ZZZ ―風雅探偵事務所―   作:舘向井雛壇

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薄れゆく香りを辿って(4)

 エリーに案内されて各々の部屋で腰を落ち着けた一行は、改めて状況を整理しようと錬の部屋に集まっていた。

 部屋に備え付けの丸机を囲んで各々の今日の経緯に関する所見を聞こうと錬が口火を切る。

 

「まず、ベオウルフ卿の依頼内容の部分からだな」

「結論から言えば、TOPS所属企業と事を構えたがどうしようもない状況になった、だから隠居した。タイムフィールド家に迷惑をかけないために縁を断った、だよね?」

「私もその通りに解釈したのだわ。エリーさんの存在もその判断に一枚噛んでそうとは思うのだけれど」

『そう言えば……彼女の事は話に乗りませんでしたね。彼女のために新型義肢を作ったと言っていましたが』

「ソーマを見て動揺してたみたいだし、何かしらまだ裏がありそうではあるが、その話題は少し後回しだな」

 

 打ち合わせの内容をメモするための用紙に記述しながら依頼の詳細について書き込んでいく。

 ただアリスはその挿し込まれた話題に困惑したように眉根をひそめた。

 

「……え、動揺してたって?」

「私に話しかけた後にお兄ちゃんを見て声をかけるのを一瞬躊躇ってた。ただ見慣れていないからとかいくらでも理屈付けは出来るからあんまり追及出来ないなーって触らなかったんだけど」

「じゃあ次はそこが議題だな。コール氏の言動について、だ」

「ええっと、今話に出たのはエリーさんについてとソーマ君についてなのだわ。他におかしなところはあったかしら」

「結局エリーにホロウ内の警備をやらせていた部分についての回答も無かったな。こちらの目的だけを果たさせて余計な詮索をさせまいと思ったのかもしれないが」

 

 コールが隠していることが何かは分からない。

 ただ錬の中でこのまま大人しく帰ったところでいい結果は得られないだろうという予感がある。言語化出来る段階に無いが、彼の覇気の無さなどがどうにも錬の中で引っかかってしまっているのだ。

 

「……もしかしてだけれど、TOPSからの襲撃を警戒しているのかしら?」

「事を構えたとも言っていましたから、おかしくはない話ですね。企業側が兵隊を雇いこむ可能性も否定できない」

『そもそも事を構えたという企業がどこなのかをきいてませんね。表層をコールさんの主観での事実関係を聞いただけです』

 

 自分たちは一切その詳細を証拠と共に聞いたわけでは無い。

 5W1Hという考え方があるが、コールが、いつ、どこで、何を、何故、どのようにしたのか。昨日の話では抽象的な話にしかなっておらず、事実関係を確認したとは言い難い。

 

「企業回りについては……一度ベオウルフ卿に連絡して調べてもらう必要があるか」

「道がホロウに封鎖されてるだけで通信は出来るから私の方でおじいさまにお願いしておくのだわ」

「頼みます。で、続きだけどコール氏が何をされたかも分からないままだ」

「話だけ聞いてると、研究を横取り&悪用ってところ? もしかして私ら関連かも」

『深読みはよくないよ。ただ義肢に関する技術で悪用か……何に悪用されたんだろう』

「義肢技術と言っても、内包してる技術は多岐に渡るだろうし何とも言えんな」

「うーん、取っ掛かりが無くない?」

 

 どれもふわっとした情報だけがあり、突き詰めようにも突き詰める先がこの場にはない。

 そんな星那の意見にアリスもうなずく。

 

「まるで登場人物の欠けている探偵小説を読んでいるようなのだわ」

「小説……さしずめコール氏は信用できない語り手か」

 

 ふむ、と錬は顎に手を当てて考える。孤立した集落は一転して広大な密室と言えるかもしれない。そう言った面から見ても探偵小説向けの舞台だなとも思う。他所と通信できるだけ完全な密室では無いが。

 信用できない語り手が語る情報、となれば信憑性は薄い。事実に即していたとしても別の側面から見た情報を言っていたり、見えてない情報は黙っていたりする可能性もある。となると自分が見聞きした情報こそを信じるべきである。

 

「……よし、アリスさん」

「……? 何か?」

「コールさんに弟子入りしよう」

「へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「誤ったまま使い方が世間に残るのが嫌なのなら、正当な使い方を知っている者を後世に残すべき。そう思い、学びを請いたいのです」

「ううむ、いやしかしね……荒事に巻き込まれる可能性も」

「風雅所長たちは調査員としてと同時に私の護衛としても雇い入れていますので、ご心配には及びませんのだわ。その実力もエリーさんを下したという時点で証明出来ています。むしろ人手という面を見ればエリーさんよりも優れていると言えるのではないでしょうか」

