ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、飯を食う

リ・エスティーゼ王国の王都。

その立ち並ぶ石造りの建物の中に、知る人ぞ知る名店『金麦亭』はある。

下層区に近い立地ながらも、提供される料理の美味さと手頃な価格から、平民から貴族の使い走り、腕利きの冒険者までが足繁く通う王都屈指の人気食堂だ。

 

俺は今、その店のカウンター席の隅に陣取り、メニュー表と真剣な顔で睨み合っていた。

 

(……さて。俺の腹は今、何を求めている?)

 

ナザリックの高級フレンチのような気取った料理ではない。もっとガツンとくる、胃袋に直接語りかけてくるような現地の味が食べたいのだ。

 

「すいません、この『王都風・厚切りオーク肉のガーリックステーキ』と、『牛スジの赤ワイン煮込み』。それと黒パンを」

 

「あいよっ! 兄ちゃん、細いのにけっこう食うね!」

 

気風の良い店員に注文を済ませ、俺は認識阻害のローブのフードを少しだけ下ろした。

待つこと十数分。

ジュージューと暴力的な音と、食欲をそそるニンニクの香りを漂わせた鉄板が、俺の目の前にドンと置かれた。

 

(……おおっ。これだよ、これ)

 

肉厚なオーク肉の上で、焦げたガーリックソースが踊っている。隣には、トロトロになるまで煮込まれた濃厚なシチュー。

 

俺はフォークとナイフを手に取り、静かに、しかし確かな情熱を持って肉を切り分けた。

スッ……。

 

(俺の身体能力は、ナイフを皿に一切触れさせることなく、完璧な断面で肉を切断することを可能にする。スキルの無駄遣いだが、美しい所作で飯を食うのは孤独のグルメの基本だ)

 

まずは一口。

 

「…………っ!」

 

俺は、思わず目を閉じた。

美味い。オーク肉の野性味あふれる旨味が、強烈なニンニクの風味と共にガツンと脳天を直撃する。ナザリックの洗練された味とは真逆の、泥臭くて力強い「生きてる」って感じの味がする。

 

(焦るな。次はシチューだ)

 

熱々のシチューに黒パンを浸し、口に運ぶ。

 

(……うおォン。牛スジが口の中でとろける。ワインのコクが深い。このシチューを吸ったパン、無限に食えるぞ)

 

俺が完全に己の世界(孤独のグルメモード)に入り込み、至福の時を噛み締めていた、その時だった。

 

カランコロン、と酒場のドアベルが鳴り、店内がわずかにざわついた。

入ってきたのは、女性だけのパーティー。

豪奢な鎧に身を包んだ貴族然とした金髪の美少女を先頭に、赤い仮面の小柄なローブ姿、忍び装束の双子、そして筋肉質な大女。

 

資料で見たので知ってる、最高位の冒険者チーム、アダマンタイト級『青の薔薇』だ。

 

「あら、今日は結構混んでいるわね。空いている席はあるかしら?」

 

リーダーである金髪の少女――ラキュースが、優雅で気品のある声で店員に尋ねる。表向きは完璧に『立派な貴族の令嬢』であり『頼れるリーダー』を演じ切っているようだ。

 

彼女たちは、俺から少し離れたテーブル席に案内された。

 

(おっと、青の薔薇か。面倒事には巻き込まれたくない。俺はただの背景、ただの石ころ……)

 

俺は一切視線を向けず、無音で肉を切り、咀嚼を続けた。

 

《無音歩行(サイレントウォーク)》の応用で、食事中の咀嚼音、食器の触れる音、果ては呼吸音までを完全に周囲の雑音に溶け込ませる。

 

だが。

俺は気づいていなかった。俺のその『完璧すぎる隠密行動』が、逆にその道のプロたちのセンサーをビンビンに刺激してしまっていることに。

 

青の薔薇のテーブルでは、注文を終えた直後、忍び装束の双子――ティアとティナが、不自然なほどこわばった顔で、ヒソヒソと仮面の少女(イビルアイ)に耳打ちをしていた。

 

「……ねえ、イビルアイ。あそこ、カウンターの隅にいる男」

 

「絶対に、見ないでね。視線を向けただけで狩られそうな気がするから」

 

