マリシャス・ディルビルを名乗る男の背後に現れた磔の機人。
リリィと呼ばれた彼女はかけられた声にわずかばかりの反応を示した後にまた物言わぬオブジェクトに戻る。
「新しい技術をぞくぞくと取り込んでね、彼女もまた元気になったものさ」
「磔にしてるようなやつが元気になったって言っても信憑性に欠けるんだけど?」
「治療のためには必要な処置というものがあるんだよ、理解しがたいかもしれないが世の中そういった物がある」
「健康な人間を改造しまくって殺しかけてるくせにその言い草? 都合のいい現実しか見えないタイプ?」
辛辣な星那の物言いが吐き出されるが、マリシャスはどこ吹く風といった様子だ。
「見解の相違というものだね。学びというものは大切だ。時にはいかなる犠牲を支払ってでも手にしなければならない時だってある。リリィはその為に我が身を賭けてくれたのさ」
「アンタに都合のいい御託はどうだっていい! アンタのクソ実験からその人を解放しろって言ってんだ!」
「落ち着け、星那。感情任せに怒鳴ったところで仕方ないだろ、一旦落ち着け」
「ああ、探偵君は話が分かるタイプかな?」
「さあな。ただアンタが何をやろうとしているか分からん、だから実験の目的について聞きたいところだね。アンタの話は抽象的で分からん部分が多すぎる」
そう言われるとマリシャスは、なるほどと手を打った。
何が目的か分からないならば行為の意図も読めないのは道理だとごちながら頷く。
「世界には大いなる意志が存在している。私、いや私たちはその方のことを
「……大学のお偉い先生から終末思想の宗教犯罪者に転落とは、ずいぶんなお方だ」
「あのお方の"声"を聴けない蒙昧な君たちこそが、ずいぶんな存在と思うがね。さて、私の立ち位置の確認は終わったかね?」
机の傍にあった杖を手に取り、男は立ち上がる。
不気味な好青年から、圧迫感のある脅威へとたちどころに変わる。スッと右手をあげた彼が指を鳴らすと、後ろにあるすべての機器からがしゃん、とロックが外れる音が響いてくる。
「っ、戦闘用意! エーテリアスが来るぞ!」
「君たちをなぜリリィが呼んだか確認したかったが……モラトリアムというものかね。かつての学友の遺志に救いを求めるとは」
「奴は俺とエリーさんでやる! 星那、ソーマ、後ろを抑えてくれ!」
「あーもー、了解! そいつ後で一発ぶん殴らせて!」
『出来るだけ早く終わらせてください、抑えるのにも限りがありますから……!』
離れていく二人を横目で見送って錬とエリーは改めてマリシャスに武器を構えて相対する。
持っている物はただの杖の筈なのに、体にかかるプレッシャーがマリシャスが並大抵の相手ではないという事を分からせてくる。
業迅・風雷を構えてエリーの様子をちらりと確認すると張り詰めた表情でギリギリと音を立てるほど拳を握り込んでいた。見てわかる程度には肩に力が入ってしまっている。
「……よし、エリー。まずは一当てだ。それで様子を見る」
「そんな悠長なことをしている暇が……」
「何も分からないままむやみやたらに突撃して自滅するよりかはマシだろ? 俺たちが異常な状態のままなのは変わってないんだから、落ち着いていこう」
な? と笑いかけると一瞬きょとんとして、毒気を抜かれたような表情になりそうですねと呟く。
じゃ、行くか。
そう言って錬が二刀で先陣を切り、それにエリーが続いて走り出す。「業迅」の一閃を身軽に躱して、続く「風雷」の一撃は杖で弾かれる。だがそれにこだわらずその場を退いてエリーに追撃の場を明け渡す。ブースターを点火しての鉄拳はひらりと身をかわす。
だがすでに次の攻撃に錬は入っている。