 

 部屋の中から聞こえてくる会話に錬は苦笑する。本人はあわあわとしながら無理と力強く否定していたがいざ舞台に立てば凛とした佇まいで意見を言っている。これは一皮むければ大物になるだろうな、と思う。

 それはそれとして彼女にもフォローを入れておかなければな、と思いながら扉を挟んで反対側に居る女性に目を向ける。

 

「すまないね、お嬢さんが無理を言いだして」

「いえ、コール様の技術を思えば無理のないことです。それが正しく受け継ぎたいという姿勢であれば否定する意義などありませんよ」

「そう言ってもらえると助かります。エリーさんはこの後は?」

「アリスさまの交渉の結果如何によりますが、滞在が延長の場合は街に赴いて食料の買い出しですね」

「上手くいったら同行させてください。一応護衛でもあるんで土地勘は掴んでおきたいので」

「……承知しました。では後程お声がけしますね」

 

 ちらりと扉を見てそう言ったエリーにほっと胸をなでおろす。どうやら交渉はうまく行ったようだ。

 部屋を退出して扉を閉じたアリス。黙って歩き去る彼女に、エリーに軽く手を上げて別れを告げてから追いかける。しばらく歩いた後にエリーからも見えなくなったところで、アリスはそこでようやくぶはあと大きくため込んだ息を吐き出した。

 

「お疲れ、アリスさん」

「ほ、本当に胸が張り裂けるかと思ったのだわ。二度とこういう演技はやりたくないのだわ」

(TOPSに居る限りは無理だろ)

「ここではこれでおしまいだ。期間は?」

「一週間いただけたのだわ。足りるかしら?」

「問題ない。それだけあればいくらでも動ける」

 

 そうやって話していると落ち着いてきたのか、寄りかかっていた壁から身を離すと元のアリスに戻っていた。

 彼女は安心したように一息つくと、あの、と口を開いた。

 

「もともとコール先生の技術は学びたいと思っていて、だから所長さんの提案は渡りに船だと思ったの」

「そうか、それならよかった。正直、苦手なことを無理矢理やらせてしまったと申し訳なく思っててな」

「それはこちらこそ。渡りに船とチャンスをもらったのだから」

 

 お互い様なのだわ、と笑う彼女によかったと胸をなでおろした。そこで話が一段落したところで錬は改めてこれからの予定について話す。

 

「じゃあ、自分はオールドタウンの方に買い出しに行ってくるから、何かあれば星那とソーマに相談してくれ」

「分かったのだわ。こっちも準備を終えたらさっそくコール先生の所へ行って教えを請いに伺います」

「じゃ、お互い頑張るということで。ご安全に」

「ええ、所長さんも気を付けて」

「あ、うん……」

 

 錬の反応に疑問符を浮かべつつも去っていくアリスを見送ってさてと、と気合を入れなおす。

 踵を返して向かうのはエリーのところ。事前に話していた通り、買い出しの手伝いに向かう。屋敷の正面玄関から外へ出て庭で軽自動車を準備しているエリーはこちらに気が付くとぺこりと一礼する。

 

「成功なされたようですね、おめでとうございます」

「それはアリス嬢に言ってやってくれ。こっちはただの護衛さ」

「セヴァランス一刀流の宗主とは思えない立場ですね」

「そこまで聞いてんのかい」

 

 しれっと盗聴してたこともばらしてくるあたりかなり図太い。呆れて乾いた笑いをこぼしているとエリーはお乗りください、と言って運転席に乗り込む。その言葉に大人しく従って助手席に乗り込むとエンジンを始動、車を走らせる。せっかくのチャンスだ、何から聞こうと少しだけ考えて。まあ差しさわりの無いところから切り込むかと決めて問いかける。

 

「いつからコールさんのメイドに?」

「正式に雇い入れてくださったのは一年ほど前ですね。それ以前は諸般の事情で個人的に勝手に世話しに参っていましたが」

「勝手にって、何か理由が?」

「この義手をいただいてしまったのですよ、無料で」

「……タダで? それだけの高性能義肢を?」

「私もいただいた当初はそんな反応をしたものでしたかね。四肢を欠損し、もはやこの世の地獄というべきところで、蜘蛛の糸に縋り付いたら何故だかそれは切れなかったんですよ」

 

 もしかすれば蜘蛛の糸ではなく工業用ワイヤーだったのかもしれませんね、とおかしそうに笑うエリー。

 無料で貰った高性能義肢、という疑問点を心に書き留める。義肢研究の第一人者が生み出したそれを拾ってきた女に対して施術したというのは明らかにおかしな話だった。

 義手の話が出たのでついでにあの外部ユニットの大腕は何だったのか聞いてみる。

 

