人間のいない世界   作:ラシン

1 / 4
1.『侵入者』

 

ここは森の中にある小さな集落。外から来るポケモンもほとんどいない、『そよ風の森』と呼ばれる平和でのどかな集落だ。

 

そんな平和な集落に、ある日一つの号外が飛んできた。遥か遠くにある『幻影の森』と呼ばれる場所に大型の隕石が落下したそうだ。加えて世界各地にも小さな隕石が落下したという。被害の規模は大なり小なりあるらしく、二次被害も含めて注意するようにという内容だ。

 

つい先日、俺たちの住む場所の近郊にも隕石が落下した。掲示板には、明日には被害の確認と調査のために隕石の落下地点付近を立ち入り禁止にする旨が張り出されていた。

 

「立ち入り禁止になるならさ、その前に少し見に行こうよ」

 

無表情に目を輝かせてそう言ったのは幼なじみのニャスパーだった。

ニャスパーは昔から好奇心旺盛で、色んなことに首を突っ込んではトラブルに巻き込まれるという集落一番のトラブルメーカーだ。以前になぜ何にでも首を突っ込むのかと聞いたところ「探究心は終生の隣人だよ」と小さな口角を上げて回答された。そのときのニャスパーは哲学書に影響されていた。

 

そんなニャスパーが提案する隕石見学ツアー、トラブルの予感しかしない。正直俺はニャスパーほど冒険心は携えていないから乗り気ではなかった。

しかしそんなツアーに名乗りを上げるやつがいた。親友のアブソルだった。いつもはニャスパーの暴挙を二人で止める立場なのに、どういう風の吹き回しだ。

 

「昨日から妙な胸騒ぎがしてね。隕石が関係しているんなら少し気になるんだ」

 

そう鋭い目つきで言ったアブソルは、ニャスパー側についてしまった。

アブソルは昔から機微に敏感だった。察しが良いというか、俺にはわからない何かを感じることができるのだろう。それはおそらく、今回も。

アブソルの加入にニャスパーは珍しいものを見るように真ん丸の目をさらに丸くした。ぽむぽむと手を叩いて「さっすが、アブソルは分かってるね!」と喜んだニャスパーは、次いで「お前は?」とでも言うように視線を俺に向けた。表情こそ無表情のまま変化はないが、振り向きの勢いがすごくてびっくりした覚えがある。

 

アブソルとニャスパーと俺の三人はなんだかんだいつも一緒だった。川辺の洞窟を探検したときも、夜中にせせらぎ丘で月見をした時も、集落を野盗が襲った時に身を隠したときも。きっと大人になっても一緒かもしれないなんてときどき思う。

……良く思い返せばどこかに連れ出されるときの場合は、引き籠りがちな俺をニャスパーが振り回していただけのような気もするが。

 

まぁ、三人で行くなら、きっと悪くない。

 

「じゃあ俺も行くよ」

 

「よーし決まりだね。じゃあ早速行こう、すぐ行こう! おいてくよ二人とも!」

 

言うや否やニャスパーは手を横に開いて駆けだした。あんな短い足で何であんなスピードが出るのだろう。長い付き合いだが謎だ。

「あ、待てニャスパー先行くな!おいザングース、追いかけるぞ」

 

俺は頷き、二人で駆けだした。向かうは集落から南にある『木漏れ日の湖』だ。

 

 

 

何とかニャスパーに追いつき捕獲した俺たちは、ニャスパーの興奮を落ち着かせ『木漏れ日の湖』へと到着した。

木漏れ日の湖は隕石落下の衝撃で飛散したであろう岩が散らばっており、近くに大きな横穴が生成されていた。おそらくこの穴の部分に隕石が落ちたのだろう。

 

「うわー、すっごいねぇ。綺麗な湖だったのにめちゃめちゃだよ」

 

ニャスパーは目を輝かせ、湖の悲惨な有様を目に焼き付けんがために湖のほとりへと駆け出した。

こいつは俺と同じく遺跡とか廃墟とかが好きらしい。ただ俺が遺跡や廃墟の過去を夢想するのが好きなのとは違い、ニャスパーは崩れた様や劣化具合が好きなようだ。この湖の変わり果てた姿にもご満悦なのだろう。

