「鈴取り」の修行が終わった直後。
ハチは、少しだけ面倒くさそうに首を掻きながら、私にこう持ちかけてきた。
『……明日、あんたらのチームとしての動きを見ておきたい。任務に同行させてもらえないか』
その申し出に、私は心底驚き、そして喜んだ。
戦力として加わることをあれほどキッパリと断った彼が、自ら私たちの任務に興味を持ってくれたのだ。ティアとティナの師としての責任感を、彼なりに持ってくれている証拠だろう。
「ええ、もちろんよ! ぜひ同行してちょうだい」
私は快諾し、少しでも彼との親睦を深めようと提案した。
「そうだわ。これからの縁を祝して、今日の夕飯を一緒にどうかしら? この街に美味しい亭があるのだけれど……」
「……いや、俺はいい。一人で適当に済ませるから」
ハチはすぐに目を逸らし、露骨に嫌そうな顔で断ろうとした。
しかし、そんな彼の遠慮(?)を、私たちの豪快な仲間が見逃すはずがない。
「ガハハハ! なに水臭いこと言ってんだ! お前も今日からアタシらの身内みたいなもんだろ、付き合いな!」
「ちょっ、おい! 腕を引っ張るな! 筋肉バカ!」
ガガーランが、ハチの首根っこを太い腕でガシッと抱え込み、強引に酒場へと連行していく。ハチは文句を言いながらも、本気で抵抗して怪我をさせるような真似はしなかった。
(……ふふっ。やっぱり、悪い人じゃないのね)
強引な押しに弱いというか、根本的なところで人が良いのだろう。
私は、ドナドナされていく死んだ魚の目をした凄腕の暗殺者を、微笑ましく見送った。
だが、その夕食の席で、私は彼に対する新たな「謎」を抱くことになった。
「ほれ、ハチ! もっと食いな!」
「……あんたなぁ、勝手に俺の皿に肉を盛るな。俺は自分のペースで食いたいんだよ」
口を突いて出る言葉は、相変わらず無気力で粗野だ。
しかし、無礼を承知で彼の食事風景を観察していた私は、あることに気がついた。
(……ナイフとフォークの扱いが、完璧だわ。それに、咀嚼の所作がひどく洗練されている)
ガチャガチャとした食器の音を一切立てず、肉を切り分ける手つきには一切の無駄がない。姿勢も崩れず、静かに、しかし心底美味しそうに食事を口に運んでいる。
それは、厳しい礼儀作法を叩き込まれた高位の貴族か、あるいは王族すら思わせるような、完璧なテーブルマナーだった。
(ワーカーとして泥水をすするような生活をしてきたはずなのに……。もしかして彼は、帝国の没落した高位貴族の出身なのかしら?)
そんな想像が頭をよぎる。
一方で、彼は高貴な身分であれば顔をしかめるであろう、ガガーランの粗野な飲み方や大きな笑い声に対しても、嫌悪感を示すことはなかった。
「あーあ、こぼれてるぞ」と呆れたようにため息をつきながらも、この大衆酒場の空気に、ごく自然に溶け込んでいる。
底が見えない。知れば知るほど、ハチという男の器の深さに惹きつけられていく自分がいた。
そして翌日。
ギガントバジリスクの討伐任務を終えた私たちは、彼から決定的な指摘を受けることになった。
『お前ら、ぬるま湯に浸かりすぎだ』
その言葉は、私の胸の奥に燻っていた「漠然とした不安」を、鋭利な刃で抉り出すようなものだった。
私たちの戦法は、アダマンタイト級として完成されている。だが、それはあくまで「役割分担(システム)」として完結しているだけであり、もし前衛のガガーランが崩れた時、私たちはイビルアイの圧倒的な魔法に縋るしかなくなる。
(……見抜かれていた。私たちの、冒険者としての甘さを)
チームとしての連携に頼りすぎた結果、個人の動きが硬直化している。
特にティアとティナの動きは、昨日の「鈴取り」の時の、あの死に物狂いで食らいついていった輝きに比べれば、ただの「作業」でしかなかった。
ハチは、たった一度の戦闘を見ただけで、私たちの致命的な弱点を完璧に看破してのけたのだ。
『形になる「一撃必殺の術」を一つ、叩き込んでやる。……よく見とけ』
そして彼は、双子に新たな手札を与えるべく、右手を前に突き出した。
『――《螺旋風魔(らせんふうま)》』
瞬間、彼の手のひらに顕現した凄まじい高密度の乱気流。
空気を切り裂くような甲高い音と共に、暴走寸前の魔力と気が、完全な球体となって彼の手の中に収まっている。
(……な、なんて、圧倒的な破壊力……!)
彼がその球体を岩に押し込むと、巨大な岩は内側から爆ぜるように粉微塵になった。
魔法の力に頼り切るのではない、己の気と魔力を極限まで練り上げた近接暗殺武技。
(しかも……なんてカッコいいの……!!)
私の心の奥底に眠る、炎が激しく燃え上がった。
手のひらで荒れ狂う風の球体。必殺の一撃。暗殺者。
あまりにも理想的で、あまりにも美しく、そして完璧な「絶技」だった。私でさえ、剣を置いてあの技を教わりたいと衝動的に思ってしまうほどに。
しかし、私の胸を満たしたのは、そのカッコよさに対する興奮だけではなかった。
あのような強力無比な絶技は、本来なら一子相伝、あるいは命と引き換えにしてでも隠し通すべき『奥義』のはずだ。
それを、彼は出会って数日しか経っていないティアとティナのために、惜しげもなく披露し、教えようとしてくれている。
『教えるのはこの一つだけだ。……やるか?』
死んだ魚のような目で、面倒くさそうに吐き出されたその言葉。
けれど、その裏にある底なしの優しさと、不器用な誠実さに、私の胸は熱く締め付けられた。
「ハチ……! 貴方って人は、本当に……!」
気がつけば、私の目からは大粒の涙が溢れていた。
この絶望に満ちた世界で、これほどまでに強く、そして気高く優しい人がいるなんて。
(ああ……神よ、感謝します。私たちを、彼に出会わせてくれて)
私は、呆れたようにこちらを見るハチの視線も気にせず、涙を拭いながら、彼という無二の存在に心からの感謝を捧げていた。
挿絵のリクエストです。
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