「ほら、さっさと逃げるぞ!」
「あ、は、はい!」
協会員に声をかけて逃げるよう促しながら錬自身もその後ろをぴたりと離れないようについていきつつホーネットの処理も絶え間なく行っていく。しかしやはりニネヴェについている群れの全てではないとはいえ多くが此処に殺到してきている。どこかで一網打尽にするか離脱するかしないといずれ物量で磨り潰されるだろうことは目に見えている。
しかしそれは、錬一人で戦えばの話になる。
ぶおん、と巨大な物体が目の前の群れの中心を通り過ぎていく。少しだけそれを目で追ってみればどこにでも転がっている建築物から脱落した瓦礫の一部のようだ。ホーネットを纏めて瓦礫の下敷きにしてコアを砕いたその瓦礫はそのままくっつけられていたワイヤーに引っ張られてまた群れの一部を巻き込んで飛んでいく。
「ナイス、星那、ソーマ」
「それでは私は錬様の支援に入りましょう」
「助かります」
「いえいえ」
如来掌ユニットに接続したエリーの
「あれこれ、自分が一番キルレート低いのか……?」
「護衛役が一番キルレートが高いのは論外では?」
「それもそうか」
「ふざけてないでさっさと逃げるよ!」
『進路上に投石が落ちるように仕掛けを施しました。10秒後、100m先に第一陣が落着します。という補足情報も星那の言葉に足しておきますね』
「そっちが最優先情報じゃねえかなぁ!?」
そう言われたら全力で走るしかない。
疲弊して動きの悪い協会員の男を手早く担ぎ上げると指示された方向に向かって一気に駆け抜けていく。ソーマの言葉通り、自分たちが駆け抜けた後を成人男性の身長の倍ほどもある瓦礫が次々と落下してくる。それに巻き添えを喰らったホーネットたちはコアを砕かれてエーテルに還っていく。
「同じ量をあと3回ぐらい仕掛けといたからまっすぐ進み続けて!」
『3回で合ってます』
「よし分かった。罠を抜けたら一旦残敵を掃討する! それまでは全員駆け足!」
号令のもと、駆け出していく。
背後からホーネットの追ってくる音は聞こえるが徐々に落石に巻き込まれて数が少なくなっていく。
「結構減ったかな?」
「そこそこ減ってる。が、
「補充も実質無限とかホント面倒」
「向こうのホームグラウンドですから仕方ありませんよ、星那さん」
『こっちは逃げ切れば勝ちなんだから。全部ぶっ倒す必要は無いんだからね』
「わーかってる、分かってるってば!」
言い募られたせいかやけっぱちに星那が言い返しながらボビンケースを素早く稼働させてホーネットを幾匹かからめとっていく。翼の根元や体の関節部分、構造的に弱い部分をに巻き付く。
ぎちぎちという音を立てながらホーネットたちにソーマが飛び込み、その関節部分をチェンソーで切断していく。たとえコアは砕かずとも動けなくするだけでいい、そんな判断の元、的確にホーネットたちの行動能力はそがれていく。そして落ちてきた瓦礫に押しつぶされてエーテルへと還元されていく。
「……」
ホーネットの足止めを繰り返しながら進んでいく。
順調、何事もなく進んでいる。それは間違いない。ホーネットたちの追跡も十二分に
「いや、とりあえず逃げれるだけ逃げ続ければいっか」
悪いことを考えても仕方ないと星那は結論付けて緩みかけていた足を速めていく。
一方錬は近寄ってくるホーネットを斬り払いながら胸中に生まれた嫌な予感について考えを止めず考え続けていた。嫌な予感がある以上、自分が無意識に気づいていることがあるはずだ、それを言語化して意識して思考できるようにしなければ取り返しのつかない事態になるかもしれない。
「何を見落としている?」
「どうかなさいましたか?」
「嫌な感じがする。多分無意識に何かに気付いて対応しろと無意識に考えているんだろうが……」
「逃げれている、というだけでは足りていないということですか?」
「ああ」
「であれば、逃げれていることが半ば失敗していると感じられていることでしょうか」
逃げられているようで実際は逃げられていないと感じられているのではないか。
そうエリーに指摘されて自分の中の感覚とすり合わせてみると、思った以上にしっくりとくる感覚が胸にあった。そう、逃げられていないと感じている。今逃げているのはホーネットの群れから、それから逃げられていないということは
「逃げられていない、追い込まれている……」
「相手の数は減っていますが、これが逃げきれているというわけでは無く?」
「そう、逃げきれているわけでは無くて別の理由で数が減っていると考えて――――――」
蜂、群れ、軍隊、役割、斥候、偵察、別動隊、本隊――――――本隊?
