極めて聡明だ。
俺が最近、守護者たちの「労働環境」を次々と改善させていることを知っており、俺に対してかなり好意的な印象を持っているらしい。
「今日はボクたちのところ? シャルティアやコキュートスを丸め込んだって噂、聞いてるよ。八幡って頭いいよねー」
「丸め込んだって人聞きの悪い。……アインズ様の御意志を伝えただけだ」
俺は苦笑しながら、持参した冷たい果実水をアウラに渡した。
「ありがと! ぷはーっ、冷たくて美味しい!」
ゴクゴクと喉を鳴らすアウラ。
その姿は、どこからどう見ても育ち盛りの子供だ。
「アウラ。魔獣の使役や、トブの大森林での建設作業……凄い仕事量だって聞いてるぞ。現場監督から外交まで、よく回してるな。本当にお疲れ様」
俺が素直に労うと、アウラは「えへへ」と鼻の下をこすった。
「当然だよ! アインズ様のご期待に応えるのが私たちの使命だからね!」
「でもな、アウラ。……子供は寝るのも仕事だぞ」
俺は、少し口調を崩して言った。
「そんなに働き詰めだと、背が伸びないぞ? 成長期に睡眠不足は致命的だ。アインズ様だって、お前たちが無理をして健康を損なうことなんて、絶対に望んでいないはずだ」
「う……背が伸びないのは、ちょっと困る、かも」
アウラが痛いところを突かれたように耳をピクンと動かした。
「だろう? 休むのはサボりじゃない。立派な大人になるための準備期間だ。……アインズ様に『立派に成長した姿』を見せたいなら、ちゃんと休め」
俺が理詰めと情を交えて説得すると、アウラは腕を組んで少し考え込んだ。
「むー……。八幡がそこまで言うなら、お休み、もらおうかな。アインズ様も心配してくれてるみたいだし」
(……よし、あっさりいったな。やはり素直な子はやりやすい)
俺が胸を撫で下ろしていると、アウラがふと、不思議そうな顔で俺を見上げてきた。
「ねえ、八幡。前から思ってたんだけどさ」
「ん?」
「八幡って、私やマーレと話す時だけ、他の守護者と話す時と口調が違わない?」
「……え?」
「アルベドやデミウルゴス、セバスとかには、すごく警戒してるっていうか、壁を作って敬語で話してるのに。ボクたちの時だけ、なんだか……その、ふにゃっとしてるっていうか。壁がないよね?」
図星だった。
俺は一瞬、言葉に詰まった。
アウラやマーレに対する俺の態度は、明らかに他の守護者達に対するものとは違っていた。
無意識のうちに、素の口調が出ている。
「……それは」
俺は視線を逸らし、頭を掻いた。
どう言い訳するか迷ったが、彼女の真っ直ぐな瞳を前に、嘘をつく気にはなれなかった。
「……俺には妹がいるんだ。小町っていう、世界一可愛くて、計算高くて、でも結局は一番身内思いの、出来のいい妹が」
俺の口から、自然と妹への愚痴ともつかない自慢がこぼれ落ちた。
「へえ、八幡ってお兄ちゃんだったんだ」
「ああ。……で、なんというか。お前らが一生懸命アインズ様のために頑張ってる姿を見てると、その……どうも、あいつと重ねちまうんだよな」
俺はため息をつきながら、無意識に、本当に無意識に。
アウラの頭にポン、と手を乗せ、軽く撫でていた。
「子供が無理して強がってるのを見ると、放っておけないというか……。お前たちを、うちの妹みたいに思っちまってるのかもしれない」
ハッと気づいて手を引っ込める。
「……悪い、気持ち悪かったよな。忘れてくれ」
だが、アウラは嫌がるどころか、ニシシと悪戯っぽい笑みを浮かべて俺を見上げていた。
「へぇー? なるほどねー。八幡、ボクたちのこと妹や弟みたいに見てたんだ? だからそんなに甘いんだー」
からかうようなその口調。
シャルティアを煽る時によく見せる、あの小悪魔的な笑みだ。
「い、いや、別に甘やかしてるわけじゃ……」
「私、いっつもマーレのお姉ちゃんでいなきゃって思ってたからさ」
アウラは、トンッと俺の腕を小突いた。
「八幡に妹扱いされるなんて変な感じだけど……でも、そういうの、アタシ的に結構ポイント高いかも!」
「……は?」
予想外の好評価に、俺は目を瞬かせた。
「だからさ、休みを取る代わりに、ちゃんとお世話してよね。……『お兄ちゃん』?」
アウラは、わざとらしく小首を傾げ、上目遣いで、とびきり可愛らしくそう言った。
完全に俺をからかって遊んでいる。
だが。
(……くっ。わかっていても、破壊力が高い……!)
「……おまっ……! その呼び方はからかいすぎだろ……!」
俺が顔を覆って抗議すると、アウラは「あはははっ! 八幡、動揺しすぎー!」と腹を抱えて笑い転げた。
だが、驚いたことに、俺自身もその「お兄ちゃん」という響きに、そこまで嫌悪感を抱いていなかった。
むしろ、このナザリックという魔境において、そんな家族ごっこのようなやり取りができることに、どこか安堵すら覚えている自分がいた。
(……まあ、からかわれてるだけなら、別にいいか)
俺が毒気を抜かれてため息をついた、その時。
俺は気づいていなかった。
遠くの茂みから、あの狂信エルフ三人が、鼻息を荒くして「アウラ様のお兄ちゃん呼び……尊い……!」とメモを取っていたことに。
――その日の午後。
ナザリック地下大墳墓の全階層に、恐るべきスピードで一つの噂が駆け巡った。
『特任補佐官の八幡様が、アウラ様を妹認定し、公式な「お兄ちゃん」になられたらしい』
俺の些細なシスコン発言とアウラのからかいが、ナザリック内で大きな話題になることを、この時の俺は知る由もなかったのである。
次はマーレになります。
再来週までには出したい。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達