人間のいない世界 作:ラシン
私は常々思っておりました。
集落の外れで貧しい子供が生きるために盗みを働く。
驕り高ぶったポケモンが力を誇示し、善良なポケモンから富の強奪。
預かった富を天上に捧げず、横に流布する執政官。
何故罪を犯すポケモンが後を絶たないのかと。
悪事を悪事と知っていながら何故沈んで行くのかと。
であらばせめて、私の小さな手でもって救えることはないのだろうかと。
そんな折、私の眼前に使徒様が降臨なさったのです。
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イワパレスから貰った地図のとおりに進んで行き、ようやく森を抜けることができた。森をぬけた眼前には、平原に広がる集落が見えた。高台になっているここから見るに、俺とニャスパーの故郷である『そよ風の森』よりも広く、そして活気があった。
集落の中心であろう見上げるほど大きな大樹。そこから伸びるいくつかの大通り脇には露店が立ち並び、まるでポケモンたちの喧騒がここまで賑やかに聞こえてくるようだ。
「随分と大きな集落だね」
「あぁ、それにポケモンも多い。もしかしたらアブソルもあの集落に身を潜めてるってこともありうる」
「確かにそうかも。……よし、行こう!」
言うや否や、ニャスパーは丘を駆け出した。てちてちと大きな鞄が坂を下っていくのはちょっと面白い光景だ。
立ち止まって鞄の挙動をにまにまと見ていると、徐に身体が前に引っ張られるような感覚に襲われた。
「何突っ立ってんの!行くったら行くの!」
どうやらニャスパーお得意の念力で急かされているようだ。俺は「分かった分かった、悪かった」と一言添えてから隣に並んだ。
いざ集落の目前に迫って分かったが、集落の周りを囲うようにそこそこな高さの壁が建っていた。遠目からだと気が付かなかった。
この分だと廃墟にもたまに残っているように、壁の上空はドーム状にバリアーやら光の壁やらが張ってあるんだろう。一体何に備えているのか。敵対集落でもあるのかもしれない。
入口であろう巨大な門は壁とは違って古そうな見た目をしていた。しかし施された凝った意匠や劣化の感じられない手入れからか、古臭さよりも荘厳さを感じる。
さぁ入るぞ!と思ったが、他にも集落に入るであろうポケモンが門番らしきポケモンと話している。しかも何やら言い争っているようで、荒らげた声が聞こえてきた。
「ぐだぐだ言ってねぇで入れろやチャオブー!」
「あのよぉオコリザル。何遍も言ってるが、名前と族名と見た目の記述をしてやらねぇと入れてあげられないわけ。分かるな?」
「そう簡単に名前は言えねぇって言ってんだろ!」
「うんうん、分かるよその気持ち。何なら俺も気持ちはそっち寄りだからな。でも決まりなんだよ。特にここ最近は物騒だ」
「埒が明かねぇ!ボスを出せボスを!」
「オメェみたいな三下にボスが会うわけねぇだろうが阿呆」
「んだとコラァ!」
もう売り言葉に買い言葉ですっかり口論になってしまった。門番をするならもう少し冷静に対応できるやつを充てた方が良さそうなものだけれど。
あ、門番が殴られた。あ、あ、門番がポケモンの頭を瓦割りで……あれは痛いぞ。ピクリともしていない。お、今度は救護班みたいなのが運んでいった。
あまりに集落側の手際が良いので、さっきのポケモンはおそらく常習犯なんだろうな。
「ったく……悪いなあんたら、待たせちまってよ。あんたらも集落入りがご希望かい?」
「あぁ、そうだ」
「うんうん、見たところ二匹旅ってやつかな。さて、あんたらの名前と族名は?」
「族名は分かるが名前も言わないとダメなのか?」
「悪いな、最近中が少し物騒でよ。ま、お互いの安全と健やかな生活のためにご協力をってことだ」
「ふーん、何かあったの?」
ニャスパーがそう問うと、門番のポケモンは俺たちの後ろに誰も並んでいないのを確認し、顔をしかめながらも話してくれた。
「それがなぁ、ここ最近傷害事件が立て続けに起きてるみたいでよ。哨戒班のやつらも一部警邏に回される始末でさ、もう腕ヒレ触手なぁんにも足らん」
「それは、大変だな。まだ捕まってないのか?」
「あぁいや、犯人は毎回捕まってんだよ。ただ動機がなぁ。やらなければならないと急に思った、心からそうすべきだと思って実行した、だとかで悪びれもしねぇ。オマケに外から来るポケモンだけじゃなくて、この集落のポケモンまでそんなことを言いやがる。そんなやつらが連日出てきてこっちも何が何だか」
姿かたちが変わっているわけではないが、ポケモンが変わったように急に言動がガラリと変わる現象には最近遭遇したばかりだった。もしかしたら、この集落で見えることになるかもしれない。アブソルの変容の元凶に!
