TSシスターは異世界で適当に祈って生きていきたい 作:しすしす
アリアの街には変わり者のシスターがいる。
シスター・アンヌ。
その美貌はアリアの街では知らぬものはいない。
時には遠くからアンヌの美貌とダンジョンを目当てにわざわざ冒険者が遠征してくるほどだ。
街の住人からの人気は高く、言ってしまえば街そのものの看板娘のような様相を呈していた。
そんなアンヌが変わり者と言われる原因は、本人の行動だ。
アンヌは基本、朝の九時に表へ出てくる。
そして教会前の掃除をするわけだが、その光景自体は至って普通のシスターらしい光景だ。
ただ、九時というのは少し遅い。
これに対して、街の住人は「あえてそうしている」説と「単にものぐさでその時間まで寝ているだけ」説に真っ向から分かれていた。
まずそもそも、アンヌが割と適当に生きていることは比較的有名だ。
清貧を是とするシスターが、冒険者になって小遣いを稼いでいるというのは、まあ珍しくはあるがなくもない。
そして稼いだ金は本人の趣味や外食に使われるのだから、ものぐさだというのは事実だろう。
その上でアンヌが特異なのは、受ける依頼が初心者の教導と初心者向けクエストに限られるという点だ。
時折討伐クエストを請け負うこともあるが、それはアンヌが街でも有数の実力者で、アンヌにしか倒せない魔物をギルドが倒してもらうよう頼んでいるからだ。
本人は徹底して、初心者を導き守るための依頼しか受けていない。
これには二つ理由があって、一つはアンヌがしたい贅沢のために必要な金額が、初心者向け依頼でも十分稼げるモノだからだ。
そもそもシスターとそのシスターが管理する教会は寄付と本部からの予算で、生活費を賄うことができる。
そこからさらに、ちょっとした娯楽を楽しむ分には、報酬の少ない初心者向け依頼でも十分。
そしてもう一つが、言い訳ができるからだ。
アンヌは戦闘訓練を積んだシスターであり、戦闘力も高い。
冒険者として新人を指導しつつ神の教えもそれとなく伝える。
そうすれば、本人は贅沢をするためだとしても、それを口にしなければ敬虔なシスターそのモノだった。
ある意味でそれはアンヌの最もわかりやすい二面性だ。
ものぐさであるが、ものぐさであるが故に必要なことしかしようとしない。
アンヌのことをものぐさだと思っているものも、あえて人々が仕事に出かける九時に掃除をしに外に出ていると思っているものも、アンヌの二面性は認めるところだった。
そして実際、アンヌがものぐさを誤魔化すために、あの時間に掃除をしているわけだから、その考えはおおよそ的確だ。
何よりアンヌは、多くの住人に慕われている。
本人の美貌もさることながら、それはアンヌ自身の人柄がそうさせるのだ。
アンヌは見えないところでは常に適当で怠惰だが、見えている場所では自分を取り繕うことを怠らない。
九時の掃除はまさにその典型で、アンヌは行き交う人々
今まで、一度としてその名前を間違えたこともない。
これはアンヌが聖女としての能力を悪用しているが故のことなのだが、そんなこと知る由もない受け取る側にとっては、覚えてもらっていることがすべてだ。
何よりアンヌは、多くの人間の悩みを
時折街を歩いては、困っている人を見つけてそれを助けるのがアンヌの日課だ。
シスターとしては実に模範的な行動で、ここだけを見ればアンヌは素晴らしいシスターだと言わざるを得ない。
しかも、アンヌは多くの住人から「アンヌに話したら事態が解決した」と思われていた。
これに関しては、完全に本人の想定を超えているのだが、どうにもアンヌに物事を相談すると何事もうまくいくのだ。
本人にとっては「話を聞いて、話している側の気持ちが落ち着けばそれでいい」と考えている。
しかし実際には多くの場合、アンヌに話すと悩み事が解決するのである。
これははっきり言ってしまえば偶然なのだが、それを偶然にさせない要因が二つある。
一つはアンヌが実際に悩み事を解決することもあるということ。
これは冒険者の場合に顕著だ。
新人に教導を行っている関係上、アンヌは色々と新人の悩みを解決することが多い。
解決すれば報酬がもらえるわけだから、当然アンヌも真剣に解決するわけだが、その印象が普段のアンヌの印象にも繋がっていた。
アレだけ冒険者を導いているのだから、普段ただ悩み事を聞いているだけの街中での会話も、同じように「導いてもらっている」という印象になる。
結果として、人々はアンヌが思っている以上にアンヌに相談できたことを心の拠り所としていた。
他にも、物理で解決できる問題を解決していることも大きい。
先日の倒れた木材を一瞬で片付けたことは、多くの住人にとって鮮烈な出来事である。
だから前向きになった人々は、自ずと自分と向き合い悩みを解決するために行動するのである。
アンヌ自身がそのことを自覚していないのもまた、ある意味でアンヌの頼り甲斐に繋がっていた。
自然体で余裕があるから、安心感があるのだ。
そしてもう一つは、俗な話だが顔である。
あまりにも顔がいいせいで、アンヌに話を聞いてもらえるとそれだけで幸福指数が上がってしまう。
とにかく顔が良すぎて、顔だけで問題が解決することもあるほどだ。
酔っ払っている乱暴な冒険者を諭している姿は、それだけで彼女に多くの人が惹きつけられる理由になった。
そういうわけで、アンヌは良くも悪くも多くの住人や冒険者から慕われているわけだが、何よりも人々にアンヌが惹きつけられる理由は
何よりもアンヌが人々にとって魅力的に映るのは、その自由さにある。
本人は、自分のしたいことだけをして生きているのだ。
朝の掃除も、冒険者としての活動も、街の巡回も。
どれも、本人が「自分の面倒にならない範囲」でやっていることに過ぎない。
アンヌはどこまで行っても「適当」だ。
欲望のままに、日々を頑張り過ぎず生きている。
人によっては、その怠惰を嫌うものもいるだろう。
シスターらしからぬものぐさに嫌悪するものもいるかもしれない。
しかしアンヌは、決して人を害さない。
どころかアンヌの行動は、自分のできる範囲で人助けをすることが念頭にある。
自分は適当に、好き勝手生きるのだから、迷惑をかけないで生きようとしているのだ。
それに対して、文句を言えるものはいないだろう。
だからこそ、誰もが羨ましいと思うのだ。
アンヌのように生きたい、と。
それはアンヌが思うがままに「適当」な生き方をしているという証明でもある。
アンヌが思った通りの生き方をできているという証拠でもある。
無論、思わぬところで問題が発生したりもするだろう。
しかしアンヌはそんな場においても、自分の態度を変えない。
思うがままに生きていく。
適当を信仰し、小さな街のシスターとして生きていく。
それこそが異世界に転生した今のアンヌの生き方であり、矜持でもある。
時にはそんな奔放な生き方が人々の脳を焼きながら、アンヌはそれを気にせず、今日も適当に生きていくのだ。
他者視点、もしくはこういう生き方に憧れる話。