「よし、じゃあ改めてデュカリオン捜索について詰めていくぞ」
「ギャングの情報で釣り出しはもう無し?」
「ああ、試しにやってみたが別のギャングが釣れるだけだったからな。外道釣りするよりは本命を一本釣りすることを目指したい」
「そう言えば所長、現場に来てたあの赤メッシュの治安官さんにめっちゃ怒られてたけどアレは?」
「それは気にしなくていいからね。いやホント」
風雅探偵事務所に戻った一行は改めて打ち合わせに入っていた。
依頼人は別件の用事があるとのことで一旦別れたが、今度こそは頼みますと念を込めて言われたのでしっかり考えようという事になった。
「デュカリオンの行動パターンの要素として、「遺失物の捜索」、「救助活動」、「違法勢力の取り締まり」が挙げられる。三つめは偽装情報を流したが、成果は出なかった」
「恐らくですが実害が出ていなかった、再興を目指しているだけで違法性が低い、という理由で別件の後にタスクを回されたのでは無いかと考えます」
「うん、自分もエリーさんの考えで合ってると思う。その内確認しに来るかもしれないけど長期依頼になるのは避けたいから一旦この手法は脇に置こう」
『マリシャスの件があるから長期拘束は避けたいですからね』
そう、風雅探偵事務所はタイムフィールド家からのマリシャス追跡依頼を請けている。その為、長期にわたる拘束が考えられる依頼は避けたいと錬は考えていた。
なら次はどうするか。
遺失物の捜索活動か救助活動の二択になってくるが、新エリー都の住民はなんやかんやで図太く生きぎたない部分がある(例:邪兎屋社長)。ちょっとホロウに巻き込まれてもべそ掻きながら避難区画に逃げ込んでホロウから逃げ出すぐらいはやりかねない。
「いやいやいや、それ例がおかしいだけだから。フツーはホロウに巻き込まれたら死を覚悟するから」
『あの人なら持前の悪運でホロウを突破しかねないのは分かるんですけどね?』
「あいにくと私はまだニコ様とお会いしたことはありませんが……結構な女傑なのですね?」
「女傑というか半分ギャグ世界の住人というか。まあいいや、アレは置いておこう。残った二択のどっちが接触できる可能性があると思う?」
「救助活動。優先度が他人への献身になってくるならこっちの方が最優先でしょ」
『同じく。差し迫った事態でもない限り救助活動が優先的に行われるのは明白かと』
「むしろこれまでに聞いた話で、遺失物の捜索を優先するとは思えません。分かり切ったことを聞くのもいかがと思いますよ?」
「それは失敬。となればインターノットで人命にかかわる依頼のピックアップだな。危険度の高いホロウの現場を重点的に。じゃあ、取り掛かろう」
了解、と全員が作業に取り掛かるのを確認すると錬はさて、と自分の座席に戻ると置いてあったビデオを手に取ると再生機器に投入する。ジーという音の後、画面に記録されている映像が再生され始める。
映し出されたのはどこかのホロウだろうか。視点が低いことからボンプに内蔵されているカメラが撮影したものだろうという事が分かる。カメラの先には横転したトラックから引っ張り出された運転手が到着した治安局の部隊に支えられ運ばれていく。
映像はしばらく救助活動と現場検証が続いていく。そうしてしばらく、画面に異変が訪れる。どこからともなくエーテリアスの群れが現れる。それに気づいた治安局の部隊も非戦闘員と戦闘員で事前に取り決めていた動きを見せる。非戦闘員は比較的安全な場所に固まり、戦闘員はそれを守る形で構える。特務捜査班の見知った顔と見知らぬ後輩が戦っている中、奇妙なエーテリアスが現れる。
黒い無骨な外殻が多いエーテリアスの中で、白い整然とした外殻を備えたエーテリアス。それを視認したボンプが注意を告げるが、そいつは自分に注意が向く前に動きはじめる。地面を這うようにするすると高速で動き、守られている非戦闘員に向けて突き進む。そして――――。
【――――――】
何かが聞こえ、紅蓮の炎の塊がエーテリアスを捉えて突進する。
非戦闘員たちから引きはがされたエーテリアスはそのまま壁に叩きつけられる。両者は土煙に飲み込まれ、そしてその内から発せられた衝撃波で姿を再度表す。
