【完結】吾輩は犬である ~転生わんこの自由奔放異世界日記~ 作:冬月之雪猫
吾輩は犬である。名前はポチという。
「ワン!」
吾輩、生きている。ただ、それだけの事に感動を覚えた。
結局、一晩中剣聖に抱き締められていた。いつ絞殺されるか分からず、ドギマギしたのである。
「おはよう、ワンちゃん!」
剣聖は無邪気な笑顔を向けて来た。まるで、ご主人のカフェに来る子供達のようである。
ちょっとだけ、怖くなくなった。
「ワンワン!」
おはようなのである!
挨拶をされたら、こちらも挨拶をせなば無作法というもの。
「ワンワン!」
剣聖もワンワン言い始めた。時々来る中学生の仲良し三人組も同じ事をして来たものである。
「ワンワン!」
「ワンワン!」
付き合ってあげると、どんどん頬が緩んでいくのも同じである。
吾輩、剣聖との付き合い方を完全に理解したのである!
「可愛い!! 超可愛い!!」
そのまま、剣聖に付き合っていると妙な音が響いた。
剣聖の顔が赤い。お腹をさすっている。どうやら、腹が空いたらしい。
「……とりあえず、ごはん食べにいこうか」
「ワン!」
吾輩、ステーキが良いのである!
◆
宿を出ると、ミゼラ達が待ち構えていた。
「剣聖様! オルグちゃんを返してください!」
「ヤダ!」
「オルグたんはオレ達の天使なんです! 返してください!」
「ヤダ!!」
また始まったのである。
「……オルグ、大人気だな」
「ワゥ……」
遠い目をするカリウスに吾輩も遠い目を返す。
吾輩は誰のものでもないのである。吾輩の唯一無二のご主人はもう居ないのだから……。
「こうなったら、決闘よ!」
ミゼラが剣聖を指差しながら叫んだ。
「へー……、へー! わたしと決闘? へー!」
剣聖は嬉しそうだ。
「ちょっと待て!! 何言いだしてんだ、ミゼラ!!」
カリウスは嬉しくなさそうだ。大慌てでミゼラを止めた。
「決闘よ、決闘! 口で言っても埒が明かないもの! ヤザンもそう思うわよね!?」
「いや、さすがに剣聖様相手に決闘は……」
「この腰抜け野郎!!」
「ひどい!?」
打ちのめされた表情で蹲るヤザン。実に哀れな姿である。
「正気に戻れ! 剣聖様と決闘なんて……、人類最強に勝てるわけないだろ!!」
「人には負けると分かっていても、戦わないといけない時があるの!」
「それ、ここ!?」
「ここ!」
ミゼラはカリウスを押し退けて剣聖を睨みつけた。
「剣聖様! オルグちゃんを賭けて、わたしと勝負してください!」
「いいよ!」
剣聖は快諾した。
ヤザンとカリウスはこの世の終わりのような表情を浮かべている。
気持ちは分かる。吾輩もミゼラが正気とは思えぬ。
◆
決闘の為、吾輩達はべリオスの外へ来た。
「ワゥ……」
剣聖とミゼラが向き合っている。二人の間には決闘の立会人としてベリオスの憲兵がいる。
憲兵はミゼラを『こいつ、何を考えてるんだ?』という目で見ている。
「いざ、尋常に勝負!」
ミゼラは勇ましく叫びながら木の杖を剣聖に向けた。そして、剣聖はゆっくりと笑みを浮かべた。
瞬間、吾輩の脳裏を過去の記憶が駆け巡った。
―――― ポチや、今日からここがお前さんの家だぞ。
吾輩の家、小っちゃいのである! もっと大きい家を所望する!
―――― いい香りじゃろう。こっちがエチオピアで採れる豆でのう、花のような香りがするんじゃ。
悪くない香りなのである!
―――― ポチ、今日は頑張ったのう! 坊やが喜んでおった。ご褒美のステーキじゃ!
嬉しいのである! 吾輩、ステーキ大好きなのである!
「そこまで!」
ステーキに噛みつこうとした瞬間、いきなり鋭い声が響いて飛び上がった。
目をパチクリさせていると、食べようとしていたステーキが無くなっている。
ご主人! 吾輩のステーキ、どこ!?