「あぐっ!?」
『星那!?』
走っている途中、星那が頭を押さえてよろめく。
咄嗟にソーマが星那の前に飛び込んで背中でその体を受け止めて、そのまま背中に乗せて走り続ける。一方星那はソーマの背中に掴まりながら頭を押さえている。ズキズキと頭の芯に響くような痛みが走っている。
痛い、痛い、この痛みは一体何なんだ。前触れもなく表出した頭痛に歯を食いしばって耐える。痛みに意識を向けて、納まれ、と念じるが一向に痛みは引かない。
【アナタハダアレ?】
「――――――!?」
『星那? 大丈夫か星那!?』
「あ、うん、ゴメン。私は大丈夫」
何も分からないが、それだけは分かった。
感じていた嫌な予感はこれだろうか。じろじろと圧倒的な強者から舐るように見られている感覚に肌が粟立っている。
「お兄ちゃん、サーチ範囲を拡大して。通常から20、いや30%増し。特にニネヴェが居る方向を」
『なん――――いや分かった。実行する、観測データはリアルタイムで共有する』
「ソーマ、星那は大丈夫そうか? 大丈夫そうなら速度を上げるぞ! おそらく別ルートから囲い込みに来てる可能性がある!」
「私は大丈夫! お兄ちゃん、結果は!?」
『――――――。ニネヴェがこっちに向かってる、僕たちの左右方向に並行してホーネットを送って他のルートも潰そうとしているみたいだ』
ソーマの言葉にその場の全員の表情が強ばる。
原因は分からないがニネヴェに背を追われるという状況は現状で考えられるなかで最悪と言わざるを得ない。
相利共生型エーテリアス・ニネヴェ。
「つまりそんな怪物と追いかけっこしながら逃げ切らなきゃいけんくなった訳だ」
「星那さんも急に具合が悪くなってしまいましたし、正面戦闘は避けなければならないかと」
「協会員さんも消耗しているから、残された時間は少ない。ホロウの裂け目もこの状況じゃ探しようがない。となれば一旦逃げながら活路を探すしかないか」
星那の急激な体調の悪化、ニネヴェの襲撃、要救助対象の同伴。マイナスに働く要素が多すぎて本来万全を整えて対面するはずの相手と戦う事は端から選択肢から外さざるを得ない。
結果、残る手はひたすらに撤退して時間を稼ぎながら活路となる材料を手にすることだけだ。
(裂け目、いや今は探す余裕が無い。隠れる? ニネヴェがこちらに進路を変更した原因も分からないし、何より追いかけられている状況では難しい。戦う、は論外。零号ホロウの出口までひたすら走る……可能性は低いがこれしか無い、か?)