「ああ、如来掌ユニットですか。文字通りの外付け武装ですね。あれと私は繋がっていて必要に応じて着脱して戦闘を行います」

「ちなみに戦闘はあんまりやったことが無かったりする? ぎこちないように見えたけど」

「見透かされていましたか。元々義肢を付けた後にリハビリの一環として拳闘術を学んでいたのですが、如来掌ユニットが追加されたことで少しバランスを崩してしまいまして、結果ぎこちなくなったという訳です」

「思った以上に厄介な状態だな。必要なら調整に付き合うか?」

「よろしいのですか?」

「護衛以外はまあ仕事も少ないからな」

「私の事を隅から隅まで知ることが最初の仕事ですか、イヤらしい」

「社会的地位落ちそうなこと言わないでほしいッス。女性相手にそれ切られるとマジで死ぬ」

 

 冗談ですよ冗談。口調も確かに冗談のようだが官憲経験のある錬からするとシャレにならない発言だった。

 錬がふうと落ち着いたのを見て、今度は私からいいですか、とエリーが聞いてくる。こちらばかり聞くのも心証が悪いだろうと頷くと錬の足下に置かれた二刀をちらりと見る。

 

「なぜ二刀流なんですか?」

「いろいろあって、かな。元は一刀だったけど」

「いろいろとは?」

「聞くねぇ。ま、旧都陥落の折に二刀で戦う羽目になって、結局なんか肌に合ったからそのままって流れ」

「ああ……」

 

 旧都陥落と聞いて納得したような表情を見せる。新エリー都に居る旧都の事を知っている人間なら過去を思い返す時に必ず見せる、もう取り戻せない故郷を思う顔。故郷を思う、望郷の念。

 それを指摘することはなく、話の続きを語る。どうせなら最後まで語っておこう考えて過去の記憶を呼び起こす。まだ弱い、ただの一介の学生だったころの話。

 

「一刀じゃエーテリアスを一体までしか抑えられなかった。守れたはずの人が俺の横を通り過ぎていったエーテリアスに殺された。きっとあの災害の時に戦った多くの奴が味わったありふれた苦い思い出だよ」

「途中も事後も、ろくでもない災害でしたから」

「その四肢もその口?」

「意趣返しですか。そうですね、身寄りのない何のとりえもない女が生き残るには、道を外れて転げ落ちる必要に迫られました。結果、四肢を失いゴミのような義肢をあてがわれ、そして救われた」

 

 自分が通ることは無かった人生の道、新エリー都にかつてあり、そして今も薄皮一枚隔てた影に隠れているそれの話を聞く。

 

「本当に当時はろくでもない、いや今もか」

「新エリー都の法治整備も進みましたから昔ほどではないでしょう。その分切り捨てられた者たちも多く居るでしょうが」

「だといいんだがね」

 

 なんだかんだで図太く生きているのが今の新エリー都の住民たち。代表例(邪兎屋)の姿を思い出しながらいやあれは外れ値だな、と思い直す。

 どのみち違法なホロウレイダー業が成り立つ程度には治安が悪い。それをどうにかするために頑張っている人たちが居るのも確かではあるが。

 

「運がよかったんですよ、きっとお互いに」

「運が良かったか。ま、否定は出来ないな。いい出会いにも恵まれた」

「そう言えるなら、いいことです。さて到着しました」

「喫茶店? 食料を買い出しに来たんじゃないのか?」

「コール様がお好きな豆はここで売ってるんですよ」

「売ってるって、仕入れは?」

「市政が空輸で荷物を定期的に運んできてくれます。以前はそうでは無かったのですが、ホロウレイダーによる暴利の商業体系が問題視されて少量ながら集落の人間が飢えない程度には供給が始まりました」

「そうなのか」

 

 そういう場合は切り捨てられそうなものだが、市政にそう判断させるコール・スローターのネームバリューは思った以上に高いらしい。

 喫茶店の入口をくぐるとカウンターでグラスを磨いている老人が一人。ちらりとこちらを見ていらっしゃいと一言だけ告げると拭いたコップを置くと戸棚に向かう。カウンターの前まで移動する間に手に袋を抱えて戻ってきた老人はカウンターにそれを置いた。

 

「いつも助かります」

「構わんさ。そちらは?」

「風雅錬です。ゆえあってコール氏の屋敷に連れと一週間ほど滞在させていただくことになりました」

「そうかい。……DDAの社員では、無いんだな?」

「DDA? いえ、単なる私立事務所の所員ですが……」

「それなら構わん。余計なことを言った、忘れてくれ」

 

