【完結】吾輩は犬である ~転生わんこの自由奔放異世界日記~ 作:冬月之雪猫
吾輩は犬である。名前はポチという。
「さて、仕上げといこう」
ガイス・レヴァリオンによって、世界の壁を斬り裂いた。後はアースへの道を開くだけである。
その為の力は我が手の中にある。
「『魔王の権能』」
初代魔王が生み出し、竜姫シャロンが複製し、吾輩が模倣したもの。
魔王の権能には人類の恐怖が宿っている。それは初代魔王が彼らの魂に刻み込んだもの。
数多の恐怖の中でも、一際大きな七つの恐怖。それが魔王の権能を生み出した。
―――― 魔王はどこにでも現れる。
初代魔王は山を越え、海すら越えた地に一瞬で移動する事が出来た。
初代魔王は出入口を完璧に塞いだ密閉空間にも現れた。
魔王からは逃げられない。
「開くが良い、『ゲート』よ」
それが魔王の権能に宿りし七つのオリジン・スキルの一つ、『
このスキルは術者が認知している場所へ自在に門を開く。海底であろうと、宇宙空間であろうと、密室だろうとも。だが、世界までは渡れなかった。その為に、吾輩は世界を斬った。
金色のリングが現れ、その内側に懐かしき光景が映り込む。成功した。紛れもなく、アースの光景である。その中でも、吾輩がもっとも愛した場所が見えた。
あれから数年が経過した筈だが、ご主人のカフェはそこにあった。すっかり寂れてしまった様子であるが、確かに存在している。
その光景から視線を逸らし、吾輩はミゼラを見つめた。
「ミゼラよ。色々と抱えているようだが、お前が見せてくれた笑顔を吾輩はとても好ましく思っていた」
出会った時の事を思い出しながら、ミゼラに語る。
「お前は優しい娘だ。そして、勇敢である。どうか、幸せに生きて欲しい。それが吾輩の願いである」
「……ポチちゃん。うん。わたし、幸せに生きるよ。ポチちゃんと過ごした時間、忘れないから……」
癇癪を起されるかと思ったのだが、彼女は涙を零しながらも理性的に言葉を紡いだ。
これが最後なのだと理解してくれているようだ。その顔を舐め、毛皮の一部を噛みちぎって渡す。
「ポチちゃん!?」
「この毛皮は良い素材となるだろう。お前を守る為の装備に仕立てて欲しい。Dr.クラウンよ。お前ならば可能であろう? メタルディザイアの研究を進ませてやったのだ。その恩に報いよ」
『構わぬ。ミゼラよ、マリア経由でも構わぬ。後ほど、その毛皮をわしの下へ届けよ。お前さんにふさわしい装備を仕立てるとしよう』
「う、うん……、よろしく。ありがとう、ポチちゃん」
ミゼラは吾輩がむしった部分に回復魔法を掛けてくれた。特に痛みはないのだが、その心遣いこそがミゼラである。
「ヤザンよ。お前のスキンシップは吾輩の寂々なる心を常に癒してくれた。まあ、毎回なのは少々きつかったがな」
「ノォォォォ、ごめんよポチたん!?」
「だが、お前が愛してくれたように、吾輩もお前を愛している」
ヤザンの顔を舐め、吾輩はエクセリオンで自分の爪の一部を斬った。
「この爪をお前の武器に仕立てるがよい。神器には劣ろうが、最高の武具に仕立てる事が出来るだろう」
『……それはブリュートナギレスに持っていくしかないのう。ワシには無理じゃ』
「じゃあ、今度はブリュートナギレス目指しての冒険だな……」
「新たな冒険であるな」
ヤザンは吾輩の頬の毛皮に顔を埋めて泣いた。
「カリウスよ。お前は吾輩の心をいつも分かってくれていたな。お前の腕の中で眠る事はとても心地よい事であった」
「ポチ……」
泣いているカリウスにエクセリオンで切った牙を与える。
「この牙をお前の剣にするがいい。ヤザンと共にミゼラを守るのだ」
「……ああ、必ず守るさ」
カリウスの顔を舐め、吾輩は最後にマリアを見つめた。
「ワンちゃん……」
最強の剣聖が泣きじゃくっている。
「マリアよ。お前にはエクセリオンを託す」
神器『エクセリオン』は形を変えた。剣の使い手に相応しく、剣の形になった。
そして、ミゼラに与えたように、毛皮も毟り取って渡す。
「お前の祖父に吾輩は救われた。そして、お前にも吾輩は何度も救われた。アースへの道もお前達のおかげで切り開く事が出来た。ありがとう、マリア」
「……ワンちゃん」
マリアの顔を舐める。そして、吾輩は改めてマリア達との旅を思い返した。
共に星を見て、共に寝て、共に食べて、共に戦い、共に歩いた。
「楽しかったぞ。お前達と出会えて、吾輩は幸せであった。願わくば、吾輩との旅がお前達の未来を良き方向へ導く糧となる事を望む」
カリウスとマリアも吾輩に抱き着いて来た。そして、離れていく。少し寂しいが、そろそろ行かねばならぬ。
