【完結】吾輩は犬である ~転生わんこの自由奔放異世界日記~   作:冬月之雪猫

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第十三話『吾輩、決めるのである』

 吾輩は犬である。名前はポチという。

 

「ワン!」

 

 吾輩、生きている。ただ、それだけの事に感動を覚えた。

 結局、一晩中剣聖に抱き締められていた。いつ絞殺されるか分からず、ドギマギしたのである。

 

「おはよう、ワンちゃん!」

 

 剣聖は無邪気な笑顔を向けて来た。まるで、ご主人のカフェに来る子供達のようである。

 ちょっとだけ、怖くなくなった。

 

「ワンワン!」

 

 おはようなのである!

 挨拶をされたら、こちらも挨拶をせなば無作法というもの。

 

「ワンワン!」

 

 剣聖もワンワン言い始めた。時々来る中学生の仲良し三人組も同じ事をして来たものである。

 

「ワンワン!」

「ワンワン!」

 

 付き合ってあげると、どんどん頬が緩んでいくのも同じである。

 吾輩、剣聖との付き合い方を完全に理解したのである!

 

「可愛い!! 超可愛い!!」

 

 そのまま、剣聖に付き合っていると妙な音が響いた。

 剣聖の顔が赤い。お腹をさすっている。どうやら、腹が空いたらしい。

 

「……とりあえず、ごはん食べにいこうか」

「ワン!」

 

 吾輩、ステーキが良いのである!

 

 ◆

 

 宿を出ると、ミゼラ達が待ち構えていた。

 

「剣聖様! オルグちゃんを返してください!」

「ヤダ!」

「オルグたんはオレ達の天使なんです! 返してください!」

「ヤダ!!」

 

 また始まったのである。

 

「……オルグ、大人気だな」

「ワゥ……」

 

 遠い目をするカリウスに吾輩も遠い目を返す。

 吾輩は誰のものでもないのである。吾輩の唯一無二のご主人はもう居ないのだから……。

 

「こうなったら、決闘よ!」

 

 ミゼラが剣聖を指差しながら叫んだ。

 

「へー……、へー! わたしと決闘? へー!」

 

 剣聖は嬉しそうだ。

 

「ちょっと待て!! 何言いだしてんだ、ミゼラ!!」

 

 カリウスは嬉しくなさそうだ。大慌てでミゼラを止めた。

 

「決闘よ、決闘! 口で言っても埒が明かないもの! ヤザンもそう思うわよね!?」

「いや、さすがに剣聖様相手に決闘は……」

「この腰抜け野郎!!」

「ひどい!?」

 

 打ちのめされた表情で蹲るヤザン。実に哀れな姿である。

 

「正気に戻れ! 剣聖様と決闘なんて……、人類最強に勝てるわけないだろ!!」

「人には負けると分かっていても、戦わないといけない時があるの!」

「それ、ここ!?」

「ここ!」

 

 ミゼラはカリウスを押し退けて剣聖を睨みつけた。

 

「剣聖様! オルグちゃんを賭けて、わたしと勝負してください!」

「いいよ!」

 

 剣聖は快諾した。

 ヤザンとカリウスはこの世の終わりのような表情を浮かべている。

 気持ちは分かる。吾輩もミゼラが正気とは思えぬ。

 

 ◆

 

 決闘の為、吾輩達はべリオスの外へ来た。

 

「ワゥ……」

 

 剣聖とミゼラが向き合っている。二人の間には決闘の立会人としてベリオスの憲兵がいる。

 憲兵はミゼラを『こいつ、何を考えてるんだ?』という目で見ている。

 

「いざ、尋常に勝負!」

 

 ミゼラは勇ましく叫びながら木の杖を剣聖に向けた。そして、剣聖はゆっくりと笑みを浮かべた。

 瞬間、吾輩の脳裏を過去の記憶が駆け巡った。

 

 ―――― ポチや、今日からここがお前さんの家だぞ。

 

 吾輩の家、小っちゃいのである! もっと大きい家を所望する!

 

 ―――― いい香りじゃろう。こっちがエチオピアで採れる豆でのう、花のような香りがするんじゃ。

 

 悪くない香りなのである!

 

 ―――― ポチ、今日は頑張ったのう! 坊やが喜んでおった。ご褒美のステーキじゃ!

 

 嬉しいのである! 吾輩、ステーキ大好きなのである!

 

「そこまで!」

 

 ステーキに噛みつこうとした瞬間、いきなり鋭い声が響いて飛び上がった。

 目をパチクリさせていると、食べようとしていたステーキが無くなっている。

 ご主人! 吾輩のステーキ、どこ!?