ティアとティナの額には、冷たい汗が浮かんでいた。

 

「あァ? なんだ、ただの地味な男じゃないか。ローブで顔を隠してはいるが……」

 

イビルアイが訝しげに視線を向けようとするのを、双子が必死に止める。

 

「違うの。私たちには分かる。あの男……『気配』が全くない」

 

「息遣い、重心の移動、筋肉の弛緩。全てが異常。あんなに無防備に食事をしているように見えて、全方位に対して一ミリの隙もない。……もしあの男がその気になれば、この店にいる全員、一瞬で首を落とされる」

 

暗殺者(アサシン)と忍者(ニンジャ)のクラスを修めた者たちだからこそ分かる、同系統の『絶対的な上位者』が放つ、プレッシャー。

 

「馬鹿な。お前たちほどの腕を持つ者が、そこまで怯えるなんて……」

 

イビルアイは、双子のただならぬ様子に、そっと魔法による探知を試みた。

そして――彼女の吸血鬼としての本能、いや、二百五十年の時を生きた強者としての本能が、けたたましい警鐘を鳴らした。

 

(な、なんだアイツは……!?)

 

イビルアイは、仮面の下で息を呑んだ。

認識阻害のアイテムで隠されてはいるが、その奥底から漏れ出す『影』のような異質で強大な力。

 

(人間の枠を遥かに超えている……。なぜこんな王都の食堂に、あんな得体の知れないバケモノが……!?)

 

イビルアイが冷や汗を流して固まっていると、リーダーのラキュースが不思議そうに首を傾げた。

 

「どうしたの、みんな? なんだか顔色が悪いわよ。疲れているのかしら?」

 

「鬼ボス。静かに。……今、この店には、とんでもないバケモノがいる」

 

「えっ?」

 

青の薔薇のテーブルは、突如として出現した『未知の強者』の存在により、極度の緊張状態に陥っていた。

 

一方、その頃の『未知の強者(バケモノ)』はというと。

 

(……いかん。肉のペース配分を間違えた。飯が足りない。すいません、黒パンもう一つ追加で!)

 

俺は、追加注文したアツアツの黒パンを受け取り、残ったシチューの底を綺麗に拭い取っていた。

 

(うん、最後の一滴まで美味い。やはり食は現地に限る。……それにしても、あっちの青の薔薇の連中、なんかえらく静かだな。お通夜みたいだ。冒険者ってのはもっとガハハと笑いながら飯食うもんじゃないのか? まあ、俺には関係ないが)

 

俺は最後のお茶をズズッとすすり、満ち足りたため息をついた。

 

「ふぅ……。食った食った。ごちそうさまでした」

 

テーブルに銀貨を置き、席を立つ。

《隠密化》と《無音歩行》のスキルが自然と発動し、俺の足取りは羽のように軽く、一切の音を立てずに酒場の扉へと向かった。

 

その背中を、青の薔薇の面々が息を殺して見送っていることなど、俺は全く気づいていなかった。

 

カランコロン。

 

俺が店を出た瞬間。

青の薔薇のテーブルから、全員の「ぷはぁっ!」という、限界まで止めていた息を吐き出す音が響いた。

 

「……去った。襲ってくる気配はなかった」

 

「ええ……。寿命が縮むかと思った。あんなヤバい気配の奴、十三英雄の伝説級じゃないの……?」

 

ティアとティナがテーブルに突っ伏し、イビルアイは震える手で水の入ったグラスを呷った。

何も分かっていないラキュースとガガーランだけが、「え? なに? 誰のこと?」とキョトンとしていた。

 

外の空気を吸いながら、俺はポンポンと腹を叩いた。

 

(よし、最高のB級グルメだった。大満足だ)

 

王都の美味しい飯を堪能し、俺の「孤独のグルメツアー」の第一目標は完璧に達成された。

アインズ様から貰った路銀はまだたっぷりある。

 

「……さて。次はエ・ランテルにでも寄って、適当に屋台の串焼きでもつまんで帰るかな」

 

俺は、自分の放ったプレッシャーが王都の最高戦力たちに特大のトラウマを植え付けたことなど露知らず、のんきな足取りで次の美食の街へと向かうのだった。

挿絵のリクエストです。

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