ZZZ ―風雅探偵事務所―   作:舘向井雛壇

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薄れゆく香りを辿って(2)

「さて、ここが件のオールディホロウだ。ここを突破することで向こう側の山並みの谷間にあるオールドタウンに行くことが出来る」

「コールおじいさんが居る街だよね」

『うん。本来は別の名前がある街らしいけど放棄することになってその名前も廃棄されて古い街、オールドタウンと呼ばれるようになった、らしい』

「うーん、オールタウンという名前にならないかしら? 文字の並びがアシンメトリーでちょっと落ち着かないのだわ」

「そういう名前じゃ意味無いでしょーが」

 

 オールディホロウの入口に立つ4つの影。いつもの風雅探偵事務所の面々に加えてオッドアイを持つ兎のシリオンの少女の姿があった。その少女がこぼしたズレた意見に星那はげんなりとしつつツッコミを入れる。何分彼女の偏執的なシンメトリー愛好振りに星那が振り回されているきらいがあるために微妙に嫌がっているようなのだ。

 

「それはそうなのだけれど……やっぱり気になっちゃうのだわ」

「後回しにしてくださいませお嬢様。私たちは仕事に来てるんで」

「あ、ごめんなさい。そうよね、優先すべきはおじい様からの頼まれごとだわ」

「分かったならさっさと行きましょ」

「ちょ、ちゃんと団体行動するのだわ!」

 

 歩き始めた星那を先頭に、それを追いかけるアリス。その二人の後ろを錬、ソーマと続いていく。

 微笑ましい前二人の交流を見守りながら錬はソーマと話をしていた。

 

「で、例のぼったくりホロウレイダーとコンタクトを取ってみたんだがな、変な噂を聞いたよ」

『変な噂?』

「口裂け女には気を付けろってさ」

『口裂け女? 都市伝説の?』

 

 ここに来る前に聞いたホロウレイダーの男から聞いた話。

 彼はぼったくり価格で集落から金を巻き上げていたらしいが、ある日、いつも通り物資を持って集落に赴いた際にホロウを通り抜けていると道を塞ぐように女性が立っていたらしい。

 こんなところになぜ人が、とも思ったが物資を運ぶのに女性が邪魔だった。だから運んでいた車を降りて彼女にどけろと言いに行ったらしい。近づいていくと徐々に彼女の異様な姿が分かってきた。服装はヴィクトリア調のメイド服であることもおかしかったがそこはまだよかった。

 袖口から伸びるすらりとした手が、女性らしいほっそりとした綺麗な、しかし義手だったそうだ。その色はメタリックな黒。義肢として見かけるような機械らしい見た目ではなく人間らしい見た目の黒い義肢だったそうだ。だがこれも不可思議ではあるがまだ受け入れられたらしい。なんなら、ぶんどって質に流せばいい小遣い稼ぎになるかもと思ったそうだ。

 

『バカですね、そいつ』

「うん、馬鹿だからぼったくり商売なんぞするんだろうな。で、続きだが」

 

 その女性の一番おかしいところは顔の口元を金属製の大きなマスクで覆っていたことだそうだ。声を荒げて近づいてきたホロウレイダーに微笑みながらマスクのロックを外して数度の会話をした後に、突然襲い掛かって来たそうだ。

 マスクが展開して赤く光るその様はまさしく口裂け女そのものだったという。

 

『うーん、正直言ってる側がろくでなし過ぎて何か地雷踏んだんじゃないかなって思うんですけど』

「俺もそう思う。だけど一応調べてみた方がいいだろうな」

 

 見たことも無い人の手のような義肢、どちらかというとそちらの方が今回の対象であるコール氏との繋がりを感じさせる。これはベオウルフ氏の背景事情の調査の一環にもなるだろう。

 

「コール氏が何故孤立地帯に移住したのか、そこの事情の鍵になっているかもしれない」

『確かに。専用の機器を運び込んだことからも考えて何か事情がありそうですね。現地であれこれ調べましょうか?』

「必要になったら頼む。ただこれは推測なんだが、ソーマだと相性が悪そうなんだよな……」

『相性?』

「メタ張られやすいって話。機械に詳しい相手なら、ソーマの動きを呼んでくるかもしれないって思ってな」

『確かに、機械工学の造詣が深いならこちらのスペックを見透かしてもおかしくはなさそうですね』

 

 怖い怖いと嘯きつつ星那達に続いてホロウの中に足を踏み入れていく。空間が歪んでいくような感覚の後にホロウの外壁を通り過ぎて内部に入り込む。

 

「……なにこれ」

「私たち、山間のホロウに入ったはずよね。なのになんで()()()()()()()()?」

「空間がねじ曲がったにしては、おかしな状況だな」

 

