「う……お兄ちゃん、みんな……大丈夫?」
『僕は大丈夫、ただセンサーがノイズまみれですぐには使い物にはならなさそうだ』
衝撃に見舞われて意識を失っていた星那が目を覚ますと、周囲は土煙に巻かれて視界が悪かった。
どのくらい気絶したかを聞いてみると、ビルが落ちてきてから数分との答えが返ってきた。それを聞いて思わずため息が出る。命を落とさなかったのは幸運だが、楽観視できる状況でも決してなさそうだ。
「ホーネットたちは周りにうろついてた?」
『ううん。多分ビルが落ちてきた衝撃に大多数が巻き込まれてたし、立て直し中だと思う』
「となるとあの投擲もホーネット側にとって不意打ちだったわけか」
『多分。誰が投げてきたかは分からないけど』
「いや分かるよ」
そう言って星那は空を見上げる。
「なんか強いエーテル持ちに見られてるなと思ったけど、君だったんだね――――――ニネヴェちゃん」
見下ろしてくる巨像。花の似姿を持つエーテリアスは静かに、しかし興味深げにこちらを見下ろしていた。
【アナタハダアレ?】
「誰と聞かれても、ただの人間で星那って答えるしかないよ」
『――――。星那、誰と話をして……』
「んー、多分あのニネヴェ。興味を持たれたみたい」
ゆっくりと降下してくるニネヴェの姿から放たれる圧倒的なエーテルに少々ならず気分が悪くなってくる。
「アンタこそ、なんで私に興味を持ったの? 生まれはヘンテコだけど真人間のつもりだよ?」
【アナタハダアレ?】
「……んもー、会話にならないなぁ。誰誰聞かれても答えを持ってないんだけど」
ニネヴェは首と思しき場所をかしげながら地表に降り立った。
今はまだ戦闘態勢になっていないのか穏やかなエーテルの風が頬を撫でているが、きっと彼女が戦う体勢になれば一気にこれが暴風雨のようになり襲い掛かってくるのだろうなと痛む頭でぼんやりと考える。
「調子は最悪、お兄ちゃんのセンサーも不良気味、こりゃ手詰まりかな?」
『そうなれば星那だけはかならず逃がすよ』
「無理でしょ。私らじゃどう足掻いてもニネヴェには勝てないし」
『……所長たちも死んだわけじゃないだろうから、最悪は――――――』
「
それは許さない。絶対に、許してはいけない一線だ。
だから星那は強い語気を込めてソーマの名を呼んだ。向こうもこちらの意図を汲んだのか言葉を止めた。何も表示されてないバイザーの奥にあるカメラがほんの少し細められたような気がする。
「私らだけが生き残ったところでだよ。それに……お、んん。所長がきっと何とかしてくれる。でしょ?」
「重たいが、まあ人を背負うならそりゃそうか」
『あ……』
「ソーマ様は星那様をとても大切にしてらっしゃるのですね」
いつのまにやら姿を現した錬とエリーの二人の姿は土煙にまみれて煤けていたが、大きなけがは無いようだった。
「二人とも、無事でよかった」
「星那様こそ。体調はいかがですか?」
「良くは無いけど最悪までは行ってないかな。頭痛にも慣れたし多分一戦二戦ぐらいなら耐えられるかな」
「それで、体調不良の原因はニネヴェからの接触だった訳か?」
「うん。エーテルワイヤーを使ってたから向こうにとってもこっちを認識しやすくなってたみたい。その繋がりを使って私にアクセスしてきたからキャパ越えしてダウンしたんだ。大分推測交じりだけど、多分そんな感じ」
「そうか。無理だけはするなよ。それとソーマ」
『う……』
「ソーマの考え方も間違っちゃいない。もしその時が来たら、星那を連れて逃げるんだぞ。それくらいの時間ぐらいは稼いでやるから。けど、それまでは力を貸してくれ」
『――――――。ハイ!』
「よし。ジャックさんはかばったが多少の手傷を負ってしまったから一旦ビルの瓦礫に紛れるように置いてきた。ニネヴェを叩いて注意を反らし、他所に追い立てて安全を確保するしかない」
「つまりそれって――――――」
「死ぬ気でニネヴェとの決戦だ。死んでも死ぬなよ?」
二刀を構えて笑う錬に、仕方ないなと星那、ソーマ、エリーが続いて構える。状況は最悪、勝ちの目も薄い。しかしどのみち生き残るにはこれしかない。
ニネヴェもまたこちらの戦意を感じ取ったのか徐々に気配が変わり始めている。こちらに注意を払っていなかった猛獣が獲物として見定めたような、そんな気配。それが全員の肌を粟立たせるが戦意が下がることは無い。
「ニネヴェ撃退戦、総員かかれ!」
錬の号令がかかり、全員が動き出す。
初手を取ったのは――――――ニネヴェ。動きの起こりを察知していたか、自身の周囲にエーテルの弾丸を作り上げると一気に解き放ってきた。紫に輝く弾丸が襲い掛かってくるがこの程度はと回避し、弾き、そしてニネヴェに接近していく。
「でえいっ!!」
錬の一太刀がニネヴェの白磁のような表皮を叩く。
しかし剣から返ってくる手ごたえに錬は舌打ちを一つかます。以前の手の怪物もそうだが、デカく、肉厚な相手はそもそもが剣の刃が立たないぐらいに堅固だ。自重を支えられるだけの肉体の強度が生来あるようだった。
それでも斬れてはいる。巨大な全身からすれば取るに足りないぐらいの消耗だろうがそれでも確実に斬れていた。
「しかし、なんで星那を狙ってきた……?」
「分かんない! 話が出来るかと思ったら別にそんなこと無かったし!」
