ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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蒼薔薇、怪物と出会う

リ・エスティーゼ王国の王都、下層区へと続く石畳の道を、五人の女性たちが歩いていた。 豪奢な装備に身を包んだ彼女たちは、この国に二つしか存在しない最高位、アダマンタイト級冒険者チーム『青の薔薇』である。

 

「――今日のラナーは、随分と顔色が悪かったわ。無理もないけれど……」

 

リーダーである金髪の美少女、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラが、ふう、と重いため息を吐いた。 親友である『黄金の姫』ラナーとの会茶を終え、チームと合流した彼女の表情は、普段の毅然とした貴族令嬢のそれでありながら、どこか翳りがあった。

 

「魔導国の動向か?」

 

筋肉質な大女、ガガーランが背中の巨大なピック(戦鎚)を揺らしながら尋ねる。

 

「ええ。カッツェ平野でのあの一戦……たった一つの魔法で王国軍に壊滅的な被害を与えた、魔導王アインズ・ウール・ゴウン。あの底知れぬアンデッドの王がいつこの国に牙を剥くか、王城は疑心暗鬼の渦中よ。ラナーも対応に追われて酷く疲弊していたわ」

 

「……魔導王、か」

 

赤い仮面を被った小柄な少女、イビルアイが、忌々しそうに、そして微かな恐怖を滲ませて呟いた。

 

「たった一撃で数万の命を刈り取るなど、神話の領域すら超えている。我ら『青の薔薇』が束になったところで、万に一つの勝ち目もないだろうな。……エ・ランテルに留まり、あの化け物の牽制となっている漆黒のモモン殿の負担は計り知れん」

 

(ああ、モモン様……どうかご無事で……)と、イビルアイが仮面の下で乙女のように頬を染めているのを他所に、忍び装束の双子、ティアとティナが話題を変えた。

 

「王国の政治も厄介だけど、私たちには私たちの仕事がある」

 

「ええ。北部の山岳地帯に現れた、トロールの変異種の討伐。……最近、魔導国の領域から逃げ出してきたと思われる強力な魔物の動きが活発」

 

「違いないな」

 

ガガーランが首をポキポキと鳴らす。

 

「魔導国周辺のアンデッドどもから逃げるように、魔物がこっちの領土に流れ込んできてる。アダマンタイト級のあたしたちが動かなきゃ、周辺の村がいくつ消えるか分かったもんじゃない」

 

「そうね。明日の早朝には王都を発つわ。……だから今日は、英気を養いましょう」

 

ラキュースが、リーダーとしての頼もしい笑みを浮かべた。

 

「この先にある『金麦亭』、庶民の店だけど肉料理が絶品だと評判なの。今日は私が奢るわ!」

 

「おっ! さすがはお嬢様、太っ腹!」

 

「シチューも美味しいらしい」

 

「楽しみ」

 

高位の冒険者らしく、政治と魔物についてのシビアな情報交換を終えた彼女たちは、美味しい食事への期待に胸を膨らませて『金麦亭』の扉を開けた。

 

カランコロン。

 

「あら、今日は結構混んでいるわね。空いている席はあるかしら?」

 

ラキュースが、店員に向けて貴族然とした優雅な笑みを向ける。 一行は、店員に案内されて奥のテーブル席へと腰を下ろした。

 

「さあ、明日の任務のためにしっかり食べ……どうしたの、ティア、ティナ?」

 

メニュー表を開こうとしたラキュースは、向かいに座る双子の様子がおかしいことに気がついた。 ティアとティナは、席に着いた瞬間から完全に硬直していた。 二人の目は、カウンターの隅に座る『ローブを目深に被った小柄な男』に釘付けになっている。

 

「……ねえ、イビルアイ。あそこ、カウンターの隅にいる男」

 

ティアが、声帯をほとんど震わせない、暗殺者特有の読唇術に近い微かな声で告げた。

 

「絶対に、見ないで。視線を向けただけで狩られそうな気がするから」

 

「あァ? なんだ、ただの地味な男じゃないか。ローブで顔を隠してはいるが……」

 

イビルアイが首を傾げる。 彼女の目には、ただ黙々と分厚いステーキとシチューを食べている、冴えない男にしか見えない。

 

「違う。私たちには分かる。あの男……『気配』が全くない」

 

ティナが、額から一筋の冷や汗を流しながら震える声で言った。

 

「息遣い、重心の移動、筋肉の弛緩。……さらには、食事中の食器が触れる音や、咀嚼音に至るまで。全てが異常」

 