紅蓮の鎧、真紅の刃。紅い騎士が白いエーテリアスを締め上げる。しかしエーテリアスも不意打ちから立ち直ればその拘束を無理矢理外し、姿勢を正す。戦うための姿勢を取り、両者は向かい合った。沈黙は数秒、構えた剣と腕がぶつかり合い火花を散らす。
抜刀、乱切り、上段、胴払い、幾重にも攻防は積み重ねられる。しかし徐々に形勢は紅蓮の騎士に傾いていく。エーテリアスの肉体を焼き、常識の埒外の力で外殻を砕く。そして露出したそのコアへ、隙を突いた突きが放たれる。
コアを貫き、エーテリアスはその外殻を崩壊させながらエーテルへと還元されていく。
残心、そして納刀。戦闘が終わると彼はそのまま跳躍、どこかへと去っていく。ちょうど戦闘が終わるところまでを録画していたのか、再生もそこで終わった。
(……やはり、ぎこちないがこれは――――――)
「錬様、要件に引っかかる事案がありましたが……後程の方がよろしいですか?」
「いや構わないよ。見ようか」
差し出されたタブレットにはHIA職員の捜索と書かれている。
調査隊の救出に向かった協会員がホロウに取り残されてしまったらしい。その調査隊はHIA職員が囮になり脱出できたが、最終確認座標付近にはいまだ要警戒エーテリアスが存在する可能性が高いらしい。確かに、デュカリオンがやりそうな事例だ。
「それを抜きにしても協会内で収まらず外に依頼が発布されている時点で大分緊急性が高いだろうな。すぐに動こう」
「承知しました。では直ちに出発の段取を始めます」
踵を返したエリーを見送り、自分もと机の脇に置いてある台座から「業尽・風雷」を取り上げる。
その二刀の重みを手で感じながらふと過去に思いが巡る。師との別れの日、多くの同門の徒が命を散らしてしまったあの日。もはや自分と飛しかいないセヴァランス一刀流を受け継いで以降、この流派を受け継ぐ門下生は居ない。
「ハ、未練か」
過去は過去。心に浮かんださざ波を置いて錬は止まってしまった仕度の手を動かし始めた。
向かう先は零号ホロウ――――コードネーム「リンボ」
十年前の悲劇の舞台となったホロウだ。
「ところで零号ホロウに入るのって管理厳しかったと思うんだけど大丈夫?」
「HIAの外部協力調査員として許可は持ってるから大丈夫だ。それにあそこは常々人員不足だからな、変に手癖の悪さを表に出さなければ黙認されることも多い」
「ホロウ関連はどうしてもそうなりがちですね。危険度の高いホロウへ調査に赴くことになる会員ならなおさらでしょうが」
零号ホロウ前哨基地。旧都陥落の元凶の零号ホロウ調査のために構築された基地には調査のための物資を搬送するヘリが音を立てて空を通過していく。
車でここを訪れた一行は駐車場から基地へ繋がるゲートに向かって移動していくとそのゲートを守る兵士たちが二人、ゲートを守るように立っていた。
「止まれ、ここから先は関係者以外立ち入り禁止だ。通行許可証および身分証の提示をせよ」
「これとこれ。少し古いがまだ現役のはずだ」
「……っ、確認した。要件は?」
「HIA職員が一名ホロウ内で行方不明になっていると聞いた。その救助チームに参加する」
そういうと兵士たちは顔を見合わせると頷きあって姿勢を正す。
「失礼いたしました! その件につきましては基地指令室のローランド大尉が指揮を執っておりますのでそちらへお願いいたします!」
「了解した。ではそのように。後ろのはこちらの用意したエージェントだ、通っても構わないか?」
「は、いやその……女児もいらっしゃるようですが」
「我らが虚狩りが率いる六課にも居るだろう? それと似たようなもんだから気にしなくていい」
「失礼いたしました。ただいまゲートを開けます、少々お待ちを」
兵士たちがてきぱきとゲートを開けると一行は基地内部へと足を踏み入れていく。
その背中を見送りながら門番の兵士の片割れが、なあ、ともう一方の兵士に声をかけた。
「なんか雰囲気のある立ち振る舞いの人だったが、どういう人なんだ?」
