青い青春のひとかけら 作:逆襲
「まいったな……」
空から激しく降る雨粒を避けるように、駅の入り口で雨宿りをしている先生。
「これじゃシャーレに戻れないよ……」
今日の朝、クロノススクールが放送していた天気予報では“晴れ100%”とでかでかと書いてあったのに、頭上には雨雲しかない。
もちろん、折りたたみ傘など持っているはずもなかった。
手元の端末に視線を落とす。現在時刻は15時。
事務作業の続きをするためにも早く戻らなければならないが、手元の書類を濡らすわけにもいかず──先生は悩んでいた。
「ぁ……」
目の前の大通りで声がする。顔を上げると、大雨の中、見覚えのある生徒がこちらに走ってきていた。
「あれは……」
「ご主人様ー!!」
「アスナ!」
この雨の中でも彼女の元気はとどまることを知らず、まるで太陽みたいに明るく輝いていた。
「こんなとこで会えるなんて奇遇だね!!」
「そうだね」
その笑顔に、雨で沈んでいた気持ちが少し明るくなる。
「アスナはどうしてここに?」
「ちょっと買い物に来たんだけどね?シャーレに寄ったら先生がいなくて、帰ろうかと思ったら会えたの!!」
体全体で喜びを表現するアスナ。
服装はいつものメイド服ではなく制服だった。学校帰りにこちらに寄ったのだろうか。
ふと下に視線を落とすと──大雨でシャツが透けていた。
「ちょっとアスナ!?これじゃ風邪ひいちゃうよ!?」
先生は慌てて顔を逸らす。
「そう?これくらい平気だけどなー」
「ダメ!……と言っても、ここじゃどうしようもできないか……」
「そういえばご主人様はどうしてここにいるの?」
「実はね……」
先生は自分の置かれている状況を説明した。
アスナは話を聞きながら、こちらをじーっと見てくる。視線が合うたび、先生の動揺は深まるばかりだった。
「へ〜〜そうなんだ!じゃあこれ使ってよ!」
アスナは肩から下げていた小さなカバンから折りたたみ傘を取り出す。
「あ、ありがとう……ってアスナ、これあるのにどうして雨の中走ってきたの?」
「んー……別に使ってもよかったんだけど、なんか使わない方がいい予感がして……そしたらご主人様を見つけたの!」
彼女はこういう“勘”でよく動く。今回もそんなところだろう。
「じゃあ使わせてもらうね……ってアスナ。帰りはどうするの?ミレニアムの駅から寮まで結構あるよね?」
「ん?別に走ればよくない?」
「ダメだよ!電車でミレニアムまで大分距離あるし、その間に体冷えちゃう!」
「えー?そうかな?じゃあさ、その傘で二人でシャーレに行こうよ!」
「えっ?」
──先生は小さく息をのむ。
「先生は濡れずに帰れる」
「アスナはシャーレで温まればいい」
二つを満たす、シンプルで正しい結論だった。
ただし、この傘は二人で入るにはちょっと狭い。
(……どうすればいいんだ)
悩んだ末、生徒に風邪をひかせるわけにはいかず、先生はその提案を受け入れた。
「アスナ?狭くない?」
「んー?全然平気だよ?」
二人は一つの折りたたみ傘の中、肩を寄せ合いながら歩く。
「あれ?先生、なんか顔赤い?風邪?」
「ん、い、いや、なんでもないよ。大丈夫さ」
透けたシャツが視界の端に入るたび、思考が乱れる。
しかし当の本人は何も気づいていない様子だった。
「そうそう、この前の任務でねー……」
駅からシャーレまでは10分ほどだが、すごく長く感じた。
「ふぅ……」
少し濡れた髪をタオルで拭く。アスナの傘がなければ、髪も書類もびしょ濡れだっただろう。
アスナにはシャワーを浴びるように頼んだ。
「えー?これくらい問題ないのに?」
と彼女は言っていたが、風邪をひかせるわけにもいかない(目のやり場的にも困る)。
「ご主人様ー!」
声とともにドアが開き──先生は思わず目を疑った。
先生のワイシャツをぶかぶかのまま着たアスナが、そこにいた。
「アスナ!?ちょっと服は!?」
「なんかいつも置いてあるところが空っぽで……先生のやつがあったから借りたよ!」
(……あ、昨日Rabbit小隊に貸したままだったんだ)
「ごめんアスナ、他の子に貸してて今ないんだ。臭かったらごめん」
「全然臭くないよ?これいい匂い!なんかご主人様に包まれてる感じする!」
平然と爆弾発言をかますアスナに、先生は邪念を払うように机へ向かい、ペンを持った。
「アスナもお手伝いするね!」
隣に腰掛け、積まれた書類を手に取るアスナ。
ペンが紙を擦る音が、ドキドキをかき消していった。
「……よし。これで大体終わったかな」
「ご主人様おつかれー!!」
「ありがとうアスナ。当番でもないのに手伝わせちゃってごめんね。でもアスナのおかげで早く終わったよ」
「私がやりたかったから大丈夫だよ!」
