【完結】吾輩は犬である ~転生わんこの自由奔放異世界日記~   作:冬月之雪猫

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第三十九話『吾輩、もう眠るのである』

 吾輩は犬である。名前はポチという。

 

「ワン!」

 

 坂道が終わると開けた場所に出た。ここからならば飛べるだろうとバッキーを背中から降ろし、エヴォルクを解除する。

 エヴォルクにも大分慣れたものだが、やはり肉体の変化には多少の不快感がある。

 普段の姿で居る方が身も心も楽である。

 

「……ここが大迷宮か」

「ここの主を前に言う事じゃないのは重々承知してるんだけど、すっごい気持ち悪い……」

 

 ミゼラは今にも吐きそうな顔をしている。

 

「おやおや、君は優秀な魔女みたいだねぇ」

 

 ドロシーはクスクスと笑いながら言った。

 

「……嫌味?」

 

 ジロリとミゼラが睨みつけると、ドロシーはわざとらしく身を震わせた。

 

「とんでもない! 君はこの迷宮の正体に気付きかけているのさ」

「正体?」

「そうだよ。ただ、これ以上踏み込むと正気を失っちゃうと思うから」

 

 彼女はミゼラの眉間に人差し指の先を当てた。

 

「……あ、あれ?」

「君の感覚を少し鈍らせた。ここを出るまではそのままにしておきな」

「う、うん……」

 

 正気を失う。その通りであろう。吾輩とて、気付かぬままで居られたのならばその方が良かったと思っている。

 よもや、コレがまだ存在していたとは思わなかった。

 

「ワゥ……」

 

 人間達が大迷宮と呼んでいるもの。これは建造物などではない。

 そして、これの主を名乗る者がただの人間である筈もない。

 可能性として最も高いものは――――、

 

「ワンちゃん」

 

 考察の最中、鋭い殺気が突き刺さった。

 恐怖のあまり、おっしこを漏らした。

 

「ドロシー。次、ワンちゃんを怖がらせたら斬るわよ」

 

 その殺気の源に対して、マリアは更なる殺気を叩きつけた。

 彼女がドロシーに突き付けている剣の刀身は陽炎のように揺らいでいる。二度、その現象を目撃した事がある。

 

「ワンワン!!」

 

 やめろ、マリア! それはやめろ!

 

「ワンちゃん?」

「……それはやめろって怒ってるみたいだよー」

「えぇー……、ドロシーを斬るなら奥義を使った方が確実なんだけど?」

「本気で殺そうとしててビックリ! 一応、友達だよね?」

 

 ガイス・レヴァリオンはやめるのである。それは安易に使っていい技ではない。

 

「ワンちゃんに怖い事を教えてしんぜよう。マリアはその気になれば、通常攻撃すべてにガイス・レヴァリオンを乗せられるのさ」

「ワゥ?」

 

 それはおかしい。ガイス・レヴァリオンは勇者の奥義である。世界を斬り裂くために二代目勇者が編み出した、次元を斬り裂く極技である。

 勇者ではない者が再現しようとするならば、それはまさしく生涯すべてを賭けた一撃となる筈だ。

 マリアが如何に常軌を逸した天才であろうとも、勇者以上に使いこなすなど出来る筈がなかろう。

 

「それが出来るから、マリアは剣聖なんだよ」

「ワゥ……」

 

 あまり、恐ろしい事を言うな。すべての剣技がガイス・レヴァリオンなど、もはや勇者を超えているではないか。

 

「まあ、勇者は剣技以外も極まってるからねー。総合値で言えば、互角レベルだと思うよ」

「ワン!」

 

 それでは、マリアは七王を倒せる事になるぞ。それはさすがにあり得ぬだろう。

 

「それがあり得るんだなぁ、これが……」

「ワンワン!」

 

