『金麦亭』での最高の食事を終えた俺は、夜の王都の市場をぶらぶらと歩いていた。
「おっちゃん、その串焼き一本くれ。塩強めで」
「あいよっ! 兄ちゃん、良い食べっぷりだねぇ!」
屋台から漂う焦げた肉の匂いに誘われ、またしても串焼きに手を出す。
(……美味い。さっきのステーキとは違う、このスジ張った固い肉質がまたチープで最高だ)
串焼きを平らげた後は、食後のデザートだ。 少し歩いた先で見つけた屋台で、氷の魔法で冷やしたという甘い果汁のアイスキャンディーを購入し、歩きながら齧る。 頭がキーンとする冷たさと、安っぽいシロップの甘さが、疲れた脳細胞に染み渡っていく。
(うん、良い休日だ。……後ろのストーカーさえいなければな)
俺は、アイスを舐めながら、視線だけをわずかに背後に向けた。 酒場を出た直後から、二つの気配が俺を尾行している。 《千里眼》や《弱点看破》を使うまでもない。先ほどの酒場にいた、青の薔薇の忍び装束の双子(ティアとティナ、だったか)だ。
あちらもプロなのだろう。気配の消し方も、群衆への紛れ方も見事なものだ。 普通の人間なら、一生気づかずに尾行され続けるだろう。 だが、悲しいかな。アサシンとニンジャのクラスを極め、さらには妖怪である俺のセンサーからすれば、彼女たちの尾行は「白昼堂々、後ろをついて歩いている」のと大差なかった。
(……面倒くせえ。宿がバレたら、あとあと厄介なことになりそうだ)
俺は最後のアイスをガリッと噛み砕き、木の棒をゴミ箱に放り投げた。 そして、わざと大通りから外れ、街灯の届かない人気のない裏路地へと足を踏み入れた。
行き止まりの壁の前で、俺は立ち止まり、ゆっくりと振り返った。
「……で。いい加減、ストーカーはやめてくれないか? 俺、そういう趣味はないんだけど」
静寂の路地裏に、俺の冷めた声が響いた。
(……嘘でしょ。完全に、誘い込まれた……!)
闇に同化して尾行を続けていたティアとティナは、背筋に冷たい氷柱を突き立てられたような錯覚を覚えた。
標的(八幡)の歩き方は、まさに異常だった。 雑踏の中を歩いているのに、周囲の人間と一切肩がぶつからず、足音一つ立てない。人混みという波の間を、水滴が滑り落ちるようにすり抜けていく。 それは、一流の暗殺者が群衆に溶け込む際の究極の歩法。 しかも彼は、それを『串焼きやアイスを食いながら』、息をするように自然に行っていたのだ。
そして、アイスを食べ終えた瞬間、標的の歩調がほんのわずかに変わった。 まるで「ここからが本番だ」と告げるように、意図的に人気のない路地裏へと向かったのだ。
自分たちの尾行は、最初から完全に筒抜けだった。 逃げるべきか。いや、今背中を見せれば、確実に殺される。
「……で。いい加減、ストーカーはやめてくれないか?」
路地裏の行き止まり。 ゆっくりと振り返った男の声には、怒りも、殺意もなかった。ただ純粋に「面倒くさい」とでも言いたげな、底の知れない冷たさがあった。
(行くしかない)
(腹をくくりましょう)
ティアとティナは、屋根の影から音もなく路地裏へと降り立ち、標的の前に姿を現した。
「……尾行したことについては、謝罪するわ。不快な思いをさせて申し訳ない」
ティナが、両手を軽く上げて敵意がないことを示しながら言った。
「本当に敵意がないなら、さっさと帰ってほしいんだけど」
「そうはいかない。王都のど真ん中に、貴方のようなイレギュラーが現れた。王国の最高位冒険者として、見過ごすわけにはいかないわ」
ティアが、鋭い視線で男を射抜く。
「貴方、何者? ……どこかの国の手先? それとも、魔導王の差し金かしら?」
相手の出方によっては、ここで刺し違えてでも情報を持ち帰る。 双子の全身から、ピンと張り詰めた殺気が立ち昇った。
(……やべー。マジでめんどくさい連中に目をつけられた)