 

「どうだアブソル、何か感じるか?」

 

傍らのアブソルに俺がそう聞くと、アブソルは横穴の方へと向かっていった。そうしてしばらく穴の前に佇むと、こちらへ振り返り首を振った。

 

「凄く嫌な雰囲気だ。これは多分僕たちの手には負えないやつだろう。大人しくボスたちに調査は任せて────」

 

そこまで言ったところで、突如として横穴から触手のようなものが伸びアブソルに巻きついた。突然の出来事に俺もアブソルも一瞬理解が追いつかなかった。そして状況を理解し恐怖で引き攣った顔を最後に、アブソルは呻き声を伴って横穴へと引きずりこまれた。

「アブソル!!」

 

俺は悲鳴にも似た叫び声を上げ、横穴へと走り出した。

明らかに得体の知れない何か、未熟な俺が追いすがるのは余りにも危険だ。そう俺の中の理性が諭すが冗談じゃない、親友の安否がかかっているんだ!

そんな俺を止めたのは、他でもないアブソルだった。

 

「来るな!ボスを呼べ!頼ん────」

 

横穴内を反響しながら、確かに届いた親友の声。頭を冷やすには十分だった。

 

「ボスを、呼んで来ないと……」

 

俺は脇目も振らずに駆け出した。一刻も早くボスを連れてくるために。アブソルを助けるために。

 

「ザングース!今の何!?何が起こったの!?」

 

ニャスパーの泣きそうな声が背中越しに聞こえる。でも俺は足を止めることはできなかった。

 

 

 

ボスの居住域は集落の高台にある。俺たちを見守り、危険があれば向かうためだという。

集落まで戻ってきた俺は、ボスの下まで一直線に向かった。

 

「あら、ザングースくんじゃない。そんな急いでどうし────」

 

「どいてくれ!!」

 

俺は勢い任せに見張りのパーモットを押し除けボスの家に押し入った。

 

「おやおや乱暴ですよ。一体どうしたのです」

 

優雅にそう答えたのは、この『そよ風の森』のボスであるビリジオンだ。普段から落ち着いた雰囲気を醸し出しているビリジオンだが、この時ばかりはその様子にイラッとしてしまう。こっちは緊急事態なんだ。

 

「隕石の落下地点を……見に行ったら……アブソルが攫われて……」

 

息も絶え絶えにそう言うと、ビリジオンの目の色が変わった。戦う時の眼だ。そこからのビリジオンの動きは迅速そのものだった。すぐに集落のみんなに情報を共有し、ビリジオンを先頭に集落の腕の立つポケモンたちと共に『木漏れ日の湖』へと向かっていった。

俺も急いで後を追いかけようとするが、パーモットに阻まれる。

 

「疲れきったあんたが行っても足でまといになるだけよ!今は安静にしてアブソルくんの帰りを待ちなさい!」

 

パーモットの諭しは俺の耳には届かなかった。親友の安否も定かではないのに呑気に待ってなどいられるか。

俺はパーモットを振り払いボスの家を出たが、ボス付きのペルシアンの額の宝玉が怪しく光ると同時に動きを奪われた。

 

「アブソルは必ず連れ戻します、安静にしてなさい。しばしの辛抱です」

 

微かに耳に届いたビリジオンの言葉を最後に、俺は意識を手放した。

 

 

 

目を覚ますと、そこは自分の部屋のベッドの上だった。各地の遺跡から持ち帰った石と土の匂いが心地よい。

 

「ザングース……」

 

声のほうを見やると、目を潤ましたニャスパーがいた。いつものように無表情だが、いつものニャスパーに似つかわしくない。

その顔を見ていると、徐々に記憶が鮮明になっていった。隕石を見に行ったこと、アブソルが攫われたこと、ボスがアブソルを助けに行ったこと。

俺は思わず跳ね起きた。

 

「ニャスパー、アブソルはどこだ。あいつは無事だったのか?」

 