「だよなぁ」
星那自身が分からないことを自分が分かる訳もないか。
少なくとも今考えることじゃないと結論付けて一旦思考の奥へと押し込む。
では今考えることであるニネヴェの撃退はというと端的に言えば手ごたえを感じていなかった。初手の一撃の時点で通常のエーテリアスとは隔絶した力を感じ取った。
(星見ならなんて言うかね。変な格言めいたたとえ話を持ち出す気もする。まな板に包丁を突き立てたようだとかそんな感じのことは言いそうだが)
本来、こういった活性化したニネヴェを軍やHIA、ホワイトスター学会などが共同で撃退戦を行い進路を変更させるのが本来のニネヴェとの戦い方だ。しかしそれが出来ない現状、自分たちだけでするしかない。
(問題は、どの時点で切り札を切るかだ)
確実に倒せる状況ならそれが一番いいが、それを望むのは無理だというのはもう結論が出ている。
本当に最後の最後、切り札以外にはどうしようもないと判断できるところで切るのが理想。だが今の自分にそれが出来るだろうか。守らなければならないものも増えた。
「っと」
思考にリソースを裂きすぎるのもよくない。
現実に思考を戻して、ニネヴェの動きを注視する。
花のような体をよじり、全身からエーテルの光が溢れ出す。地面に向けて放たれるソレは害意あるエーテルの奔流となって周囲に振り撒かれていく。ボコボコとエーテル結晶の塊がニネヴェを中心に生えていく。錬にはそれに見覚えがあった。どこかの資料で、ニネヴェが敵を死なせるために使う技。
「生えた鉱石の陰に隠れるんだ!」
手近な鉱石の陰に飛び込んで、しかしそれでも手足に細かい切り傷のようなものが出来ている。その間にもニネヴェのエネルギーの放出は止まらず鉱石の壁の外側ではあらゆるものが破壊されていく。もし飛び込むのが遅くなればそれだけ手傷を負い、あるいは死んでいたかもしれない。
「対処法が分かってるだけマシだな」
「分かっててもきついよこれ!」
「分かってなくてキツイよりマシだろ」
「そうなんだけどさぁ!」
星那から飛んでくる文句に言い返しながら、周囲のエーテルの奔流が弱まったのを確認すると壁の裏から飛び出して斬撃を浴びせる。変わらず暖簾に腕押しのような徒労感を感じるほど圧倒的な差は感じる。だがそれでも蓄積するものはあると信じて攻撃の手を緩めず、密接して攻撃し続ける。
「エリーさん、そっちはどう?」
「見渡す限り続く崖を殴ってる気分です。多少は削れても、全体を削れている感じがしない」
「こっちも同じくだな。だがやるしかないだろうから、気張ってくれ」
「承知しております」
エーテルの誘導弾を回避しながらすれ違う一瞬、エリーとわずかばかりの言葉を交わして離れる。
削って削って、それでもまだ足りない。
"人類が寄生するほどの強大なエーテリアス"、その牙城を崩すのは人の手には余っている。であるなら、人以外の力ならば?
そう考えた瞬間、両手の剣がわずかに熱を放ち始める。
「黙ってろ」
冷え切った声で剣を恫喝すれば途端に熱は引いた。フン、と鼻を鳴らして剣から視線を切る。
「手数自体はそう多くない、か? エーテル誘導弾、高濃度エーテルエネルギー放射、あとは自前の肉体で暴れるぐらいか」
『その"ぐらい"が一番厄介なんですけどね』
「ソーマか。センサは戻ったか?」
『ええまあ。それでホーネットたちの動向も調べたんですが、どうも自分たちを取り囲んで待機しているようで、一部だけが参戦しているようです』
「ニネヴェの後にそいつらはさすがにキツイな。さてどうするか……」
『ニネヴェを退かせなきゃまずどうしようも無いですけど』
「虚狩りが一人でも居れば違うんだろうが……無いものねだりだな」
『所長は?』
「――――。俺?」
『不敗の男なんでしょう?』
「だからそのあだ名は……」
そこで言葉は切れた。
ソーマから向けられた視線。そこに込められたのはおそらく星那を生かしたいという強い願い。それが彼にとっての譲れない一線であり、目的。それを為せるなら全霊を尽くしてほしいという思いを向けられていると錬は気が付いた。
思わず、 フと笑って手元の剣に視線を落とす。
「さっきは黙れって言って悪かったな。今度こそ――――仕事の時間だ」
『所長――――?』
手に持つ二刀。その刀身が錬の言葉に共鳴し震えはじめる。
響く、響く、互いを求め、互いを憎み、互いがあってこそ成立する忌むべき在り方が。
業深き力が風雅錬の手の中で形を
「我、境界を越えし者、一切の呵責を捨てさろう――――――彼岸の門よ、開け」
握り込んだ
全ての音が消え失せる。全ての光が消え失せる。触覚も痛覚も味覚も消え失せる。膨大な二つの力が自分の中に流入し、暴れ狂う。自分の中にある何かを塗りつぶしながら自分という存在を世界から消し去ろうとしてくる。
確信が、消える。
「いいや、そんなことはない」
否定する。
確信する。
真実は我が手にあり。
「どれだけお前に奪われようと、真実が消え失せることは決して無い」
だから。
「《業尽》、抜剣」
主たるは俺だ。
たかが剣は、黙って力を寄越せ。
「さあて、依頼を果たそうか、ソーマ」
紫紺の騎士に姿を変えた錬が剣をニネヴェに突きつける。
「時間もかけられない。最初から最後までクライマックスで行くぜ、ニネヴェ」