一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治 作:柴野沙希
「クソ……」
シリッサにある掃き溜めの中に建つ、誰が居たのか分かんねぇ家の一室。子分が運び込んできた酒染み塗れの机、うるせぇ椅子。俺は丸めた頭を抱えていた。
理由は単純、シノギがねぇ。二ヶ月ほど前、急に衛兵が厳しくなった。それまでは俺らが何しようが、黙ってるか、逃げるだけだったはず。
「もう五人目だぞ……」
俺は二十人近い仲間を持つギャングのボスだ。港の一大ギャングとも仲良くさせて貰ってるし、その辺のカス共とは違う天才。だから当然、上手くいってた。
金の徴収、抗争、裏の警備、下積みばっかりの人生。最近ようやく、密輸や商会と組もうって所だったんだ。馬鹿でも出来るシノギから、抜け出せそうだったのに。
二ヶ月で五人が逮捕、逃げようにも衛兵が容赦なく撃ってくる。よく見た顔の衛兵はマシだ。ヤバいのは、銃を持った奴ら。アイツら容赦ねぇ上、弾を外さない。
「ぐぅぅ……」
徴収で捕まりそうになって逃げた仲間が、肩を撃たれた。隣の部屋で寝てるが、傷が腐ってマトモに動けねぇ。殺してやった方が楽だと思うが、殺せば誰も付いてこねぇ。悪いな。
他の仲間は仕事に出てる。これまではどれだけ稼げるか、毎日楽しみだったんだ。だが今じゃ、全員帰ってくるか気にしてばかり。すっかり弱くなっちまった。
「……行くか」
今日は会合。この辺のギャングが集まって、色々くだを巻くって感じだ。最近じゃ、誰も文句しか言わねぇ。気持ちは分かるが。
短剣と酒瓶を抱えて、外に出る。仲間の呻き声が、耳に響く。気分は最悪、やることは沢山。やってらんねぇ。
「チッ……眩し」
くっせぇ路地を歩く。真昼間は人が少ねぇ。働いてる奴はこんなスラムの隅にいねぇし、働けねぇ奴は炊き出し貰いに出てるからな。
俺は腕っぷしと、よく回る頭脳で生きてきた。スラムで腐って、教会の偽善に縋るだけのゴミ共じゃねぇ。俺は勝ち、最後には総取り。金、女、仲間。少し遠くなった夢、まだ届くはず。
崩れそうな城壁の外縁に沿って歩く、鼠が俺の前を横切った。石を蹴とばす、知らねぇ家の壁に当たる。むしゃくしゃしてしょうがねぇ。
しばらく歩き、一際ボロい家の扉をノックする。覗き穴が横に開かれ、俺の姿を見た。
「お待ちしてました」
「さっさと開けろ」
「へい……」
ガチャン!と大きな音を鳴らし、扉が開く。歯抜け爺の横を抜けつつ、先へ進む。会合は地下だ。もう大々的に集まれなくなっちまったなぁ。
沈む気持ちに蓋をしながら、階段を降りる。また扉、開くといつもの面子が座っていた。
「おう、待たせたな」
「おせぇよぉ、ギル」
「は」
半笑いの痩せた男が俺に文句を言ってくる。コイツはガキを集めて盗みをやらせるボケ。小銭稼ぎ野郎。
「……はぁ」
溜息を吐いてくるのが、若くねぇくすんだ青髪の女。格安娼婦の紹介人だ。口癖は
「元貴族のアタシを待たせんなよ」
……だ。元貴族、嘘女。うるせぇ女は嫌いだ。
「ギル、俺も忙しいんだがね」
「俺はそれ以上に忙しいのさ」
「……ふん」
最後の一人、黒髪の元軍人。ちょっと前にあった粛清で、当主と絞首台行きになりそうだったとこから逃げてきたらしい。コイツはそれなりに認めてやってる。いい根性だ。
「よし!始めっぞ!」
小銭が言う。丸机を囲むように座る全員。俺は座って早速、酒瓶の蓋を開けた。飲まなきゃやってらんねぇ。
「アタシにも飲ませてよ」
「味の分かんねぇ女にやるかよ」
「死ね!」
「やだね」
嘘女を適当にあしらいながら、酒を煽る。下戸の小銭と、飲まねぇ軍人は呆れてる。んだよ。
「で、最近どうかね?」
「……」
軍人の言葉に、全員何も言わずに黙ってしまう。そりゃそうだ、上手くいってる訳ねぇ。でも弱みは話し辛い。舐められたら終わりだ。
「では私から。……新しい領主を知ってるか?」
「知らねぇなぁ」
「女でしょ?」
「……知らん」
噓女の言う通り、俺も女ってぐらいしか知らねぇ。だから何だってんだ。
「そう、名はソフィア・リードラル辺境侯。最近、俺は顔を見た」
「で?」
「どうだったんだ?」
「恐ろしい程、美しかったよ」
「だから何なの?」
クソみてぇな小銭の質問に、真面目に答える軍人。噓女は機嫌が更に悪くなった。美醜ってのは、こえぇなぁ。
軍人は俯く。顔が闇に隠れて見えなくなった。奇妙な気配に、俺達は何とも言えない。なんだ?
