ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、最終兵器と出会う

ナザリック地下大墳墓、第九階層。

至高の御方々の住まう領域の中心部にして、アインズ様の執務室のすぐ隣。

 

俺は今、ナザリックにおける「労働環境改革」の最終にして最大の障壁、守護者統括アルベドの執務室の前に立っていた。

 

(……シミュレーションは完璧だ)

 

俺は深く深呼吸をし、頭の中でこれまでに構築した理論を反芻した。

アルベドは、デミウルゴスと同等かそれ以上のワーカホリックだ。「アインズ様への愛」という、狂気的なまでの強迫観念で動いている。

「休め」と直球で言っても、「私が休めばアインズ様の御手を煩わせることになる」と一蹴されるのがオチだ。

 

だから俺は、彼女の「正妻(自称)としてのプライド」と「女としての美の追求」という一点を突くつもりだった。完璧な女としてアインズ様をお迎えするために、あえて美容と調整のための休暇を取るべきだ、と。

論理武装は済んでいる。いざ、決戦。

 

「――入りなさい」

 

ノックをすると、透き通るような、しかし絶対的な冷酷さを孕んだ声が響いた。

重厚な扉を開け、中へ入る。

そこでは、純白のドレスに漆黒の翼を生やした絶世の美女が、山積みの書類の山をものともせず、恐るべき処理速度でペンを走らせていた。

 

「失礼します、アルベドさん。本日は、貴女の業務状況と、今後の労働環境の……」

 

「ああ、休暇を取得しろって話でしょう?」

 

俺が持参した提案書の束を開きかけた、その時だった。

アルベドは書類から顔を上げ、優雅に羽ペンをインク壺に戻した。

 

「別に良いわよ。今ある仕事がひと段落ついたら、お休みを貰うわ」

 

「…………はい?」

 

俺の口から、間抜けな声が漏れた。

脳が、彼女の言葉の処理に数秒遅れた。

 

え? いいの?

「アインズ様のお側を離れるなんてあり得ないわ!」とか「お前ごときが私に指図するな!」とか、そういう激しい抵抗はないの?

 

「あら、そんなに呆けた顔をして。私が休むのが、そんなに不思議かしら?」

 

アルベドは、ふふっと妖艶に微笑み、組んだ指の上に顎を乗せた。

 

(……おかしい。絶対におかしい)

 

俺の『本能』が、けたたましく警鐘を鳴らし始めた。

こんなにあっさり引き下がる女ではない。必ず何か裏がある。罠か? 俺を油断させておいて、アインズ様の許可が下りた瞬間に俺の首を刎ねる気か?

 

俺が勝手に疑心暗鬼に陥り、冷や汗を流しているのを、アルベドはひどく楽しそうに――まるで、掌の上で踊る虫を観察するような目で見つめていた。

 

実は、この時の八幡は気づいていなかった。

八幡が各階層の守護者たちを「論破」し、適度な休暇と業務の効率化を推し進めた結果、末端からの無駄なトラブル報告や決裁書類が激減していたのだった。

つまり、アルベドのデスクに上がる仕事の総量自体が減っており、彼女には既に「休む余裕」が生まれていたのである。

 

だが、アルベドは、あえてその事実を口にしなかった。

理由を言わずに即諾することで、八幡に「底知れぬ不気味さ」を与え、精神的な優位(マウント)を完全に固定化したのだ。

 

「……そ、そうですか。それなら、良かったです。では、シフトの調整は……」

 

「ええ、任せるわ。……ところで、八幡」

 

俺が逃げるように退出を持とうとした瞬間、アルベドの黄金の瞳が、スッと細められた。

背筋が凍るような、純粋な『狂気』の色。

 

「私が休暇に入る前に……進めておくべき案件があるわよね? 貴方も名を連ねている、『至高の御方・捜索隊』の件よ」

 

「っ……」

 

俺は息を呑んだ。

アインズ様への異常な愛ゆえに、他の創造主(至高の存在)を密かに排除しようとする、ナザリック最凶の極秘任務。それに、俺は半ば脅される形で引き込まれていた。

 

「顔合わせを行うわ。ついてきなさい」

 

拒否権などなかった。

アルベドに連れられ、俺はナザリックのさらに深部――おそらく、通常のNPCすら立ち入りを禁じられている秘匿エリアへと足を踏み入れた。

 