「さあ、待たせてすまなかったね」
カイトくんは目元に涙を溜めていた。
「旅をして来たんだね、ポチ」
「カイトくんもであろう? さあ、積もる話は帰ってからにしよう。そろそろ行かねば、ゲートが閉じてしまう」
「うん……」
吾輩は最後にマリア達に告げた。
「達者でな」
「ポチちゃん、楽しかったよ!」
「ポチたん、一緒に過ごしてくれて、ありがとう!」
「ポチ、その……、向こうで会えるといいな!」
「ワンちゃん!! あの……、あの……!」
「さらばだ」
マリアが手を伸ばしてくる。けれど、その手をもう片方の手で押さえて、彼女は叫んだ。
「バイバイ! ワンちゃん!」
その言葉に見送られながら、吾輩はカイトくんを背中に乗せてゲートを潜った。
本当はカイトくんだけを帰すつもりであった。その方がカイトくんに心労を掛けないと思ったからである。
だが、どうしても見たくなってしまった。最後に一目で良いから、ご主人のカフェを……。
「ポチ、良い人達だったな」
「そうであろう。最高の仲間達であった」
「……オレもいい人達と出会えたんだ」
「聞かせて欲しいのである」
そう言いながら、吾輩は懐かしき地に降り立った。
「……は?」
「え?」
そこには予想もしていなかった光景が広がっていた。
廃墟である。扉や看板の部分は残っていたが、そこに以外には何もなかった。
ご主人のカフェだけの話ではない。
「な、なんだこれは!? 戦争でもあったのか!?」
「ポ、ポチ、ここって、本当に地球なのか!?」
辺り一面が焼け野原であった。
「……すまない、カイトくん。同じ方法を使えば、また戻って来れる筈である。Dr.クラウンが言っていた。七大魔王の内、メナスは二体を見逃していると! その魔王を探すのだ」
「ど、どういう事だよ!?」
問答をしている余裕はない。エヴォルクも維持が困難になって来た。このままではゲートが閉じてしまう。
吾輩はカイトくんを口で咥え、ゲートの向こうに放り投げた。
「ポ、ポチ!?」
「すまない、カイトくん!! すまない!!」
ゲートが閉じる。カイトくんを家に帰す事が出来なかった。痛恨の極みである。
「ザインの状態ではもう持たぬか……」
アースに来た以上、システムの恩恵は得られない。だが、幾度となく繰り返した事で感覚は掴めている。
「エヴォルク:『ストーム・ベルーガー』!!」
これであと一刻は持つ。吾輩は走った。廃墟と化した街を越え、川を越え、高い山の上に登り、更に空へと舞い上がった。
そして、吾輩は見た。無数の魔獣が跋扈し、人類の文明を破壊する様を……。
「……グルル」
それは吾輩が生まれるよりも前に起きた惨劇の再現であった。
破壊の神が目覚めてしまった。
「グォォォォォォォォオオオオオン!!!」
やめろと叫んだところで、魔獣達には届かない。彼らは吾輩の配下ではない。そもそも、根源が異なる。だが、それでも叫ばずにはいられなかった。
これではカイトくんが帰って来れない。家族とも再会出来ない。
遅過ぎた。悠長に旅をしている暇などなかった。大迷宮から出た後、全速力でカイトくんを迎えに行っていれば、あるいはマシな状態の時に戻って来れたのかもしれない。
そうすれば、吾輩の力で状況を打開出来たかもしれない。そうでなくとも、ある程度の数の人類を異界に保護出来たかもしれない。
「グォ……」
エヴォルクが解けた。
炎に焼かれる大地を見ながら、吾輩は落ちていく。
無念である。約束を果たせなかった。吾輩に幸福をくれた世界を守る事が出来なかった。
結局、同じ轍を踏んでしまった。犬に生まれ変わっても、何も変わっていなかった。変わろうともしなかった。
「ワゥ……」
涙が溢れ出す。情けない。実に情けない。
「ワォォォォォォォン!!」
地面が迫っている。もはや、吾輩には落下の衝撃を和らげる力も残っていない。
グシャリという音を最後に、吾輩の意識は闇へ沈んだ。
《『個体名:ポチ』の魂を回収、成功。『魔王の権能』による『強制転生』に介入、成功。転生先を選別。『マザー・システム:地の龍』へリンク接続開始、成功。『種族名:ザイン』の肉体を再生成開始、成功》
《『マザー・システム:地の龍』のシステム、ダウン》
《『個体名:レムハザード』へ協力要請、承認を受諾。『個体名:ポチ』の魂を『種族名:ザイン』の肉体へ移植開始、成功》
《『個体名:ポチ』の覚醒までのカウントを開始。残り94,608,000秒》
《残り94,607,999秒》
《残り94,607,998秒》
《残り94,607,997秒》
《残り94,607,996秒》