「そして気付いた。あの顔、見るのは二度目だ」
「は?」
「皆、俺の事情は知ってるな?」
全員が頷く。
「端的に言う。粛清をやった女が、ここの新領主だ」
「それが何だってんだよぉ?」
「アタシたちに関係なくない?」
「ある」
「……まさか」
強くなった衛兵、無慈悲な銃兵。馬鹿みてぇに厳しくなった警備。その女が?
「ギルは気付いたか」
「俺達がやりにくくなったのは、そのせいか」
「あぁ。間違いない」
他二人はようやく察したようで、目線が鋭くなる。噓女の方はキレてるなありゃ。机を指で叩き、俺の酒瓶を奪う。は?
グビッっと飲んで、机に瓶を叩きつける。人の酒だぞてめぇ!雰囲気がヤバすぎて何とも言えん。
「港湾から話を訊いてきた。金とコネは随分掛かったが、収穫も多い」
「なんで俺達に話すんだよ?」
心底不思議そうに聞く小銭。俺も同意見、だから何も言わずに軍人を見る。軍人は俺達を見回して、目線をまた下に降ろした。
「俺だけでは戦えん。連携が必要だからだ」
「……そんなにヤバいの?」
「十六の少女とは思えない程」
「ガキじゃねぇかよ」
「侮るな」
小銭がふざけて言い、軍人は本気で戒める。十六のガキが俺達を追い詰めるって?冗談だろ?
「何がヤバいんだ?」
「……心だ」
「はぁ?」
心ってなんだよ。軍人以外が露骨に困惑する。軍人もまた、どう言葉にしていいのか悩んでいるように見えた。意味が分かんねぇ。
「仕えていた貴族の処刑を、俺は見た」
「笑ってたとか?」
「だとしたら狂ってんな」
「違う」
「?」
人を殺して喜ぶ奴は割といると思うが。そういう話ではないらしい。
「その場にあの女も居た」
「そりゃ見に来るだろ」
「あの顔だ」
「何だよ、惚れたとかかぁ?」
小銭の茶化しなど聞こえてないように、もう一人の世界に入っている軍人。手が、震えていた。何を見たんだコイツは?
「叛逆罪で一族皆殺し。恐ろしい光景だった」
「だろうな」
「そうはなりたくないもんだぜ」
「アタシの主人も処刑されて……」
噓泣きを始め、元貴族をここぞとばかりに宣伝する噓女。で、憐れな貴族共がどうしたんだよ。
「片端から処刑されていく中、彼女は」
「……んだよ」
「あくびをしていたんだ」
……すげぇな。女の命令で処刑してるのに、当人は眠そうにしてんのかよ。人が目の前で殺されていってるってのに。ギャングの中でも、そこまで行ってる奴はいねぇはずだ。
「女は隠していたし、ほんの少し見えただけだ。否、見えてしまった」
「見間違えじゃないのか?」
「その後、見えるように涙を拭っていた。……同じ人間とは思えん」
「それが、新領主だと?」
無言で頷く軍人。確かにそれを聞いたら、真面目にやらなきゃならねぇってなるな。他二人も同意見らしく、珍しく俺達の意見が揃った。
「増えた逮捕、容赦のない鎮圧。俺が西方で見てきた景色だ」
「港に働き掛けて、殺せばいいんじゃねぇのか?」
「それも含めて話をしたんだ」
「で?」
「ダメだった。彼女はスラムと港湾に手を出してない」
「俺たちのシノギが喰われてるんだぞ?」
俺の知ってる方も、そこまで気にして無さそうだったのを思い出した。海の上には手を出してない、アイツら大ギャングのシノギには触れてないのか。
スラムのシノギがどれだけ食われようと構わない、そも港湾の奴らは商売の種類も規模も違う。どうだっていいってのかよ。
「何より……上は恐れている。あの女を」
「心だけだろ?」
「家もだ。後ろ盾の大事さは、皆分かるだろう?」
「そりゃあ分かるがよ……」
「辺境侯爵の称号が、大きな盾ね」
「違うんだ」
「……なんですって?」
貴族どうのこうのは俺には分からんが、噓女の言う通り辺境侯爵が凄いのは分かる。こんだけ既に好き勝手やってるしな。
「君にしか伝わらないのがもどかしいが……。彼女はフェロアオイの長女だ」
「…………ありえない!七大!?」
「すげぇのか?」
「王国の一番上よ……」
一番上は王様じゃねぇのか?小銭も俺も完全に置いていかれている。てか、何でお前らはそこまで知ってんだよ。意味が分かんねぇ。
「だから、ギャングも手を出せない」
「最悪、街ごと消されるから」
「……どうすりゃいいんだよ」
そんなお偉いさんが俺達を締め付けてくるって、どう戦えばいいんだよ。ここに来た時の感情なんて、もうすっ飛んでいた。力でどうにかなるもんじゃねぇってのが、直感で理解できちまった。
「分からない。ただ、何もしなければ死ぬ」
「アタシの方も色々と、働き掛けてみるわ」
「よく分かんねぇけどよ、俺も」
「俺も、そうしよう……」
「頼んだ」
全員が全員、分かってない。どうすればいいのか、何をやればいいのか。俺も当然わかってない。皆の顔を見ると、一様に暗く痩せていた。俺も、同じなんだろう。
方向性の何も決まらないまま、会合は巡っていく。気がつけば、瓶の酒は無くなっていた。なのに、ちっとも酔ってない。最悪だ。
「くそったれ……」
口をついたのは、いつも通りの文句。拠点で苦しむ仲間の呻き声が、なぜか聞こえた気がした。