「ん? ああ、知らんのも無理は無いか。あの人が訓練校に在籍したのも随分前だからな……あの人はな、あの星見雅に無敗の人なんだよ」
「は!? あの星見雅にか!? いやさすがに無いだろう、虚狩りだぞ?」
「正確には叙任を受ける前、訓練生時代の話だな。当時から頭抜けた実力を誇った星見雅の先達として面倒を見て、模擬戦の相手を引き受けてたんだが……ただの一度も負けたことは無い。だから当時は校内では騒がれたもんだ」
「ええ、マジかよ……」
驚きのあまり声を失う兵士に驚くのも無理はない、ともう一方が頷く。星見雅とは人類の守護における最先鋒。虚狩りの中でもっとも人々に強さの象徴と見られているからだ。そんな相手に負け無しなどどれだけ強いのか。
そんな会話をしている二人から、紫の細い線が外れると空気へと霧散していく。それは根元の方まで連鎖して崩れていき――――――。
「だってさ」
「聞くんじゃなかった……」
ボビンケースを停止させて星那が聞いたことを伝えると錬は気恥ずかしそうに顔に手を当ててがっくしと肩を落とす。その声音は古い黒歴史を掘り返されてか恥じ入ったかぼそい声だった。
「実際のとこはどうなの?」
「訓練校で星見の指導員になっていたのは事実だ。あ、指導員ってのは訓練生の先輩が後輩に生活態度とかを指導する役職なんだけど……なまじ星見が頭抜けていたから他の奴らの腰が引けててな。貧乏くじを引かされただけだ。無敗の方は、間違っては無いんだが情報が抜けてる」
「抜けてるってことは、負けては無いだけってこと?」
「ああ。色々星見に縛りを入れた上でタイムアップ狙いでいなしたんだ。結果負けては無いが勝っても無いということになった。正直毎回タイムアップが無ければ磨り潰されて負けてた試合ばっかだよ」
『それでついた称号が無敗の男』
「やめてくださらない、その称号」
ホントに嫌なんだよソレ、と苦み走った表情で言われて星那とソーマは口をつぐんだ。そこにエリーが次は自分の番だと口を出す。
「星見様の方はどういった感じだったんでしょうか」
「修行」
「え?」
「勝ちきれないから勝てるまでやる修行だ、とか言いながら隙間時間を見つけては勝負を挑まれたよ」
正直あれが一番怖いわとぼやく。薄暗がりから戦闘状態の鯉口を斬りながら星見雅が出てきた時はパニックホラーの映画の主人公になった気分だったわ、と口にする。
それを聞いた三人はそれで卒業まで引き分けを維持し続けた錬も大概あっち側なのでは? とも思ったがそっと口を閉ざした。そんなこんなで歩いていると指令室になっているテントが見えてきた。中を覗き込むと何人かの人々が各々の仕事をこなしている。錬はその中から軍服を纏っている男性を見つけるとそちらに足を向けた。
「お久し振りです、ローランド大尉」
「ん? 君は……確か風雅治安官、だったか。懐かしいな、しばらく顔を見ていなかったが元気だったか?」
「おかげさまで。それと治安官は退官しておりますので今は一介の独立調査員です」
「独立……なるほど、君もまた旧都陥落の被災者の一人。零号ホロウに
何事かを納得したかのように頷くローランド大尉。それよりも、とHIAの職員がホロウ内で遭難したことについて聞いてみると組んでいた腕を下ろすと表情に険しさが浮かび上がる。その表情からどうやら救助活動が思ったよりうまく進んでいないようだ。
「端的に言えば救助は難航している。理由は二つ、一つは該当区域のエーテル純度が上がっていること、もう一つは"奴"の活性兆候が見られている点だ」
「奴……?」
「む、そちらの子らは?」
「うちの事務所の所員たちです。ホロウ内でも十全に活躍出来ると判断して連れてきました」
「そう、か。……正直に言えば信じがたいが、他所の事情に嘴を突っ込むのも無礼か」
「何かあっても自分で始末をつけますので」
「よろしい、ならばこれ以上余計なことは言うまい。話の続きだが、奴とはすなわち超級エーテリアス、ニネヴェのことを指す」
超級エーテリアス・ニネヴェ。
観測されている中では最大クラスのエーテリアスであり、それ自体が膨大なエーテルエネルギーを蓄えた"災害"とも言われている。その巨大な肉体だけでも脅威であるが、周囲からエネルギーを吸い上げる"茨"、外敵を襲う"蜂"に護衛されていることから近づくことすらひどく難易度が高い。