 左右を見回しても地平線が見えるほどに草原が続いている。だとすればまずいかもしれないと錬は頭の中で懸念材料を整理し始める。なんの目印も無い平原では進んでいると来た道も行く道も分からなくなってしまうかもしれない。

 

「ソーマ、チェンソーで俺を中心に半径2メートル圏内の草を刈ってくれ。入口の目印にする」

『そうか、なるほど。すぐにします』

「星那、ワイヤーで刈った草を縛っておいてくれ。縛ったワイヤーの数で目印の順番を示す」

「分かった。置いとくのは円の中心でいいよね?」

「ああ。頼んだ」

 

 そこまで指示した後で一旦口を閉じた後、アリスの方を見て聞いてみる。

 

「アリスさん、ホロウについての知識を多く持つあなたに聞きます。この事態はどういった事態だと考えますか?」

「え? えっと……ホロウ内部はエーテルの活動によって空間が大きく歪んでいるのだわ。ともすれば物理法則すら無視した活動が起こってもおかしくない。これもその一環と考えるのだわ」

「つまり、異常な空間以上が発生するような異常がエーテル活動に起きていると?」

「ええ。物理法則の無視、例えば一定範囲の空間を切り出して両端を繋ぎ合わせて円環構造になっているなどが考えられるのだわ」

「けど俺たちは今ホロウに入ったばかり。そういった円環構造に立ち入ったとは考えづらい」

「ええ、円環構造ということが言い換えれば外部からの侵入は難しいということ。だから恐らく一定範囲内の空間映像が投射されていると考えられるのだわ」

『草の刈り取り、終わりました。あと一つ、おかしなものを見つけました』

「おかしなもの?」

 

 そう言って示された方を向くと星那がしゃがみ込んで何かを見ている。

 全員が揃ってそこに近づくと、星那の足下に小さな機械が転がっている。どうやら稼働中のようで小さな駆動音が聞こえてくる。

 

「何だコレ?」

「今何なのか調べてるけど、エーテルを吸い込んで何かをする機械、みたい。んー、機械ならちょっとは分かるけど厳密に何をやってる機械なのかは判断つかないなぁ」

「エーテルを取り扱う機械だとしたら、きっとエーテルの働きの方向性を決める機械なのだわ。山の谷間なのに平原になっているのもそれの影響じゃないかしら」

「ああ、なるほど。幻影を見せるタイプの機会ってことね。確かにあり得るかも……とりあえず電源切れば何とかなるかも。ちょっと切ってみるね」

 

 ごそごそと機械を調べていた星那が、運転を止めるボタンを見つけて押すと鳴っていた駆動音が小さくなっていき、やがて消えた。すると周囲の安定していたエーテルが動き出し、周囲の風景が書き換わっていく。いや、どちらかと言えば被せていた風景の絵が破れて消えていく、といったほうが正確だろうか。

 どこまでも広がる平原だった風景は、閑静な森の中に変わる。風景が元に戻ったことで周囲を見てみるとチェンソーで一定の高さまで切られた茂みが目に付いた。

 

「幻覚だったか……少し焦りすぎたな」

「いえ、判断は正しかったと思うのだわ。空間が捻じ曲がるホロウ内で何の目印も無い草原をうろつけと言われたら困ってしまうし。すぐに目印を作れというのは理にかなってると思うの」

「だね。けどなんで幻覚なのに草を刈れたんだろ」

「多分幻影と言っても体が誤認している状態だったのかも。例えばそこの茂み、エーテルが視覚情報……この場合は目に入ってくるものが茂みだという情報に対して茂みを草だと上書きして視覚情報に乗せた、と考えられるのだわ。だからそこに何かがあるのは本当だけど、それが草だったと脳が誤認していた。けどどっちも切ることは出来るから切ったという情報は等しく出力される……という推測が今のところ私の見解なのだわ」

『なるほど、目に入ってくる時点ですでに情報が書き換えられているのだとしたら僕のカメラにも草原だったという情報が入ってきてることにも納得がいきます。となると、ソナーなどで地形を調べながら進んで視覚情報と誤差が出てきた場合、この機械を探してスイッチを切る。ここから先はそう言った手順が必要になりそうですね』

「なんでそんなことするのか、ってのは言うまでもないかなぁ?」

「タイムフィールド家の使いを妨害するため、か。元々接触を避けていたらしいしな」

「うーん、おじいさまとの間に何か行き違いがあったのかしら……?」

 

 身内が避けられている、という状況にアリスも困ったような表情だ。ただここで何があったか考えても仕方のないことだと結論付けて一行は進み始めた。

 その後も別の場所の映像を空間に貼りつけている場所がいくつかあったがそれぞれに設置されていた機器を停止させることで道が開けていく。道自体はいままで貨物の搬送に使われていた道路があるため道に迷うことなく進むことが出来た。そして全体の行程の半分ほどまで来たところで一行は道なりに止められていた車を発見した。