 さっと背を向ける店主。エリーは値段分のディニーを置いてすぐに店を去ろうとしている。ここで踏み込んで聞くべきかとも考えたが向こうはこちらの話を聞く気はないようだ。話さないつもりでいる相手に無理に聞き出そうとしても態度を硬化させるだけだろうか。

 

「忘れてくれと言われましても、そういう言われ方をすると気になってしまうのですが」

「聞いて何になる? あんたにとって何の益にもならんぞ」

「それを決めるのは私自身ですので。それにお嬢様が居るなら事前に危険要因は把握しておきたい」

「……DDAはTOPSに所属する義肢メーカーだ。義肢を使っていない人間からすれば関わりの無い企業だから知らなくても無理は無いがな」

「確かに、TOPSのメイク用品メーカーの名前はとか聞かれても分かりませんからね。で、その企業がどうしたんですか」

「不祥事のもみ消し、よくある話だろう。奴らが販売していた義肢のいくつかのロットに不良品が大量に紛れ込んでいた。このオールドタウンに居るやつらは大体がその被害者だ」

「何だって……!?」

 

 義肢の不良品を販売し、あろうことかその事実をもみ消そうとしていた。

 この街の住人の多くは、その被害者だという。だがこれで孤立したこの土地に多くの老人たちが居ることにも納得がいった。若い者たちなら体に無理が効くために何とか新しい義肢の代金を稼ぐことが出来たのだろう。しかし老人たちはそうはいかず、体に無理をさせられなかった。だから老人たちが孤立してゴーストタウン化したこの土地に入り込み、新たな集落として形成された。対外的には閉鎖するはずの住人が居続けるだけになり、異常には映らなかったのだろう。

 

「コールさんが元々住んでいた奴らと交渉してくれて、自分も一緒にここに移住してきてくれたのさ。ただ、DDAの奴らは自分たちの不祥事がたくさんある此処を厄介に思っているようでな、秘密裏に潰そうとしてきたが」

「エリーがそれを防いでいた。あとは市政の介入が始まったのも理由か」

「ああ、さすがにTOPSの対抗馬である市政が表立って手を入れている以上横から手を出すわけにもいかなくなったようでな。最近は野良のホロウレイダーしか来なくなってきた」

「けど、それもいつまでも続くわけじゃない」

「そうだな、市政がいつまでも放棄予定の居住地の存続を許すはずがない。治安局の強制執行で退去させられる可能性もある」

「そうなると個別に不良品のユーザーを潰して回ればいい」

「市街地ならそこらへんのホロウに連れ込んで動けなくさせるだけでいいからな。よほどここよりは手が出しやすいだろうさ」

 

 店主はそこで言葉を切って、これぐらいでいいか、と聞いてくる。

 必要な事は聞けたのでエリーのところに戻ろうとして、ふと気になって振り向いて聞いてみる。

 

「コールさんはDDAの社員だったんですか?」

「ああ、技術顧問をしていたらしい。あそこが持ってる特許のいくつかはコールさんが売ったものらしいぜ」

「そうですか……色々聞かせてくれてありがとうございます」

「次はコーヒーの一杯でも飲んでくれ」

「ええ、是非に」

 

 店の戸をくぐって車に戻ると、素知らぬ顔でエリーが待っていた。さも私は何も知りませんという顔をしているが、ここに自分を連れてきたのも彼女自身の何かしらの思惑があってのことだろう。

 

「何を考えてる?」

「秘密です」

「表向きの理由がDAA社との諍いとして、裏の方はなんだ」

「お答えしかねますね」

「……言うわけ無いよな、そりゃ」

 

 多分ではあるが、こうして協力している以上エリーもまたコールに対して何か働きかけをしようとしているのではないだろうか。彼女にも何か思うところがあり、そのために行動している。それが自分に情報を与えるという動きに繋がっているのだろうか。

 だがエリーの考え自体は目的であるコール氏の背景事情を明らかにするという部分には直接は関係ない余分だ。スルーしてもいい部分だろうとは思う。だがコールとエリーのつながりが事の根幹にある可能性を否定できない以上、そこを無視するわけにもいかない。

 その後の食料調達でも特に大きな情報は得られず、錬の聞き込みは結局カフェの店長から得られた情報が最も大きなものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「と、いう事らしい」

「先生が言っていた清算出来ていなかったことって、これかしら?」

「多分違うでしょ。言い方的に、ずっと昔にやったことが実はうまくいってなかったみたいな言い回しだったし」

『清算出来ていなかった、ですからね。ノット上の情報ですから信憑性は低いですがDDA社が過去にリコールなどを行ったという情報は見受けられませんでしたからこちらは最近見つけた裏事情といった感じかな』

