エ・ランテルへと続く街道沿い、貸し切りにした宿場町の一軒『風呼びの亭』の食堂。 窓の外の喧騒は消え、ただ風が建物をなでる音だけが響いている。
「――ガガーラン、イビルアイ。もう一度、手順を確認させて」
私は、愛剣『キリネイラム』の感触を確かめながら、二人に声をかけた。 緊張で、喉の奥がわずかに乾いている。
「もし交渉が決裂し、相手に敵対の意思があると判断した場合……ガガーラン、貴女が正面で時間を稼いで。その隙にイビルアイが広域阻害魔法を展開、私たちが離脱するわ」
「わかってるって、お嬢。……だがよ、相手はあのアサシンの双子が『気づかれない自信がない』って言った化け物だ。正面からぶつかって、何秒持つかは保証できねえぜ」
ガガーランが巨大な戦鎚を肩に担ぎ、不敵に、しかし警戒を込めて笑う。
「ふん、その時は私が出る。……だが、ラキュース。奴が本気で殺しに来るなら、この宿ごと消し飛ぶ覚悟をしておけ。それほどの実力差があることだけは、忘れるなよ」
イビルアイの仮面の奥の声には、いつになく真剣な響きがあった。
それから間もなく、外にいたティアとティナから合図が届いた。
『来たわ』
扉が開く。 そこに入ってきたのは、認識阻害のローブを纏った小柄な男だった。 足音一つ立てず、まるで空気そのものが形を成したかのような希薄な存在感。だが、彼が踏み出す一歩ごとに、食堂の空気が重く沈み込んでいくのを感じた。
「……随分と用意がいいんだな。俺一人相手に、大げさすぎないか?」
男――『静寂』のハチは、周囲の人払いや双子の警戒を一瞬で見抜き、呆れたようにそう言った。 私は椅子から立ち上がり、最高の礼をもって彼を迎えた。
「よくぞ応じてくれたわ、『静寂』のハチ。私は『蒼の薔薇』のリーダー、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。……此度は、急な申し出を受けていただき、心から感謝するわ」
「あー……うん。悪いけど、そういう肩苦しい挨拶は苦手なんだ。ここは王城でも貴族の館でもないんだから、敬語は気にしなくていい。アンタらも喋りやすいように普通に話してくれ。俺も適当に喋るから」
彼は気怠げに椅子に座った。
「……そう。分かったわ、ハチ。ならば、冒険者らしく単刀直入にいかせてもらうわね。まずは……そのフードを下ろして、顔を見せてくれないかしら? 腹を割って話すのに、顔を隠したままでは信用に関わるわ」
「まあ、そりゃそうか」
彼はそういうとフードを下ろした。
(……っ、若いわね)
正直に言って、驚いた。 『静寂のハチ』という二つ名、そして帝国で数々の難題を一人で片付けてきたという実績から、私はもっと傷だらけの、あるいは老練な年配の男性を想像していた。 だが、そこにいたのは、私とそう変わらない――下手をすれば年下にも見えるほど、幼さの残る青年だった。
ただ、その「目」だけは、到底若者のそれではない。 この世の酸いも甘いも噛み分け、あらゆる偽善や虚飾を削ぎ落とした先にある、底知れない「死んだ魚のような目」。その瞳に見据えられると、自分の心の中にある迷いまでも見透かされているような錯覚に陥る。
「……ハチ。貴方を、リ・エスティーゼ王国の戦力として雇い入れたい」
私は意を決して、魔導国との戦争の際、言い値で味方をしてほしいと切り出した。 だが。
「却下だ。そんな依頼、いくら積まれても受けない」
一秒の迷いも、交渉の余地もない、冷徹なまでの即答。 「魔導王には、誰にも勝てない」と言い切る彼の言葉には、単なる恐怖ではなく、絶対的な事実を淡々と述べているかのような、奇妙な説得力があった。
「……ふん。やはり断られたか。お嬢、こいつはプロだ。勝てない戦に首を突っ込むほど安くないってことさ」
ガガーランが横から口を挟む。 実は、パーティー内での事前の話し合いでも、
「あの合理主義の塊のような男が、負け戦に加わるはずがない」
という結論が出ていた。私の淡い期待は、あっけなく散った。
その後、イビルアイが彼の種族を問いただしたり、私たちがいくつか質問を投げかけたりしたが、ハチの態度は一貫していた。 言葉遣いは乱暴で、やる気があるようには到底見えない。だが、彼は一度も私たちを騙そうとはせず、自分はただ「平穏に飯を食って寝たいだけだ」というエゴを正直にさらけ出した。
(不思議な人……。でも、嘘はついていない。自分の限界を正しく理解し、欲望に忠実。……だからこそ、信じられるわ)
裏切りの多い冒険者や、腹の探り合いばかりの貴族社会を見てきた私には、彼のその「ひねくれた誠実さ」が、眩しいほどに潔く感じられた。
ハチという男。 戦力として王国に繋ぎ止めることはできなかった。 けれど、この類まれなる技術、そして「生き残る」ための冷徹な知恵。それは、これからの激動の時代を生きるティアとティナにとって、何よりも必要なものではないか。
私は、覚悟を決めて頭を下げた。
「……もう一つだけ、お願いがあるの」
ハチが怪訝そうな顔をする。
「貴方のその絶対的な隠密技術を、ティアとティナに教えてやってくれないかしら? ……彼女たちを、鍛え直してほしいの!」
私のその突拍子もない願いに、ハチは今日一番の「めんどくさい」という顔をした。 けれど、その横で。 あのティアとティナが、かつてないほどに真剣な、希望に満ちた目で彼を見つめている。
アダマンタイト級の忍びを「育てる」なんて、常識外れもいいところだ。 けれど、目の前にいるこの死んだ魚の目をした青年なら、彼女たちをまだ見ぬ高みへと引き上げてくれる。 根拠はない。けれど、私の本能がそう告げていた。
(……頼むわ、ハチ。あの子たちに伝えてあげて)
私は、呆然と固まっている「理想の暗殺教官」を見つめながら、心の中で強く願った。
挿絵のリクエストです。
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