ZZZ ―風雅探偵事務所―   作:舘向井雛壇

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情けは人の為ならず(1)

 フレデリク・テラリアはごく普通の学生だ。

 普通に学校に行って学び、終わればバイト、それも終われば家に帰って宿題もするし家の事もする。終わらさなければならないことをやり終えれば自室でSNSをチェックしたり、ゲームをしたり、本を読んだり。そんな何てことも無い日常を過ごしている。

 

「えぇー、またヘルプですか?」

「頼むよ、フレディくん! ウチが万年人手不足だって知ってるだろ!? 私たちを助けると思ってさ!」

「いいですけどさぁ、いい加減バイト増やしてくださいよホント」

 

 そんな感じでせっかくの休みなのにバイトが急に入ることもある。

 バイト先のコンビニの棚だし作業をこなしながら店長に文句を言うと店長は誤魔化すように笑いながら「まあそのうち、そのうちね」といつもの逃げ口上ですすす、と離れていく。給料と勤務時間の都合をつけてくれることは嬉しいのだが人手を増やすことにだけはどうにも手が出ないようで何度バイトの人員増を頼んだか数えきれない。そこさえ何とかしてくれたらなぁ、と棚だし作業を進める。

 ボンプでも雇えば、と思ったがボンプも慣れてくるまではあれこれ失敗しやすいという話はよく聞く。下手すればこっちの仕事にも悪影響が出るかもしれない。

 

「いや働き始めならだれでもそうか」

 

 いかんいかん、と悪い方向に考えがいっていたことを自覚して頭を振って思考を散らす。

 止まっていた手を動かして棚だし作業に戻る。店内には店長と自分以外の店員は居らず、まだ朝という事もあって客の出入りは少ない。しかし入荷してくる商品の棚だし作業やら清掃やらで何かと忙しい時間帯でもある。

 

「商品チェックOK、賞味期限の確認もOK、じゃあ次は値引きシールっと」

 

 必要な荷物を抱えて次の仕事に必要な荷物を抱えて店内を移動する。

 バレエ・ツインズにあるこのコンビニは駅に最寄りのコンビニであるがそもそもバレエ・ツインズ自体がいわくつきの噂話のせいであまり人気が多くない。オフィス街があるのでお昼時はサラリーマンが訪れたりするが休日の朝などろくに客は来ない。ただ入荷する商品はあるので一人だと大変だから、と自分が呼び出された訳だ。

 商品を出し終えて、とりあえず一旦レジで待っておくかとレジに入ろうとするとちょうど入口の自動ドアが開いて入店を知らせるベルが鳴る。

 

「いらっしゃいませー」

「……げ」

「げ?」

 

 今来たばっかの来客にげって言われたような、とそちらを向くとカッターシャツとその上にジャケットを羽織り、学校指定のスカートを身に着けている人物が立っていた。気だるそうな雰囲気とギザギザとした歯、そして鮫の尻尾というその特徴にフレディは思わず目を丸くした。

 

「あれ、エレン?」

「なんでアンタがここに居るのさ……」

「バイトだけど……今日学校じゃないはずだけどどしたん?」

「別に。バイト行くのに着てるだけ。そういうアンタも朝からバイト?」

「うん、急にヘルプ頼まれてさ。この時間に来るってことは朝飯でも買いに来た?」

「そ。なんかいいのある?」

「さっき総菜パンとかは割引シール貼ったから安く買いたいならそっちかな」

「ふーん、そ。じゃそれ貰おうかな」

 

 通路を覗き込んですこしだけ吟味した後に割引シールが貼ってあるパンをいくつか選んでいく。どうも肉系のパンが多い。

 こちらが見ていたことに気が付いたのか、じろっとジト目でこちらを見てくる。

 

「なに?」

「いや結構がっつり食べるんだなって」

「私ががっつり食ってちゃ悪い?」

「別に。むしろちゃんとご飯食べる人は好ましいから好印象」

「あっそ」

 

 すんと興味なさげに踵を返したエレン。横を通りすがりに鮫のシリオンの特徴として表出している尻尾がバシンとフレディの腰をどついてくる。

 

「え、え、なに?」

「べつに。あと飴ってどこに売ってる?」

「それはこっち。棒付きキャンデーもあるよ」

「あんがと」

 

 どついたことについてはさっさと別の話題に切り換えてエレンは自分の用事に集中し始める。

 なんでどつかれたのやら、と疑問に思いつつもその場を離れてレジに向かう。すこし間を置いてから籠に商品を詰め込んだエレンがやってくる。なんでちょっと見ない間に籠一杯になっているんだろうか。