俺は、死んだ魚の目をさらに淀ませながら、内心で激しく後悔していた。 なんでアイス食ってただけで「魔導王の差し金か!?」とか重い展開になってるんだよ。いや、事実その魔導王の部下なんだけどさ! ナザリックの特任補佐官なんて名乗れるわけがない。完全にノープランだ。
(どうする? 適当な嘘で誤魔化すか? いや、こういうプロ連中に下手な嘘は逆効果だ)
俺は必死に脳内を検索し……一つのアイテムを思い出した。 以前、帝国内の任務の際に、デミウルゴスたちに用意してもらった「身分証」だ。
俺は懐をごそごそと漁り、一枚のプレートを取り出して、双子に向けて軽く放り投げた。
「……ワーカー?」
プレートを受け取ったティアが、怪訝そうに眉をひそめた。
「ああ。俺は『ハチ』。特定の国には属してない、ただのしがないワーカーだ」
俺は、気怠そうに首を掻きながら適当な設定(嘘ではないが、核心は突いていない)を並べ立てた。
「最近、周辺の情勢がキナ臭いだろ? だから、仕事のタネがないか、王国の現状を視察(という名の食べ歩き)に来ただけだ。さっきの酒場にいたのも、ただ飯を食ってただけ。……それ以上の目的はない」
双子は、プレートの偽造痕を調べるように見つめ、顔を見合わせた。
「……ワーカー。確かに、それならこの異常な隠密技術や、群衆への溶け込み方にも説明はつく(裏社会で生き抜いてきた超一流の仕事人、ということか)」
ティナが納得したように呟く。
(よし、勝手に深読みしてくれた!)
「分かったわ、ハチ。貴方が王国の敵ではないことは信じる。……でも、一つだけ聞かせて」
ティアが、真剣な目を向けてきた。
「貴方は、人類の味方? それとも……」
(うわぁ、一番めんどくさい質問きた)
「敵です」なんて言えるわけがない。俺は魔導王の部下だぞ。 かといって「正義の味方です!」なんて柄でもない。
「……どっちでもないな」
俺は、面倒くさそうにため息をついた。
「俺はワーカーだ。金次第で動くし、自分の命が一番大事だ。人類の存亡とか、そういうデカい主語には興味ない。……自分が飯を食えて、静かに眠れる場所があれば、それでいいんだよ」
それは、俺の心からの本音だった。
その言葉を聞いた瞬間、双子の顔に、明らかな「驚き」と、そして「安堵」の色が浮かんだ。
(……嘘偽りのない、自分の生存を最優先するプロの言葉。変に正義を語る奴より、よっぽど信用できるわ)
彼女たちの顔に、そう書いてあった。
「……分かったわ。貴方のスタンスは理解した」
ティナがプレートを投げ返してきた。
「今日はこれで引くわ。でも、リーダーのラキュースたちが、どうしても貴方と一度、正式に話がしたいと言っている」
「え? いや、俺はもう十分話したし……」
「明後日の昼。エ・ランテルに向かう街道沿いの宿場町、『風呼びの亭』で待っている。……来てくれるわよね?」
ティアが、有無を言わさぬ、しかしどこか縋るような目つきで俺を見た。
(……うっ。なんだその目は。俺、そういう強引なお願いに弱いんだよ……NOと言えない日本人なんだよ……)
「……気が向いたらな」
俺は、結局はっきり断りきれず、目を逸らして適当な返事をしてしまった。
「ありがとう。待っているわ」
双子は一礼すると、再び音もなく闇の中へ消えていった。
「……はぁぁ」
路地裏に取り残された俺は、深く、長いため息をついた。 まあいい、明後日の昼なら、まだこの国で適当にブラブラしている予定だ。 とりあえず会って適当に話を合わせて、もし面倒な仕事(魔物討伐とか)を押し付けられそうになったら、その時は全力で逃げよう。 俺の《影潜み》があれば、アダマンタイト級冒険者から逃げることなど造作もない。
「さて、ホテルに帰って寝るか。明日は王都のパン屋でも巡るかな」
俺は、二日後に控える『青の薔薇との正式な会談(という名のさらなる勘違いの連鎖)』を極めて楽観視しながら、再び夜の街へと消えていった。
挿絵のリクエストです。
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