一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治   作:柴野沙希

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全体会議

 

「改めて、会議を始めよう」

 

 アランは何でもないように続ける。ソフィアは丁寧に座り、静かに続きを待っていた。奇妙な空気。齢十五の少女が見せた、恐るべき威厳。

 フェロアオイを冠する三人だけが、当然のように過ごしていた。一方、他の面々はまだ、混乱から戻れない。それぞれ周りを見回し、俯き、呆然としていた。

 

「最初の議題は……ソフィアの件だな」

「結局、私はどうなるんでしょうか?」

 

 ソフィアが当然気になるであろう疑問の口火を切る。言葉にしないが、アランとミーゼルを除いた全員が同じ疑問を持っていた。

 アランは一度強く頷き、ミーゼルに目線を向ける。ミーゼルは溜息を吐き、同じように頷く。

 

「ミーゼルとは話したが……。西北を治めていたジリキア辺境伯、そのポストが空いた」

 

 再度、緊張。しばらくの沈黙。ゴールが耐えられず、立ち上がる。本来は緩いはずの顔は、困惑と怒りに包まれていた。彼にも誇りがあるのだ。こんな優秀とは言え、十五の小娘が西北を治めるなど。

 

「まさか、お嬢様に!?」

「その通りだ」

「西北は要衝です、流石に荷が重いかと」

 

 ゴールは声を張り上げ、ホレスは困った様に巌のような顔を歪ませていた。ソフィアは微笑を崩さないが、顎に指を当てている。クロエは何も言わず、ただアランを静かに見定めようとしている。

 

「父上、意図をお伺いしても?」

「諸君の困惑も当然だ。理由を、話そうか」

 

 鋭い目で問いかけるソフィア。ゴールは、二人の様子を見て渋々椅子へと戻る。しかし、表情からは不満がありありと受け取れる。

 その間、クロエだけが静かにアランを見ていた。青色の目がアランを射貫く、不正は許さぬ。ただ、その意志だけがアランに伝わった。次席法務官らしい、権力に囚われない目である。

 片眼を絞り、薄く笑ってアランはその目を見返した。漂う風格は、まさに七大貴族家の長と言えるだろう。大仰でもなく、どこまでも正しく美しい動作。

 

「選出した理由は幾つかある」

 

 アランは指を一本立て、周囲へと見せる。それぞれに浮かぶ表情に、同じものはない。全員が、違った世界を抱えてここに座っている。

 

「一つ目、西北の反乱を確実に潰せる人間」

「難しいのでは?」

 

 立てられた人差し指が、周りを見渡す。ホレスが間髪入れずに問い返す、集中しているのか、その腕は組まれていた。老練な彼は知っている、統率するという言葉の難しさを。しかも平定されたとはいえ、反乱が発生していた土地である。全てを以ってなお、統治は厳しいものになるだろう。だからこそ、問わなければならなかった。

 

「西方鎮圧を主導した事実は、この条件を満たす」

「僭越ながら、本当に主導されたので?」

「泣き顔からの報告だ。疑う余地は無い」

「西方の貴族からも、報告が上がってるわ」

 

 アランが泣き顔と口に出した瞬間、場が重苦しくなる。当然だ、“泣き顔”はフェロアオイ公爵家の諜報、暗殺を主任務とする秘密機関。忠誠は当主にのみ捧げられる。息子、奥方、娘でさえ例外を持たない。

 同調するようにミーゼルも口を開く。彼女もまた、各地を統括する存在。秘密機関を使わなくとも、状況の真偽は測れるのだ。情報量の差が、如実に出ていた。

 

「しかし、西北一帯となりますと……桁が一つ増えますぞ?」

「ソフィア、どうかね?」

 

 急にアランはソフィアへと話を振る。振られた彼女は、明らかに厳しそうな顔をした。額に皺を寄せ、目元は細められている。

 

「確かに、四千以上を率いた経験はありません」

 

 多くない?ホレスの丸くなった目には、そう描かれていた。事実、多い。世の中の貴族において、これだけの兵を率いたことがあるのは何人いるだろうか。

 クロエは静かに瞠目している。アランは笑い、ミーゼルは呆れていた。ゴールは、語る言葉を失って茫然としている。

 

「四千……」

「……私の仕事は、軍を使わないように手を尽くすことですので」

 

 ホレスは驚愕でたじろぎ、ソフィアは何とも気まずそうに目を逸らしている。珍しい様子であった。偽らざる本音なのは、誰の目から見ても明らかであった。ゴールは、その言葉を聞いて少し落ち着いたようだった。彼も文官である。

 

「問題なさそうだな」

「…………仰る通りで」

 

 不満がない訳では無いのだろう、肘をついて溜息を吐くも、これ以上の異論は無いようだった。それだけ率いたことがあるのならば、実際十分なのだろう。

 

「二つ目、統制を成せる人間」

「お嬢様が、それを出来ると仰るので?」

 

 中指が立てられる。今度はクロエが口を挟んだ。青い目が、静かに凪いでいる。内心は見えないが、どこか不機嫌なのは間違いないだろう。その証拠に、指で黒檀の卓を叩いている。

 

「我々が最も娘を評価している点は、ここだ」

「甘さは、統治において腐敗を招くわ」

 

