「……はぁ。なんで俺の有給は、いつもこう面倒事に巻き込まれるように出来てるんだ?」
約束の二日後。 俺は、エ・ランテルへと続く街道沿いの宿場町にある『風呼びの亭』という宿屋の前で、本日何度目か分からないため息をついた。 適当に理由をつけてすっぽかそうかとも考えたが、最高位冒険者に本気で捜索されたら、せっかくの休暇中ずっと逃げ回るハメになる。それなら、さっさと顔を合わせて「俺はただの無害なモブです」とアピールして終わらせた方がマシだ。
宿屋の前に着くと、出入り口の扉の両脇に、あの忍び装束の双子――ティアとティナが立っていた。 周囲を見渡すと、宿場町にしては異様なほど静かだ。どうやらこの宿を丸ごと貸し切っただけでなく、周囲の人払いまで徹底しているらしい。
「……随分と用意がいいんだな。俺一人相手に、大げさすぎないか?」
俺が呆れたように言うと、双子は真剣な顔つきで首を振った。
「貴方を迎えるには、これでも足りないくらい。……中へどうぞ。リーダーが待っている」
扉を開けて中に入ると、薄暗い一階の食堂の奥のテーブルに、三人の女性が座っていた。 金髪のリーダー、赤い仮面、そして筋肉質な大女。アダマンタイト級冒険者チーム『蒼の薔薇』のフルメンバーだ。
俺が近づくと、金髪のリーダー――ラキュースがスッと立ち上がり、胸に手を当てて、王族か高位の貴族に向けるような完璧で美しい礼をとった。
「よくぞ応じてくれたわ、『静寂』のハチ。私は『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。……此度は、急な申し出を受けていただき、心から感謝するわ」
「あー……うん」
俺は、頭を掻きながら空いている席にドカッと座った。
「悪いけど、そういう肩苦しい挨拶は苦手なんだ。ここは王城でも貴族の館でもないんだから、敬語は気にしなくていい。アンタらも喋りやすいように普通に話してくれ。俺も適当に喋るから」
俺が気怠そうに言うと、ラキュースは少し戸惑ったように仲間たちと顔を見合わせた。
「……そう。分かったわ、ハチ。ならば、冒険者らしく単刀直入にいかせてもらうわね」
ラキュースが口調を崩して席に座り直す。
「まずは……そのフードを下ろして、顔を見せてくれないかしら? 腹を割って話すのに、顔を隠したままでは信用に関わるわ」
「まあ、そりゃそうか」
俺は素直に、認識阻害のローブのフードをバサリと下ろした。
その瞬間、筋肉質な大女――ガガーランが身を乗り出してきた。
「おっ! ティアたちの言った通り、なかなか綺麗な顔立ちをしてるじゃねえか! ……ただ、なんだその目は。この世の全ての不幸を背負って、完全に絶望しきったような死んだ魚の目はよ」
「生まれつきだよ。ほっとけ」
俺は鼻で笑い飛ばした。顔の造形を褒められつつも目をディスられるのは、元の世界からのテンプレである。
「それで? 本題は何だ」
俺が水を催促すると、ラキュースは居住まいを正し、極めて真剣な目を向けてきた。
「ハチ。貴方が金で動くワーカーであるなら、私たち『蒼の薔薇』……いや、リ・エスティーゼ王国の名において、貴方を雇い入れたい」
「……仕事の依頼か。内容によるな」
「現在、魔導国と王国の間には深い緊張状態があるわ。もし、王国と魔導国が戦争をするような事態になった時……私たちの陣営につき、最前線で戦ってほしいの。もちろん、報酬は貴方の言い値で払うわ」
ラキュースの言葉に、他のメンバーも息を呑んで俺の返答を待った。 王国の命運を懸けた、白紙小切手(ブランク・チェック)でのスカウト。
俺は、出された水を一口飲み、グラスをテーブルに置いた。 そして、一秒の迷いもなく答えた。
「却下だ。そんな依頼、いくら積まれても受けない」
「っ……! そ、即答!?」
ラキュースが目を見開く。
「理由は? 金が足りないというのなら、王族に掛け合ってでも……!」
「金の問題じゃない。命の問題だ」
俺は、呆れたようにため息をついた。
