魔導国の特任補佐官として、日々コツコツと書類の山を崩し続ける毎日。
有給明けからこっち、俺は守護者たち……主にアルベドの副官的な立ち位置で、ブラック企業も真っ青の業務量をこなしていた。
(……そろそろ、あの『婚姻届』の件をアルベドに叩きつけて、面倒事から解放されよう)
そう決意を固めていた、ある日のことだった。
「八幡。お前を、私の直属の副官として起用したい」
執務室に呼び出された俺は、アインズ様のその言葉に絶句した。
「は……? アインズ様ご自身の、副官、ですか?」
「うむ。お前のこれまでの働き、そして他者の本質を見抜く能力。それを私の傍で振るってほしいのだ。……ものは試しだ、引き受けてはくれないか?」
アインズ様に「能力を買っている」とまで言われて、しがない社畜(特任補佐官)が断れるはずもない。
「……はっ。微力ながら、全力を尽くさせていただきます」と、俺は恭しく首を垂れ、その申し出を了承した。
その直後だった。
アインズ様のもとに《伝言(メッセージ)》が飛んできた。内容を聞いたアインズ様は、わずかに眼窩の赤い光を瞬かせ、立ち上がった。
「行くぞ、八幡。玉座の間へ」
俺は直属副官として、無言でアインズ様の背中についていくことになった。
玉座の間に到着すると、そこにはすでに各階層の守護者たちがずらりと集結していた。
空気が重い。肌がヒリつくような、明確な『異常事態』の気配。緊急幹部会といった雰囲気だ。
俺も、アインズ様の斜め後ろという胃の痛くなるような特等席で、嫌な予感に冷や汗を流していた。
「――何があった?」
アインズ様が玉座に腰を下ろし、静かに、しかし威厳に満ちた声で問う。
階下に控えていた守護者統括、アルベドが一歩前に出た。
「……聖王国へ送るはずの食料輸送隊が、襲撃されました」
その言葉に、玉座の間の空気が凍りついた。
詳しく聞くと四日前に輸送隊が襲われ、食料が強奪されたというのだ。
「襲撃? 王国が直接動いたのか? それとも八本指の裏切りか?」
アインズ様が低い声で尋ねる。
輸送には、ナザリックの傀儡となっている王国の裏組織『八本指』が関わっている。もし彼らの裏切りなら内部の管理ミスだし、王国軍の仕業なら明確な敵対行為だ。
しかし、報告をするアルベドの様子が、どうにもおかしい。
どこか言い淀んでいるというか、ひどく言いにくそうにしているのだ。
(……アルベドが言い淀む? 仕事をミスったのか? 完璧主義のアイツにしては珍しいな)
俺が内心で首を傾げていると、アルベドは苦虫を噛み潰したような顔で、その『信じられない犯人の名』を口にした。
「……犯人は、我らが利用していた王国貴族、フィリップ・ディドン・リイル・モチャラスです」
「フィリップ……?」
アインズ様が、訝しげにその名を反芻する。
「はい。愚かにも、魔導国の旗を掲げた輸送隊を襲撃し、物資を奪いました」
その報告を聞き、他の守護者たちも完全に困惑していた。
無理もない。俺も事前にデミウルゴスから共有されていた資料で知っていたが、フィリップという新興貴族は、ナザリックの計画におけるただの『使い捨ての駒』だ。
本来の計画では、フィリップのような底抜けの馬鹿を担ぎ上げ、彼を中心に王国の貴族派閥を揺さぶり、内乱を引き起こす。そうして王国を内部から弱体化させ、最終的に魔導国が恩を売る形で有利に介入する……という、緻密な盤面が描かれていたはずだった。
ところが、そのフィリップは、段階を全てすっ飛ばし、あろうことか『魔導国の旗を掲げた輸送隊を強奪する』という、国家間の戦争を引き起こす最悪の愚行に走ったのだ。
(……うわぁ。馬鹿を利用してたら、その馬鹿が想定を遥かに超える馬鹿すぎて、大元から計画をぶっ壊したのか。事故すぎるだろ……)
俺は、アルベドが言いにくそうにしていた理由を察し、内心で深く同情した。
「……なるほど。想定外だな」
アインズ様が、深い溜息をつくように言った。
「現在、現場の管理責任者であるヒルマ・シグネウスを呼び出しております」
アルベドの合図で、玉座の間に一人の女性が引きずり出されてきた。
八本指の幹部であり、ナザリックに完全服従している協力者、ヒルマ。
彼女は、玉座の間に放り出された時点で、ガチガチに震え上がり、完全に恐怖で顔を歪ませていた。
彼女からすれば、「もう終わった」「拷問される」「絶対に殺される」という極限状態だろう。なんせ、自分が管理・誘導を任されていた駒が、魔導王の顔に泥を塗ったのだから。
「わ、私は知りません! そのような命令は決して……! あ、あの馬鹿が勝手にやったことで……!!」
ヒルマは床に頭を擦りつけ、涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら必死に弁明した。
だが、ナザリックの守護者たちが、人間の言葉を素直に信じるわけがない。冷ややかな殺気が玉座の間を満たしていく。
(……いや、嘘は言ってないな。本当に青天の霹靂だったんだろう)
俺がそう観察していると、アインズ様が口を開いた。
「では確認しよう。八幡、頼む」
「はっ」
俺は玉座の傍らから一歩前に進み出た。
