「――――――アンタが、その人を殺したの?」
耳朶を打つ少女の声。
聞き覚えのある、級友のその声にデュカリオンは立ち上がる。老人の血を鎧にべっとりとつけて、エレン・ジョーを見つめ返す。なぜ彼女がここに居るのか、その手にある巨大な鋏はなんなのか。何もわからない中、一つだけ確かなことがある。それは彼女の瞳に敵意が燃え盛っていること。
「…………」
「黙ってちゃ何も分かんないんだけど。それとも、答えるつもりは無いってことでいいの?」
足を一歩踏み出してくる。苛立たし気に振られる鮫の尾が小屋の外壁を打ち据えてボロボロと瓦礫を崩していく。言葉を返そうにも何と答えるべきか。自分の判断ミスでジェディスさんを殺してしまったようなものだ。その逡巡が、肯定の沈黙であるとエレンは受け取った。
「そ。否定しないんだ……じゃあ、ぶっ飛ばしても構わないよ、ねっ!!」
「――――――!」
甲高い金属同士がぶつかった音が響き渡る。デュカリオンの刃とエレンの鋏が正面からぶつかり合い、火花を散らしてせめぎ合う。
予想以上に強い力で押し込まれてブーツがタイルを削り取る。
(強い、けどっ!)
「――――――っ!!」
「っちっ!!」
鎧の力に全力を込めて押し返す。刃を全力で斬り払い、互いの距離は大きく空けられる。追撃は出来るが、デュカリオンはそれを選ばず、小屋の中から外へ出る。同級生であり、最近偶然ではあるが話をした相手を傷つける気にはどうしてもなれない。
(けどどうする。こっちがジェディスさんを手にかけたわけでは無いと説明して……信じてくれるか? あの傭兵たちも姿を消して、エレンも頭に血が上っているように見える)
ジェディスが息を引き取り、心が揺らいだままで思考がままならない。
それでも何とか思考を回してどうにかこの場を平和的に解決出来ないかと思案する。
「気、抜きすぎでしょ」
赤い軌跡を残しながら、襲い掛かってくるエレン。懐に入り込まれて斬撃が絶え間なく切りつけてくるが鎧と剣で一手一手弾いていく。単純な技量ならフレディの方が劣っている、しかし鎧の補助がある今ならフレディは十二分にエレンと渡り合うことが出来ていた。
「なんであの人を殺したッ!!」
刃と刃がぶつかり合いながら、エレンの怒りの声が突き刺さる。殺してなんていない、そう否定しようとしても自分の判断ミスがジェディスを死に導いてしまったことは否定できない。それを殺したと言ってしまえばフレディはそれを否定することが出来なかった。
顔を伏せて、エレンの激情から顔を背けることしか出来ない。否定も肯定も出来ないがゆえに、そうやってこぼれ出た態度はエレンの激情をさらに加速させる。
「シャーク――――――トルネードッ!」
跳躍、からの氷嵐を伴った急降下攻撃がデュカリオンに襲い掛かる。回避するか、弾いて迎撃するか、一瞬の迷いの後、デュカリオンは受け止めることを選択する。冷気が怒涛のように襲い掛かり、全身のあちこちを凍り付かせていく。だがどれも致命には至らない。鍔迫り合いになりながら、フレディはようやくまとめることが出来た話を口にする。
「俺は」
「……さっきまでだんまりで、今更しゃべんの?」
「死なせるつもりは無かった。死なせたく、なかった」
「――――――はぁ?」
「けど、死なせたのは結局……俺だ」
【"Sevalance" FINISH TRACK】
剣にセットされたディスクが高速回転し始める。内包されたエネルギーを解放し、刀身が熱く燃え盛る。
エレンの氷を容易く溶かしつくし、アスファルトは赤熱して硬さを失っていく。エレンは眼前の存在から放たれる熱量に思わずひるんでしまう。
「だから――――」
【"Sevalance" Blazing END】
熱された空気が一気に膨張し爆発する。爆風に吹き飛ばされ、エレンの体はコンテナに叩きつけられる。肺から空気が吐き出され、地面に倒れ込むエレンの傍にデュカリオンが立つ。その立ち姿からはすでに戦意が消えている。ただただそこに立っている姿にエレンは体を起こしながら問う。
「どういう、意味なの、それは……!」
「俺は――――」
あの人を殺してなんていない、そう言葉を紡ごうとしたところで耳に高周波の異音が入り込んできた。
「え、エレンさんから離れてくださーいっ!」
「なんだ、ってうおああああああ!?」
真上から降ってくる高速回転する丸鋸かピザカッターか草刈り機か、いずれにせよ直撃すれば危なそうなものが襲い掛かってくる姿が目に入った瞬間デュカリオンの体は思わず飛びのいて、その空間を丸鋸が思い切り切り裂いてそのまま勢い余って地面に大きな一文字の切り裂いた痕跡を残す。
一体何なんだ、と思ってすぐに次なる影がまた襲い掛かってくる。サイズからして恐らくボンプ。それらが空中を舞い、雷撃を纏って突っ込んできたのだ。慌てて飛びのいたせいで体勢が怪しく、受けるのはまずいと判断してさらに後退を選択。
「たたみ掛けます」
軽やかな金属が地面を叩く音が数度。
新たな敵かと音を追って天を仰いだその先、月光の中に浮かぶは一体の銀狼。その義足から冷気を吐き出しながら強烈な蹴りがデュカリオンの脳天目掛けてふり下ろされる。反射的に両腕を頭上に交差させて掲げることで受け止めようと試みるが、不安定な体制のデュカリオンにその一撃は受け止め切れず吹き飛ばされる。
「……ふぅ、無事ですかエレン?」
「あんがと、ボス。結構ピンチだったから助かった」
