Lightning ~Revenge~   作:涼宮 シ苑

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入学編Ⅰ

 桜が舞う季節。

 

 新たな出会いに思いを馳せる、始まりの季節である。

 

 この国においてはほぼ全ての企業、団体、学校が4月を新年度として設定している。

 

 そしてそれは、色々な意味で特殊なこの学校においても例外ではない。

 

 『国立魔法大学付属第一高校 入学式のご案内』と銘打たれた電光掲示板がこれ見よがしに設置されている。

 

 そして日程、時間、場所、そして校内地図と続く、至極一般的な入学式の案内である。

 

 

 

 「……時間、間違えた?」

 

 

 

 そんな文字の羅列と地図を見上げながら、今にも風で消えそうな声が聞こえた。

 

 その声の主は一人の少女――。

 

 その少女を一言で表すなら“白”。

 

 汚れ一つない白磁器のような肌を、学校指定の新品の制服が包み込む。

 

 純白――と言うよりも白銀に近い、腰にまで到達する長い髪。

 

 盲目という訳ではないが閉じられた瞳が、白銀色である眉毛や睫毛の存在をひと際引き立てる。

 

 そして、130センチにも満たない身長に、彫像のように整った丸みを帯びた顔立ち。

 

 小学校低学年でも十分通用するその体格は、気取った言い方をすれば雪の妖精も甚だしい。

 

 

 そんな彼女の名を、(あかつき) (りん)

 

 今年からこの学校――国立魔法大学付属第一高校に通う、れっきとした新入生である。

 

 

 

 ――魔法という御伽の産物が現実の技術へと体系化されて1世紀が経とうとしている西暦2095年。 

 

 既存の技術体系を大きく進歩させた魔法は民間から軍事の分野まで幅広く浸透し、魔法による技術力こそが国力に直結する世界となっていた。

 

 

 

 当然、この日本という国においてもそれは例外ではない。優秀な魔法技能師(魔法師)の育成が国家の急務となっており、ここ国立魔法大学付属第一高校はそんな魔法師を多くを輩出している、言わばエリート校である。

 

 

 

 

 

 入学式開始は2時間後ではあるが、既に多くの在校生が校内を歩き回っている。そんな中、校内掲示板という誰の目にも入るものの前で、その容姿や佇まいから更に目立つ存在が立っていれば普段以上に視線を集めるものだ。

 

 

 

 

 

 ――見て、あの子っ!可愛い~!新入生かな?

 

 

 

 ――あらホント。でもウィードよ?

 

 

 

 ――あぁ……残念。ウィードかぁ……

 

 

 

 ――随分早く来るのね。スペアなのに張り切っちゃって。

 

 

 

 

 

 ウィードとは二科生徒を指す言葉である。

 

 

 

 ただでさえ魔法師が不足している世の中だ。魔法教育に均等な機会を与える余裕はこの国にはない。

 

 

 

 実力主義、才能主義、それが魔法の世界を示すに相応しい。故にこの学校に入学を許された時点でエリートであるが、その段階で優等生と劣等生が存在している。

 

 

 

 優等生を『ブルーム』と呼ぶ。緑色のブレザーに八枚花弁のエンブレムを持つことから、そう呼称されている。

 

 反対に劣等生はその意匠がなく、花を咲かせる事がない雑草(weed)を揶揄して『ウィード』と呼ばれている。

 

 この学校の一学年の定員は200名。内100名は二科生徒として入学する。

 

 では二科生徒は卒業まで二科生徒なのか。

 

 

 答えは否である。

 

 

 魔法教育には事故がつきものであり、中には身体的、精神的係わらず弊害を与えるものもある。

 

 そして重症にもなれば、再起不能と(魔法が使えなく)なり、退学となるケースもある。

 

 それによって出来た欠員を二科生徒が補うのだ。

 

 故にスペアと呼ばれる。

 

 

 毎年コンスタントに魔法師を排出する手段として考案されたであろう合理的な制度だが、嘲りのネタとなってしまっているのは如何ともし難い。

 

 

