「……ここの第七条だが、帝国の現行法である『貴族の領地権限』と完全に衝突する。魔導国の法を優先するにしても、これでは国内で無用な反発を招くだけだ」
「ああ、そこか。じゃあ、魔導国の特区指定制度を流用して『暫定的な自治権の保留』って形にすりゃいい。名目上はアインズ様の直轄地にするが、実務権限は従来の貴族に残す。これなら魔導国の体面も保てるし、貴族どもの顔も立つだろ」
私とハチマン殿は、執務室の大きな机に向かい合い、文字通り山のように積まれた法案資料と格闘していた。
最初は、あの底知れない魔導国の使者に対して警戒を解けずにいた。だが、同じ「中間管理職としての胃痛」を分かち合ってからというもの、彼との仕事は驚くほどスムーズに進んでいた。
(……それにしても、なんという男だ)
私は、書類に目を走らせながら的確な妥協案を提示してくるハチマン殿を見て、内心で舌を巻いていた。
その乱暴で気怠げな口調とは裏腹に、彼の知能は極めて高度だ。他国の複雑な法体系を瞬時に理解し、魔導国の威光を損なわず、かつ我がバハルス帝国に無駄な血が流れないような『絶妙な落とし所』を次々と見つけ出していく。
並の文官が十人がかりで一ヶ月かかるような法案のすり合わせが、たった数時間で形になりつつあった。
「……ハチマン殿。貴殿は、本当に優秀だな。魔導王陛下も、さぞ重宝しておられるだろう」
「やめてくれ。俺が優秀なんじゃなくて、アルベドの要求がエグすぎるから、生き残るために必死に知恵を絞ってるだけだ。……よし、この項もこれでいけるな」
ハチマン殿はペンを置き、立ち上がってグッと伸びをした。
そして、彼が指を鳴らして部屋に張られていた《無音化》の結界を解いた、その数秒後。
コンコン、と。
絶妙なタイミングで、執務室の扉がノックされた。
「……ッ」
私はビクッと体を震わせ、ハチマン殿を見た。結界を解くタイミングが、ノックの音を完全に予期していたかのように正確だったからだ。
ハチマン殿は死んだ魚の目で「いいぞ」とばかりに小さく頷いた。
「……入れ」
私が許可を出すと、重い扉が開き、三人の騎士が入室してきた。
我が帝国の誇る最高戦力、四騎士のうちの三人――バジウッド、ニンブル、そしてレイナースだ。
「陛下、そろそろ夕食のお時間で……って、うおっ!? 誰だアンタ!」
先頭に入ってきたバジウッドが、見慣れぬ男の存在に気づいて目を見開き、咄嗟に腰の剣に手をかけた。
「へ、陛下! その方は……っ!」
ニンブルが青ざめ、バジウッドに並んで私を庇うように立ち塞がる。
「あらあら、見ない顔ね。どちらの殿方かしら?」
レイナースだけは飄々としているが、その目は油断なくハチマン殿の急所を探っていた。
「よい、武器を収めよ。彼は魔導王陛下の特任補佐官、ハチマン殿だ。私と密に協議を行っていたのだ」
私が制止すると、三人は「魔導国の……!?」と息を呑み、慌てて殺気を引っ込めた。
「もうそんな時間か。……どうだ、ハチマン殿。もしよければ、夕食を共にしないか?」
私が誘うと、三人の騎士が「へ、陛下!? 魔導国の使者と食事など……毒でも盛られたらどうするンスか!」と顔で訴えかけてきた。しかし、今の私にとって、ハチマン殿は恐怖の対象というより、この狂った状況を共に乗り切る数少ない「同志」のような感覚になっていた。
「……ん? ああ、飯か。それじゃあ御相伴に与ろうかな」
ハチマン殿は、皇帝の誘いであるにも関わらず、まるで同僚と食堂に行くような軽さで了承した。
「なっ……なんて無礼な……」とニンブルが絶句していたが、私は構わず立ち上がった。
食堂へと向かう道中や、晩餐の席でも、ハチマン殿は私の騎士たちを前にしても一切態度を変えなかった。
出された帝国の高級料理を、乱暴な口調ながらも極めて洗練されたテーブルマナーで平らげていく。
食事も半ばを過ぎた頃。
私は、グラスのワインを揺らしながら、以前から抱いていた疑問を口にした。
「……ところで、ハチマン殿。貴殿は実際に、どのくらい強いのだ?」
その質問に、控えていた三騎士の間にピリッとした緊張が走った。
あの魔導王の配下だ。弱いはずがない。だが、その底が知りたい。
ハチマン殿は、フォークを止め、少し悩むように視線を彷徨わせた。
「……アインズ様や、宰相のアルベドよりは弱い。足元にも及ばないな。……だけど、雑魚かと言われれば、そうではない」