軽妙な動きによる回避主体のスタイルと予想して足狙いに斬撃を振るう。しかしこれも予想していたのかひょいと跳んで距離を空けられる。
「……あの障壁を使ってこないな」
「インターバルに制限でもあるのでしょうか」
「かもしれないし、そう思わせて一歩深く踏み込ませたいのかもしれないぞ」
「罠、ですか」
その可能性は否定できませんね。
メイド服にかかった埃を服をはためかせて落としながらエリーは構えなおす。
対してマリシャスは襲ってくる二人の内、錬の手元を見て記憶の中にあるものと比較してやはり、と呟く。そして「業迅」を指さしながら錬に問いかける。
「それはロウの「業迅」だね? 妙に風格が落ちているが、君が継承したのかい?」
「そうですが、なにか問題でも? アンタにゃ関係ない話だろうよ」
「ふむ……」
再びじっくり見ようとするマリシャスに、エリーは一気に踏み込む。
歯牙にもかけられていない事には腹立たしいがその怒りも、似た境遇にあった者たちの尊厳を奪われた憎しみも、両方を込めて最短最速の打撃をぶち込んでやると直線で一歩深く踏み込む。今度は回避などさせないというそれはエリーを甘く見ていたマリシャスの目算を突き破り、怒れる拳を振りかざす。
どてっぱら目掛けて振られた正拳突きはマリシャスが咄嗟に差し込んだ杖の上から彼の肉体を強かに打ち据える。
「ぐぅ!」
「まずは一発!」
「ナイスだ、エリーさん!」
一撃が入ったのならつけ入る隙はある。
エリーの陰から飛び出した錬の狙いすました一撃がマリシャスを狙う。襲い掛かる斬撃に杖を割り込ませて防いでくる。刃と杖が甲高い金属音を奏でながらぶつかりあう。力を込めて振り切ればマリシャスの体は推し戻される。地面を滑り後退していくマリシャスに二人はすぐに追撃に移る。
襲い掛かってくる二人にマリシャスはふん、と鼻を一つ鳴らすと指をパチンと鳴らす。
なんだ、と意識に警戒が入り込んできた次の瞬間、進行方向の空間に
「「!?」」
咄嗟に横に跳んで逃げれば、鋭い木の根のような紫のエネルギーの塊が横を通り過ぎる。
おそらくはエーテル結晶のような物だろうが、それを任意に操ってこちらを襲わせたということだろうか。そんな思考を挟む暇もなく、自分たちの周囲にいくつもの亀裂が走っていく。
「突っ込め!」
「!」
エネルギーの根が出てくる前に、亀裂の間を目掛けて飛び込む。
根が生成されるまでのわずかな予備動作の時間があると踏んでの行動だったが何とか当たっていたようだ。
「っ、デュラハンか!」
現れたのは首なし騎士の名を冠するエーテリアス、の姿を模したエーテルの塊。ぼろぼろと崩れ行く体のブレード形の腕を振り上げてこちらを迎え撃つつもりのようだ。二体放たれたデュラハンの片割れを受けとめて足を止める錬。
が、エリーはブースタを点火。
加速して攻撃をも意に介さず文字通り
「ぐっ!?」
「君は分かり易くていいね。君のような者の事を猪武者と呼ぶのだったかな?」
「かっ……はっ……!」
「エリーさん!」
ずるずると中空に持ち上げられるエリー。
首をつるし上げている何かを外そうともがくが、しかし指に取っ掛かりが引っかからない。だったら、とエリーは外すのをさっさと諦めてブースターを再点火。
「食らいっ、なさい……!」
体にかかる力など知ったことか。
恩人の技を悪用し、明日をも知れない不安な毎日を過ごす人々を甘言で騙し、多くの命を奪ったこの男を許してなるものか。私は怒っているんだ。私の大切な家族を悲しませたのを。頑張って立ち上がろうとする人々をだましたのを。沢山の笑顔が溢れる明日を奪ったこいつを!
「オーバーチャージッ!!」
エネルギーを迸らせ襲い掛かる。
絡みつく妨害を出力で全てねじ伏せて、この拳を叩きこむ!