俺のユニークスキルの一つ、対象の偽りや欺瞞を感知するパッシブスキル《腐った目》。普段は無意識に発動しているが、意識的に対象に向ければ、その言葉の真偽を完璧に透かし見ることができる。
俺は、床で震えるヒルマを、この世の全ての絶望をかき集めたような淀んだ目で見下ろした。
「……嘘はついていません。言葉にも裏がない、本当のことを言っています」
俺がはっきりと断言すると、ヒルマはビクッと肩を震わせ、すがりつくように俺を見上げた。
「八幡がそう言うなら間違いない。……ヒルマに罪はない」
アインズ様が鷹揚に頷き、ヒルマを赦すような言葉を口にした。
しかし、それに待ったをかけたのがアルベドだった。
「お待ちください、アインズ様。ヒルマ自身に叛意がないとしても、部下の失態は上の責任です」
これは、ナザリック的には極めて自然な考え方だ。失敗は罰せられるべきであり、下位者がミスをしたなら、それを管理する者も責任を負うべき。アルベドとしては、ヒルマに拷問や処刑といった罰を与えるのが当然という認識だった。
だが、ここでアインズ様が、俺たち社畜の胸を打つ、信じられないほど『理想的な上司』の理論を展開したのだ。
「ならば、ヒルマの上はお前だ、アルベド」
「……ッ」
「そして、お前の上は私だ。ならば、最終的な責任は……私にある」
「「「……ッ!!」」」
玉座の間にいた守護者全員が、息を呑んで平伏した。
(す、すげぇ……。自分の部下を守り、最終的な責任はトップである自分が取るって、明確に宣言しやがった……!)
上司の鑑すぎる。前世でどんな徳を積めば、こんな立派な上司になれるんだ。
「ヒルマへの罰は……そうだな。フィリップの行動に対する『対策案の作成』とし、それをアルベドへ提出すること、とする」
「え……?」
ヒルマから、間の抜けた声が漏れた。
殺されると思っていた。地獄のような拷問を受けると思っていた。なのに、下された罰は「再発防止のためのレポート提出」。
「……っ!! か、寛大なる御裁きに、心より感謝いたします……ッ!!」
ヒルマは、信じられないほどの恩赦を与えてくれた魔導王を見上げ、ボロボロと涙を流しながら深く、深く頭を下げた。その瞳に宿っているのは、恐怖ではなく、狂信にも似た絶対的な『崇敬』。
(なるほどな。ナザリック式の、究極の『飴と鞭』ってやつか。完全に落ちたな、あの人)
ヒルマが元の場所へと返され、会議は次のフェーズへと移行した。
本題は、ヒルマの処罰ではない。
「では、王国への対応を」
アルベドが、冷徹な声で切り出した。
そう。たとえフィリップ個人の暴走であったとしても、外形的には『リ・エスティーゼ王国の貴族が、魔導国の支援物資を奪った』という事実に変わりはない。
これを見逃せば、魔導国の威信が傷つく。他国から舐められ、聖王国への支援という外交政策にも泥がつくことになる。
そして、会議が進み、デミウルゴスやアルベドが第三者の知恵あるものが仕込んだものと推測するが、アインズ様がフィリップ個人の愚行だと断定。さらに、元々の計画を捨てなければならないところをアインズ様は「本当にもうダメなのか」とデミウルゴスに質問したところ、デミウルゴスとアルベドはアインズ様の言葉の意味を受け取り、元の計画「飴と鞭」を最初に従属した帝国には飴を敵対した王国には滅びという鞭をということになった。
「魔導国の威信を傷つけた以上、相応の報いを受けさせる」
アインズ様のその冷たく、静かな宣言により、会議の結論は決定づけられた。
(うわぁ……可哀想に……)
俺は、玉座の傍らに立ちながら、遠く離れた王国の者たちに心底同情した。
フィリップという底抜けの馬鹿は、自分が何を引き起こしたのか全く分かっていないだろう。だが、その愚行のせいで、ナザリックの計画は「内部からの弱体化」から「国家の徹底的な蹂躙」へと、より苛烈な方向へと切り替わってしまった。
この時点で、リ・エスティーゼ王国は完全に詰んだ。
俺は、この理不尽すぎる国家の終焉を前に、ただ静かに死んだ魚の目を閉じることしかできなかった。
6月も頑張れるところまで頑張ります。
頑張れるところまでね。
挿絵のリクエストです。
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おまかせ
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八幡+シャルティア
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八幡+アルベド
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八幡+デミウルゴス
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八幡+コキュートス
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八幡+アインズ様
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八幡+メイド達