辺りを見回してもアブソルの姿はない。俺の問いにニャスパーは答えず、目元を抑えて座り込んだ。まさか、と最悪の想像が脳裏によぎった。

ニャスパーは「アブソルに、怪我はなさそうだった、でもね……」とポツポツと何があったかを話してくれた。

 

「……あのね。アブソル、いなくなっちゃった」

 

「ビリジオンさんは隕石から出てきたポケモンに攫われたってみんなに説明してたけど、僕はザングースがボスを呼びに行っちゃってから物陰に隠れてずっと見てたんだ……」

 

「アブソル、いつものアブソルと全然姿が違った。すごく、怖かった……」

 

「アブソルはビリジオンさんに怪我させて、穴から出てきた知らないポケモンと一緒にいなくなっちゃったんだ……」

 

涙を交えながら静かに語るニャスパーの話は、とても受け入れ難い内容だった。アブソルの姿が変容し、しかも自らボスに危害を加えるなんて。

 

「アブソル、いったいどうしちゃったんだろう」

 

「……きっと、そのポケモンに操られているんだ。その知らないポケモンに」

 

だからアブソルは悪くない、早くアブソルをそのポケモンから解放してあげないとな、とニャスパーを励ました。

操られている保証はないが、アブソルの乱心なんてあるわけがない。絶対に。あの横穴の中で何かが起こったんだ。

 

それから俺は、ニャスパーを連れてビリジオンの下に向かった。もちろんアブソルに関する情報を聞くためだ。

初めは一人で向かおうとしたのだが、ニャスパーが傍を離れようとしなかったため連れていくことになった。

ボスの家の前に着き、「お入り」という声に従い立ち入ると、ビリジオンは多数の痛々しい傷とともに出迎えてくれた。

 

「ザングース、あなたには謝らなければなりません。私は失敗してしまいました。⋯⋯あなたたちが何を求めてここに来たかは分かっているつもりです。アブソルの件ですね。」

 

「……あぁそうだ、アブソルに一体何があったんだ」

 

そうしてビリジオンは粛々と語り出した。

 

「私たちが木漏れ日の湖に着くと、雄叫びが轟きました。辺りを警戒すると、横穴の中からアブソルが出てきたのです。その姿は私たちの知るアブソルとは異なっていました。角はいびつに歪んでおり、全身の体毛は逆立ち、まるで翼のようで、とても強いオーラを放っていました。私は始め、アブソルが進化をしたのだと考えました。しかしアブソルは私たちを目に留めると、突然襲い掛かってきたのです。その結果どうなったかは私の傷跡のほうが雄弁でしょう。私は、攻撃を躊躇ってしまったのです。今までこの集落を襲ったどの災厄よりも強大な相手でした」

 

ビリジオンのそれは懺悔にも近い独白だった。

ことの顛末はニャスパーの証言と概ね一致していた。つまりアブソルの変容や乱心はニャスパーの幻覚でも見間違いでもなく、紛れもない真実だということに他ならない。

とても、信じたくない話だった。

 

「……その後アブソルはどこに行ったんだ」

 

ビリジオンは顔を伏せ、申し訳なさそうにかぶりを振った。

 

「残念ながら…。横穴から現れた謎のポケモンと共にテレポートをしたのです。行方は分かりません」

 

「ならその謎のポケモンについて、何か分かることはないんですか」

 

「……いいえ、あまりにも一瞬のことでしたので。ただ、赤い身体にいくつか触手が伸びていたように思えます。私が分かるのはこれだけです」

 

「……お話しくださりありがとうございました、俺たちはこれで失礼します。」

 

「お待ちなさい」

 

聞きたかったことを聞き終え、ボスの家を後にしようとすると、ビリジオンに呼び止められた。

 

「アブソルを追うのを止めろとは言いません。ですが、あなたたちが追おうとしているアブソルは以前までの優しく勇敢なアブソルではありません。くれぐれも用心なさい。……明日までに近郊で有名な占い師を招きます。進むべき道を占ってもらってからでも遅くはないでしょう。……それと、道程では楽しみを見つけなさい。気を張るばかりでは心も疲弊しますから」