《アサシン》と《ニンジャ》のクラスを持つ双子だからこそ、その異常性が痛いほどに理解できてしまった。 気配を消して『隠れる』ことは一流の暗殺者なら誰でもできる。 だが、あの男は違う。ステーキをナイフで切り、シチューをすすり、パンをかじっているというのに、その一連の動作から生じるはずの『環境音』や『存在感』が、完全にゼロなのだ。

 

「あんなに無防備に食事をしているように見えて、全方位に対して一ミリの隙もない。……もしあの男がその気になれば、この店にいる全員、自分が死んだことすら気づかないうちに首を落とされるわ」

 

「……馬鹿な。お前たちほどの腕を持つ者が、そこまで怯えるなんて……」

 

イビルアイは、双子のただならぬ様子に、そっと魔法による探知(マナ・エッセンスや生命感知)を試みた。

 

――次の瞬間。 イビルアイの吸血鬼としての本能が、けたたましい警鐘を鳴らした。

 

(な、なんだアイツは……!?)

 

イビルアイは、仮面の下で息を呑み、ガタッと椅子を鳴らして後ずさりそうになるのを必死にこらえた。 認識阻害のアイテムで隠されてはいる。だが、彼女の高度な探知を深くまで突き刺したことで、その奥底から漏れ出す『圧倒的な質量の何か』に触れてしまったのだ。

 

それは魔力ではない。聖気でもない。 どス黒く、冷たく、底知れぬ『影(妖気)』。

 

(人間の枠を遥かに超えている……! なぜこんな王都の食堂に、あんな得体の知れないバケモノが……!?)

 

レベル50前後であるイビルアイの探知に引っかかった、それ以上のレベルの強者が放つ、無意識の絶望。

 

「どうしたの、みんな? なんだか顔色が悪いわよ。疲れているのかしら?」

 

何も感知できていない(感知できるクラスを持っていない)ラキュースとガガーランが、不思議そうに首を傾げている。 信仰系魔法詠唱者である彼女には、八幡の《隠密化》と《無音歩行》を突破して本質を見抜く術がなかったのだ。

 

「鬼ボス。静かに。……今、この店には、とんでもないバケモノがいる」

 

「えっ?」

 

青の薔薇のテーブルは、突如として出現した『未知の強者』の存在により、明日の任務への気力も消え失せるほどの、極度の緊張状態に陥っていた。

 

(頼む、こっちを見ないでくれ……! 私たちに気づくな……!)

 

双子とイビルアイは、心の中で必死に祈った。 そんな彼女たちの視線の先で、未知の化け物(八幡)は。

 

『すいません、黒パンもう一つ追加で!』

 

と、店員に向かって能天気にパンのおかわりを要求し、残ったシチューを綺麗に拭い取っていた。

 

(……パンを、追加した……?)

 

(あんなバケモノが……シチューをパンで拭って食べている……?)

 

緊迫感と、目の前で繰り広げられる「ただの孤独のグルメ」という光景の凄まじいギャップに、青の薔薇の面々は完全に脳の処理が追いつかなくなっていた。

 

やがて、化け物は食事を終え、「ふぅ」と満足げなため息(音は聞こえないが、肩の動きでそう見えた)をつき、テーブルに銀貨を置いて立ち上がった。

 

スッ……と。 やはり、足音一つ、空気の乱れ一つ起こさず、幽鬼のように店を去っていく。

 

カランコロン。

 

化け物が完全に店を出た瞬間。 青の薔薇のテーブルから、全員の「ぷはぁっ!」という、限界まで止めていた息を吐き出す音が響いた。

 

「……去った、わね。襲ってくる気配はなかったわ」

 

「ええ……。寿命が縮むかと思った。あんなヤバい気配の奴、十三英雄の伝説級じゃないの……?」

 

ティアとティナがテーブルに突っ伏し、イビルアイは震える手で水の入ったグラスを呷った。 額には、冷たい汗がびっしりと浮かんでいる。

 

「ちょっと、だから何のことなの!? 私だけ何も分かってないんだけど!?」

 

ラキュースの困惑した声だけが、騒がしい大衆酒場の中に空しく響いていた。

 

未知の強者との遭遇。 それは、最高位冒険者である彼女たちの心に、特大のトラウマと謎を残した。 だが、その化け物の正体が、「休暇中に美味いB級グルメを求めてやってきた、ナザリックの社畜妖怪」であることなど、彼女たちが知る由もなかったのである。




来月は更新少なめになるかもなので、今月はめっちゃ更新します。

挿絵のリクエストです。

  • おまかせ
  • 八幡+シャルティア
  • 八幡+アルベド
  • 八幡+デミウルゴス
  • 八幡+コキュートス
  • 八幡+アウラ
  • 八幡+マーレ
  • 八幡+アインズ様
  • 八幡+メイド達
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