「……お待たせしました! 金麦亭名物、厚切りオーク肉のガーリックステーキと、牛スジの赤ワイン煮込みです!」
威勢の良い店員が、湯気を立てる鉄板とシチューを青の薔薇のテーブルに並べていく。 普段であれば、明日の過酷な任務に向けて和気藹々と英気を養う時間だ。 しかし、現在のテーブルを支配しているのは、香ばしいニンニクの匂いすら掻き消すような、重苦しい沈黙だった。
「……さて。店員も下がったわ。私にも分かるように説明してちょうだい」
ラキュースが、冷めたシチューをスプーンでかき混ぜながら、鋭い視線を仲間たちに向けた。
「ティアとティナ、そしてイビルアイまでが、あんな風に怯えるなんて異常よ。さっきの男……一体何者だったの?」
「何者か、と聞かれても答えようがない」
イビルアイが、運ばれてきた赤い果実水に口をつけることもなく、仮面の奥で重く息を吐いた。
「ただ、あれは『人間の枠』に収まる存在ではない。私が探知の魔法を深部まで突き刺した瞬間、見えたのは底なしの『影』だ。……あれほどの圧倒的なプレッシャーは、魔人か、あるいは……いや、これ以上口にするのも悍ましいな」
「私たちの視点から言わせてもらう」
ティナが、周囲の音に紛れさせるような低い声で引き継いだ。
「あの男の隠密技術は、間違いなく規格外。《無音歩行》や《隠密化》といったスキルの練度が、私たちの知る限界を遥かに超えている。まるで世界から自分の存在を意図的に切り離しているようだった」
「もしあれが暗殺者なら、私たちは首を落とされるまで彼の存在にすら気づけなかった」
ティアも、顔面を蒼白にしたまま同意する。
最高位の冒険者である仲間たちからの、絶望的とも言える評価。 ラキュースはナイフとフォークを持ったまま、ゴクリと唾を呑み込んだ。
「それほどの存在が、なぜ王都の、こんな下層の大衆酒場に……? 王国に仇為す敵国の手先? それとも、人類の敵対種族……?」
「まあ、待てよラキュース。行儀が悪いが、食いながら話そうぜ。肉が冷める」
一人だけ、すでに豪快にオーク肉を切り分けて咀嚼していたガガーランが、口元を拭いながら口を挟んだ。
「お前らがビビるくらいヤバい奴だってのは分かった。だがよ、アイツ、何かしたか? ただカウンターの隅っこで、美味そうにステーキ食って、パンでシチューの底を綺麗に拭き取って、金払って帰っていっただけだろ?」
「それは……そうだが……」
イビルアイが言葉に詰まる。
「本当に王国を潰す気なら、あんな面倒な真似しねえよ。ただメシを食いに来ただけかもしれねえだろ?」
ガガーランはニヤッと笑い、仲間たちの顔を見回した。
「それにさ、お前ら、アイツの顔見たか? いい男だったか?」
「はぁ!? こんな時に何を言っているのよガガーラン!」
ラキュースが思わず声を荒げた。
「いや、真面目な話だぜ? もしそいつが人類の敵じゃなくて、しかも私好みの『強くていい男』だったら……最高じゃねえか」
ガガーランはフォークを突き立ててウインクした。
「ふざけている場合ではないぞ!」
とイビルアイが怒鳴りかけるが、ガガーランは真剣な目を向けて遮った。
「真理だろ? カッツェ平野での魔導王の力を見た後だ。今の王国……いや人類には、圧倒的な戦力が足りねえ。もしそのバケモノが『人類の味方』になってくれる、あるいは金で雇える流れ者なら、絶対に接触して引き入れるべきだ。逆に『敵』なら、王都に潜伏されている現状は最悪すぎる。どっちにしろ、放置はできねえはずだぜ?」
その指摘に、テーブルの空気は再びピンと張り詰めた。 ガガーランの言葉は下世話に聞こえるが、冒険者としての、そして王国を守る者としての極めて冷徹な状況判断だった。
「……ガガーランの言う通りね」
ラキュースが、フォークを置き、リーダーとしての顔つきで深く頷いた。
「敵か味方か、あるいはただの通りすがりか。あれほどのイレギュラーを王都で放置するのは危険すぎるわ。……対応を決めましょう」
ラキュースの視線が、忍び装束の双子へと向けられる。
「ティア、ティナ。……貴女たちにお願いできるかしら?」
「追跡と、素性調査」
「分かってる。適任は私たちしかいない」
双子は、覚悟を決めたように小さく頷いた。
「ただし、無理は絶対に禁物よ。相手は貴女たちが『気づかれない』と断言したほどの隠密の達人。追跡していることが悟られれば、最悪の事態になりかねない」
ラキュースは、祈るように二人の手を見つめた。
「あくまで遠距離からの監視と、情報の収集。どこを拠点にしているのか、誰と接触するのかを探って。……そして、もし可能なら」
ラキュースは一度言葉を切り、テーブルの真ん中に身を乗り出した。
「もし可能なら、接触を図って。危害を加える意思がないことを示して、彼の目的を聞き出すの。ガガーランの言う通り、彼が人類の味方になってくれる可能性があるなら……その糸口だけは掴んでおきたいわ」
「了解」
「限界まで距離を取って、影から探ってみる」
ティアとティナが、即座に立ち上がった。 まだ手をつけていないシチューに後ろ髪を引かれるようにチラリと視線を落としたが、すぐにプロの暗殺者の顔へと切り替わる。
「気をつけてね、二人とも」
「もしヤバいと思ったら、即座に逃げろ。お前らの命が最優先だぞ」
ラキュースとイビルアイに見送られ、双子は音もなく酒場から姿を消した。
残された三人は、冷めゆく名物のステーキを前に、口数少なく食事を再開した。 明日のトロール討伐任務の前に、王都のど真ん中でとんでもない爆弾(しかも正体はジャンクフードを求めて彷徨う社畜妖怪)を抱え込んでしまった『青の薔薇』の、胃の痛くなるような夜が更けていく。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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