「――八幡か。至急、十階層へ来てくれ。……お前に、少し頼みたい仕事ができた」
自室のベッドで至福のゴロゴロタイムを満喫していた俺の耳に、通信アイテム越しのアインズ様の声が響いた。
その声は、どこかウキウキしているというか、妙に上機嫌な響きを帯びている。
俺の背筋に、冷たい汗がツーッと流れた。
(……嫌な予感しかしない。上司が上機嫌で『頼みたい仕事がある』と言ってくる時ほど、ロクでもない特大の案件が飛んでくるのは、元の世界から続く社会の絶対的な真理だ)
「……かしこまりました。ただちに向かいます」
口から出たのは、社畜根性が染み付いた完璧で丁寧な返答だった。
だが、通信を切った瞬間、俺はベッドの上で頭を抱え、声にならない叫びを上げた。
(嫌だ! いきたくない! 休みたい! なんで俺の有給はいつも直前で消滅するんだよ! 上司の無茶振りに『NO』と言える人間……いや、妖怪になりたいっ!!)
心の中でどれだけ暴れても、絶対支配者からの呼び出しを無視する権利など、俺にはない。妖怪としての強靭な肉体も、染み付いた小市民のメンタルには勝てなかった。
俺は重い足取りで自室を出て、第十階層の執務室へと向かった。
「おお、来たか八幡。よくやってくれたな」
執務室に入るなり、アインズ様は骸骨の顔でありながら、はっきりと満面の笑み(のようなオーラ)を浮かべて俺を迎えた。
「守護者たちの労働環境は見事に改善されつつある。お前のその手腕、見事としか言いようがない。本当にご苦労だった」
「もったいないお言葉です。全ては、アインズ様の御威光あってのことですから」
俺は心にもない(少しはあるが)お世辞を並べ、深々と頭を下げた。
「ふむ。それでだ、八幡。お前にはこれまでの功績に対する、特別な報酬を与えたいと思うのだが……」
キタ。ついにこの瞬間が。
俺の心臓が高鳴る。金はいらん。権力もいらん。ただ、平穏な休息をくれ。
「デミウルゴスが主導する『聖王国』への作戦だが……本格的に動き出すまでに、まだ二、三週間ほどの時間がある。それまでの間、お前には特別な『有給休暇』を与えよう」
「……っ!!」
俺は、思わずガッツポーズをしそうになるのを必死に堪えた。
二、三週間の完全オフ! ナザリックに来てから、ずっと気を張っていた俺にとって、それは砂漠で見つけたオアシスにも等しい。
「ありがとうございます、アインズ様! この御恩は一生忘れません!」
「うむ、ゆっくり休むといい。……ただ、少しだけ、休みに入る前に頼みたいことがあるのだ」
(……出たよ。休む前の『ついでのお願い』)
俺が内心で身構えていると、アインズ様は少し苦笑するような気配を見せた。
「いや、私からというより、コキュートスとシャルティアから正式な陳情が上がってきていてな」
「陳情、ですか?」
「うむ。お前が以前、無駄な巡回業務を減らしたり、複式簿記を導入してくれただろう? そのおかげで彼ら自身の働き方は劇的に改善されたわけだが……現場の者たちが、お前の手腕にすっかり感銘を受けたようでな」
アインズ様は、手元の報告書を見ながら続ける。
「シャルティア配下のヴァンパイア・ブライドたちや、コキュートス配下のリザードマンたちから『ぜひ、あの素晴らしい補佐官殿にもう一度お越しいただき、さらに業務を改善できるところがないかご指導いただきたい』と、熱烈なラブコールが来ているのだ」
(……マジかよ。コンサルタントとしての俺の評価、上がりすぎじゃないか?)
俺は内心で渋い顔をした。自分が楽をするために環境を整えて適当に丸め込んだだけなのに、完全に「カリスマ業務改革コンサルタント」として扱われている。
「そういうわけだ。彼らも熱望しているし、簡単な視察と意見交換だけで構わない。休みに入る前に、少しだけ顔を出してやってくれないか?」
俺は、ホッと胸を撫で下ろした。
(なんだ、そんなことか)
「承知いたしました。先方からのご指名とあれば、無碍にはできませんね。彼らも真面目ですから、やりすぎないように調整してきます。休暇に入る前に、サクッと終わらせておきましょう」
新たな大型プロジェクトを押し付けられるのかとビクビクしていたが、単なる事後評価(フォローアップ)のヒアリングなら大した手間ではない。
これを終わらせれば、俺の輝かしい三週間のロングバケーションが待っているのだから。
「うむ、頼んだぞ。……ああ、それと」
アインズ様が、ふと何かを思い出したように、極めて軽い調子で言った。
「その三週間の休みが終わったあとのことだが……お前に頼みたい『仕事』があってな。私が聖王国に行っている間の留守を任せようと思う」
「……はい?」
俺の思考が、一瞬停止した。
「聖王国の作戦では、デミウルゴスも裏の仕事で頻繁にナザリックを空けることになる。だから、その間はお前とアルベドの二人で協力して、ナザリックの内政を回してほしい。……そして、もう一つ」
アインズ様は、俺を心底信頼しきったような、温かいオーラを放ちながら告げた。
「お前には、魔導国の属国となった『バハルス帝国』の管理も一任する。皇帝ジルクニフ殿のメンタルケアや、フールーダの監視もな。お前のその目と人間観察眼なら、彼らの疑心暗鬼も上手くいなせるだろう? 泥臭い戦場には連れて行かず、涼しい執務室での高等業務だ。お前なら完璧にこなしてくれると期待しているぞ」
「…………ッッッ」
俺は、声にならない悲鳴を魂で上げた。
(『アルベドと二人きりで内政』!? あの愛の重機みたいな女と!? しかも、あの皇帝ジルクニフと、フールーダの相手まで俺一人でやれって!?)
それは、聖王国の戦場のど真ん中に放り出されるよりも遥かに恐ろしい、精神をゴリゴリに削られる「地獄のワンオペ留守番」だった。
先ほどまで輝いて見えていた『三週間のロングバケーション』が、ただの『死刑執行前の最後の晩餐』にすぎなかったことに、俺は気づいてしまったのだ。
「……は、はい。ご期待に沿えるよう、善処いたします……」
俺は、もはや口から魂(妖怪の妖気)を吐き出しそうになりながら、ただただ床に平伏することしかできなかった。
アインズ様の「良かれと思って」の采配が、これほどまでに凶器となるとは。
俺の平穏な生活は、まだまだ遠い彼方にあるらしい。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達