ホーネットたちの包囲網が構築されつつある現状でそれが可能かどうか、錬の経験則で言えば非常に難しいと言わざるを得ない。だがそれにすがるしか今は手が無い。
(最悪、
双剣の柄が握り込まれてぎちりと音を立てる。
事務所の長として、所員の命だけは拾わなければならない。そこが錬の譲れない一線だ。
「右側、敵が来ます!」
「!」
エリーの声にハッと我に返りそちらに視線を向けると上空からホーネットの別動隊が羽音を立てて接近してきている。間違いなくこのまま進めば頭を押さえられてしまう。
「頭を押さえられる前に左右の群れの前に出るぞ」
「錬様」
「分かってる、長くは持たないだろうことはちゃんと自覚してる」
「では、どうしますか?」
エリーからの諫言に首を縦に振るも、現実的に考えて数の暴力でこちらが蹂躙されることは目に見えている。現状広域に対して打撃を与えられるのは星那とソーマのコンビの先ほどのような落石攻撃のみ。しかしそれも限りがあるし何より星那が不調に陥っている以上取れる手段ではない。
「ホーネットを一網打尽に出来たらそれが上等だが、星那がああな以上別口を考えなきゃだ。エリーさん、何か案はある?」
「いいえ。私の持っている手札も単独火力特化ですので……」
「ごめん……」
「星那が悪いわけじゃないよ。体は大丈夫?」
「うん、多分」
走りながら会話しつつ、寄って来たホーネットを斬り落とす。
エーテル粒子に還元されるのを横目で確認しながら星那に聞いてみるとすこし迷った後に頷いた。
「頭の中に誰かの声が流れ込んで来て、そしたら急に頭が痛くなったの」
『過剰情報による一時的な脳のパンク……? たった一言でそうなるなんて一体何が』
「そこの考察は後。復帰は出来そうか?」
「ちょっと、まだ頭がガンガンする」
「なら治るまではソーマと一緒にいるんだ。自分の身を守ることだけ考えるように、いいね?」
「うん……」
星那はまだ頭が痛むのかぎゅっとソーマの背中に顔を押しつけると振り落とされないようにだけして黙り込んだ。おそらくまだ先ほどの変調が体を蝕んでいるのだろう。
本当ならどこかで止まって一時休息を取らせてあげたいが今はそうも言ってられない。思考を止めず、状況の打開を確実にしなければいけない。
(一か八か、左右どちらかの追跡してくる群れの横腹を叩いて無理矢理抜けるしかない、か)
どのみちこのままでは追いつかれることは必定。
ならどうにかして追ってくる相手をかく乱して逃げ筋をこじ開けるしかない。それに、最悪は足止めさえすれば星那達を逃がすことだって出来るはずだ。協会員の彼の二番煎じだが仕方ない。
(問題は左右のどちらに抜けるかだ。逃げても逃げ切れる当てがないとしょうがない)
「調査員さん、近くに裂け目の類は無いか?」
「え!? ええとそうだな、あるにはある。ただどこに繋がってるか分からないから不測の事態を避けるために使わないようにと指示を受けていた」
「じゃあそこだな。緊急だし、生き残るためには仕方ない」
即断した錬に調査員はう、と一瞬口ごもったがすぐに覚悟を決めたのか自分が持っていた端末を取り出して渡した。画面にはその裂け目の座標が表示されて現在地からのルートも表示されていた。
「よし、じゃあ進行方向から左側に目標の裂け目がある。そこに行くために群れの中を突破する!」
「では先導は私が、如来掌ユニットならゴリ押しも効くでしょう」
『なら中央は自分たちに。星那が不調な以上、積極的な戦闘は出来ないけど調査員さんと星那を守りながら進むぐらいならなんとか』
「じゃ、俺が殿だな。時間もかけられない、すぐに動くぞ」
「と、とりあえず中央に居る間はこの子供ぐらいは守れるだろうからサポートは任せてくれ!」
「ええ、頼みます」
走っていた一行はすぐに動き出す。
方向を大きく変えて裂け目がある方向へと進路を変えて直進、その間に先ほどの会話通りに隊列が組みなおされる。
先陣についたエリーは進行方向のビルの陰からわらわらと溢れ出してくるホーネットの群れに目つきを鋭くすると如来掌ユニットを起動する。
「どきなさい、私たちが行く道です」
飛び出してきた最初のホーネット、まっすぐ来るそれにターゲットを定めると異形の拳を握りしめる。
踏み込み、腰を捻り、まっすぐ拳を前へと突き出す。
余計な技はいらない。ただただ力と技と質量を掛け合わせた拳がホーネットを真正面から殴り飛ばす。拳が突き立つときにパァン、と快音を上げて殴り飛ばされたホーネットは強制的に来た道を引き返させられる。そして仲間を巻き込みながら吹き飛んだそのホーネットの体はコアを砕かれ崩壊していく。
