ぼっち、ナザリックに飛ばされる   作:NewSankin

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骸骨、思い出に浸る

「……はぁ。終わった、やっと終わったぞ……」

 

ナザリック地下大墳墓、第九階層にある自室。

 

私は、誰の目もないことを確認してから、豪奢な椅子に深く背中を預け、存在しない肺から特大の安堵の息を吐き出した。

 

デミウルゴスの描いた、聖王国における『魔皇ヤルダバオト』のマッチポンプ計画。

 

あれは本当に、私の(鈴木悟としての)精神をゴリゴリと削り取るような長丁場であった。常に威厳ある魔導王として振る舞い、デミウルゴスの深謀遠慮を「完全に理解している」という体でアドリブを連発し続ける日々。

 

結果として計画は大成功に終わり、私はナザリックへと無事に帰還を果たしたのだが、精神的疲労はピークに達していた。

 

そして、帰還した次の日。

 

執務室で溜まっていた書類仕事(アルベドが綺麗に整理してくれてはいたが)に目を通していると、思わぬ人物から面会の申請が届いた。

 

『――ハチマンが、極秘にご相談したい件があるとのことで、お時間を頂戴したいと申しております』

 

アルベドからの報告を聞き、私は眼窩の赤い光を瞬かせた。

 

(八幡が、自ら私に時間を作ってくれと願い出てくるだと?)

 

それは、極めて珍しいことだった。

 

スーラータンが創造したあのNPCは、非常に優秀な実務能力を持っている。帝国や王国での工作も見事にこなしたと報告を受けている。だが、彼の性格はどこか「面倒事を避けたがる」きらいがあり、用事がない限りは私や階層守護者たちから距離を置こうとする節があった。(その気持ちは、元しがないサラリーマンである私には痛いほどよく分かるのだが)。

 

その彼が、わざわざアポイントを取ってまで直談判に来る。

 

(……何か、帝国での法整備で取り返しのつかないミスでもしたのか? いや、アルベドの報告では完璧だったはず。ならば、ナザリック内部のトラブルか?)

 

少しばかりの不安を抱えながら、私は面会を許可した。

 

「失礼いたします、アインズ様。この度は、聖王国からのご帰還、誠におめでとうございます」

 

執務室に入ってきた八幡は、いつものように深い一礼をした。

 

私は、内心の疲労を一切表に出さず、魔導王としての威厳ある態度で彼を出迎えた。

 

「うむ。大儀である、八幡。……お前も、王国での休暇はゆっくり休めたか?」

 

「はい。アインズ様の寛大な御心のおかげで、大変有意義な有給休暇を過ごすことができました」

 

そんな当たり障りのない労いと雑談を交わした後、八幡の顔つきがスッと引き締まった。

 

「アインズ様。実は本日は、極秘にご相談したい件がありまして……。恐れ入りますが、護衛の方々とメイドを、一時的に下がらせていただけないでしょうか」

 

(……人払い、だと?)

 

私は少しばかり警戒した。配下が二人きりでの密談を求めるなど、通常ではあり得ない。だが、相手はあの八幡だ。謀反などという面倒なことを起こす性格ではない。何か、他の者には絶対に聞かれたくない個人的な相談なのだろう。

 

私は少し思案する素振りを見せた後、静かに頷いた。

 

「……よかろう。皆の者、しばし席を外せ」

 

八肢暗殺虫(エイトエッジ・アサシン)とメイドたちが退室し、広い執務室には私と八幡だけが残された。

 

「さて。人払いをしてまで、私に何を見せたいのだ?」

 

私が促すと、八幡は自らのインベントリを開き、机の上に次々と『アイテム』を取り出して並べ始めた。

 

「なっ……! こ、これは……!」

 

私は、思わず立ち上がりそうになるのを必死に堪え、感情を強制的に鎮めるスキル(緑色の光)が発動した。

 

机の上に並べられたのは、禍々しいオーラを放つ武具の数々。血を吸ったような大剣に、凍てつく冷気を放つランス。

 

(間違いない……これは、スーラータンが持っていたアイテムだ!)

 

スーラータン。

ナザリックの中でも屈指のトリックスターであり、PK(プレイヤーキル)を好んで行っていた少しばかり悪ふざけが過ぎる男。彼が引退する際に残していった遺産が、八幡の自室(旧スーラータンの部屋)に眠っていたというのか。

 

「……八幡。少し、見てもよいか?」

 

「もちろんです。本来、これらはアインズ様が管理されるべきものですので」

 

私は、懐かしさで胸がいっぱいになりながら、骨の指でそれらの武具に触れた。

 

「ああ……懐かしいな。この『絶氷の篭手』」

 

私は、かつてのギルドの喧騒を思い出しながら、楽しげに語り始めた。

 

「あの時、スーラータンの奴が、氷竜王を名乗るプレイヤーを三日三晩粘着してPKした時の戦利品だ。『ドロップ率が渋すぎる!』とボヤきながら、執念で奪い取っていたな……。こちらのランスを奪う時は、私が囮になって敵を誘い込んだのだ。本当に、あの頃は無茶ばかりしていたよ」

 

思い出の品々に触れ、私の心は鈴木悟という一人のゲーマーに戻っていた。

 

「……すまない、つい昔話に花を咲かせてしまった。それで、これらをどうするべきか、という相談だな?」

 

「はい。俺が持っているには過ぎたるものですので」

 

「うむ。基本的には宝物殿で厳重に管理することにしよう。だが……八幡、お前のクラスで装備できる短剣や暗殺具の類があれば、お前が引き継ぐといい。スーラータンも、自分の遺産が己の創造物に使われるなら本望だろう」