「……うーん、ちょっと気合入れ過ぎたかなぁ」
ステーキが見つからないのである。ご主人も見つからないのである。
吾輩、凄く悲しい。
「ワゥ……」
辺りを見回すと、ミゼラは白目を剥いて仰向けに倒れていた。
ヤザンとカリウスは四つん這いになって、ゲーゲーと吐いている。
「ワオン」
地獄絵図なのである。
憲兵は仕事があるからと去って行き、剣聖は改めて吾輩を抱き上げると、倒れているミゼラの頬をペシペシ叩いた。
「……うにゅ」
目を覚ましたようだ。ミゼラは薄目を開くと、すぐにハッとした表情を浮かべて飛び起きた。
「あ、あれ? 決闘は!?」
「……お前、剣聖様が戦闘態勢に入った瞬間にひっくり返ってたぞ」
青褪めた表情を浮かべながらヤザンが言った。
「どゆこと?」
「真正面から剣聖様の闘気を受けて……ぅぷ、それだけで気を失ったんだ。まあ、離れた所で……ぅ、見てただけのオレ達も吐き気が……ぅぷ、止まらねぇ……」
「オレ、走馬灯とか初めて見た……」
つまる所、勝ち負け以前の問題という事である。
力の差があまりにも大き過ぎて、戦いにすらならなかったのだ。
「えー……」
ミゼラはがっくりと肩を落とした。
「残念だけど、勝負は勝負! ワンちゃんはわたしのものー!」
「ぞんな゛ぁぁぁぁぁ!!!」
ミゼラは涙と鼻水を滝のように流しながら悲痛の叫び声を上げた。
「あはは! わたしに挑むなら、まずはわたしと向き合って、意識を保っていられるようにならないとねー」
「もういっがい゛!」
「え?」
「もう一回!! わたし、次は気絶しない!!」
吾輩、耳を疑ったのである。剣聖も驚いて目を丸くしている。
「おいおい、ミゼラ! お前、本気か!?」
「いい加減、正気に戻れ! またひっくり返るのがオチだぞ!」
「わたし、諦められないもん! オルグちゃんと一緒にいたいの!! だから、勝負してよ、剣聖様!! もう一回!!」
泣きながら、もう一回と繰り返すミゼラに剣聖は満面の笑みを浮かべた。
「ミゼラ」
「もう一回、戦ってください!!」
「いいよ。何回でも戦ってあげる。でも、今のままだと勝てないよ?」
「それでも戦うの!」
剣聖がますます嬉しそうな顔をしている。
「……じゃあ、帝国に来る?」
「もういっか……、え? 帝国?」
剣聖は吾輩に頬ずりしながら、ミゼラに言った。
「帝国に来れば、このワンちゃんと一緒に居られるよ。それに、わたしが鍛えてあげてもいいよ。わたしを倒せるように」
「待ってください、剣聖様!! オレ達はルテシアン連邦国の人間です!! 帝国には行けません!!」
「大丈夫だよ。わたしが許可するんだもの」
カリオスは真っ青な顔でミゼラに掴み掛った。
「ミゼラ! オルグは諦めろ!!」
「ヤダ!」
「剣聖様には絶対に勝てない!! お前は決闘をして、負けたんだ!! 諦めろ!! 頼むから!!」
必死の形相でミゼラを説得するカリオス。
なにやら、異様である。
「ヤダヤダ! わたし、オルグちゃんと一緒にいたいの!!」
「ほらほら、本人がそう言ってるんだよ?」
剣聖はカリオスに囁いた。
「剣聖様!! そのオルグはお渡しします!! ですが、どうかミゼラは連れて行かないでください!! お願いします!!」
カリオスは地面に頭を擦り付けながら懇願した。よっぽど、ミゼラを連れて行かれたくないようだ。
それはそれとして、そろそろ付き合い切れないのである。
「ワゥ」
「うわっ!? ワンちゃん、おしっこ漏らした!?」
吾輩の秘儀である。基本的に人間は密着状態でおしっこをされると嫌がるものである。
剣聖が手を離した隙に距離を取る。
「ワンワン!」
吾輩はカイトくんを探すのである。どっちの物にもなる気はない。
「もしかして……、怒ってる?」
「オルグちゃん!?」
「ワン!」
そっぽを向く。そして、ショックを受けた表情の剣聖とミゼラを後目に鼻をヒクつかせる。
ベリオスにカイトくんはいなかった。ならば、次である。
《『スキル:スニッフ・チェイス』発動。対象:街を離れる人間。成功》
別の集落へ向かう。その為に、街を出て行く人間の痕跡を追うのである。
駆け出すと、剣聖やミゼラ達が追い掛けて来た。
「ワンワン」
「ま、待って! ワンちゃん!」
「オルグちゃん、待ってー!」
好きにするがいい。だが、吾輩は誰のものにもならぬ。吾輩が行く道を決めるのは、吾輩自身である。