 かく言う彼女――凛は、そんな二科生徒の一人であった。

 

 二科の象徴とも言えるエンブレム無しのブレザー。

 

 彼女を初見で小学生だと思わなかったことからも伺えるが、それだけ制服のエンブレムは選民意識の根強さに貢献しているのだ。

 

 

 

 

 

 この程度の嘲笑で目くじらを立てるような事はないのだが、居心地が悪いことには変わりない。  

 

 案内板に備え付けられていたデジタル時計でかなり余裕があることは確認してある。

 

 時間を潰そうと決めた彼女は、整備された石畳の道をフラフラと歩く。

 

 校舎へ続く扉は全て閉まっているので、外で待つしかないが果たして。

 

 しかし、思いのほか良さげの場所はすぐに見つかった。

 

 視界を遮らない程度に配置された並木の向こうに、ベンチが置かれた中庭。

 

 そのまま進み全貌を確認する。

 

 規則正しく並ぶ三人掛けのベンチ。

 

 これは占めたと、そのうちの一つを適当に見繕い、腰を落とした。

 

 

 ――爽やかな風が頬を撫でる。

 

 それと共に周囲の桜並木が僅かに枝を揺らし、桃色の花弁を散らす。

 

 この近辺に自然と呼べるものはない。都心から僅かに外れた場所とは言え、あたりは人工物に溢れている。

 

 凛はそれがどうしても好きになれなかった。それは彼女の特殊な生い立ちが関係しているが、それは割愛する。

 

 兎に角、自然物延いては自然界が好きなのだ。

 

 木々の騒めき、虫の鳴き声――動植物たちの営みがこれ以上なく愛おしく感じる。

 

 故に僅かながらの自然を感じられるこの場所が、早くも彼女のお気に入りスポットとなり始めていた。

 

 部活動なんてものがあるなら、園芸なんてものもいいかもしれない。

 

 そんなことを考えながら、優しく襲ってきた睡魔に身を委ねた。

 

 

 

 □ □ □

 

 

 

 新入生総代を渋る妹を何とか説得(?)出来た男子生徒、司波(しば)達也(たつや)は入学式開始までの余った時間をどのように潰すかを考えていた。

 

 妹――司波(しば)深雪(みゆき)の付き添いでリハーサルの時間に合わせて登校した彼は、深雪の説得という予定外があったものの、十分過ぎる時間があった。

 

 

 

 校内のカフェテリアが目に入ったが、混雑を避けるためなのか営業していない。

 

 どこか腰を落ち着ける場所はないものかと情報端末に表示させた校内マップを片手に歩き回る事5分程。

 

 中庭を発見した彼は、休憩スペースくらいあるだろうと歩を進めた……のだが、

 

 

 

 「ん……?」

 

 

 

 木々の隙間に見えたベンチに座る確かな人影。

 

 先客が居たかと引き返そうとするが、他にも腰を落ち着ける場所くらいはあるだろうと判断した彼は、そのまま歩みを進めた。

 

 中庭の全貌を見やる。中々に良い場所じゃないかと内心で感嘆しながら、少し離れた場所に設置されたベンチに座った。

 

 携帯端末を手に持ち、校内情報でも確認しようかと思ったところで、ふと先客の方向を見やる。

 

 彼の視線の先には、ベンチに腰を下ろし、スヤスヤと寝息を立てる少女。

 

 深雪という10人が10人美しいと答えるであろう妹がいる達也の目から見ても、非常に整った顔立ちであると思う。

 

 しかし、彼にとっては別段新鮮なものではなかった。

 

 携帯端末を胸ポケットへと戻して立ち上がる。そして迷う素振りを見せることなく、その人物の方へと歩きながら、

 

 

 

 「凛」

 

 

 

 迷わず彼女のその名を口にする達也。

 

 名札が着いていたとか、ましてや当てずっぽうなどではない。

 

 ただ、達也にとってよく知る人物であったに過ぎない。

 

 

 

 「……うぅん……あれ……私、寝てた……?」

 

 「外で寝ると風邪をひくぞ」

 