 細められたアランの目が、全員を射貫く。続けてミーゼルが、綺麗が故に不気味な笑顔を浮かべる。貴族家とは何たるか、それがここに示されてるのは誰の目から見ても明らかだろう。

 

「娘よ、消した家は幾つだ?」

「概算で三十前後かと」

 

 ソフィアの表情は、変わりない。相変わらずの自然体である。ゴールとホレスの背筋が凍る。ありえない、何故そんなに軽いんだ。命が。背に流れたであろう冷や汗が、雄弁にそれを語っていた。

 クロエは処断する者であるからこそ、その冷酷さが余計に解る。到底十五歳の少女が語っていい内容ではない。しかも、ソフィアは粛清の重さを理解していながらそれを語れているのが、直感で分かってしまった。見る目が変わる。不可逆的に。

 

「ソフィア、解体したのは?」

「同じく概算で……七十程度かと」

 

 顎に手を当て、少しだけ考えて、ソフィアはそう答えた。アランもミーゼルも、平然とその話を聞いている。

 他二人はずっと、クロエもまた嫌な汗が流れていた。私たちがそのリストに上がったとして、彼らは絶対に今と同じ様子で命令を下すのだろう。唯一の救いは、彼らは法という筋は通すという点だ。だがそれは、感情よりもよっぽど、恐ろしいものではないのか。

 

「いや、独断で消した訳では……」

「許可は出した。だが、実行したのは?」

「……私ですね」

 

 ふ、とアランとミーゼルが笑う。やりにくそうに表情を絞るソフィア。やはり、おかしい。どうしようもないほどに冷たい。なのに、日常会話と同じ空気。笑い話のように、軽い調子で語られている。不正があったとは言え、ここまで平穏でいられるのか。

 これまでも、後ろ暗い話は多かった。だが、ソフィアが混ざったことで際立つ何か。十五の娘が語り、両親がそれを暖かい目で見る。何もおかしくはないのだ、内容だけが血に塗れている。

 

「クロエ、どうかね?」

「……異論、ありません」

「それはよかった」

 

 うむ、と呟くアラン。クロエも、もう語るべきことは無かった。元より彼女は、法の中で生きる者。守られているなら、それ以上語ることは無いのだ。

 

「では三つ目、勝利の質を求められる人間」

「僭越ながら、本当ですか?」

 

 立てられた人差し指。今度は、ゴールが口を挟んだ。額には汗が流れている。ほぼ、茫然自失。疑問を挟めたのは、彼の習慣という意地から。

 

「ソフィア。お前は勝利に何を見ている?」

 

 何となく投げられた問い。ソフィアは少し考える様子を見せた。当然だ、大人でさえ納得できる答えを出せる人は少ない問いである。

 

「強いて言うなら……効率、でしょうか」

「ほう?」

「別に……勝利が終わりには、なりませんよね?」

「その通りだ」

「ならば、最も都合の良い勝利を見るのが自然かと思われます」

 

 はっはっは!とアランは笑い、ゴールを見た。ゴールは、信じられないものを見るような目でソフィアを見る。そして、背もたれにもたれ掛かって何も言わなくなってしまった。

 

「以上三点より、西北統治の適任はソフィアと見ている。異論はあるか?」

「「「仰せのままに」」」

 

 ソフィアとミーゼルを除いた三人が、左手を折って礼を行う。一糸乱れないその礼は、どうしようもなくフェロアオイを象徴しているように見えた。

 ソフィアは困った様に頭に手を当て、ミーゼルは口に手を当てて笑っていた。似ているのに、正反対。

 

「では、次の議題に行こう」

 

──────会議は進む。悲しいほどに。

 

「本当に、私を西北へ?」

 

 会議は終わりを告げた。ソフィアとアラン、ミーゼルだけが会議室に残っている。ソフィアは立ち上がり、二人の方へと寄る。暖かい目で二人はソフィアを見る。ソフィアは言葉はあるが、形にできないようなもどかしさを抱えて、目線を返した。

 

「いい演説だった」

「えぇ、本当に」

 

 嬉しそうに、二人は笑っていた。ソフィアの顔は何となく引き攣っている。

 

「兄上の面目が……」

「ヒュー?そうねぇ」

 

 フェロアオイ公爵家長男にして、本軍総司令官を務める男。名をヒュー・ギッゼル・フェロアオイ。彼はソフィアの動向など知らされていないのだ。彼は今南方で本軍を率い、他貴族の嫡男と共に国軍として絶賛戦争中である。他国との戦争は中々に長引いているが、世界帝国に近しい規模を持つ王国は、勝利に近づきつつあった。

 

「構わん。継承権をソフィアに投げる訳では無いからな」

「いいのかしら……?」

「継承権に関係のない案件はいい。戦場で無駄な政治を考えれば、死ぬ」

「……そうね。だからソフィア、気にしなくていいわ」

「…………失礼しました」

 

 その後、少しだけ三人は取り留めのないことを話していたが、やがてソフィアだけが残った。沈みつつある日が、彼女の全身を照らしていた。

 

「どうしてぇ……」

 

 一人残ったソフィア。彼女は黒檀のテーブルに手を置きながら、半分涙目でそう呟いた。

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