「エリーの話も込みならつい4、5年前までやらかしてたのは確実な企業だから継続的と見るべきだな」

 

 一向に本命の情報は見えてこないな、と錬は買ってきたコーヒーを淹れてもらった物を一口。

 舌先から広がる苦みと酸味。今まで自分が飲んできたインスタントのコーヒーでは到底味わえないような深い味わいに目を見張る。

 

「なんかいつも所長が飲んでるコーヒーとは違う匂いだね」

「エリーに淹れてもらったものだからな。実際いつもとは違うコーヒーなんだが……思った以上に美味しい」

「へー、レシピとかもらっておく? 家で再現できるならいつでもその味が飲めるし」

「それは魅力的だが、あんまり機材を持ってないんだよな。コーヒーならなんでも一緒だろとか思ってインスタントしか買わんし」

「それは勿体ない考え方なのだわ。ティン店長たちのコーヒーも店舗持ちだったり屋台売りだったり個体差もあるもの」

 

 そうなんだ、と星那が感心していると、側にいたソーマがそう言えばと思い出したように言う。

 

『その香り成分の残り香が屋敷の地下室に続いてました。軽くスキャンをかけた感じ地下に研究室があるみたいですね』

「研究室か、そう言えば高級な機材を運び込んだ記録もあったな。さすがに家探しするのも露骨かと思って今日は外に出たが……次は敷地内を調査だな」

「じゃあ、また明日の授業で先生を引き留めておくのだわ」

『道案内はお任せあれです』

「オッケー、じゃそういうことで今日は解散」

 

 錬の宣言で皆が立ち上がり自室に戻っていく。

 星那はふと気になったことがあってアリスを追いかける。星那が追ってきたことに気が付いたのか、アリスは振り返るとどうしたのだわ? と聞いてきた。

 

「そういえばコールさんの話を聞いてなかったなと思って」

「まだ一日目だから何とも言い難いという感じ。ただ悪い人じゃないと思うの。おじい様と仲がよかったっていうのも納得できるぐらいに似てるところがあったから」

「似てるところ?」

「自分が作ったものに対する誠実さ……技術倫理に対する姿勢というべきかしら。何故必要になったのか、メリット、デメリットの存在、そしてそれらとどう向き合うか。自分の技術を継承するなら忘れないでほしいと教えていただいたのがおじい様も言っていたことだったの」

「そうなんだ。……えーと、常に最善の結果、最大限の利益を目指せとかそんな感じ?」

「ええ、まさしくその通りだわ。察するに、所長さんも同じことを?」

「うん。所長の師匠も仲間だったらしいから何となくそうかなって」

 

 ボンプを使った放火事件で教えられたことを思い出す。あの時はそんなものかと受け入れていたがどうやら脈々と引き継いできていたものだったようだ。これは星那も改めて胸に刻んでおくべきかもしれない。

 

「ところで、星那に聞きたいことがあるのだけれど」

「何?」

「星那とソーマ、二人の来歴を聞いてみたくて」

「……色々訳ありなのは察してると思ったんだけど」

「ええ、そう思ってる。ただこうして技術を学んでいるとそういう訳あり側の話も聞くべきと思ったの」

 

 どことなく自信が無いように、言葉を選んで話す少女の姿に星那はどこか遠くを見るように目を閉じて仕方ないなと呟いた。

 

「アシンメトリーな部分も出てくるからってはしゃがないでよ? あと長い話になるけどいい?」

「そう言われると逆に気になっちゃうから言わないで欲しいのだわ!? 長い話になるなら、エリーさんにカフェオレでもお願いしようかしら」

「お、いいね。コーヒーは無理だけどそっちは結構好きだから」

 

 わいわいと語り合う二人、その客室の扉が閉じると廊下は夜闇に閉ざされて静まり返る。

 外は強い風が吹いている、びゅうびゅうとうなりを上げる風は月を覆い隠した雲を吹き飛ばす。雲が流れて月明りが廊下を照らし出すと、誰も居なかった廊下にたたずむエリーの姿が現れる。

 

「主様、あなたを必ず――――――」

 

 ぽつりと言葉を漏らして、しかしその最後の言葉は風に打たれた窓が立てた音にかき消される。

 そしてエリーは踵を返すとキッチンに向かう。ひとまず、少女たちのカフェオレを作るために。




コール・スローター
義肢研究の学会において有名な人物。画期的な関節構造や精度の高い神経伝達などに知見を持っている。
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