青い青春のひとかけら 作:逆襲
ここはシャーレの最寄り駅。キヴォトスの中心街であるこの場所は、昼過ぎになっても人の姿が絶えない。
「っと。」
ミレニアムからの電車を降りた彼女は、端末で現在の時刻を確認する。
(少し早かったかしら……?まぁ、大丈夫か。)
予定より大分早く着いてしまったが、彼女は気にする様子もなく歩き始めた。
最近はセミナーの後輩が起こした問題や、エンジニア部のやらかしが続き、慌ただしい日々が続いていた。
だが、今日は一か月に一度の「いつもの日」。
今日のために昨日無理やり問題を片づけたといっても過言ではなかった。
街路樹の枝先には、小さなつぼみが膨らみ始めていた。まだ少し肌寒いが、春の訪れを予感させる空気が頬を撫でる。
「先生。失礼します。」
ドアの前に立ち、いつものようにノックもそこそこに扉を開ける。
「やぁ、ユウカ。待ってたよ。」
迎えてくれた先生は、いつもと違いどこか余裕のある穏やかな表情だった。
「先生、お疲れ様です。……見たところ、忙しくはなさそうですね。お仕事は終わったんですか?」
この人は予定を優先して仕事を隠す癖がある。一応だが聞いておく。
「今日の分はとりあえず、って感じかな。急ぎの用事もないし、少し休憩してたんだ。ユウカも、いつものやつの前に、どう?」
目は泳いでいない……嘘をついている様子は無いようだ。
「それじゃあ……お言葉に甘えさせていただきます。」
ユウカはソファに腰を下ろし、先生の隣にちょこんと座った。
「ノアから聞いたよ。最近忙しかったんだってね。今日くらい、ゆっくりしていきなよ。」
「そうなんですよ、聞いてください! コユキったら……!」
そこから10分ほど、ユウカの愚痴とも雑談ともつかない話が続いた。
「……まったくもうなんで……って、す、すみません! 私ばっかり喋ってしまって!」
ユウカはハッとしたように顔を赤らめ、慌てて背筋を伸ばす。
「大丈夫だよ。私も皆の近況を知れて嬉しいし……っと、もう紅茶がないか。」
「わ、私が淹れてきますね!」
照れ隠しのように立ち上がったユウカは、早足で給湯室へと向かった。
「お待たせしました。」
扉を開けた瞬間、コソコソと棚の前で何かしている先生の姿が目に飛び込んできた。
何をしているのだろう、やけに慎重そうにしている先生に声をかける。
「先生?」
ユウカの声に、先生の肩がびくりと跳ね上がる。
「ユ、ユウカ! 早かったね……!」
その手が何かを慌てて隠すのが見えた。
(何か隠した……?怪しい……)
「先生、その棚の前で何をしていたんですか?」
先程の行動を問い詰める。
「い、いや、ちょっとここら辺の整頓を……」
額に浮かぶ汗。目は泳ぎまくっている。
嘘が下手なのは、昔からだ。ユウカは小さく息をつき、手を打った。
「ふ〜ん……じゃあ、先生の後ろに落ちている“領収証”は何ですか?」
「えっ!? やばっ、落とした!?」
慌てて振り返る先生。もちろん、何も落ちていない。
「嘘ですよ。……やっぱり隠してたんじゃないですか!!」
ユウカの声が、いつものものへと切り替わる。
「先生、その棚の中の領収証、それからどうせ付けてないだろう家計簿を机の中から持ってきてください。」
先生の心に、見えない何かがグサグサと突き刺さる音がした気がしたが、気のせいだろう。
「さて……と。」
家計簿を開くと、意外にも前回からきちんと記入されている。
「……やればできるじゃないですか。うん、うん、ちゃんと設定金額以上のものは買っていませんね。」
ユウカは少し意外そうに喋りながらページをめくる。
一通り確認が終わったようで、家計簿を閉じた。
「じゃあ次は、先生が隠していたレシートを見せてください。」
ユウカの視線が、先生の手元に注がれる。
「いや……ええと、これは……」
「ゲームの課金ですか?それともフィギュア? プラモデルですか? 早く見せてください。」
ユウカが顔を上げると、先生は妙に気まずそうに視線を逸らしていた。
そして──何かに気づいたユウカの頬が、ぱっと赤く染まる。
「ま、まさか“そっち系”のお店の!?」
「ユウカ! 違うから!! ……はぁ、もう誤解を解かないとダメだね。」
観念したように、先生は領収証を差し出した。
金額は、あらかじめユウカが「この額以上は相談を」と言っていたラインを軽く超えている。
(まったくこの人は……どうして節約ができないのかしら……)
だが、先生が棚から取り出したものを見た瞬間、ユウカの表情が変わった。
「ほんとは明日渡したかったんだけど、バレちゃったらしょうがないね……はい。」
先生の手に握られていたのは、青い光をやさしく反射するネックレス。
──数か月前に、先生との買い物中にユウカがしばらく眺めていた、あの品だった。
「ユウカ、珍しくこういうのを見てたから、気になってるのかなって思ってさ。一日早いけど……はい、誕生日、おめでとう。」
ユウカはハッとしたように壁のカレンダーへ視線を向けた。
今日の日付は3月13日。自分の誕生日の一日前だったことに今気が付く。
「もしかして、自分の誕生日、忘れてた?」
先生は少し揶揄うように笑い、そっと彼女の首にネックレスをかけた。
ユウカは何かを言おうとする、けれど言葉が喉の奥で絡まる。
「いつもお疲れさま。ノアも、コユキも、ミレニアムのみんなも……そして、私も。ユウカには本当にお世話になってるからね。」
「せ、先生……」
「うん、とっても似合ってる。」
胸元で、青い光が小さく揺れる。
ユウカは戸惑いながらも、小さく息を吸い、言葉を紡いだ。
「……あ、ありがとう……ございます。」
次の日。
「お誕生日おめでとうございます、ユウカちゃん。」
朝、寮を出て登校していたユウカは、ノアに声をかけられた。
「ありがとう、ノア。」
「あら?」
ノアはユウカの変化に気が付いた。
「そのネックレス。昨日の午前中にはつけていませんでしたね? もしかして……?」
ノアの揶揄うような声に、ユウカは顔を真っ赤にして慌てる。
「こ、これは違うから!べっ、別にただの誕生日プレゼントだからっ!」
「ふふふ、まだ何も言ってませんよ。」
ノアの軽やかな笑い声に、春の風が混じった。
胸元で揺れる青い光が、やさしく朝日を弾いていた。
ユウカって...良いよね...