「ありがとう、身の振り方の助けになる話だった。手が空いたら木の実ジュースでも奢らせてくれ」
「お!そいつはありがたいぜ。立ちっぱなしは疲れるからよ。いつ手が空くかもわからんし、そん時は第三地区にある『ブレンド・トポ』って店で頼むよ。マスターに「門番チャオブーに一杯」って言えば伝わるからさ」
んじゃよろしくな〜、と手を振る門番チャオブーと別れ、俺たちは集落へと足を踏み入れた。ふと隣を見ると、ニャスパーが目を真ん丸にして珍しそうにこちらの顔を覗いていた。……いや、目が丸いのは元からか?
「ザングースってあんな気の利いた事できたんだね」
「失礼なやつだな。俺だってそんくらいの気は使えるさ」
「僕達にはそんな「一杯奢る、ぜ☆」みたいなことしないじゃない」
「さっきそんなウインクして投げキッスなんてしてなかっただろ」
「ほぼしてたよ」
「誰が野郎にするか」
そんな阿呆なことを話していると、通りが少し丸く広がってベンチが置かれた広場に出た。よく見れば広場の真ん中辺りに、集落の案内板が設置されている。
あらゆる物とポケモンの集う集落『太陽の根』へようこそ!
看板の上部に大きくそう書かれていた。
案内板にはその他、どこの通りにどんな店があるかが記されている。チャオブーの言っていた店がある第三地区は、大樹から伸びる通りの三番目ということらしい。
「改めて広いね〜。端から端まで巡ったら一日じゃ無理そう」
「ふむ、露店もいろいろあるらしいな。骨董屋に知識屋に、珍しいな治療院がある。他には、……っ!」
「ん?どうしたのザングース」
「これ、見てみろ」
俺はニャスパーにも分かるよう、看板の一角を爪で示した。
『アトリエの塔、出張画廊』
俺たちの旅の目的地は、思わぬ形で顔を覗かせてきた。
アトリエの塔、集落からの旅立ち、サマヨールの予言、傷ついたビリジオン、洞穴に消えたアブソル……。
「……とりあえず、宿を探そうよ」
沈んだニャスパーの一言で、俺は現実に帰ってきた。辺りを見渡すが、それほど時間は経っていなさそうだ。今なんて言ってたかな。えっと、あぁ、宿か。
「それなら、『星の腰掛け』って宿がおすすめだとイワパレスさんから貰った地図に書いてあった。案内板で見るに、この第二地区の中心側らしい。そこに行こう」
ほらここに、とニャスパーに地図の隅に書かれた「宿なら星の腰掛けが良いぜ」という文言を示して見せたが、心配そうにこちらを見る目は変わらなかった。
「……大丈夫だよ、少し感傷に浸ってただけだ。気にしないでくれ」
「……分かった。なら、行こう!ふかふかの寝床が待ってる!」
ニャスパーはそう言って心配事を置き去りにするように駆け出した。最近はよくニャスパーに気遣われてばかりな気がする。
俺は、今日の宿は少し高めの良い部屋に泊まろうと思った。