 

「じゃ、これお願い」

「袋はどうしますか?」

「デカいのに一袋……ごめん、やっぱパンとかだけ小さいのに小分けしてほしい」

「承知しました。少々お待ちくださいっと」

 

 一応店内に居るのが自分と彼女だけとはいえ言葉遣いはきちんとしておかないと。そう思ってマニュアル通りの対応をしているとエレンは興味深そうにじーっとこちらを見ている。

 

「……なにか?」

「クラスメイトの敬語と働く姿が珍しいから観察してる」

「そんな珍しいもんでもないでしょうに。お支払いは3200ディニーになります」

「はい、ちょうど。案外珍しいよ、少なくともあたしはね」

「お預かりいたします。まあ見たいなら好きにすればいいと思うけど。仕事の邪魔にならんけりゃ文句無いし」

「残念。これからバイトだからさ。それじゃ、また出くわすタイミングがあったらよろしく」

「あー、ありがとうございましたー?」

 

 ひらりと手を振って出ていく級友に、一体何だったのだろうかと疑問符を掲げながら。

 

「あ、フレディくん。突発のヘルプだったけどありがとうね。ここは乗り切ったからもう上がってもらっていいよ」

「あ、はい」

 

 ひとまず、仕事は終えたので帰ることにしよう。

 仕事のタイムカードを切ったあと、次のシフトのバイトと入れ替わりで店の外に出るとまだまだ日は高い。というかまだ10時にもなっていない。早朝バイトだったし、早上がりもしたので、必然的に解放される時間も早くなったのだ。

 

「さて、どうしようかな」

 

 せっかく市街地に来ているのだ。どこかに寄って遊んで帰るのもいいかもしれない。

 ひとまず、目的地も決めないでそこらへんをうろうろとしてみようか。そう考えてふらりとどこへ向かうかを決めたわけでもなく気の赴くままに足を向ける。さて、どこへ行こうか。

 ルミナスクエアの方に向かってもいいし、別の地区へ向かったっていい。六分街のほうにまで足を延ばしてもいいかもしれない。ちょっと小腹がすいたらラーメンでも食べようか。そんな風に考えながら歩いていると、すこし離れているところにきょろきょろとあたりを見回している老人が一人いることに気が付いた。

 ぱっと見の風貌は老紳士といった風情で、手にアタッシュケースを持ち、もう片方の手には杖をついている。困ったように杖と一緒に持っている紙片と周囲を見比べているようだ。恐らくメモに取った地図だろうか、それと現在地がうまく一致していないのだろうか。

 

「あのー、どうかなされましたか?」

「うん? ああ、ちょっと待ち合わせの場所に行きたいんだが場所が分からず困っていてね」

 

 気が付けば声をかけていた。

 老紳士は訝し気にこちらを見た、しかしすぐに表情を緩めると手元のメモをこちらに見せてくる。

 行き先はどこかのお店のようだが、店名を確認してどこだったかを思い出そうと頭をひねる。そしてすぐに割と近所でやっている、いわゆる執事・メイド喫茶――――――コンセプト喫茶の店だという事を思い出す。待ち合わせ相手が誰だか知らないが、老人一人にこの店に入らせるのは結構苦じゃないかとついつい思ってしまう。

 

「あー、場所は分かるんでお送りしましょうか?」

「いいのかね? 今日は休みなんじゃないかい?」

「近くですし、送るぐらいなら大して時間は取りませんし。なんなら今はバイト上がりで暇だからぶらついてただけなんで」

「そうか。ならお願いしようかな。よろしく頼むよ」

 

 にこりと笑う老人に頷いて彼を先導して店に連れていく。

 その間に話を聞くと、どうも同じような店構えやビルばかりで見分けがつかず、目印となる店を見落としてしまったらしい。それがどのタイミングだったかも分からないので戻るのも難しく、途方に暮れていたらしい。

 

「携帯とかスマホとかは持たれてないんですか?」

「今日は事情があって置いてきていてね。事前にメモしていた手帳しか持っていないんだ」

「……。そうなんですか、いざって時の連絡手段も無いし大変ではないですか?」

「今日に限っては仕方のないことさ。便利な物が手元にないというのはやはり面倒なものだと再確認することになったよ」

「次からはちゃんと持ってくださいよ、次もオレが手助け出来るわけじゃないんですから」

「ああ、そうするよ。君……ええと」

「フレディです、フレデリク・テラリア」

「フレディ君か。フレディ君は学生かね?」

「ええ、高校(ハイスクール)の」

「そうか、若いねえ。今日は朝からバイトをして、そして私の手助けまでしてくれている……君は勤勉で親切な子のようだ」

 