 馬鹿な事を言うな。それは人間という種の臨界を超えている。

 幾度かのメタルディザイアへのエヴォルクでようやく思い出した事がある。

 謎の声が時折口にしているレベルという概念。あれは御主人の娘が好んでいたテレビゲームに登場した概念であり、吾輩の万象の声が謎の声の意図を分かり易く翻訳したものだ。

 それは時の流れの中で重ねたものを数値化したもの。そして、重ねられる量には種族毎の限界値がある。その限界値を取り払う手段もあるいにはあるが、人間の場合はそれが聖剣アリエルなのだ。

 今は勇者の剣とされているが、それは元々人類存亡の危機に対して抗う為に用意された神器であり、それを持つ者は人類の臨界を超える事が出来る。

 要するに種族の限界を超える為には神器の力が必要なのである。マリアにはそれがない。彼女の剣は確かに優れているが、そういう機能を持っていない。

 

「あら? 神器なら、ずっとそこにあったじゃない」

 

 ドロシーはバッキーを指差した。

 吾輩、口をポカンと開けた。

 あったのである。確かに、バッキーには『神器:エクセリオン』が格納されていた。だから、吾輩は合体すると雷帝の権能や魔王の権能を取り戻す事が出来た。

 バッキーを寄越したのはDr.クラウンであり、彼は明らかにマリアを案じている。敵同士という事であったが、神器によってマリアの人類としての限界を超えさせていたとするならば筋が通る。

 

「そゆこと」

 

 神器とは、この世界を創造した神が真なる七王に与えたもの。

 炎王レリュシオンには、『神器:ニエガミノカグラ』。

 竜王メルカトナザレには、『神器:ヒヒイロガネ』。

 妖王ルミナスには、『神器:イスラ・ウズラ』。

 獣王アルヴァトロスには、『神器:エクセリオン』。

 風王バイフーには、『神器:イトシキコ』。

 冥王アルファには、『神器:ルル・エブラム』。

 そして、いずれ現れるであろう人の王には、『神器:王者の剣』。

 エクセリオンは人類用に調整されたものではないが、Dr.クラウンならば人類にその力を適用する事も出来たという事だろう。

 改めて、恐ろしい人間である。

 

「目的の為には手段を選ばない点もね」

「ワゥ」

 

 吾輩が今も雷帝であったのならば、何をおいても始末しようとしていたであろうな。

 

「勝てないよ」

 

 ドロシーは言った。

 

「ワン」

 

 そうであろうな。エクセリオンを使いこなせていたとなると、七王を超えられる戦力がマリアだけとは思えぬ。

 七王に至れぬ身であっては、なす術もなかろう。

 

「まあ、彼に人類や星を害する意思はないからね。そこは安心していいよ。その目的自体もわたしや七王が動くような事じゃないしね」

「ワゥ?」

 

 目的を知っているのか?

 

「知ってるよ。多分、その目的を公言すれば、協力者もたくさん出来たと思うなー」

「……ワゥ?」

 

 公言していないのか?

 

「彼は人類の事がそこまで好きじゃないからねー」

「ワゥ……?」

 

 Dr.クラウンは人類であろう?

 

「人類だからって理由で人類を愛せるなら、世界はもっと平和だろうねー」

 

 ドロシーはそう言って、吾輩の頭を撫でた。

 不快である。

 

「ワン!」

 

 ドロシーの手を振り払って、吾輩達のやり取りに困惑しているカリウスの下へ行く。

 

「……そこで、どうしていつもカリウスなの?」

「オレの腕の中はいつでもオルグたんの為に空いてるのに……」

 

 ミゼラとヤザンはそういう所である。

 

「もうちょっと、圧を抑えればいいんじゃないか?」

 

 吾輩を抱き上げながら、カリウスは言った。

 その通りである。

 

「どういう意味!?」

「オレはオルグたんを愛しているだけだぞ!」

「……そういう所じゃないかなぁ」

 

 カリウスは吾輩の頭を撫でながら言った。

 

「とりあえず、そろそろ教えてくれませんか?」

「なにを?」

「いや……、どこに向かってるのかなーって」

 

 そう言えば、吾輩達は大迷宮の中へ案内されたが、大迷宮の何処へ向かっているのかは分かっていなかった。

 