「それじゃあ、どのくらい強いのか分からないな。……それでは、私の後ろにいる者たちよりは強いのか?」
私の言葉に、バジウッドの顔が引きつり、ニンブルがゴクリと唾を呑んだ。
「まあ、あんまり力を自慢する訳ではないが……強い、かな。うん、たぶん勝てる」
ハチマン殿は、あっけらかんと答えた。
「おいおい、そりゃ聞き捨てならねえな……」
バジウッドが、プライドを刺激されたのか、低く唸る。
「やはり、そうなのか」
私はグラスを置き、身を乗り出した。
「例えば、今私たちを倒すとしたら、ハチマン殿はどう動く?」
「……そんな事やらない。俺は平和主義者だ」
ハチマン殿は心底面倒くさそうに溜息をついた。
だが、私は諦めきれなかった。魔導国の真の戦力の一端、それを自分の目で確かめておきたかったのだ。
「頼む、ハチマン殿の力を見せてくれないか。ここで起きた事は何も咎めないし、問題にもしない。この事は秘密にする。……皇帝の誇りにかけて、墓まで必ず持っていく。他の者たちにも秘密にさせる」
私が真剣な目を向けて頼み込むと、ハチマン殿は「はぁ……」と、今日一番の深いため息を吐いた。
「そこまで言うなら、少しだけですよ」
彼は、先ほどまでステーキを切っていた、何の変哲もないテーブルナイフを手に取った。
そして、手の上でクルクルと器用に回しながら、平坦な声で告げた。
「今からこのナイフで、あなた達の鎧を壊します」
「……なっ! 舐めるなよ!」
バジウッドが怒気を露わにし、ニンブルとレイナースも即座に戦闘態勢に入った。
「やれるものなら、やってみなさいな」
レイナースが挑発的に微笑んだ、その瞬間だった。
フッ、と。
目の前の椅子から、ハチマン殿の姿が完全に『消失』した。
(消えた……!?)
私の動体視力では、何も見えなかった。
三騎士も同様だ。彼らは武器を構えたまま、誰一人として反応できていない。
キンッ、という、小さな金属音が三回、連続して響いた。
「……とまぁ、こんな感じかな」
気がつけば、ハチマン殿は元の椅子に座り、何事もなかったかのようにナイフをテーブルに置いていた。
時間にして、一秒にも満たない神速。
「……え?」
「な、なにを……?」
バジウッドとニンブルが怪訝な声を上げた直後。
ガシャンッ!! という派手な音を立てて、三騎士の身につけていた強固な鎧が、綺麗に分解されて床に滑り落ちた。
「「「…………!!?」」」
三騎士の顔が、驚愕と恐怖で完全に固まった。
ハチマン殿は、彼らの肉体には一切傷をつけず、鎧を繋ぎ止めている『留め具の金属だけ』を、あのステーキナイフで正確に切り裂いていたのだ。
もしあの刃が、首に向けられていたら。
「……フッ、ハハハハハッ!!」
私は、あまりの理不尽なまでの実力差に、恐怖を通り越して大笑いしてしまった。
「やはり、ハチマン殿も相当な実力者なのだな! いや、お見事だ!」
「まあ、こんな力持っていても、基本はデスクワークかフィールドワークで、戦闘なんてしないんですけどね。……有給も終わったし、明日はまた書類の山ですよ」
ハチマン殿は、死んだ魚の目でボヤいた。
私は更に笑った。魔導王の配下という化け物の集団の中で、彼のような「人間臭い」存在がいることが、なぜだかひどく嬉しかった。
「今夜はどうする? 私はこの後も、仕事に打ち込もうと思うんだが?」
私が尋ねると、ハチマン殿はフッと微かに笑った。
「……付き合うよ。てか、泊めてくれ。ナザリックに帰ったら、またアルベドに何を追加されるか分かったもんじゃないからな」
「そうか! それは重畳!」
私は、いまだに鎧を落とされた姿で放心している騎士たちを振り返った。
「おい、お前たち! ハチマン殿の為に、最高の客室を用意してくれ!」
「は、はいぃっ!!」
「た、ただいま直ぐに!!」
バジウッドたちは、化け物を見るような目でハチマン殿をチラリと見ると、気を取り直して、いそいそと、逃げるように客室の準備へと向かっていった。
「さあ、夜は長いぞ、同志よ」
「……お手柔らかに頼むぜ、皇帝陛下」
こうして、私と魔導国の特任補佐官による、帝国の法整備という名の『徹夜の残業』が、奇妙な連帯感のもとに幕を開けたのであった。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達