青い青春のひとかけら 作:逆襲
今日は12月31日、いわゆる年末だ。
だがシャーレの激務に、暦など関係ない。
「もう20時か……まだかかりそうだな」
外は大荒れの天気。ニュースでは「キヴォトス一の寒波が来ている」と報じられていた。
少し伸びをしてから、再びデスクに向き直ろうとしたその時——
ピンポーン。
来客を知らせる音が鳴る。
「……何か頼んでたっけ?」
インターホンをONにすると、映し出されたのは見慣れたピンク色の髪。
「ホシノ!?」
『あぁ先生?いてよかったよぉ……近くまで来ちゃったから寄ってみたんだぁ』
先生は慌ててドアのロックを解除した。
当番の子以外は入れないようにしていた鍵が、静かに開く。
執務室へと入ってきたホシノは、暖かさにふわっと顔を緩ませた。
「うへぇ……ここは温かいねぇ……」
「とりあえず雪、落としな?」
先生はホシノのコートや髪に積もっていた雪を軽く払い落とす。
「先生ありがと。おじさん凍っちゃうかと思ったよ……」
「こんな時間にどうしたの、ホシノ?」
タオルでホシノの髪を拭きながら先生が尋ねる。
「いやぁ、近くをパトロールしてたんだけど、急に吹雪いてきちゃってねぇ……おじさん帰れなくなっちゃったんだぁ」
夕方から電車はすべて止まっていた。アビドスへ戻る手段は、今の彼女にはない。
「お疲れ様。っと、これでよし」
タオルを外すと、さらさらとしたホシノの髪がいつもの姿を取り戻す。
「先生ありがと。ちょっと帰れなさそうだから、今日はここでお邪魔になってもいい?」
「もちろん。でも仕事がまだ終わってないから、ホシノはあっちのこたつで温まってなよ」
「うへ。そうさせてもらおうかなー。そういえばお仕事って、あとどのくらいあるの?」
ホシノが顔を向けた先、デスクには山のように書類が積まれている。
「……せんせい?それって今日までの仕事?」
「うん。明日から新年だからね。今年中に終わらせないといけないのが結構あるんだ」
「そっかぁ……じゃあ」
ホシノはそのうちの半分をすくい上げ、生徒当番用の席に腰を下ろした。
「ホシノ?パトロールで疲れてるでしょ?休んでてもいいんだよ?」
「先生が頑張ってるのに私だけ休むの、なんか居心地悪いよ。それより、早く終わらせて一緒に過ごそうよぉ」
ホシノの手が、いつもの当番の時の数倍の速さでペンを走らせる。
「……そうだね。ありがとう」
「うへへ……なんか照れるね」
執務室に響くペンの音は、いつしか二重奏になっていた。
窓を叩く風の音も、もう気にならなかった。
「はぁ〜、やっと終わった……!」
先生が大きく伸びをする。時計の針は22時を指していた。
ホシノの協力のおかげで、なんとかすべての書類を片付けることができた。
「ありがとうホシノ。本当に助かったよ」
「これくらい、なんともないよ」
ぐぅ〜〜。
小さな音が静かな執務室に響く。ホシノのお腹だった。
「お腹はすいちゃったけど……」
少し顔を赤らめ、ホシノは頭をかく。
「それなら……これ、どう?」
先生は冷蔵庫から、年越しそば……ではなく、うどんを取り出した。
「うへぇ……いいねぇ、年越しうどんだぁ」
「ちょっと待っててね」
先生は給湯室へと向かい、ホシノはこたつにするすると潜り込む。
数分後、
「はーい、お待たせー」
「待ちくたびれたよぉ。おじさん、お腹ぺこぺこだぁ」
戻ってきた先生がテーブルに置いたのは、卵を落としただけのシンプルなかけうどん。
豪華さはない。でも二人には、それで十分だった。
「それじゃあ——」
「「いただきます」」
箸を割り、二人は湯気の立ちのぼるうどんをすすった。
「うへぇ……おじさん、生き返るよぉ」
うどんを食べながら、他愛のない話が自然とこぼれていく。
「ホシノはさ、今年なにか思い出に残ってること、ある?」
「うへ?おじさんの? そうだなぁ……今年はいろんなことがあったからねぇ……」
夏にみんなで行った海。
トリニティの謝肉祭で、後輩がアイドルとして輝いていたこと。
そして——自分がテラー化したあの日。
先生と、仲間たちが、自分を引き戻してくれたこと。
「……うん、色々あったね」
先生も静かにうなずく。
「せんせ。今年も色々あったけど、ありがとね。来年も、そしてこれからも、ずっとよろしくね」
ホシノは少し照れながら、まっすぐな声で言った。
「うん。私の方こそ、よろしくね」
「ふぅ……お腹いっぱいだぁ……」
「こらホシノ。こたつで寝たら風邪ひいちゃうよ」
食後、二人はこたつでみかんを食べたり、年末特番を見たりして、静かな時間を過ごしていた。
「休憩室に行くの面倒くさいよぉ……せんせ、連れてってぇ」
子どもみたいに甘えるホシノに、小さなため息。
「しょうがないなぁ」
先生は彼女を抱え、執務室をあとにした。
「うう……暖房が付いてないとやっぱ寒いねぇ……」
休憩室はひんやりとしていて、吐く息が白くなる。
先生がリモコンを押すと、エアコンが低い音を立てて動き出した。
「さて、と……私はこっちで——」
その時、服の裾を小さな指がつまんだ。
「ホシノ?」
「そんなとこで寝たら風邪ひいちゃうよ。ほら、おじさんの隣においで」
半分眠たそうな目でベッドをぽんぽんと叩くホシノ。
「さすがに生徒と同じベッドで寝るのは……」
ためらいながらも、先生はその手を握る。
「そんなぁ……先生は私と寝るのが嫌なんだ……そうだもんねぇ……ノノミちゃんみたく大きくないしね……シクシク……」
わざとらしい泣きまねに、先生は小さく笑って観念した。
「……わかったよ。ただし、背中合わせね」
「うへへ、やったぁ」
二人は布団に入り、背中を合わせて横になる。
しんと静まり返った休憩室。
「ねぇ、せんせ。」
背中合わせだったはずのホシノの体温が、そっと先生の背に触れた。
「来年も、よろしくね。おやすみ。」
「……うん。おやすみ」
そう返すと、静かな夜は、二人を優しく包み込んだ。
大荒れの吹雪とは対照的な、穏やかなぬくもりの中で——。
どうしてホシノはこの"年末"にわざわざ"シャーレ近辺"をパトロールしていたんでしょうか...?何か他に理由があったり...?