 にこにことほほ笑みながら褒めてくれる老紳士に思わず照れ臭くなりながらいやいや、と手を横に振って否定する。そんなわざわざ褒められるようなことじゃない。バイトをしているのは遊ぶ金欲しさだし、彼の手助けもただの自己満足で親切と呼べるようなものでもない。

 

「そんな大層なもんじゃないですよ。バイトはお金が欲しいからだし、道案内も目についただけでただの自己満です」

「自己満足できる選択肢に人への親切がある時点で、親切だと思うがね。人が持つ熱量は、いつだって限られているのだから」

「熱量……体力ってことですか?」

「それもある。余裕と言ってもいいし、注意力と言ってもいいかもしれない。人はいつだってそれを切り分けて使っている。だから他人に熱量をかけられるほど外に目を向けれるというのは、私にとって称賛できることなのさ」

「……よく分からないッスね。オレはただ当たり前に、そうしてるだけなんで」

「ふむ。まあそうでない者のこともそのうち分かるかもしれないね」

「人に熱量を向けられない、言ってみれば自己中心的な人のことが?」

「そうさ。いつだって自分に都合よく生きている者の事をさ」

 

 ちらりと隣を歩く老紳士に目をやって今の言葉の意味を考えるが、いまいち想像がつかない。

 自分の周りに居る人は、大体困ってれば手を貸してくれるし、相手が困っていれば自分も手を貸す。そういう対等な関係性だと思っている。だから彼の言う人物像が覚束ない。

 

「新エリー都の始まりの日、旧エリー都の終わりの日、希望の灯火は継がれど多くの者が闇に惑った。闇の中で人を捨て獣性に抗えず呑まれた者も居る。そんな中にあっても希望の灯火を継いだ者たちや闇にあっても良き者であった人々は困難に打ち勝ち、この新エリー都を作り上げた」

 

 朗々と語る老人の語り口に、フレディは耳を傾ける。彼が何を語るのか、いつのまにやら聞き入ってしまっていた。

 

「そうして出来上がった新エリー都も良き面と悪しき面の双方が存在する。良き金持ち、悪しき貧者、良き愚者、悪しき賢人……名付けるなら語彙の方が先に無くなるであろうな。ただそんな中でも君のような若者にこそ、良き人生を健やかに過ごしてもらいたい。それが私の数少ない願いの一つよ」

 

 二人の足取りが止まる。いつの間にか目的地に到着していたようだった。

 シックな看板を見上げ、老人は「さて」と話題に一区切りをつけるとフレディに向かい合う。

 

「老人の退屈な語りに付き合わせてしまってすまなかったね。そしてここまで案内をしてくれてありがとう」

「いえ。正直、話の意味を全部理解出来たって訳じゃないんですけど……何となく言いたい事は分かったような気がします」

「ほっほ、では最後に答え合わせとお礼をして終わろうか。どういう事をわしは言いたいと思ったかな?」

「"いい人にはいい目を見て欲しい"……みたいな?」

「はっはっはっはっは! うむうむ、その通りだ。世に良縁悪縁あれど、それが正しくいい結果を生むとは限らない。今日のこの出会いもいつの日かいい悪いを言える時が来るかもしれんしそうでないかもしれん。だが見知った顔が幸せになったならそれが嬉しい、それだけの話じゃ」

 

 老人は手帳をめくっていくつか書き込むと破いてこちらに渡してくる。

 

「ここに書いてる飯屋の店主は私の知り合いでの、私の名前を出してこれを見せればちょっとしたご飯を私のツケで食えるだろうよ」

「あ、ありがとうございます」

「礼を言うのはこちらじゃよ。ありがとう、フレディ君。今日は助かったよ」

 

 ではの、と踵を返して店に入っていく老紳士。

 その背中にふと名前を聞くのを忘れていたとフレディは声をかけた。

 

「あ、そうだおじいさん。名前教えてもらってないです!」

「おっとっと、手落ちをするところじゃったな。私はジェディス、ジェディス・カティアス。朝のよき出会いに、ありがとう」

 

 帽子を軽く持上げて、老人は店の中へと消えていった。




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