 「達也、さん……おはよう、ございます」 

 

 「……ああ、おはよう」

 

 

 

 閉じられた瞳からは解りにくいが、寝ぼけ目の様子。そんな彼女に軽い挨拶を交わしながら、人ひとり分の距離を空けて腰かけた。

 

 

 

 「……」

 

 「随分早いんだな」

 

 「……時間には余裕を持たせておきたくて」

 

 「そうか」

 

 

 

 凛のその返答を聞きつつ、そっと携帯端末の時計を起動させる。

 

 入学式開始まで一時間以上ある。自分が言えたことではないがいくらなんでも早すぎやしないか。

 

 そう思いつつも口には出さず、彼女の様子を横目で窺う。

 

 

 達也と凛は、そこまで親しい間柄ではない。

 

 彼が師事している師匠の()の居候――それが彼女なのだ。

 

 いつから居るのかは知らないが、少なくとも達也が弟子入りしたときには既に居たのは間違いない。

 

 故によく顔を合わせると言っても修行のときだけであり、個人的な付き合いなどあるはずもなく。

 

 達也は師匠との修行や意見交換に夢中であり、片や彼女は庫裏の家事などを精力的にこなしており、会う機会すらないこともある。

 

 つまり友人はおろか、知人と呼べるのが関の山な、どうにも微妙なラインの関係性である。

 

 そんな短く浅い付き合いのなかで解かった彼女の性格は、人付き合いが苦手で引っ込み思案。

 

 口数は非常に少なく、話しかければ答えてくれる程度であり、彼女の方から話題を振られることは、過去に数えられる程度しかない。

 

 これから同じ学校に通うことも彼女の口からではなく、自身の師匠から聴いたくらいだ。

 

 

 

 「……」

 

 「……」

 

 

 

 沈黙。

 

 こうなるのは必然であるが、不思議と居心地の悪さは感じない。

 

 双方が話題作りを積極的に行わない性質(たち)だからだろうと、達也は分析している。

 

 つまり二人共無言の空間を苦にしないタイプなのである。

 

 傍から見れば年の離れた兄妹のようにも見える二人だが、場所といい、二人そろって同じ制服に身を包んでいることといい、どことなく珍妙な雰囲気が漂っていた。

 

 

 

 「……あの、達也さん」

 

 「どうした?」

 

 

 

 か細い声が、しかし透き通るように響く凛の声。

 

 珍しく自分から話しかけてきたことに若干驚きながら、達也は携帯端末に向けていた意識を彼女に向ける。

 

 

 

 「えっと……その……」

 

 「ああ」

 

 「入学式は……まだ、ですよね?」

 

 「……?ああ、まだ一時間くらいはある」

 

 

 

 一瞬なにを訊かれているのか解からず思考が停止した達也だが、なんとか持ち直す。

 

 寝過ごしてしまった可能性を考えたのか。しかし、自身が放った「随分早いんだな」という台詞で察したと思ったが。

 

 そこまで考えた達也はふと、凛が携帯端末やそれに関連する電子機器を持ち歩かないことを思い出した。

 

 過去、『そういうの(携帯端末)は苦手』と言っていたのは覚えているが、やはり時間が解らないの不便だろう。

 

 今度、彼女でも扱えるようなものを探してみるかと考えたが、果たして彼女が使ってくれるかどうか。

 

 

 

 「……ありがとうございます」

 

 「気にするな」

 

 

 

 そう考えながら、再度携帯端末のデータへと意識を落とす達也。

 

 

 決して気安い間柄ではない。そもそも、達也にはそのような関係の相手はいない。

 

 しかし、彼女のことはある程度信頼している自分がいることは知っている。

 

 無害そうな外見ゆえか、はたまた彼女の人格的な理由か。判断するには彼女のことを知らなすぎるが、警戒しなくても大丈夫という直感が彼にはあった。

 

 だからこそ、彼女が困っているなら手を貸す気でいるし、先の思考もこれに起因したものである。

 

 

 これからの学校生活。

 

 楽しみではない、と言ったらウソになる。

 