「おっと、今は受けるとマズイか」
パチン。
指を鳴らして男の背後に裂け目が現れる。
マズイ。
逃げられる。
素早く変わる状況で単純化した思考が加速を優先させる。裂け目に飛び込んで消えていく男に、何とか追いすがり拳を振り抜く。
薄皮一枚。わずかなその感触を残して男の姿は目の前から掻き消える。裂け目も一瞬で消えて追うことも出来なかった。たたらを踏んで勢いを殺したエリーは周囲を見回すと機人が磔にされた十字架の上にマリシャスは姿を現していた。
「ふむ、思った以上に力強い後継たちだね。やはり生でものを見るというのは大切だ。肌感覚というのだろうかね、思った以上に君たちの事を理解出来た気がするよ」
「最初から私たちが来ると、知っていたような口ぶりですね」
「知ってはいないさ、予測はしていたけどね。世には様々な因子が存在し、影響し合い、結果に収束する。これを事象の引力と定義し、適切な計算をすれば結果はおのずと見えてくるのさ」
「ラプラスの悪魔ってやつか。ずいぶん昔に否定された理論らしいが」
デュラハンを斬った錬が戻ってくる。
そこでまたパチンと指を鳴らしたマリシャスは何が面白いのか笑いながら口を開く。
「かつては否定されても新たな理屈で蘇ることはあるさ。さて、私は目的を果たしたのでここを放棄して撤退させてもらうとするよ」
「それを言われて、許すとでも……!」
「手品の種を割れてないのに止められると思う方がおかしいと思うけどね。ところで、探偵くん。君の「業迅」、片方はイミテーションかと思ったけど、違うのかい?」
「答えて意味ありますか、それ」
「つれないねぇ。まあいいや、君の兄弟子にでも確かめてもらえばそれでいいか! じゃあ置き土産だけ残しておくから、楽しんでいってくれたまえ。では、アデュー」
ピッと指を振ると磔の機人とマリシャスを丸ごと飲み干せるような巨大な口を思わせる裂け目が出来たかと思うとその内へ二つの影は消えた。
「……そこで繋がってくるとは聞いてないぞ、兄弟子」
「事情は、後で伺ったほうがよろしいでしょうか」
「ですね。星那! 何が起きてる!」
「えーと、えーっと……合体!」
『とりあえずよろしくない事態です!』
振り向くと、
肉がつぶれるような音、鉄臭い血の臭い、気持ち悪さを引き出してくる湿気。悲劇の被害者たちが体内に封じ込まれたエーテルを暴発させて室内をエーテルに染め上げる。それらは浸食反応を誘発し、被害者たちを異化反応で変質させていく。
「……エーテルによる異化反応を用いた生体兵器、それらを一気に起爆させることで極大の異化反応を引き起こし、人工的な要警戒エーテリアスを生み出す、ってところか?」
「始末し損ねたのを悔いるばかりです。あの異常者は、生きていてはいけない」
「後悔は後にしてくださいよ、今はあの哀れな命たちに最後のけじめをつけてやる必要がある」
「承知しております。私一個人としても、そのための助力をお願いしたい」
「引き受けよう。やらなきゃ、死にそうだしな」
錬を先頭に、エリー、星那とソーマが異形の被害者の前に立つ。
「風雅探偵事務所一同及び協力者各位、これより対象を人工要警戒エーテリアス<シリアルキラー>と呼称。これを実力を持って撃破する」
肉の卵と言っていい見た目が侵食によって崩れていく。肉は結晶に、血はエーテル粒子に、悲鳴は殺意の雄叫びに。
「倫理のりの字も知らん技術者の風上にも置けん奴の被害者だ、油断なく、過不足なく、送って差し上げろ」
「「『了解!』」」
結晶と化した卵の外殻が砕け、中から現れるのは機械仕掛けの人形を思わせるエーテリアス。
不気味な人形を思わせるエーテリアス、その頭蓋の中に見えるのはエーテリアスのコア。これで被害者たちの死は確定してしまった。胸の内で哀悼の祈りを捧げながら錬は剣をエーテリアスに突きつける。
「さあ、戦闘開始だ」
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