「まさか、この私が……剣と信仰に生きると誓ったこの心が、一人の男性にこれほどまでに乱されるなんて」
それは、甘く、そして抗いようのない運命の始まりだった。
私の前に現れたその人は、『静寂のハチ』。
死んだ魚のような、冷たく虚無を宿した瞳。乱暴な言葉遣い。けれど、その深淵のような瞳の奥に、誰よりも深く不器用な優しさを隠し持った、孤高の暗殺者。
彼がティアとティナの特訓を引き受けてくれた日から、私の世界は淡い桃色に染まっていったのだった。
【Day 1:不器用な優しさと、秘密のデートの始まり】
特訓の初日。水風船を使った厳しい修行を双子に課した彼は、ぽつりと「俺は出かけてくる」と告げた。
(これは……チャンスだわ!)
私は跳ねる心臓を抑え、すかさず「私が案内してあげるわ」と申し出た。
「……で。なんであんたがついてきてるんだ?」
「ふふっ。貴方はこの国の地理には詳しくないでしょう?」
彼からジト目を向けられ、少しだけ胸がチクリと痛んだ。けれど、彼は「……好きにしろ」と短くため息をつき、私を追い払うことはしなかった。
(あぁ……なんて不器用な人。冷たい態度をとっていても、歩く速度はちゃんと私に合わせてくれているのね……)
並んで歩く肩と肩が、時折触れそうになる。ただの道案内のはずなのに、街の景色がいつもよりずっと輝いて見えた。
【Day 2〜3:二人きりの時間と、隠しきれない気品】
次の日も、その次の日も。
ティアとティナが裏庭で泥だらけになって特訓している間、私は彼と王都の街を歩いた。
最初は「お土産探し」という名目だったけれど、これはもう、客観的に見ても『デート』以外の何物でもない。
「あーあ、こぼれてるぞ」
屋台の串焼きを食べる私に、彼は呆れたように言いながら、そっと紙ナプキンを差し出してくれる。
乱暴な口調とは裏腹に、彼の所作はとても美しい。ナイフとフォークの扱い、そして何気ない立ち振る舞いに、隠しきれない高貴さが漂っているのだ。
(もしかして彼は、やはり事情を抱えて身分を隠した、帝国の高貴な血筋の方なのかしら……)
彼の過去を想像するだけで、胸が苦しくなる。私が、彼の孤独を癒やしてあげられたらいいのに。
【Day 4:銀の花言葉と、重なる視線】
特訓の合間、別の街へ足を伸ばした日のこと。
彼が市場で真剣に小物を見ている横顔に見惚れていた私は、ふと、ある露店のアクセサリーに目を奪われた。
それは、銀色に輝く、繊細な花の細工が施された髪飾りだった。
「……綺麗な花」
思わず呟いた私に、彼が視線を向けた。
「なんだ、それが欲しいのか?」
「えっ!? い、いえ、そういうわけじゃ……!」
慌てて否定したけれど、彼は「おい親父、これ包んでくれ」と、迷うことなく銀貨を支払ってしまった。
「ほらよ」
「え……? で、でも、こんな高価なもの……」
「……いつも道案内してもらってる礼だ。深い意味はないから、適当に受け取っとけ」
彼はそう言って、少しだけバツが悪そうに視線を逸らし、私の手のひらに銀の花の髪飾りを乗せた。
(あぁ……ずるい。そんな顔で、そんなことを言われたら……!)
胸の奥が、甘く痺れるように熱くなる。
その夜、宿に戻った私は、こっそりとその髪飾りのモチーフになっている花について調べた。
その花の名は『月下銀晶』。
そして、その花言葉は――『永遠の愛』。
(えっ……!? え、えええっ!? 永遠の、愛……っ!?)
ベッドの上で、私は顔から火が出るほど赤面し、枕に顔を埋めて足をバタバタとさせた。
(深い意味はないって言っていたけれど……いや、彼ほど知的で完璧な人が、花言葉を知らないはずがないわ! つまりこれは、遠回しな……っ!)
髪飾りを胸に抱きしめると、彼の体温が残っているようで、私の心臓は壊れてしまいそうなほど高鳴り続けた。
【Day 5〜6:覚醒する記憶、前世からの約束】
特訓も終盤に差し掛かった頃。ゴムボールの課題に行き詰まり、ボロボロになった双子の前に、彼はふらりと現れた。
『一人でダメなら、二人でやればいい』
そのたった一言のアドバイスが、双子の限界を突破させた。
彼がティアとティナの頭を優しく撫でた(正確には軽く叩いた)瞬間、彼を後ろから見つめていた私の中で、カチリ、と何かが繋がる音がした。
(あぁ……なぜ、こんなにも懐かしいの?)
私の右手に宿る、呪われし闇の力ではない。魂の奥底から湧き上がる、暖かく、そして確かな感覚。
彼がそこに立っているだけで、私の心のピースが完全に埋まるような絶対的な安心感。
(そうよ……分かったわ。これは、単なる恋慕ではない。私たちの魂は、惹かれ合う運命にあったのだわ!)
かつて、私が右手の闇に呑まれるよりもずっと前。はるか遠い前世の記憶。
きっと私たちは、遠い過去の世界で、愛し合う『夫婦』だったに違いない。戦火か、身分差か、何か悲しい理由で引き裂かれてしまった私たちが、この王国で奇跡的な再会を果たしたのだ。
そう考えれば、全てに説明がつく。彼が、あれほどまでに頑なに他者(魔導国との戦争)と関わるのを避けながら、私(の仲間)の頼みだけは聞いてくれたことも。私に、あの『永遠の愛』の髪飾りを贈ってくれたことも!
(ハチ……いいえ、貴方。ようやく見つけたわ、私の運命の半身を……!)
【Day 7:完成した絶技と、神に祈る別れ】
そして、運命の七日目。
荒野に響き渡る爆発音。双子は見事に『螺旋風魔』を完成させ、岩を粉砕してみせた。
「……やれやれ。これで俺の任務も終わりだな」
風に揺れる彼の髪。その死んだ魚の目が、少しだけ眩しそうに細められた。
それが、私たちの「別れ」を意味していることは分かっていた。
彼は風のように現れ、そして風のように去っていくワーカー。私のような立場の人間が、彼をここに縛り付けることはできない。
「ハチ……! 貴方は、本当に……!」
私は、こみ上げる感動と、離れ難い寂しさを胸に抱きながら、彼の傍に寄り添った。涙で滲む視界の中、彼もまた、どこか名残惜しそうな(面倒くさそうな)表情で私を見つめ返してくれている。
(大丈夫。悲しくなんかないわ。だって私たちの魂は、もう永遠の愛で結ばれているのだから)
私は、彼からもらった銀の花の髪飾りにそっと触れた。
「ありがとう、ハチ。貴方が残してくれたもの、決して無駄にはしないわ」
「……あぁ。じゃあな、お嬢様」
彼が背を向け、その姿が夕日に溶けていくのを見送る。
今はまだ、お互いの背負う運命が違うから、一緒にはいられない。
けれど、いつか必ず。この戦乱の時代が終わった時。
「ああ、神よ……」
私は、夕暮れの空に向けて両手を組み、切なる祈りを捧げた。
「どうか、運命の糸が再び私たちを交差させますように。前世から続くこの愛が、今度こそ、私たちを元の『夫婦』へと導いてくれますように……」
銀の花が、私の祈りに応えるように、夕日を浴びてキラリと優しく輝いたのだった。
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