「もっともすぐにどうこうなるほどではないとホワイトスター学会の研究員たちは予測している」
「つまりいつ暴発してもおかしくないと考えろってことですね」
「その通りだ」
「やれやれ、ずいぶんな言い草じゃないかローランド大尉」
机から顔を上げて一人の研究員が近づいてくる。背中にサブアーム付きのバックパックを背負った女性。独特なテンションとゆるい口調と相反して豊かな知性を感じさせる鋭い眼光をメガネの奥に隠している。こちらはさすがに知らない錬はちらりとローランド大尉に目を向けると彼はため息をついて錬に紹介する。
「ホワイトスター学会から出向しているレイ教授だ。零号ホロウの観測と解析を行っている。ニネヴェの活性化の兆候も彼女が掴んだものだ」
「なるほど、失礼な発言は謝罪します。レイさん」
「なに、気にすることは無い。事実零号ホロウは未知の塊、そこの玉座についていると思しきニネヴェへの警戒としては正しいだろうさ。傷つけられたプライドはサポートで回復させていただこう」
皮肉か本音か、定かでは無いがとりあえずとばかりに渡されたそれに目を落とす。
「これは?」
「サポートユニットだ。零号ホロウ内のエーテリアスは強力だ、通常のホロウと同じ感覚で歩けばすぐに奴らの仲間入りだろう。その為のそれだ。エネルギー効率やアドレナリン管理のサポートを行い、コスト低減や威力増大に貢献してくれる」
「それはありがたいですが、何故急に」
「あの堅物のローランドが即戦力として救助活動に組み込むという判断を即座に下した、というだけで十分だろう。大穴の博打は嫌いでは無いが、打つなら根拠のある大穴にかけなければな?」
その分の
「救助活動が難航しているのは高純度エーテル活性とニネヴェの活性が重なっているからだ。すなわち、それをものともしない人員なら十二分に救助任務をこなせるという訳だ。君には期待させてもらおう、
「はあ、地獄耳は怖いですね。了解です。ではローランド大尉、キャロットデータと情報の方をお願いします」
「承知している。では10分後にミーティング、30分後に裂け目から出立だ。いいな?」
「ええ。構いません」
同意を得たのを確認し、零号ホロウへの突入準備に入る。
レイ教授に機器の取り扱いについて確認している間ローランド大尉が準備し、その情報を受け取りミーティングを行う。隊員の名前はジャック・アドラー。HIAの中でも珍しい戦闘経験のある人物らしく、潜伏状態で活動限界が来なければ十分生存はあり得るとのことで調査隊と彼が別れた地点のデータを受け取り、彼が潜伏していそうな場所をピックアップする。その様子を見てふむ、と呟いたレイ教授は一応言っておくがと前置きして口を開く。
「最も、零号ホロウのエーテル潮流は変化しやすい。この情報が当てになる時間も限られている。出来る限り迅速に救助したまえよ」
「分かっています。では状況にかかります」
必要な情報の確認は終わった。
ローランド大尉に言われていたホロウへの入口になる裂け目へと移動していると星那が少し困惑したような表情をしていた。
「なんか……お役所仕事かと思ったら結構柔軟なんだね。締めるところは締めてるんだろうけど」
「脅威度としては一番高いホロウだからな。マニュアル通りじゃ上手くいかないことなんて日常茶飯事。柔軟に対処できるように適応していった結果だろう」
「その通り。それゆえ常に前哨基地は優れた人材を求めている。そこにあなたの帰還はありがたいものですよ、風雅さん」
「頻繁に顔を出せるかは分かりませんがね。こちらの準備は整いました」
「承知しました。ではこれよりHIA職員救助作戦を開始します。どうぞご無事で」
頷きあい、ローランド大尉は安全な場所に離れていく。
管理ユニットに命令が入力され、空間にエーテルの裂け目が出来上がっていく。ひび割れたそれの前で一息吸い込み、ただ一言を告げる。
「総員、突入開始」
「「『了解!』」」
零号ホロウにて救出任務、開始。