 

俺は小さくお礼を零すと、今度こそボスの家を後にした。ニャスパーもお礼を言って後をついてきた。俺たちの間には重苦しい空気が淀んでいた。

 

「ザングースは、アブソルを探しに行くの?」

 

ニャスパーの問いに、俺は答えなかった。

 

 

 

翌朝、『木漏れ日の湖』に落ちた隕石についての調査が実施された。

調査を終えた鉱物学に詳しいグランブルによると、横穴の奥に鎮座する隕石には低純度の結晶が内包されているようだ。グランブル曰く「これだけ結晶が混ざっているのならば、高純度の結晶もあったかもしれない」という。

研究のために持ち帰ったという結晶を俺も実際に見せてもらったが、虹のように様々な色をしていた。おそらくこれは遊色効果というもので、それが原因で虹色に見えるのだとグランブルは言っていた。もしかしたらその結晶がアブソルの変容に関係があるのかもしれないとも。

結晶は引き込まれそうな輝きを鈍く返していた。

 

日が沈み始めたころ、集落に一匹の占い師が訪れた。サマヨールと名乗った占い師は、左手に大きな真珠を手にしていた。パールルというポケモンが進化の際に一つだけ生成すると言われる真珠で、それを用いてパワーを増幅させることで未来予知をするのだとか。

 

俺はニャスパーと共に自宅に招いて、早速サマヨールにアブソルの所在に関することを占ってもらった。サマヨールは手を動かしながら険しい目付きでサイコパワーを練っている。近郊一の占い師だけあり、なんだか当たりそうな雰囲気だ。

しばらく「むむむ…」と唸っていたサマヨールだったが、真珠が輝くと同時にパッと目を見開いた。

 

「出ました。ここより東の地にある『アトリエの塔』にお行きなさい。アブソル様がそこにいるのが見えます」

 

アトリエの塔、聞いたことがある。ドーブルというポケモンを筆頭にアーティストを名乗り、日夜作品制作に勤しんでいる場所だとか。アーティストの作品は巷でも高い評価を受けているらしく、以前アブソルから教えてもらったことがある。

俺の当面の目的が定まった瞬間だった。

 

 

 

サマヨールが集落を経ってから半刻ほどすると、月が中天まで登った。俺は月明かりの下、自分の家に籠り荷物を詰めている。今夜にでも旅立つつもりだ。

黒の輝石は爪よりも細かい切断に使えるし持っていこう。あとは……。

 

「やっぱり、ザングースは行くんだね」

 

振り返らずとも声でわかった。家の入口にはニャスパーが立っている。

 

「あぁ、アブソルは連れ戻す。また三人に戻れたら、いつもの丘でピクニックでもしよう」

 

俺はカバンを肩から掛け、出発するために立ち上がった。この家にもしばらくは戻らないだろう。家の管理は近所のエネコちゃんに任せることにした。以前から友達と遊ぶ秘密基地を欲しがっていたので、きっと有効に使ってくれるだろう。憂いは無い。

俺は振り返りそこにいるであろう声の主に視線を向けると、ニャスパーが小柄な身体より少し大きめのリュックを背負って立ち塞がっていた。

 

「僕も一緒に行く」

 

「ふざけるな! ボスが言ってたろ、もう以前までのアブソルじゃないんだ。ボスでさえ敵わなかったのに危険すぎる!」

 

「それはザングースだって同じことだよ。それに、僕はこれでもエスパーポケモンなんだ。足でまといにはならないから、だ、だから……」

 

ニャスパーは若干俯き、眼を潤ませた。腕も震えているように見える。

……どうにも俺はニャスパーのこれに弱い。アブソルもこの顔には弱かった覚えがある。俺たち三人の中で一番パワーバランスが上なのはおそらくニャスパーだろう。

 

俺はニャスパーの涙を嬉し泣きに変え、二人で家を後にした。

 

 

翌日、ザングースとニャスパーの姿は集落のどこにもなかった。

 

 

 




レジェンズzaにてメガシンカ暴走の原因や設定等が被っていた場合、改稿するか、しらばっくれます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。