ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、蛇を倒す

帝都の北門を抜けて森に入ると、空気ががらりと変わった。

人の手が入った街道沿いの木々とは違い、奥へ進むにつれて、木々は鬱蒼と生い茂り、昼なお暗い。

だが、そんな環境も、今の俺にとってはなんの障害にもならなかった。

 

 

レベル88の身体能力とスカウト系スキルは、俺の五感を常人とは比較にならないほど鋭敏にしている。

風が葉を揺らす音、遠くで枝が折れる音、潜む小動物の息遣い。それら森羅万象の情報が、リアルタイムで俺の脳内に流れ込み、周囲の三次元マップを完璧に構築していく。

 

 

(……林間学校の時なんざ、虫一匹で大騒ぎしてたのにな)

 

 

かつてのひ弱な自分を思い出し、俺は自嘲気味に呟いた。人間、変わるものだ。いや、俺はもう人間ではないのだったか。

そんな感傷に浸る間もなく、前方に複数の気配を感知する。

木の陰から様子を窺うと、十数匹の巨大な鼠――グレイズ・ラットが、木の根をかじっているのが見えた。

 

奴らは俺の存在に気づくと、一斉にキーキーと威嚇の声を上げ、赤い目を光らせて襲いかかってくる。

だが、俺は慌てない。

スキル《隠密化》を発動。

俺の姿はフッと掻き消え、周囲の風景に溶け込む。同時に《無音歩行》で気配と足音を完全に遮断する。

 

グレイズ・ラットたちは、突然目の前から獲物が消えたことに混乱し、辺りをきょろきょろと見回している。

俺は、そんな鼠たちの群れのど真ん中を、まるで散歩でもするかのように悠然と通り過ぎた。レベル5のモンスターの索敵能力など、俺の前では無いに等しい。

 

沼に近づくにつれて、戦闘の痕跡が目立ち始めた。

地面に転がるグレイズ・ラットの死骸。中には、明らかに剣で斬られたものではない、何かの魔法で焼かれたような跡もある。

 

「……なるほど。ここで一度、派手にやり合ったわけか」

 

地面には、おびただしい血痕が残されていた。だが、それは鼠のものだけではない。人間のものらしき血も点々と、沼の方角へと続いていた。

あのチンピラ共、ここで既にいくらか手傷を負ったらしい。それでも、強欲さが恐怖に打ち勝った、というところか。

 

 

やがて、ツンと鼻を突くような、腐った植物の匂いが漂ってきた。

薬草ギルドの老人が言っていた、毒の瘴気だ。俺は懐から例の薬草を取り出し、口に含む。苦い味が口の中に広がったが、おかげで瘴気による軽い目眩はすぐに収まった。

 

視界が開け、目的の場所――『静寂の沼』が、その不気味な全容を現した。

名前の通り、そこは音が死んだような場所だった。鳥の声も、虫の羽音すら聞こえない。粘度の高そうな濁った水面からは、時折ぷくりとメタンガスのような泡が浮かび、枯れ木が墓標のように突き出している。

 

その、沼の中心にある小島。

俺はそこで、目標を、そしてあのワーカーたちの成れの果てを発見した。

 

とぐろを巻いていたのは、全長10メートルはあろうかという巨大な蛇の魔物。その鱗は鈍い緑色に輝き、頭部には鶏冠のような突起がある。間違いない、バジリスクだ。

そして、そのバジリスクの周囲に、まるで奇怪なオブジェのように配置されていたのが、恐怖に顔を歪めたままの人間たちの石像だった。

剣を振り上げたポーズで。盾を構えた姿勢で。絶望に膝をついた姿で。

『クリムゾン・アーク』の四人組は、永遠にその時を刻まれたまま、バジリスクのコレクションと成り果てていた。

 

 

「……自業自得とはいえ、後味の悪い光景だな」

 

 

《隠密化》を維持したまま、俺は静かに呟いた。

バジリスクは、獲物がすぐ近くにいることなど露知らず、満足げにシュー、と長い舌を出し入れしている。

俺は冷静に思考を巡らせた。

こいつが、グレイズ・ラットが森の浅い方へ移動した根本原因か? おそらく、そうだ。この強力な捕食者が沼の生態系の頂点に君臨し、その影響で弱いモンスターが縄張りを追われた。結果、薬草の群生地とラットの生息域が重なり、今回の依頼が発生した。

 

ならば、話は早い。

このバジリスクを排除すれば、森の生態系は元に戻り、グレイズ・ラットの被害も自然と収まるだろう。

面倒事は、原因から断つに限る。

 

俺は、暗殺を決意した。

音もなく、気配もなく、滑るようにバジリスクへと接近する。

レベルで言えば20~30といったところか。確かにこの世界の基準では強敵だろう。だが、レベル88の暗殺特化ビルドである俺の敵ではない。

問題は、石化の邪眼。だが、そもそも視認されなければ、どんな能力も意味をなさない。

 

スキル《影潜み》を発動。

俺の身体は足元の影に沈み込み、一瞬でバジリスクの背後、巨大なとぐろの上の影へと移動する。

完璧な死角。

俺は影から実体化すると同時に、スキル《弱点看破》を発動させた。

バジリスクの首筋、硬い鱗と鱗の僅かな隙間が、赤い光点となって俺の目に映る。

 

狙いは、定まった。

ナザリック製の短剣を抜き放ち、体重の全てを乗せて、光点めがけて突き立てる。

 

 

《致命の一撃》

 

 

ブシュッ!

手応えは、熟れた果実を貫くかのようだった。

短剣は寸分違わず鱗の隙間を貫通し、その下の神経節を完全に寸断した。

 

「ギ……ッ!?」

 

バジリスクは、声にならない悲鳴を上げ、その巨体をビクンビクンと激しく痙攣させた。だが、それも一瞬のこと。やがてその動きはゆっくりと弛緩していき、巨大な頭部が、がくりと地面に落ちた。

完璧な奇襲。完璧な、暗殺だった。

 

俺はバジリスクが完全に絶命したのを確認すると、証拠としてその口から鋭い牙を一本、力任せに引き抜いた。

そして、石化したワーカーたちを一瞥する。

 

「……南無」

 

小さく呟き、俺は彼らに背を向けた。助ける義理もなければ、手段もない。これが、身の程を知らぬ者の末路だ。

 

沼を後にし、森を戻る途中、俺は奇妙な光景を目にした。

あれほど森の浅い場所に溢れていたグレイズ・ラットたちが、群れをなして、沼の方角へと戻っていく。彼らは、沼の主がいなくなったことを、本能で敏感に察知したのだ。

 

「……これで、一件落着、か」

 

夕暮れの赤い光が差し込む頃、俺は帝都の門をくぐった。

手には、バジリスクの牙が一本。

初めてこの世界の生物を、この手で殺めた。だが、そこに感傷はなかった。あったのは、面倒事を一つ片付けたという、小さな安堵だけだ。

 

ワーカー『ハチ』としての最初の仕事は、誰に知られることもなく、こうして静かに完了した。

だが、これが、これから始まるであろう、より大きな面倒事の序章に過ぎないことを、俺はまだ知らなかった。

挿絵のリクエストです。

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