青い青春のひとかけら 作:逆襲
「ふぅ……よし」
今日はシャーレの当番の日。
カンナはいつもの制服に身を包み、鏡の前でいつもより長めに自分を見る。
女性としての自分を捨ててきた学園生活だった。
だが、先生と過ごすうちに――その感覚が、ほんの少しずつ変わってきている。
意識したくないのに、意識してしまう自分がいる。
寮を出た足取りは軽く、いつもの通学路とは違う道を進む。
目的地へ向かうその歩調は、ほんの少し浮き立つようなリズムを刻んでいた。
(早く着いてしまったな……)
シャーレのビルの前に着いたカンナは、彼がいるであろう階層を見上げる。
すでに明かりが灯っており、冬の早朝の空を淡く照らしていた。
エレベーターのボタンを押す。
実際には数秒しか待っていないはずなのに、扉が開くまでの時間がやけに長く感じられる。
(今日のやる事は……と)
エレベーターの中で端末を開き、当番として送られたスケジュールに目を通す。
一通り確認を終えたとき、開始時刻より一時間半も早く来てしまったことに気づき、
ほんの少し頬が熱くなった。
到着を知らせる音が鳴り、エレベーターの扉が開く。
目的のドアの前に立ち、深呼吸をひとつ。
「……よし」
軽くノックをする。
いつもなら「入っていいよー」と声が返ってきたり、先生の方から開けてくれたりするのに――
今日は何も返ってこなかった。
(まさか……)
嫌な予感が胸をよぎる。
無礼を承知でドアを開けると――散らかった机の上で突っ伏している先生の姿が見えた。
「先生!」
慌てて駆け寄り、脈を確かめようとしたそのとき――
かすかに、寝息が聞こえた。
近くで見ると、先生は気持ちよさそうに眠っている。
胸を撫でおろしたのも束の間、カンナは小さく眉を寄せた。
いつも自分には「無理しないでね」だとか「困ったら相談してね」などと口にする彼が、
当の本人は徹夜で机に突っ伏しているのだ。
カンナはため息をひとつ漏らし、先生の体をそっと抱え上げる。
(軽い……)
食事はしっかり取られているのだうか、適度な運動はできているのだろうか。
そんな事を思いながらソファへと運ぶ。
先ほど確認した書類には、急ぎの案件はすでに片付いているようだった。
緊張の糸が切れて、そのまま眠ってしまったのだろう。
先生をソファに寝かせたあと、カンナはキッチンの棚からいつものコーヒーカップを二つ手に取る。
ポッドの中にはまだ少しだけ温もりが残っていて、彼がついさっきまで起きていたことを物語っていた。
カンナは自分の分のコーヒーを注ぎ、先生の向かいに腰を下ろす。
コーヒーを口に含む。
いつもよりぬるいはずなのに、いつもより体が温かくなるのを感じた。
視線を向ければ、いつもきりっとしている彼の、信じられないほど無防備な寝顔。
思わず目をそらした。
――が、すぐにまた、ゆっくりと視線を戻す。
頬にかかった髪。だらしなく開いた口元から、ほんの少し涎が垂れている。
(……気になる)
気づけば、カンナは彼の目の前でしゃがみ込んでいた。
(……ハッ)
無意識に伸びていた手を、ぎりぎりのところで止める。
寝ているとはいえ、勝手に触れるなんて――不埒なことはできない。
……のはずだったのに、気づけば指先が彼の髪に触れていた。
撫でるように、やさしく。
いつも自分が「やめてください」と言っても撫でてくる彼。
今は、立場が逆だった。
頭を撫で続けること数分――
カンナはふと、以前読んだ小説の一場面と似ていると気が付いた。
(確かこの後は……っ!)
一瞬で顔が熱くなり、慌てて手を引っ込める。
深呼吸をして、周囲を確認。
もちろん誰もいない。
――そして再び頭に触れ、ゆっくりと目を閉じ……
「んんぅ……ん?」
かすかな声とともに、先生が目を開けた。
視界に最初に映ったのは、ソファに腰掛け小説を読むカンナの姿だった。
「カンナ……ごめん、せっかく来てくれたのに寝ちゃってて……」
先生は体を起こし、ぼんやりとまぶたをこする。
「構いませんよ。始業時間まで、まだ時間はありますし……顔を洗ってきてはいかがですか?」
カンナは視線を本から外さずに、少しだけ柔らかい声で言った。
「そうするよ……」
先生はゆっくりと立ち上がり、洗面所へ向かう。
顔を洗おうと鏡を見たそのとき――
「……ん?」
彼の頬に、薄く茶色い点が付いていた。
すこし短めでしたが推しのカンナの小説を書けました。
この前届いたCDめっちゃ良かったです。