「……ふぅ。分かったよ」
ハチのその言葉を聞いた瞬間、ラキュースは張り詰めていた息を細く吐き出した。
(よかった……。なんとか、受けてもらえたわ)
王国の命運を左右する戦力として引き入れることには失敗したが、ティアとティナの「師」として関わりを持ってくれるなら、これ以上の成果はない。
一行は宿の横にある広場へと移動した。 そこでハチが提示した修行のルールは、あまりにも特異で、そして屈辱的なものだった。
『一時間以内に、この鈴を奪ってみせろ。お前らは何を使ってもいい。そこのリーダーたちからバフを貰っても構わない』
(……舐められている。完全に、子供扱いね)
(ええ。アダマンタイト級の私たちに、ずいぶんなハンデをくれるじゃない)
ティアとティナは、ハチの胸元に結ばれた小さな鈴を睨みつけながら、内心で静かに怒りの炎を燃やしていた。 暗殺者として、ここまで露骨に格下扱いされて黙っているわけにはいかない。 二人は目配せをし、開始の合図と共に最高速度でハチの死角へと躍り出た。
だが。 開始からわずか数分で、双子の怒りは『愕然』と『底知れぬ恐怖』へと塗り替えられることになった。
「っ……嘘、でしょ……?」
「届かない……。影すら、掠りもしない……!」
苦無を放ち、死角から刃を振るい、影を利用した拘束術を連続で叩き込む。 しかしハチは、その全てを「ただ歩くように」避けていく。 鈴は見えている。結びつけている紐も、何の魔法的処理も施されていないただの麻紐だ。 それなのに、刃が届く直前、指先が触れる直前で、彼の体はまるで蜃気楼のようにスッと位置をズラしている。
反撃は一切来ない。だが、気がつけばティアの足がティナの影を踏み、ティナの放った苦無がティアの逃げ道を塞ぐ形になっていた。
「きゃっ!?」
「くっ……!」
ハチのわずかな重心移動に誘導され、二人は無様に足をもつれさせ、広場の土に転がった。
そして、双子はその時、最も恐ろしい『異常』に気がついた。
(音が、しない……!)
激しい回避行動を取り、宙を舞い、時には地面を蹴っている。 それなのに、ハチの胸に括り付けられた鈴は、『チリン』という音を一度たりとも鳴らしていなかったのだ。
《無音歩行》のスキルが、彼の肉体のみならず、身につけている衣服、そしてただの『鈴』の反響すらも完全に殺し切っている。 それは、暗殺者という概念の到達点。理不尽なまでの実力差の証明だった。
「っ……二人とも! 今、回復魔法を……!」
広場の隅で見守っていたラキュースは、土に塗れ、肩で息をする双子を見て、たまらず杖を握りしめた。 だが、その肩を、ガガーランの太い腕と、イビルアイの小さな手が同時に押さえつけた。
「やめときな、お嬢。アレはそういう『修行』じゃねえ」
「ガガーランの言う通りだ。下手に横槍を入れれば、あの二人の誇りを傷つける」
「でも、あのままじゃ……!」
「よく見ろ、ラキュース。奴は一度たりとも、二人を攻撃していない。……ただ、圧倒的な壁として、そこに立ち塞がっているだけだ」
イビルアイは、仮面の奥の瞳を限界まで細め、広場を舞うハチの姿に釘付けになっていた。
(……異常だ。全く、理にかなっていない)
二百五十年以上、この世界で強者たちを見てきたイビルアイの常識が、軋みを上げている。 身体能力、反応速度、そしてあの神業としか言えないスキルの練度。どれをとっても、人間が到達できる領域ではない。十三英雄の暗殺者でさえ、あそこまでの次元には至っていなかった。
(あいつ……やはり人間ではない。だが、これほどのバケモノが、今まで歴史の裏にすら名を出さずに、一体『どっから湧いてきた』というんだ……?)
魔神か、竜王(ドラゴンロード)か、それともカッツェ平野に現れたあの魔導王と同質の存在か。
イビルアイは、底知れぬ恐怖と畏敬の念を抱きながら、ただその光景を脳裏に焼き付けることしかできなかった。
残り、五分。 ティアとティナの体力は限界に達していた。肺は焼け焦げるように痛く、手足は鉛のように重い。 どれほど知略を巡らせても、どれほど完璧な連携を組んでも、あの「鳴らない鈴」には届かない。
(……でも、まだ)
(まだ、終わっていない)
二人は、汗にまみれた顔を上げ、互いの目を見つめ合った。 双子として生まれ、共に死線を潜り抜けてきた二人。言葉はなくとも、互いの考えていることは痛いほど分かった。
今までと同じことをしても通じない。 ならば、互いの思考を、命を、完全に預け合うしかない。
二人は残された最後の力を振り絞り、同時に地を蹴った。 向かってくる二人に対し、ハチはいつものように、気怠げに体をそらして回避ルートに入ろうとした。
その瞬間。 ティアが自らの姿を幻影に変え、ハチの視界を物理的に塞ぐ。 そしてティナは、ハチ自身ではなく、ハチを捉えようとしていた『ティアの影』に向かって拘束術を放った。
仲間の動きを縛ることで、相手の回避ルートを強制的に一点に誘導する。 自爆すれすれの、絶対的な信頼がなければ成立しない捨て身の連携。
「――そこっ!!」
キンッ!
交差した二人の刃は、ハチの肉体には届かなかった。 だが、二人の執念の刃先は、ハチの胸元に結ばれていた『ただの麻紐』を、見事に断ち切った。
チリン、と。 初めて、その鈴が本来の音を立てて、広場の地面へと転がり落ちた。
「あ……」
ラキュースは、思わず両手を口元に当てて息を呑んだ。 地面に転がった鈴。そして、膝をついて激しく息を乱しながらも、最高に誇らしげな笑顔を浮かべるティアとティナ。
「……ふん。やればできんじゃん」
ハチが、地面の鈴を拾い上げながら、そう呟いた。 その死んだ魚のような目に、ほんのわずかだけ、本当に微かな「教師のような、満足げな笑み」が浮かんだのを、ラキュースは見逃さなかった。
(……私の目に、狂いはなかった)
ラキュースは、胸の奥から湧き上がる熱い感情を噛み締めていた。 あの孤高で、ひねくれていて、果てしなく強い青年。 戦力としては得られなかったが、彼にティアとティナを託した自分の判断は、間違いなく正しかったのだ。
「合格だ。……お土産代(短剣)の分くらいは、働いてやるよ」
ハチのその言葉に、ラキュースとガガーランは弾かれたように広場へと駆け出し、イビルアイも小さく息を吐いて仮面を揺らした。
かくして、王国の最高位冒険者チーム『青の薔薇』と、ナザリックからやってきた『ただの社畜妖怪』との間に、奇妙な師弟関係という名の接点が生まれたのであった。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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