「ジェディス様は?」
「……」
辛そうに眉根を寄せてフルフルと首を横に振るエレンに、ボスと呼ばれた男――――フォン・ライカンは少しだけ目を見開き、そして目を伏せた。だがそれも少しの間だけ、すぐに力強い目に戻るとこの場の指揮を執るものとしてなさねばならないことをしようと自分に喝を入れる。
「ではかの御仁への対処の後、ジェディス様のご遺体をホロウ外まで運び出します。この度の失態とジェディス様へ報いるため、これ以後は一切の手抜かりが無いように。よろしいですね?」
「承知しましたわエレンちゃん、カリンちゃん、二人ともいいかしら?」
「はいっ、カリンも頑張ります!」
「……ちょっとタンマ。ボス、アイツ私に何か言おうとしてた」
「ふむ、あの状況で何を話そうというのか。少しばかり気にかかりますが」
カツン、と義足で地面を叩く。
「しかしながら、ジェディス様を害した以上捨て置くわけにはいかないでしょう」
起き上がってくるデュカリオンを前に、全員が武器を構える。
対するデュカリオン、フレディは数が増えた敵に対して少しだけ考え込んで剣の構えを解く。言葉の続きを語るために。
「俺は、ジェディスさんを殺してなんかいない。へまをけどへまを打って死なせてしまったことだけは、事実だ」
「――――戦意は無く、嘘の臭いもしない。なるほど、確かにその可能性は否定できない。しかしながら、そうであれば誰がそれを為したと?」
「サーペント、そう奴らは名乗っていた。傭兵団とか言ってたけど……アンタたちがヴィクトリア家政なら、覚えがあるんじゃないか」
「――――――。確かにあなたの言う通り、心当たりはあります。しかしながら、その奇妙な鎧などまだ聞きたいことはあります。お答え、いただけますか」
「……悪いが、それは出来ない」
踵を返し、ヴィクトリア家政に背を向ける。
「アンタたちが信用できるかを、オレは判断出来ない。出来る要素が無いんだ。ジェディスさんの遺志をオレが無為にするわけにはいかない、だからアンタたちと話せるのはここまでだ」
「では、信用いただけたならばお答えいただけると?」
「……確約は出来ないけど、多分」
「結構。それだけ言っていただければ、こちらも誠意ある対応をすると約束いたしましょう」
「守ってくれるって、信じさせてくれよ」
力なく呟いた言葉を残して、彼は大きく跳躍して近くのコンテナの上に飛び上がる。そのまま次のコンテナへと跳躍で飛び移って離れていく。その背を見送りながらライカンはふう、と一つ息を吐いた。
「行きましたか。少しばかり冷や汗ものでしたが」
「あら。ライカンさんとあろうものがそんな弱気とは珍しい」
「茶化さないでください、リナ。かの御仁の力は驚異的だと、そこの地面を見れば分かるでしょう」
「……ええ。高熱で均されたアスファルトを瞬く間に溶かし、破壊した。エレンちゃんに向けて直接振るわれていたらと思うとぞっとしませんわ」
「多分そんなつもりは無かったろうけどね、アイツ」
ポケットから棒付きキャンデーを取り出して包装紙を剥こうとして、中が高温にさらされたからか溶けてびっちりとキャンデーと包装紙がくっついてることに気が付き眉根を寄せる。
『死なせたくなかった』
『けど、死なせたのはオレだ』
反芻する先ほどの言葉。力ずくで包装紙を剥がしたキャンデーを口の中に放り込みながらエレンは思う。
(悪いこと言ったな。今度謝れるなら、謝ろう)
きっと自分の言葉は彼を傷つけてしまったのだ、と。
ホロウの出口にたどり着き、フレディは右腰に装着された"ソレ"を手に取ると"■"のボタンを押して、"❙▶"を押すとディスクが排出されてくる。途端、鎧は消え去りインナースーツは粒子へと消えていく。
元のフレディの姿に戻り、大きく息を吸った後、力が抜けたのか膝をついて一気にため込んでいた緊張感が解けてぜえぜえと息をつく。
「――――――」
気が抜けていくと共に、ボロボロと涙がこぼれていく。
深い仲だった訳では無い。仲が良かったわけでもない。そんな彼が自分をかばって致命傷を負って、自分によく分からないこれを託して息を引き取った。
「オレは……弱い。弱かったから、ジェディスさんを守れず、守られたんだ」
『アンタが、その人を殺したの?』
「そうだ、オレが、殺したんだ」
殺してない、だが殺したも同然の顛末だった。
後先考えないで、無謀なことをしようとしたからこうなった。
「ごめんなさい、ジェディスさん。ごめんなさい、ごめんなさい……」
震える声の少年の悔恨が、ただただその場の空気を震わせる。
そうしてしばらくの後、うずくまっていたフレディはゆっくりと体を起こす。まだ涙が泊ってはいないがそれでも拳を握りしめて歯を食いしばって現実を見据える。
「オレが生き残ったのはジェディスさんが庇っただけで偶然で……それでもこうして生きているのが結果で……」
結果。そう口にすることで煮えたぎる感情を胃の中に無理矢理飲み下す。
現実から目を背けないために、自分を傷つけてでも現状を口にして認識して脳に刻み込む。
「ジェディスさんは人が人を思いやることを好んでいた。だから託されたこれもきっとその為のものだから」
ぎゅっと眉根を寄せて、目の前の夜闇を、あるいはそこにはない何かを、見据えて言い放つ。
「やれ。望まれたもののために、託されたもののために」
少年は立つ。傷ついた身も心も抱えて、それでもなお前へ進むために。