 大人びてはいるが、彼もれっきとした高校生。世間一般で言うところの子供である。

 

 修行の時にしか顔を合わせない彼女との間柄も、あわよくば友人とはっきり呼べるくらいまで進展出来たら良いと願ってもバチは当たらないだろう。

 

 

 

 □ □ □

 

 

 

 燃え盛る炎界。

 

 そこかしこから吹き出す真っ赤な溶岩。

 

 命の源たる水を一瞬で蒸発させる強烈な熱風。

 

 火砕流は留まる事を知らず、猛烈な勢いでその地を揺らす。

 

 大自然が有する死の気配は、普通の生物を死滅させて余りあるものである。

 

 

 そう、普通の生物であれば、だ。

 

 地獄とも形容出来るこの地でも、私の生命活動は止まらない。

 

 自身を特別だと思ったことはない。

 

 ないが、このような場所でも息切れ一つしない私は、やはり特別な存在なのだろう。

 

 

 

 いつからだろう。

 

 ワタシという自我が芽生えたのは。

 

 最初はその辺の獣の一匹だった。

 

 この広大な自然界が形成する食物連鎖で、最下位に位置すると言ってもいい存在だった。

 

 だから群れをなして生活していた。

 

 しかし、この世界ではそんな平凡も長くは続かない。

 

 巨大なモンスターは、我先にと逃げ惑う仲間を肉片へと変えてゆく。

 

 ワタシが喰われなかったのは、ただ単に“運”が良かっただけだ。

 

 

 当時のワタシにとって、同種以外のほぼ全てのモンスターが天敵だった。

 

 外敵から身を守るために逃げ惑う。

 

 ようやく住み慣れた土地から離れ、新たな地を探し続ける。

 

 それを何百、何千、何万と繰り返した。

 

 何百、何千、何万と“運”に助けられ、生き抜いてきた。

 

 

 そこでふと気が付く。

 

 共にいたはずの同種たちの姿が見えないことに。

 

 殺されたり、寿命を迎えたり。そんな同種をたくさん見てきた。

 

 過酷な環境のなかで自分以外どうでもいいと思う生き物がほとんどである。

 

 それは当たり前のことだし、事実ワタシだってそうだった。

 

 でも、少なからず仲間意識というのはあったのだ。

 

 だから――

 

 後から生まれた子供たちの姿もない今の状態は……少しばかり寂しい。

 

 

 

 ……ワタシはいつ死ぬんだ?

 

 時間の感覚などありはしないが、それでも自身が相当な長生きであることは自覚している。

 

 生き残るために生きる日々が、死に場所を求める日々に変わって久しい。

 

 なぜワタシだけ……

 

 

 死を求め徘徊する日々。

 

 皆の命と引き換えに得た“運”はここでも発揮される。

 

 ワタシと同じ強さのモンスターと出会い、その悉くをねじ伏せた。

 

 足下に転がるモンスターの死骸。血だまりに沈む外敵の遺骸。

 

 これが少しでもズレれば、転がっていたのはワタシだっただろう。

 

 何万、何億と勝利を重ねた。

 

 

 そして、ワタシはまたもや気が付く。

 

 絶命したかつての天敵を見やる。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 思えばそこからかもしれない。

 

 ワタシがこうして過去を振り返り、未来へ思いを馳せるようになったのは。

 

 ワタシが誰に教えられた訳でもなく、妙なチカラを使えるようになったのは。

 

 ()がこうして、知性を得たのは。

 

 私がこうして――孤独になったのは。

 

 

 だが、今の私はもう逃げ惑うだけの弱い私ではない。

 

 失ったものもあるが、得たものも遥かに大きい。

 

 

 私をここまで生かし続けた“運”。

 

 私が生きることが“運命”だというのなら、精一杯生きてやる。

 

 この旅路の終点を見てやるさ。

 

 

 これが最古の記憶。

 

 ワタシが私となった原初の記憶。

 

 この(のち)、時の人間たちより“幻獣”と名付けられる古龍(モンスター)の始まりの記憶である。

 

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