 

私の言葉に、八幡は深く頭を下げた。

 

かつての友の遺産を見つけてくれたことへの感謝と、彼がそれを無断で着服せず、正直に報告してくれたことへの信頼感で、私は非常に上機嫌になっていた。

 

だが、八幡の「極秘の相談」は、これだけではなかった。

 

「あと、もう一つ。……これも、見ていただきたいのですが」

 

そう言って彼が机の上に置いたのは、一枚の古びた『羊皮紙』だった。

 

「ん?」

 

私はそれを手に取り、じっくりと観察した。そして、そのアイテムの正体に気づき、思わず声を上げた。

 

「おお! これは……! 確か、ユグドラシルの何周年記念かのイベントで配布された、限定アイテムじゃないか!」

 

私は興奮を隠しきれずに語った。

 

「期間限定で、ギルドの枠を消費せずに『お試しNPC』を作成できるというレアものだぞ! ただ、これにはシステムの穴を突いた致命的なバグがあってな。特殊な手順を踏むと、期間限定のはずが『永遠に召喚されたまま』になってしまうんだ。運営も修正を諦めて仕様とした代物だが……ん?」

 

書類の裏側や細かい項目を見ていた私は、ある部分でピタリと視線を止めた。

 

「……これ、そのバグ版のやつじゃないか。しかも、夫の欄に……八幡、お前の名前が書いてあるぞ?」

 

私は、唖然として八幡の顔を見た。

 

彼は、この世の終わりでも見たかのような、死んだ魚の目をさらに淀ませてコクリと頷いた。

 

(……ぷっ。なるほど、そういうことか!)

 

私は内心で、鈴木悟として大爆笑しそうになった。

 

スーラータンの奴、自分が引退する前に、自分のNPC(八幡)を使って、何か面白いNPC(子供)を生成しようと悪ふざけでセッティングしていたのだ。

 

自分の知らない間に、謎の相手との『婚姻届』を書かされていた八幡の心境を思うと、同情すると同時に笑いが込み上げてくる。

 

「アインズ様、お願いです。この『夫』の欄から、俺の名前を消すことは可能でしょうか!?」

 

八幡が、かつてないほどの悲壮な決意を込めて懇願してきた。

 

「ん〜……」

 

私は顎に手を当てて思案した。

 

「本来なら、このアイテムの所有者(署名した本人)であるスーラータンにしか、名前の解除はできない仕様なんだよなぁ〜」

 

システム的な制約だ。八幡自身では絶対に消せない。

 

八幡の顔に、明らかな絶望の色が浮かんだ。その憔悴しきった姿を見ていると、日々の激務をこなしてくれている彼を、これ以上からかうのは流石に可哀想に思えてきた。

 

「だが……まあ、やってみるか」

 

私はインベントリを開き、かつて大量にストックしていた『課金アイテム』の中から、【名義変更・権限書き換えのスクロール】を取り出した。

 

これは、他人のアイテムの所有権を強制的に書き換えるための、非常に高価なアイテムだ。

 

スクロールを砕くと、光の粒子が婚姻届を包み込んだ。

 

ピカッ! と眩い光が収まった後、羊皮紙を確認すると、夫の欄にあった「比企谷 八幡」の文字は、システム的に綺麗さっぱり消滅していた。

 

「き、消えた……!! ありがとうございます、アインズ様!! 一生ついていきます!!」

 

八幡が、心底救われたような顔で、私に向かって深々と頭を下げた。

 

「ははは、よいよい。お前は最近、本当によく働いてくれているからな。これくらいは上司としての当然の報い(ボーナス)だ」

 

部下の悩みを解決し、威厳を保つことができた。上司としては完璧なムーブである。

 

「ちなみに……これって、この世界で今使ったら、どうなるんでしょうか?」

 

八幡が、空欄になった書類を見つめながら問いかけてきた。

 

「ん〜、それは私にも分からないな。ユグドラシルのルールがどこまで適用されるか未知数だ。もしかしたら、この世界に新たなナザリックの一員を迎えることができるかもしれないし、あるいはただの紙切れとして何も起こらないかもしれない。……使ってみないと分からないな」

 

私は正直に答えた。この世界では、YGGDRASILの常識が通用しないことも多い。NPCが自我を持ったように、この「NPC生成シート」も、全く別の働きをする可能性があった。

 

ふと、執務室の時計に目をやると、予定の時間が迫っていた。

 

「おっと、いかん。そろそろデミウルゴスとの会議の時間が差し迫っているな。聖王国での事後処理について詰めねばならん」

 

私が告げると、八幡は素早く居住まいを正した。

 

「はい。貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。失礼いたします」

 

綺麗になった婚姻届をインベントリにしまい込み、足取りも軽く退室していく八幡の背中を見送りながら、私は小さく息を吐いた。

 

(さて、私もひと休み……とはいかないか)

 

スーラータンの遺産という懐かしい思い出に触れ、少しだけ英気を養うことができた。

 

私は再び『絶対的支配者・魔導王アインズ・ウール・ゴウン』の仮面を被り直し、デミウルゴスが待ち受ける会議の間へと向かうべく、重い玉座から立ち上がった。

挿絵のリクエストです。

  • おまかせ
  • 八幡+シャルティア
  • 八幡+アルベド
  • 八幡+デミウルゴス
  • 八幡+コキュートス
  • 八幡+アウラ
  • 八幡+マーレ
  • 八幡+アインズ様
  • 八幡+メイド達
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