「……虻の方がよほど叩き落しにくいですね」
ぼそりとこぼした言葉を置き去りにして足を止めず進み続ける。
相手は蜂のエーテリアス、襲うために地表スレスレを飛んでいるだけで上空からも襲ってくる。一所に留まればたちまちやられてしまうだろうことは分かり切っていた。だからエリーもそうならないために最速最短の経路を選び進み続ける。
(切れ目なく来るのは厄介ですが、気にする必要があるのは前面にだけ、というのがまだ楽な方ですね)
蚊を潰す要領でホーネットを屠りつつ、時として如来掌ユニットを切り離して後列に襲い掛かるホーネットの攻撃を防がせる。
その間は貫手で甲殻の隙間を貫いて上下を切り離す。
無論、ホーネットたちもまたただやられるだけでは無かった。
「っ!!」
遠目に居たホーネットたちが腹をこちらに向ける。直後、そこに備わった針がミサイルのように放たれ、襲い掛かってくる。
「こ、このっ!!」
『落ち着いて、このぐらいなら対処可能ですから』
「飛び道具ならば、とは言わせません」
調査員が星那を守ってくれていることをちらりと背中越しに見てからすぐに前に戻す。無事であるなら今はこちらに専念できる。義肢でただひたすらに針の腹を叩いて軌道を捻じ曲げて後ろには絶対に流さない。
「行けそうか、エリーさん!」
「行けます! やりきります!」
錬の問いかけにはっきりと答えながら拳を叩きつける。
自分に求められたのは単体火力を用いた敵の包囲網の突破。まだ日は浅いけれどそれでも風雅探偵事務所の所員として受け入れてもらえたのだ。それならば任された仕事一つ、こなせずして何故所員を名乗れようか。
けっして動きを止めず、ひたすら前へ前へと群れという名の壁を四つの拳で殴り抜かんと振るい続けた。そして短く長い突破行の後にようやく群れの向こう側へと一行は飛び出す。
「走れ走れ走れ! すぐに潰しに来るぞ!」
「ひぃーっ!!」
殿を走る錬が追いすがるホーネットを斬り払いながら皆を追い立てる。まだ第一段階を突破しただけ、まだまだ危険な状況は続いている。
事実、ホーネットたちもまた獲物を逃がしてなるものかと不快な羽音を一層鳴らして追ってくる。錬がその追手の牙が届く前に倒していが少しでも緩めば途端に食いつかれるだろうことは想像に難くない。走って走って走り続けて、逃げ続ける。
「くそっ、やっぱりホーネットの数が減らない……!」
「ニネヴェが追ってきてるからだろ! どうすんだこれから!?」
「どうするか考えたいから退いてんだ。振り切れるかどうかは怪しいが裂け目まで走るのを止めるな」
「分かってるっての!」
追いつかれないように、急げ急げと廃墟を走り抜けていく一行。
しかし、その進む先の地面が大きくひび割れたのに気付いたのは先頭を行くエリーだった。声を出す暇も無く、そこから大きくひびは広がっていき、そしてそこから、青白い燐光を纏った植物のツタのようなものが現れる。
「ニネヴェの触手です!」
「行き止まりにされたか……!」
だがここで立ち止まっては元の木阿弥だ。
エリーは如来掌ユニットを腕に接続、即座にエネルギーを開放する。
「いえ、このまま走ってください。ぶち抜きます――――――!」
蓄積された膨大なエネルギーが解放され、ニネヴェの根と真正面から拳の鉄槌がぶつかる。
「これから帰るんだからっ、邪魔するなぁーーーーーーっ!!」
気合を入れた叫び。それに合わせて思い切り振り抜かれた拳が、結果を呼び込む。
体の構造を砕かれた根はぼろぼろとエーテルへと還っていく。やった、これで捕まることはない。そんな考えが頭を過ぎるのは仕方なかった。だから、次に襲い掛かって来た理不尽を見落としてしまった。
最も知っていたところで止めようは無かったろうが。
根の壁を抜けてその先へ。踏み出した一行の耳に入り込んできたのは風切り音。ホーネットとはまた異質なそれは後方の上の方から聞こえてきた。
「――――――は?」
呟いた声は誰のものであったか。
ただその場に居る全員の共通した困惑と驚きの声であっただろうということは間違いなかった。それほどの異様な風景、
そしてそれは、一行の少し先に落下。その場に居た者たちは発生した暴風と土煙に呑まれてその姿を消した。
新バージョンの更新が来ていましたが、ミス・サンブリンガーの思いの深さが語られていた通りで非常にいいものでしたね。
ご息女方の実装も決定しているし、コラボもある。非常に楽しみなんですが懐とポリクロームががが(ry