「俺は自分の命を一番大事にするワーカーだぞ。あのアインズ・ウール・ゴウンが相手の戦争に出ろ? 冗談じゃない。……魔導王には、誰にも勝てない。俺が逆立ちしたって、万に一つの勝ち目もない。そんな確定した死地に飛び込むバカがいるか」
俺は、絶対的な事実を口にしただけだ。 なにせ俺の上司だし、ナザリックの戦力を知っている俺からすれば、「アインズ様に戦争で勝つ」などという発想自体がコメディである。
だが、俺のその「絶対に勝てない」という確信に満ちた言葉は、青の薔薇の面々に別の意味で重く響いたようだった。
「……あのバケモノのような隠密技術を持つ貴方でさえ、勝機がゼロだと言い切るのね……」
ラキュースが、絶望的な事実を突きつけられたように唇を噛む。
「おい、ハチ」
横から、赤い仮面のイビルアイが身を乗り出してきた。
「一つ聞かせろ。貴様……人間ではないのだろう? そのローブの下から漏れ出る気配、どう考えても人の枠に収まっていない。一体、何者なんだ?」
「……企業秘密だ」
俺は、腐った目でイビルアイを真っ直ぐに見返した。
「ワーカーには色々事情があるんだよ。俺が人間だろうが何だろうが、仕事の質には関係ないだろ?」
俺がはぐらかすと、イビルアイは舌打ちをして背もたれに寄りかかった。 その後も、彼女たちは俺の「人となり」を探るような質問を次々と投げかけてきた。
「帝国ではどんな仕事をしていたの?」
「主に情報収集と、害獣駆除だ。目立つのは嫌いだからな」
「仲間のワーカーはいないのか?」
「ぼっち……いや、ソロだ。他人のミスで死ぬのも、俺のミスで他人を殺すのもご免だ」
「どんな理念で動いているの?」
「理念なんてない。ただ、適当に働いて、適当に美味い飯を食って、静かに生きたいだけだ」
俺は徹底して、「事勿れ主義の、ドライで孤独なワーカー『ハチ』」として無難に答え続けた。 だが、その等身大で飾らない本音の連続が、裏社会や泥沼の政治を知る彼女たちには、逆に「打算のない、極めて信用できる人物」として映ってしまったらしい。
「……分かったわ、ハチ。貴方のスタンスはよく理解できた」
やがて、ラキュースが小さく息を吐き、静かに頷いた。
「魔導国との戦争に加わらないという貴方の判断は、ワーカーとして極めて真っ当よ。これ以上、その件で無理強いはしないわ」
「そうか。そりゃ助かる。じゃあ、今日のところはこれで……」
俺が席を立とうとした、その時だった。
「待って。もう一つだけ、お願いがあるの」
ラキュースが、バンッと両手をテーブルにつき、俺に向かって深く、それこそ額がテーブルにつくほどに頭を下げた。
「戦争に参加してくれとは言わない。……でも、貴方が特定の陣営に属さず、金で動くというのなら、せめて私たちに『力』を貸してほしい」
「は?」
「貴方のその絶対的な隠密技術。あれがあれば、生存率は飛躍的に高まるはずよ」
ラキュースは頭を上げた。その瞳には、リーダーとしての切実な願いがこもっていた。
「お願い、ハチ。……貴方の持つ暗殺と隠密の技術を、ティアとティナに教えてやってくれないかしら? 彼女たちを、鍛え直して(育てて)ほしいの!」
「…………はい?」
俺の口から、間抜けな声が漏れた。 視線を向けると、ティアとティナの双子が、かつてのヴァンパイア・ブライドたちと同じような「熱烈な尊敬の眼差し」で俺を見つめていた。
(……え? なにこれ?)
俺はただの有給消化中で。 美味しいB級グルメを求めて王国に来ただけで。 ナザリックに帰れば、アルベドとの地獄のワンオペ内政が待っているのに。
(なんで俺、適当にやり過ごそうとした結果、『最高位冒険者の暗殺教官』なんていう、最高にめんどくさいポジションに就任させられそうになってるんだ……!?)
俺の平穏な休暇は、いよいよ取り返しのつかない方向へと転がり始めていた。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アウラ
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八幡+マーレ
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達