アウラに「お兄ちゃん」と呼ばれ、複雑な(しかし悪くない)気分を抱えながら、俺は第六階層のさらに奥、双子の居住区画へと足を向けた。
次なる相手は、アウラの弟であり、同じく第六階層守護者を務めるマーレ・ベロ・フィオーレだ。
居住区画の一室をそっと覗き込むと、そこには山のよう積まれた植物図鑑や魔導書に囲まれ、丸くなって本を読んでいるマーレの姿があった。
少し離れたところでは、あの狂信エルフ三人が「本を読むお姿も尊い……!」とハンカチを噛み締めながら見守っていたが、とりあえず無視することにした。
「……よ、マーレ。邪魔していいか?」
「ひゃうっ! あ、は、八幡さん……!」
俺が声をかけると、マーレはビクッと肩を揺らし、慌てて本を閉じて立ち上がった。
長い金髪に、少し垂れ気味のオッドアイ。そして、その華奢な身体を包むのは、どう見ても少女用のスカートだ。
(……一応、知識としては知っている。コイツは男だ。だが……マジで女の子にしか見えん)
俺は心の中で、ナザリックの創造主(至高の御方々)の一人である、ぶくぶく茶釜様に深々と頭を下げた。
(マジで良い趣味してらっしゃる。男の娘というジャンルにこれほどの情熱を注ぐとは……まさに至高)
アウラと話している時は妹の小町を重ねてしまったが、このマーレを前にすると、俺の脳裏には元の世界にいる「ある人物」の笑顔が鮮明にフラッシュバックする。
(……ダメだ。戸塚だ。ナザリック版の戸塚彩加だ。……心が浄化されそうだ)
俺は、戸塚……いや、マーレを前にして、極力優しい、彼を怯えさせないような声を出した。
「そんなにビクビクしなくていいって。アインズ様の命令で、お前らの労働環境の確認に来ただけだ」
「あ、は、はい……。ご苦労様、です」
マーレはモジモジとしながら、俺に椅子を勧めてくれた。
「マーレは、地形操作での偽装工作とか、第六階層の植物管理をメインでやってるんだよな。アインズ様のお出かけの護衛もやってるし」
「え、えへへ……。ボ、ボクなんて、全然……。お姉ちゃんに比べたら、鈍臭いし……アインズ様の役に立ててるか、いつも不安で……」
「そんなことないだろ。お前のその広域魔法がないと、ナザリックはとっくに人間に見つかってる。十分すぎるくらい優秀だよ」
俺が素直に褒めると、マーレは顔を真っ赤にして、スカートの裾をぎゅっと握りしめた。
「あ、ありがとう、ございます……。八幡さんにそう言ってもらえると、なんだか、安心します」
マーレは上目遣いで俺を見た。
彼の目には、俺に対する確かな尊敬の念が宿っていた。
(八幡さんって、すごいなぁ。シャルティアさんやコキュートスさんの問題もすぐに解決しちゃったし……アルベドさんやデミウルゴスさんみたいに、頭が良くて優秀なんだろうな。しかも、全然威張ってなくて、ボクなんかにも優しいし……。うん、アインズ様の次にカッコイイかも……!)
俺は、そんな彼の高評価など知る由もなく、本題に入った。
「で、だ。仕事は完璧にこなしてるみたいだけど……マーレ、お前、仕事以外の時間はどうしてるんだ?」
「え? あ、えっと……」
マーレは少し視線を泳がせた後、小さな声で答えた。
「基本的には……お部屋にこもって、本を読んでるか……ダラダラしてます……。外に出るの、あんまり得意じゃなくて……」
(…………!!!)
俺の脳内に、雷が落ちた。
インドア派。
休日は部屋でダラダラ。
本を読むのが好き。
(……同志っ! ここに最高の同志がいた!!)
ナザリックの連中は、どいつもこいつも「働くこと」か「破壊すること」にしか興味がないワーカホリックばかりだ。俺のような「何もしない時間」を愛する人間にとっては、息苦しいことこの上なかった。
だが、この天使(だが男だ)は違う。俺と完全に気が合うタイプだ。
「……マーレ。お前、分かってるな」
俺は、思わず身を乗り出し、マーレの手をガシッと握った。
「ひゃわっ!? は、八幡さん?」
「休日は部屋で本を読んでダラダラする。……それこそが、至高の休日の過ごし方だ。素晴らしい。お前には労働環境の改善なんて必要ない。そのインドアな生活を極めるべきだ」
俺の熱弁に、マーレは目を丸くしていたが、やがて嬉しそうにふにゃっと笑った。
「えへへ……。八幡さんも、そういうの、好きなんですか?」
「ああ。大好きだ。なんなら一生部屋から出たくない」
俺は、マーレの部屋に積まれた本を一瞥した。
「……でも、それ、図鑑とか魔導書ばっかりじゃないか? 娯楽系の本はないのか?」
「はい……。ナザリックの図書館には、難しい本が多くて……」
「よし。なら今度、俺の部屋にある本を貸してやるよ」
俺はポンと胸を叩いた。
「俺の私物でよければ、小説とか、あと『漫画』もあるぞ。絵がついてて読みやすいやつだ」
「まんが……? 読んでみたいです! ボク、そういうの初めてで……!」
マーレのオッドアイが、キラキラと輝きを増した。
「じゃあ、後で適当に見繕って持ってくるわ。……というか、休みの日は俺の部屋に来て読んでもいいぞ。静かだし、一緒にダラダラしようぜ」
「ほ、本当ですか!? やったぁ……!」
マーレは、まるで欲しかったオモチャを買ってもらった子供のように、ぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。
(……可愛い。いや、戸塚の可愛さとはまた別ベクトルだが、破壊力が高い。俺の荒んだ心が洗われていく……)
マーレもまた、胸の中で喜びを噛み締めていた。
(八幡さん、ボクと趣味が合うんだ! ボク、八幡さんともっと色んなお話をしてみたいなぁ……! お姉ちゃんが『お兄ちゃん』って呼んでたし、ボクも……いつか呼んでみてもいいのかな……)
「じゃあ、そういうことで。……お前は今のペースで、しっかり自分の時間(インドアライフ)を確保すること。いいな?」
「はいっ! ありがとうございます、八幡さん!」
マーレの満面の笑顔(戸塚スマイルの系譜)に見送られながら、俺は第六階層を後にした。
(……よし。アウラとマーレの件はこれで完璧だ。しかも、俺の貴重なインドア友達まで確保できた)
足取りは軽い。
シャルティア、コキュートス、セバス&プレアデス、そして双子。
守護者クラスの労働環境改善は、順調に……いや、順調すぎるほどに進んでいる。
(……残るは、ナザリックの『頭脳』たちだな)
俺の脳裏に、氷のような美貌を持つ悪魔(アルベド)と、銀縁眼鏡をかけた悪魔(デミウルゴス)の顔が浮かんだ。
彼らこそが、ナザリックの社畜精神の元凶であり、最大の壁だ。
この順風満帆な改革の波に乗って、彼らの牙城を崩すことができるのか。
それとも、俺の平穏な休暇計画は、彼らの底知れぬ知略の前に散るのか。
「……胃薬、補充しとくか」
俺は、次に待ち受ける最大の試練を前に、重いため息をつきながら自室へと歩き出した。
次回も再来週くらいになりそう・・・
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達