 

「車体も錆びてないし侵食も激しくない。まだ現役の車両だな」

『例の追い払われたぼったくりレイダーの車じゃないですか? 襲われて這う這うの体で逃げ出したんじゃ』

「そう言えば襲われた後はどう帰ったとかは言ってなかったな。走って逃げたのか」

 

 車両の荷台を確認してみるが、すでに元の貨物は持ち去られたようで空っぽだった。

 ライトを当てて埃の積もり具合を見てみるとそこまで積もってはいないようでやはり逃げ出したホロウレイダーの車と見るのが正しいだろう。鍵も挿しっぱなしで捻ればすぐに電動モーターの電源を入れられそうだ。

 

「例の機械があるから乗っていくのは難しいが、帰りには使えそうだな」

「ところでこれ乗って帰って大丈夫な車? 盗難車を改造したものだったりは……」

「あり得るから持ち帰って治安局に通報だな。アーノルドさんに頼んでそこらへん分かってる人に引き渡すか」

「所長の先輩に頼むんじゃダメなの?」

「青衣先輩か? なんかルール破りに厳しい後輩が出来たとかで、頼るのはやめといたほうがいいっぽくてな」

「朱鳶さんって人?」

「いや、アイツも真面目だけどなんやかんやでズルも出来る真面目だからな。別人だ」

 

 そもそも男らしいしな、と締めつつ運転席の扉を閉める。念のため鍵は抜いておいて確保しておく。

 

「よし、これは一旦置いといて進もう。日没までは時間があるが、谷間だから暗くなると周りの様子が分からなくなるだろうしな」

「「『了解(なのだわ)』」」

「……ん?」

『星那、何かあった?』

「多分。けど何かは分からなかった。ホロウに迷い込んだ野生動物か何かかも」

 

 遠くを目を細めて見つめる星那。ソーマもそちらを向いてカメラを調整してみるが何も映るものは無かった。

 行程は進んでいき、いよいよオールディホロウの出口に近づいてきていた。星那の感じた何かも出てくることはなく、一行は道の途中にある広場のような場所に出た。山に入っていく道があることからもしかすれば林業などで切り出した木を置いておく仮置き場だった場所かも知れない。

 

「となれば、居るよなぁ」

「狭いところはエーテリアスも避けるんだね」

「まったく、目的地は目の前なのに困ったものなのだわ」

『とりあえず散らしましょう。幸い強そうな個体も居ない』

 

 全員が武装を引き抜き、構える。

 エーテリアスたちもこちらに気が付き威嚇の雄叫びをあげるも、構わず二刀を構えた錬が砂利を蹴り飛ばして先陣を切る。二刀――――「豪迅・風雷」が空気を切り裂きながら結晶化したエーテルの肉体をたやすく切り裂く。頭にあるコアすらも切り裂くそれが斬撃の嵐となって群れの中を突き抜けていく。

 それに続くはソーマの背に飛び乗った星那。ボビンケースからワイヤーを射出するとそれを手繰ってエーテリアス達に絡みつかせていく。ある程度絡みつかせたところでソーマの持つ巻取り装置に接続。モーターの駆動でエーテリアス達を一纏めに集め、締め付け、破砕する。

 アリスはそれらを見て驚きつつも、腰の3Dプリンターにセットしてある柄を引き抜く。3Dプリンターに内蔵されたカーボンファイバーで形成された刀身を構えて星那が捉えたエーテリアスに突撃する。兎のシリオンゆえに与えられた天恵の俊足を持って瞬間移動とも思える素早さでの踏み込みは塊を中心として幾度も繰り返され、そのたびに斬撃を刻み込んでいく。

 

「一点集中――――――行くのだわ!!」

 

 五芒星を描いた後の最後の一撃。エーテリアスたちの肉体を砕いて終局の一撃が叩きこまれる。

 剣戟のエネルギーが閃き、爆発する。コアが砕かれ、崩壊していくエーテリアスがエーテルへと還っていくのを確認してアリスは柄にセットされたレイピアの刃を外してプリンターの回収装置に押し込む。内部に仕込まれた破砕機が刃を飲み込んでいき粉々の破片へとなっていく。この後は内部で溶かされ、再利用できる原材料に戻る。

 

「ふう、これで片付いたのだわ」

「雑魚ばっかで助かるね。変に強いのが居ると面倒くさいし」

「ええ、あの車が壊れてなかったのもここのエーテル活性が安定してるのも関係しているのかも。あの機械が結果的にエーテルを常に安定させるから活性が抑えられてたのかもだわ」