 

「……うーん、ちょっと気合入れ過ぎたかなぁ」

 

 ステーキが見つからないのである。ご主人も見つからないのである。

 吾輩、凄く悲しい。

 

「ワゥ……」

 

 辺りを見回すと、ミゼラは白目を剥いて仰向けに倒れていた。

 ヤザンとカリウスは四つん這いになって、ゲーゲーと吐いている。

 

「ワオン」

 

 地獄絵図なのである。

 憲兵は仕事があるからと去って行き、剣聖は改めて吾輩を抱き上げると、倒れているミゼラの頬をペシペシ叩いた。

 

「……うにゅ」

 

 目を覚ましたようだ。ミゼラは薄目を開くと、すぐにハッとした表情を浮かべて飛び起きた。

 

「あ、あれ? 決闘は!?」

「……お前、剣聖様が戦闘態勢に入った瞬間にひっくり返ってたぞ」

 

 青褪めた表情を浮かべながらヤザンが言った。

 

「どゆこと?」

「真正面から剣聖様の闘気を受けて……ぅぷ、それだけで気を失ったんだ。まあ、離れた所で……ぅ、見てただけのオレ達も吐き気が……ぅぷ、止まらねぇ……」

「オレ、走馬灯とか初めて見た……」

 

 つまる所、勝ち負け以前の問題という事である。

 力の差があまりにも大き過ぎて、戦いにすらならなかったのだ。

 

「えー……」

 

 ミゼラはがっくりと肩を落とした。

 

「残念だけど、勝負は勝負! ワンちゃんはわたしのものー!」

「ぞんな゛ぁぁぁぁぁ!!!」

 

 ミゼラは涙と鼻水を滝のように流しながら悲痛の叫び声を上げた。

 

「あはは! わたしに挑むなら、まずはわたしと向き合って、意識を保っていられるようにならないとねー」

「もういっがい゛!」

「え?」

「もう一回!! わたし、次は気絶しない!!」

 

 吾輩、耳を疑ったのである。剣聖も驚いて目を丸くしている。

 

「おいおい、ミゼラ! お前、本気か!?」

「いい加減、正気に戻れ! またひっくり返るのがオチだぞ!」

「わたし、諦められないもん! オルグちゃんと一緒にいたいの!! だから、勝負してよ、剣聖様!! もう一回!!」

 

 泣きながら、もう一回と繰り返すミゼラに剣聖は満面の笑みを浮かべた。

 

「ミゼラ」

「もう一回、戦ってください!!」

「いいよ。何回でも戦ってあげる。でも、今のままだと勝てないよ?」

「それでも戦うの!」

 

 剣聖がますます嬉しそうな顔をしている。

 

「……じゃあ、帝国に来る?」

「もういっか……、え? 帝国?」

 

 剣聖は吾輩に頬ずりしながら、ミゼラに言った。

 

「帝国に来れば、このワンちゃんと一緒に居られるよ。それに、わたしが鍛えてあげてもいいよ。わたしを倒せるように」

「待ってください、剣聖様!! オレ達はルテシアン連邦国の人間です!! 帝国には行けません!!」

「大丈夫だよ。わたしが許可するんだもの」

 

 カリオスは真っ青な顔でミゼラに掴み掛った。

 

「ミゼラ! オルグは諦めろ!!」

「ヤダ!」

「剣聖様には絶対に勝てない!! お前は決闘をして、負けたんだ!! 諦めろ!! 頼むから!!」

 

 必死の形相でミゼラを説得するカリオス。

 なにやら、異様である。

 

「ヤダヤダ! わたし、オルグちゃんと一緒にいたいの!!」

「ほらほら、本人がそう言ってるんだよ?」

 

 剣聖はカリオスに囁いた。

 

「剣聖様!! そのオルグはお渡しします!! ですが、どうかミゼラは連れて行かないでください!! お願いします!!」

 

 カリオスは地面に頭を擦り付けながら懇願した。よっぽど、ミゼラを連れて行かれたくないようだ。

 それはそれとして、そろそろ付き合い切れないのである。

 

「ワゥ」

「うわっ!? ワンちゃん、おしっこ漏らした!?」

 

 吾輩の秘儀である。基本的に人間は密着状態でおしっこをされると嫌がるものである。

 剣聖が手を離した隙に距離を取る。

 

「ワンワン!」

 

 吾輩はカイトくんを探すのである。どっちの物にもなる気はない。

 

「もしかして……、怒ってる?」

「オルグちゃん!?」

「ワン!」

 

 そっぽを向く。そして、ショックを受けた表情の剣聖とミゼラを後目に鼻をヒクつかせる。

 ベリオスにカイトくんはいなかった。ならば、次である。

 

《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:街を離れる人間。成功》

 

 別の集落へ向かう。その為に、街を出て行く人間の痕跡を追うのである。

 駆け出すと、剣聖やミゼラ達が追い掛けて来た。

 

「ワンワン」

「ま、待って! ワンちゃん!」

「オルグちゃん、待ってー!」

 

 好きにするがいい。だが、吾輩は誰のものにもならぬ。吾輩が行く道を決めるのは、吾輩自身である。

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