ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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ぼっち、帝国へ

「……なんで、休みってこんなに爆速で終わってしまうんだろうか」

 

ナザリック地下大墳墓、第九階層にある自室。

俺は、ふかふかのベッドに突っ伏したまま、この世の全ての絶望をかき集めたような特大のため息を吐き出していた。

 

王国での美食ツアー(兼、忍者双子の特訓)、そしてエ・ランテルでの落ちこぼれ冒険者への臨時指導。

それらを終えてナザリックに帰還した俺の「三週間の有給休暇」は、今日この日をもって完全に終了した。明日から……いや、今この瞬間から、俺は再び「魔導王の特任補佐官」という名の社畜(妖怪)に戻らなければならない。

 

しかも、タイミングが最悪だ。

今日から、魔導国における最高にして絶対の主であるアインズ様が、『聖王国』へと出立されるのだ。

 

デミウルゴスから提出された分厚い計画書には、魔皇ヤルダバオトの襲来から始まり、アインズ様が救世主として聖王国に介入し、最終的には「魔導王の死(という偽装)」を経て完全な支配体制を築くという、頭の痛くなるようなマッチポンプの全容が記されていた。

 

(いくらアインズ様が優秀だからって、あの長丁場かつ不確定要素の多い計画を、完璧にアドリブでこなせるのか……?)

 

俺の胃のあたりがキリキリと痛む。上司の出張を見送る部下の心境としては、不安しかない。

計画の性質上、そして極秘裏に動くということもあり、ナザリックによる大々的なお見送りはない。アインズ様はすでに出発されたはずだ。

 

「……はぁ。アインズ様がいない間の、俺の仕事のことを考えると、ガチで鬱になる」

 

唯一の救いは、王国での休暇中に手に入れたお土産が、皆に大好評だったことだ。

とくにアインズ様には、青の薔薇から巻き上げた『闇属性が付与された短剣』を献上したのだが、これがドストライクだったらしい。「おお……! これはナザリックにはない法則のエンチャントだ! 素晴らしいぞ、八幡!」と、眼窩の赤い光を明滅させて、子供のようにはしゃいで喜んでくださった。あの笑顔(骸骨だけど)が見られただけでも、クソ面倒な特訓に付き合った甲斐があったというものだ。

 

「失礼いたします、八幡様」

 

俺がベッドで現実逃避を続けていると、控えめなノックと共に、ホムンクルスメイドの一人であるフォアが部屋に入ってきた。

 

「アルベド様が、執務室にてお待ちです。至急、業務の引き継ぎと今後の説明を行いたいとのことです」

 

「……あー、はいはい。すぐ行くよ」

 

俺は重すぎる体を引きずってベッドから這い出た。

いよいよ、地獄の蓋が開く。

 

アルベドの執務室。

そこは、紙束が雪山のように積まれ、数本の羽ペンが魔法で自動的に文字を書き走るという、凄惨なブラック労働の現場と化していた。

 

「遅いわよ、八幡。……有給でたっぷりと英気を養ってきたのだから、今日からは粉骨砕身、死ぬ気で働いてもらうわよ」

 

山積みの書類の奥からアルベドが凄絶な笑みを浮かべて俺を睨みつけた。

 

「……お手柔らかに頼みます。で、俺の最初の仕事はなんですか」

 

俺が尋ねると、アルベドは一枚の分厚い羊皮紙の束をバンッと机に叩きつけた。

 

「『バハルス帝国における、魔導国属国化に伴う新法の制定および既存法の改正案』の作成よ」

 

「…………は?」

 

「アインズ様からの御命令よ。属国となった帝国に対し、『魔導国としての慈悲と寛容さ』を示しつつ、決して『アインズ様の御威光を蔑ろにしない』、完璧なバランスの法律を考えなさい。……当然、帝国の現行法と矛盾が生じないように、全ての条文を精査すること」

 

(……そんなん、すぐにできるわけなくね!?)

 

俺は絶叫しそうになった。国の法律を、しかも他国の文化や制度に配慮しつつ、支配者としての威厳も保つ法律を、たった一人の補佐官(と皇帝)で考えろと? 法学部の教授でも逃げ出すレベルの難題だ。

 

「この仕事は、貴方に一任するわ。帝国の皇帝、ジルクニフの元へ赴き、彼と直接協議して詰めなさい。……可能なら、今日この後すぐにでも帝都へ向かい、仕事を始めなさい」

 

アルベドの言葉に、俺は絶望し……そして、一秒後にハッと気がついた。

 

(……待てよ。ジルクニフと直接協議ってことは、俺、帝国に出張(常駐)できるってことか?)

 

つまり。

この息が詰まるような、アルベドの狂気に満ちた執務室で、彼女と一緒に働かなくて済むということだ!!

 

「……ッ! 分かりました、すぐに行ってきます! 帝国の法律改正ですね、任せてください!」

 

「あら? 意外と素直ね。もっと文句を言うかと思ったけれど」

 

「魔導国と帝国の未来のため、これくらい安い御用です!」

 

俺は、アルベドが考えを変える前に、弾かれたように執務室を飛び出した。

 

ありがとうジルクニフ! お前の国に行くよ!