「それってあの機械を止めるのがまずいって話?」

「いいえ、あの機械一個当たりの効果範囲はそう広いものでは無かったから私たちが止めた数で状態が変わる可能性は薄いと思うの。エーテルの振る舞いは液体に近いとされることが多いのだけれどそれを基準に考えるとホロウ内のエーテルの流れを澱ませることなく常に一定に攪拌し続ける機械というのが私の予想、私たちが止めた数程度では多少勢いが弱まるだけで大きな流れは変わらないはずよ」

 

 星那との会話で語るアリスの知見の深さに錬はほとほと感心していた。

 5分単位で雇用する金額がつくレベルの学者から指導を受けていると聞いたが、そのしっかりとした基礎知識とそこから発展して物事を考えられる応用力。受ける教育のレベルの高さもあるが彼女自身の才覚にも光るものがあるのだろう。彼女自身は臆病だったりする部分が見受けられるが、成長すればいずれめきめきと頭角を現していくだろう。

 

「ま、そこはコールさんに聞けばいいだろう。十中八九、かの御仁が仕込んだものだろうしな」

『必要なら再起動して、発生したエーテリアスを始末する、ですね』

 

 二人の状況を深堀する話も興味深いところではあるが今はホロウを通過してオールドタウンへ到着するのが目的。ここで立ち止まって無駄に侵食耐性限界までの時間を無為に過ごす時ではない。

 話し込んでいた二人も話を打ち切って頷く。全員その場を後にして歩き出し――――――。

 

「っ!!」

「きゃっ!?」

 

 咄嗟に気配に気づいた錬がアリスを突き飛ばし、腕を交差させて防御姿勢をとる。直後両腕がきしむほどの尋常ではない重さの拳を叩きつけられる。そのインパクトをもろに受けて後ろに吹き飛ばされながらも体勢を立て直しながら勢いを殺すために地面を踏みつける。

 

「ってぇ……」

「『――――――!』」

 

 襲われたと判断した瞬間、星那とソーマが即座に臨戦態勢となり襲撃者に襲い掛かる。

 まずは星那がワイヤーで腕を絡み取り拘束を、続いてソーマがヒートクロ―での追撃を狙いに行く。しかし襲撃者はワイヤーを掴むと、軽々と星那との引っ張り合いに勝ってそのままソーマに投げつける。横から星那が投げつけられたことに気付いたソーマは咄嗟に攻撃を中断。星那を受け止める。

 

『星那、大丈夫!?』

「問題ない! それよりもアイツは!?」

 

 地面を転がりながらもすぐに立ち上がった二人、体勢を立て直した錬とアリス。四者は襲撃者の姿を改めて確認する。

 まず目につくのはその服装、ヴィクトリア調と呼ばれる様式のメイド服で大きなスリットの入ったロングスカートながらも品のいいものを着ている。次いで目につくのはそのマスク、華奢そうな顔つきに似合わない金属製の大きなマスクが装着されている。そのマスクは今、可動部のロックが外され耳元まで口があるように見えて口の中と呼べる部分は赤い光が灯っている。そして最後はその両腕だろうか、袖口からスラリと伸びる手はそのメタリックな質感さえ無ければ妙齢の女性と綺麗な手と捉えられただろう。その腕は何か大きな機械のユニットと接続されて異形の大腕と化している。

 

「元気なご挨拶をどうも、メイドさん。いきなり襲ってきた理由を伺ってもいいかな?」

「非礼はお詫びいたしますわ。……すでにこの土地は我が主の私有地になります。いかなる方であろうと無断での立ち入りを禁じております。特に、タイムフィールド家の方に関しては」

「なっ、私有地と知らず立ち入ったのは謝るけれど名指しで出禁を言い渡されるような覚えはないのだわ!」

「さて、私の方では何とも。しかしながら主より命じられた以上立ち入りの許可を持たないあなた達を、ここより先に立ち入らせる訳には参りません。たとえ武力を行使してでも」

 

 異業の腕を構えて臨戦態勢を取るメイドの姿に、星那、ソーマ、アリスは視線を錬に向ける。この場での行動方針を決めるのは錬の役割、襲ってきたメイドを警戒しつつも彼の言葉を待つ。

 

「……こちらも理由がありオールドタウンへ向かっている。その理由(依頼)を妨害するというのならこちらも相応の対処を行う必要がある」

 

 

 腰に佩く二刀を引き抜いてメイドへと突きつける。

 

「――――――風雅探偵事務所、戦闘準備」

「――――――スローター家侍従、エリー・マキア、参ります」

 

 踏み込んだ両者から放たれる刃が、拳が、




エリーの武装はガヴのオーバーモードをイメージしていただけると大体合ってます。
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