薄暗い空間。

そこに、『それ』は立っていた。

 

「紹介するわ。私の妹であり、この部隊の最強の矛となる……ルベドよ」

 

「…………ッ!!」

 

声が出なかった。

視線を向けた瞬間、俺の全身の細胞が、魂そのものが「死」を錯覚して悲鳴を上げた。

アルベドやデミウルゴス、シャルティアが放つ「強者のプレッシャー」とは次元が違う。

 

なんだ、これは。

俺は妖怪だ。人間を超越した身体能力と、異形の気配を察知する感覚を持っている。

だからこそ、嫌でも分かってしまった。

 

目の前にいる存在は、ナザリックの他のNPCとは根本的に作られ方が違う。

生物としての形を保っているのが不思議なほどの、圧倒的な『質量』と『異質さ』。

ただそこに立っているだけで、空間が歪み、俺の精神がゴリゴリと削り取られていく。近づけば、物理的な攻撃を受ける前に、魂が消滅してしまうのではないかという根源的な恐怖。

 

(……ヤバいヤバいヤバい。なんだこれ。息が、できない……っ)

 

俺は、膝から崩れ落ちそうになるのを、必死に、死に物狂いで耐えた。

ここで恐怖を見せれば、この『規格外の絶望』に飲み込まれる。ただひたすらに、腐った死んだ目を維持して、立ち尽くすことしかできなかった。

 

「……あら? ルベドを前にして、狂いもせずに立っていられるなんて。さすがは妖怪、というところかしら」

 

アルベドが、少しだけ感心したような声を漏らした。

 

(……違う。腰が抜けて、動けないだけだ)

 

「Wenn es meines Gottes Wille ist!!(それが我が神の御心ならば!!)」

 

不意に、その場に全くそぐわない、芝居がかった大声が響き渡った。

空間の歪みから現れたのは、ナチス風の軍服に身を包み、のっぺらぼうの顔に三つの穴を開けた異形の者。

 

「お待たせいたしました! 守護者統括殿! そして、特任補佐官の八幡殿! このパンドラズ・アクター、馳せ参じましたぞ!」

 

バァァン!と、無駄にスタイリッシュなポーズを決める軍服の男。

ナザリックの宝物殿領域守護者にして、アインズ様ご自身が創造されたNPC、パンドラズ・アクターだ。

 

「……あー」

 

俺は、ルベドから受けていた絶対的な死の恐怖が、別の感情によって上書きされるのを感じた。

 

(……苦手だ。こいつ、マジで関わりたくないタイプだ。だけど、ある意味救われた)

 

厨二病全開。オーバーリアクション。そして無駄に流暢なドイツ語。

俺の中にある「痛々しい黒歴史」の記憶を無差別に刺激してくる存在。

ルベドが「魂を削る物理的な絶望」なら、こいつは「精神を削る社会的な気まずさ」だ。

 

「これにて、主要メンバーは揃ったわね」

 

アルベドは、ルベドの沈黙と、パンドラズ・アクターの騒がしさを前にしても、全く表情を変えずに微笑んだ。

 

「八幡。貴方には、この部隊の『外部情報の精査』と『隠蔽』を担当してもらうわ。……期待しているわよ?」

 

「……善処、します」

 

俺は、絞り出すようにそう答えるのが精一杯だった。

 

 

数時間後。

自室のベッドに、俺は泥のように倒れ込んでいた。

 

「……俺、ただ労働環境を改善して、自分も有給を取りたかっただけなんだけどな……」

 

守護者たちの改革は、見事に成功した。

彼らは適度な休息を覚え、ナザリックはより強固で効率的な組織へと進化していくはずだ。

 

だが、その代償として。

俺はアルベドに完全に精神的な首輪をつけられ、ナザリックの「最凶の爆弾」たちと深く関わることになってしまった。

 

「……胃が、痛え……」

 

俺の平穏で怠惰な休暇への道のりは、あまりにも遠く、そして絶望的なまでに険しいことを、俺の本能が冷酷に告げていた。




次は朗らかな回にしようかなと

挿絵のリクエストです。

  • おまかせ
  • 八幡+シャルティア
  • 八幡+アルベド
  • 八幡+デミウルゴス
  • 八幡+コキュートス
  • 八幡+アウラ
  • 八幡+マーレ
  • 八幡+アインズ様
  • 八幡+メイド達
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