 

転移魔法で帝都の宮殿へと飛び、アポイントを取って案内された皇帝の執務室。

 

「……よく来てくれたな、魔導王陛下の特任補佐官殿」

 

執務机の奥に座っていた男を見て、俺は思わず息を呑んだ。

鮮血帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。以前、どっかでアインズ様と並んでいるのをチラッと見たことがあったが……あの時の覇気に満ちた若き皇帝の面影は、今や見る影もなかった。

 

頬はこけ、目の下にはどす黒い隈ができている。そして何より、あの美しかった金髪が、ストレスのせいか明らかに薄く、後退している(ハゲかかっている)ように見えた。

 

(……うわぁ。完全に、終わりの見えない激務とパワハラ上司に潰された、哀れな中間管理職の顔だ)

 

同じ胃痛持ちの社畜として、俺の胸に強烈な同情心が湧き上がった。

 

ジルクニフは、俺の死んだ魚の目を見て、一瞬ビクッと体を震わせて警戒した。ナザリックの使者=底知れぬ化け物、という恐怖が染み付いているのだろう。

だが、俺のその「この世の全てに疲労しきった同類の目」を数秒間見つめた後、彼の中にあった『化け物に対する警戒』が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。

 

「……とりあえず、挨拶させてもらおう。俺は比企谷八幡。魔導国でアインズ様の特任補佐官をやっている。……今回は、帝国の法律改正案について、アンタと一緒に詰めるように言われてきた」

 

「……法律の、改正だと? 属国となった我々に、これ以上何を……」

 

ジルクニフが、絶望に胃を押さえるように顔をしかめる。

 

「まあ、待て。そんなに警戒しないでくれ。とりあえず、茶にしよう」

 

俺は、アイテムボックスから、王国で買ってきた高級紅茶の茶葉と、適当な茶菓子を取り出した。

 

「お付きの者や、メイドは一旦外に出してくれ。ここから先は、俺とアンタだけの密談だ」

 

俺がそう言うと、ジルクニフは戸惑いながらも、近衛兵たちに退室を命じた。

 

部屋に俺とジルクニフの二人きりになったことを確認し、俺は《無音化》の結界を部屋に張った。そして、俺自身でお湯を沸かし、二つのカップに紅茶を淹れて、一つをジルクニフの前にコトリと置いた。

 

「飲んでくれ。毒なんか入ってない。俺のささやかな手土産だ」

 

「……魔導国の使者が、自ら私に茶を淹れるだと?」

 

「言っただろ、密談だって。……とにかく、今はアインズ様の目も、あの怖いアルベドの目もない。だから安心してくれ」

 

俺は、自分のカップの紅茶をすすりながら、椅子に深く腰掛けた。

 

「法律の改正なんて、すぐにできるもんじゃない。お互いの妥協点を探るクソ面倒な作業だ。だから……今だけは、愚痴を言っても、何も聞かなかったことにしてやる」

 

俺のその言葉に、ジルクニフは目を見開き、カップを持った手を止めた。

 

「……貴殿は、何を言っているのだ? 魔導王アインズ・ウール・ゴウンの配下でありながら、そのような不敬な態度……忠誠は誓っていないのか? そんな真似をして、あの化け物……いや、魔導王の目を盗んで、殺されないとでも思っているのか?」

 

困惑と疑心暗鬼が入り混じった声で、ジルクニフが問いかけてくる。

 

「忠誠ねえ……」

 

俺は、茶菓子を一つ口に放り込み、咀嚼してから答えた。

 

「忠誠というより、『助けにはなりたい』と思ってるよ。あの人も、色々と背負い込みすぎて大変そうだからな。……でも、俺を殺す? そんなことして、アインズ様に何のメリットがある? 優秀な(自分で言うのもなんだが)実務担当を一人失うだけだ」

 

俺は、死んだ魚の目で、ジルクニフを真っ直ぐに見据えた。

 

「アンタも同じだ、ジルクニフ。アンタに死なれちゃ、帝国を管理する俺の手間が何倍にも増える。むしろ困るから、プレッシャーで胃に穴を開けたり、自殺とか発狂とか、そういうのは絶対にやめてくれよ」

 

「なっ……! じ、自殺などするわけが……!」

 

ジルクニフが慌てる。

 

「まあ、とにかく。今日明日でどうにかなる仕事じゃないんだから、お互いにゆっくりでいいから進めようや。……俺も、ナザリックじゃアルベドにこき使われる『中間管理職』みたいなもんだ。地位的には、属国の皇帝であるアンタと、そんなに変わらない苦労人だと思ってくれ」

 

俺は、立ち上がって執務机の前に歩み寄り、右手を差し出した。

 

「お互い、上司の無茶振りに耐える同士だ。フランクにいこうぜ、皇帝陛下」

 

ジルクニフは、俺の差し出した手と、その上にある「一切の嘘偽りのない、疲労と共感に満ちた死んだ魚の目」を交互に見つめた。

そして。

彼の口から、かつての覇王としての威厳を全て投げ捨てたような、深くて重い「溜息」が漏れた。

 

「……フッ、ハハハ……! 中間管理職、か。魔導国の使者に、私のこの胃の痛みが理解される日が来るとはな」

 

ジルクニフは、自嘲気味に笑いながら、立ち上がって俺の手を強く握り返した。

 

「……よろしく頼む、ハチマン殿。互いの胃に穴が空かない程度に、手加減をしてくれよ」

 

こうして、ナザリックの特任補佐官と、バハルス帝国の鮮血帝による、「打倒・過労死」を掲げた奇妙な『胃痛同盟』が、帝国の執務室にてひっそりと結ばれたのであった。

挿絵のリクエストです。

  • おまかせ
  • 八幡+シャルティア
  • 八幡+アルベド
  • 八幡+デミウルゴス
  • 八幡+コキュートス
  • 八幡+アウラ
  • 八幡+マーレ
  • 八幡+アインズ様
  • 八幡+メイド達
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