嬉しそうに椅子をぐるぐる回すアスナ。
先生は窓の外を見る。先ほどよりも雨と雷が激しくなっていた。
「アスナ、帰りは大丈夫?」
「うん?……あ!そういえば!」
スマホで電車の時間を調べ始めたアスナが、小さく声を上げた。
「あ!電車全部止まってる!」
「え!?」
「なんかね?線路が爆発しちゃって脱線しちゃったんだって!」
──キヴォトスではよくあることだ。
先生は少し考えた後、
「しょうがない、アスナ?今日シャーレに泊まってく?」
「いいの!?やったぁ!!」
シャーレ併設のコンビニで夕食を買い執務室に戻る。
執務室で待っていてとお願いしたアスナがそのままの格好でコンビニに来た時はソラの誤解を解くのに苦労した。
現時刻は18時。駅にいたときは少しは明るかった外も既に暗闇に閉ざされている。
じゃあアスナ?どれ食べる?」
色々と買ってきたレジ袋の中身をアスナが覗き込む。
「えっとねー...じゃあこれと、これ!」
余ったものを受け取り食べ始める。
「ご主人様!はい!」
アスナの方を向くとオムライスが少し乗ったスプーンを差し出してきていた。
「あーんして!」
少し悩んだが「まぁいいか」と思考を放棄して先生は口に入れる。
「うん、おいしいよ。じゃあお返しに...」
買っておいた唐揚げにつまようじを刺しアスナに向ける。
「あはは!交換こだ!」
おいしそうに食べる彼女を見て自然と笑みが溢れてくる。
そんなこんなしているうちにお互い食べ終わり、先生が食べ終わったごみをまとめていた。
向こうの方でソファに座っているアスナが話題を投げかけてくるから、退屈はしなかった。
一通りテーブルを片づけ終わった後、ふとアスナの声が聞こえてこないことに気づく。
スマホでも見ているのだろうかとちらりと横目で見ると、ソファで力なく座っているアスナが目に入った。
「アスナ!」
それに気づいた先生は慌てながらアスナに近づく。
「あ...先生だ...」
おぼろげな声、表情。間違いない、あの状態だ。
「アスナ...?気分は大丈夫?」
先生はアスナの前にしゃがみこみ、顔色を伺う。
「うん....ちょっとだけ眠いけど....。元気だよ...」
顔色も普段と同じだ。ただ疲れただけのようだった。
「歩け...はしないか...。」
先生はアスナをお姫様だっこで抱えると、休憩室へ彼女を運んだ。
「アスナ?苦しかったり、なんか欲しいものがあったら教えてね?」
「うん....」
休憩室に着いた先生は、仮眠用のベッドにアスナを寝させ、その様子を横で見守っていた。
「ごしゅじんさま...手を...手を握ってて...」
アスナが掛け布団のよこから手を出してくる。
「うん。いいよ。」
先生は両手で強く、そして優しく彼女の手を取る。
それに安心したのか、すぐに寝息が聞こえてきた。
「さて、と。ふぁあ...」
大きなあくびが不意に出る。
日頃の疲れがこの瞬間にドッと体に訪れる。
暗い部屋の中の時計を目を凝らしてみる。時刻は20時。 まだ早い時間だが、明日のために自分も寝てしまおう。
アスナのベッドの横に布団を置き、横になった。
降り注ぐ雨や雷の音も気にならず、すぐに意識から手を離してしまった。
昨日の雨が嘘のように快晴になり、地面に残る水たまりが太陽の光を反射している。
「先生?いらっしゃいますか?」
本日の当番、Rabbit小隊のミヤコだ。
先生から受け取っていたキーで執務室に入る。 だがそこには先生はいなかった。
「ここにいないとなると...休憩室でしょうか。」
一昨日借りた衣服が入った紙袋を片手に持ちながら、休憩室の前に着く。
部屋の内部からわずかだが寝息が聞こえた。どうやら先生は休憩室で寝ているようだ。
「先生?入りますね?」
小声で確認を取りながら休憩室のドアを開ける。そこにあった光景はなぜかめくれている仮眠用のベッドと、床に布団を敷き、寝ている先生だった。
「なぜベッドがあるのに床に布団を敷いているのでしょうか...」
ミヤコは疑問に思ったがとりあえず先生を起こすことにした。
「先生。朝ですよ。」
先生の前でしゃがみ込み、声をかける。
反応は無い。
「もう、しょうがない大人です。ほら、先生!起きてください!」
ミヤコが掛け布団を無理やりめくる。
そこにあった光景は先生...と何かの拍子で衣服が乱れ、抱き着きながら眠るアスナの姿だった。
ミヤコの時が止まった。
「んぅ...?もう朝か...ってミヤコ?どうしたn....」
先生も同じく時が止まった。
「んふふ...ごしゅじんさま...」
寝言を言いながらあられもない姿で抱き着いているアスナとそれを見てフリーズしているミヤコ。
銃口をこちらに向けるミヤコを説得するのに1時間はかかった。