「どこに向かっているのか? それはねー」

 

 ドロシーは吾輩やカリウス達を見た。

 

「君達かなー」

「え?」

「オレ達?」

 

 ミゼラとヤザンを見回すと、ドロシーは今度は吾輩の下へ来た。

 

「君かなー」

「ワゥ?」

「なんの事だ?」

 

 カリウスも困惑している。

 

「トラウマを呼び起こすかもしれないし、ここはワンちゃんだね!」

「ワゥ……?」

「だから、なんの……」

 

 カリウスの言葉が途切れた。それは目の前にカフェが現れたからだ。

 

「……ワゥ」

 

 吾輩はカリウスの腕から抜け出して、カフェに向かって一目散に駆けた。

 

「お、おい、オルグ!?」

「どうしたの!?」

「オルグたん!?」

「ワンちゃん!?」

 

 見間違いようがない。そこは吾輩の家である。この世界に来て、もう二度と戻れないのではないかと思った場所である。

 

「ワンワン! ワンワン!!」

 

 同じ匂いである。その扉にはたくさんの人に手の匂いが染みついている。そして、最も強く染みついている匂いは紛れもなく――――、

 

「ワンワンワンワン!!!!」

 

 ご主人の匂いである。吾輩はドアノブを動かした。鍵が開いている。

 チリンという音がした。そして、吾輩は中へ入った。そこには誰もいなかった。けれど、そこは紛れもなく、ご主人のカフェだった。

 

「ワンワン!! ワンワン!!」

 

 ご主人の匂いがする。コーヒーの匂いがする。カイトくんやユウキくん、ナギサちゃんやリュウヘイくんの匂いもする。

 

「ワンワンワンワン!!」

 

 ご主人がいつも居た場所に行く。コーヒーメーカーの傍である。まな板がある。そこでいつもサンドウィッチを作っていたのである。時々、吾輩は席にサンドウィッチを運んでいたのである。

 

「ワゥン! ワゥン! ワォォォォォォォン!!」

 

 店の奥の扉を潜る。その先には階段があった。その階段を登り切った先にはご主人の生活スペースがある。

 畳である。その上で転がり回る。ご主人の匂いがいっぱいである。

 帰って来たのである。吾輩、家に帰って来たのである。

 ご主人はどこであるか!? 会いたいのである。頭を撫でて欲しいのである。散歩に行きたいのである。

 どこにいるのであるか!? 吾輩はここである。ご主人、どこ!?

 

「……ここ、どこなんだ?」

 

 カリウスがドロシーに問いかけている。ここは吾輩の家なのである。

 

「ワンちゃんのご主人が経営していたカフェみたいだねぇ」

「なんで、大迷宮の中にそんなものが!?」

「ワンワン!!」

 

 そこから先は土足厳禁である! 靴を脱ぐのである!

 

「な、なんだぁ!?」

「靴を脱げって言ってるよ」

「なんで!?」

「ガルルルルルルルル!」

「めっちゃ怒ってる!? わ、分かった! すぐ脱ぐ!」

 

 ご主人はベッドであろうか? 昔は敷布団で一緒に寝ていたのだが、しばらく前から介護用のベッドに移ったのである。

 寝室に飛び込む。ご主人がいない。でも、吾輩のベッドがあった。その中で丸くなる。最高の寝心地なのである。

 

「……ここ、本物なのか?」

「そう思う?」

「お前、ふざけんてのか?」

 

 やかましいのである。ヤザンは何を怒っているのだ?

 

「オルグたんになんてことしてんだよ!?」

「ワンワン!」

 

 ドロシーの胸倉を掴んで怒鳴り声をあげるヤザンに吾輩は吠えた。

 うるさいと眠れないのである。

 

「オルグたん……」

 

 何故、泣いている? 吾輩、分からないのである。というか、あまり考えたくない。

 吾輩、もう眠るのである。今は眠る事が大事だと思うのである。

 ご主人はきっとすぐ戻って来てくれるのである。

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