青い青春のひとかけら 作:逆襲
ここはトリニティ総合学園のグラウンド。
強い日差しが、桃色の髪を照りつける。
「はぁー……」
汗が額を伝い、膝へと落ちていく。それをジャージの袖で拭いながら、ミカはため息をついた。
奉仕活動としてグラウンドの雑草を抜いている最中だったが、まだ半分も終わっていない。
長時間しゃがみ込んでいたせいで、足も腰もすっかり固まっている。
「……ちょっと休も」
立ち上がって背伸びをし、青空を仰ぐ。
風が少しだけ頬を撫でた。
真っ青な空と白い雲、そして遠くから聞こえる部活動の声。
なんて平和なんだろう、とミカは思う。
――その平和を、自分は1度壊しかけた。
奉仕活動を始めた頃は、自分をよく思っていない生徒たちに嫌がらせを受けることもあった。
でも、最近はもうそんなこともなくなった。
ナギサやセイア、先生が自分を信じてくれたからだ。
ふと笑みを浮かべたその時――
「……カ、ミカ!」
自分の事を呼びかける声が聞こえた。
それも、聞き慣れた“あの人”の声。
「先生っ!」
足が自然に動いた。砂埃を上げながら駆け出し、そのまま先生の胸へ飛び込む。
「おっとと……久しぶりだね、ミカ。元気にしてた?」
突然の抱擁に驚きながらも、先生は優しく笑って受け止めた。
「うん!」
無意識に背中の羽がぱたぱたと動く。
恥ずかしい。でも、嬉しさを隠せない。
先生の手がミカの髪に触れる。
桃色の髪をゆっくりとかき分けながら、優しく撫でる。
その感触が心地よくて、ミカは思わず目を閉じた。
(……あっ)
汗をかいていたことを、すっかり忘れていた。
先生のワイシャツに、自分の汗が少し染み込んでいる。
意識した瞬間、顔が一気に熱くなる。
「あ、せ、先生!」
勢いよく体を離す。
「うおっ……ミ、ミカ?」
「ご、ごめん! あの、汗かいちゃってて……臭いかも……」
「え? 全然気にならなかったけど」
――まったく、ほんとデリカシーないんだからこの人は。
でも、そんなところも嫌いになれない。
(……ていうか、もう少し照れたりしてよ……!)
心の中で小さく叫びながらも、口元が緩んでしまう。
ミカの胸の奥に、ふとある考えがよぎる。
先生は誰にでも優しい。
そんな先生に親しい以上の関係を寄せる生徒も、少なくない。
……もちろん、自分もその一人。
「……じゃ、じゃあさ、先生?」
声を出すたびに、顔が赤くなる。
「もう一度、撫でてくれない?」
ミカは再び先生の胸に抱きついた。
「いいよ。ミカが望むなら、何度でも」
先生の手が優しく髪を撫でる。
その温もりに、胸の鼓動がどんどん速くなっていく。
自然と、抱きしめる腕に力がこもった。
いつの間にか、先生の手も彼女の腰に添えられている。
耳のすぐそばで、先生の心臓の音が聞こえる。
そのリズムが、自分の鼓動と重なっていく。
(……今なら、言えるかも)
「ねぇ、先生?」
「どうしたの、ミカ?」
言葉が喉で止まる。
顔を上げられない。視線を合わせる勇気が出ない。
「私、今でも……先生の“お姫様”でいられてるのかな……?」
先生は少し考えたあと、また優しく頭を撫でながら言った。
「うん。ミカはいつだって、私の“お姫様”だよ。ちょっと欲張りで、おてんばだけど、みんなのことをちゃんと考えられる優しい子だ」
嬉しい。けど――違う。
私が聞きたかったのは、そういう意味じゃない。
「あのね、先生は……私のこと――」
そう言いかけた瞬間。
「あら、先生?先生ではありませんか?」
聞き覚えのある声が割り込んできた。
ミカが振り向くと、そこにはナギサの姿が。
「ナ、ナギちゃん! (も〜!タイミング悪いよ!!)」
「ナギサ、久しぶりだね」
「先生、お久しぶりです。ちょうどミカさんの活動状況を見に来たところでして」
「そうなんだ。セイアは元気にしてる?」
「はい、セイアさんの体調も最近は良く……」
先生とナギサが楽しそうに話している。
その様子に、胸の奥が少しだけモヤッとした。
(……なんか、ずるい)
ナギサは完璧で、真面目で、優秀で。
先生も、そんな彼女のことを信頼している。
わかってる。ナギサは悪くない。
でも――いまだけは、譲りたくなかった。
気を引きたい。
どうすればいいか、頭で考えるより先に――体が動いていた。
「っ! ミ、ミカ!?」
「ミカさん!?」
先生の腕に抱きつく。
その拍子に、胸の柔らかい感触が先生の腕を包んだ。
「なっ、何をしているのですか!?」
ナギサが少し頬を赤くして声を上げる。
「え、えー? 別に何もしてないよ? 私は先生といる時、いつもこうしてるもん。ねぇ先生?」
「えっ、あっ……う、うーん、まぁ……そうだったかも……?」
先生が困惑気味に言葉を濁す。
ミカはナギサを見て、得意げに鼻を鳴らした。
「なっ……なら……!」
ナギサが先生に近寄る。
「ナ、ナギサ?」
次の瞬間、ナギサも先生の腕に抱きついた。
「ミカさんがしているなら、私も……問題ありませんよね?」
その顔は、真っ赤だった。
「ちょ、ちょっと二人とも……?」
先生の焦った声に、二人は顔を上げる。
「……え?」
周囲を見渡すと、グラウンドの端にはいつの間にか生徒たちが集まっており、好奇の目でこちらを見ていた。
「全く…君たちは…時と場所を弁えたまえ…」
やれやれと言う顔をしながらセイアが近づいてくる。
「「~~~っっ!!!」」
次の瞬間、ミカとナギサの顔から一気に湯気が立ち上る――ように見えた。
「ち、違うの! これは、その……!」
「や、やむを得ず、です!」
先生が苦笑しながらため息をつく。
青空の下、ミカとナギサの耳まで真っ赤な午後だった。