一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治 作:柴野沙希
変わらず執務室にて忙殺の日々。ミモザといい話ができたのは嬉しいんだけど、この代り映えのしない書類たちはいつになったら消えるのかね。
「えい!」
パン!と両手を叩いてみても、書類は消えない。なんでだ?不思議が過ぎる。体感増えてる気さえするんだけど。
「あほらし……」
ペンを持ち直してサインを書いていく、高炉の稼働許可、市街整理の許可、簡易収支報告、戦力拡充の許可、治安維持報告、各種偵察報告。多すぎるわ、頭焼け焦げちゃうよ。
「高炉の集産化……場所と材料は完了。後は時間か」
専門家の皆様とあーでもないこーでもないってお話しながら決めた場所で、ようやく本体が動き始める。楽しみだぁ。まぁ今度は燃料問題が発生するんですけどね。石炭くれ。……ミリゼに聞けば分かるか、聞いとこ。
鉄の量が即ち、産業の強さに繋がる。農業、工業、軍事。なんでも使うからね。後、供給握ればギルド解体の一歩に繋がるし……。
「収支は……うん、まぁ、だよね」
結構赤字。やっぱり搾取のボリューム層たる港湾ギャング、貴族、親方に手を入れてないのが痛いか。木っ端貴族を消したとて、カスみたいな金しか接収できない。
まぁでも、そもそも収支が書類になってるだけで嬉しいや。結構ゴリ押しで抑えた都市公庫の改造も進んでるようで何より。
「偵察報告は後で読も。で、他は」
取り敢えず戦力拡充は許可……と。市街の完全掌握には戦力が足りない。後、メーザリー侯爵やアルバーネ伯爵と関係の無い戦力が欲しい。両方違う方向性でイエスマンになってるけど、動かれたら面倒だ。殺すのはもっと面倒だし。
「治安は……うん、いいね」
市街における犯罪率は低下傾向にある。なるほど、成果出ててよし。最初は捕まり過ぎて、どこに収容するかスペースの無さで大変だったからね。賦役と処刑で何とか整理したけど、それなりに苦労した。あんまりやりたくないタイプの作業です。
「思ったより、第一段階は早く終わりそう」
ファースト・パージが頓挫したら、私の命もパージされちゃうからね。結構しっかり綱渡り状態なんですよ。私が死んだらシリッサは戦乱行きって考えると、こうね、なんか、全てが重いよね。どうしてこんな目に。実家め……。
「粛清めんどいなぁ」
吊るした首はそれなりの量になってますけど、まだ市民は恐怖よりも解放が勝ってるみたいで、感情としては大丈夫そう。罪状読み上げしてからか、現行犯で確保、処刑する時もこの人が悪人なのかを事細かく解説してますからね。こういうのはエピソードを持たせるのが大事なんですよ。えぇ。
でも人が減るのは勿体ないんだよねぇと思います。再教育する手間も、金も、時間もないから仕方ない。諦めて頂くしか……。は~あ。
「……まぁ」
「ソフィア様。今、大丈夫ですか~?」
「えぇ、大丈夫ですよ」
「失礼します!」
ガチャッと入ってきたのは、先生。ドアを閉めるために後ろを向いた先生の髪が、目に入った。最初は魔法で使ったのだろう、幾つか切れていた房。それが、初めて会った時よりも長くなっていた。
というか、この時間に会議は入れてなかった筈なんですけど。また私が何か忘れてるパターンかなぁ。
「……もしかして、会議ですか?」
「違います!」
「?」
「暇になったので!」
「??」
私のなんだこいつ!と言わんばかりの視線を無視。わざわざ私の対面にまで持ってきてから、椅子へと座る。自由人だぁ……私は書類仕事で忙しいんですけど?
「お仕事はどうですか?」
「増える一方ですね。どうしようもなく」
「そう、ですよね……」
困った様に視線を泳がせる先生。どういうこっちゃ。私も混乱してくるぞ、イレギュラーは苦手なんですよ私。ご存じの通り、頭で考える癖があるんで。
「先生」
「なんでしょう?」
「授業……受ける暇が無くなってしまいました。心から、申し訳なく思っています」
「それは……」
こっちに来てから、ゆっくりと魔法を学ぶ時間は無いに等しい。先生にクソ質問を時々投げる程度で、しっかりとした授業はもう受けられてない。仕方ないとはいえ、心の隅に座っている申し訳なさと、寂寥が寄せてくる。
「どうにも時間が取れず……」
「……難しいですね」
「難しい、ですか?」
どうしたんですか。あんまり聞かないタイプの返答ですけれども。
「仕方ない、と言ってしまえば簡単ですが……」
「事実なので……」
「それじゃあ、寂しいですよね」
あはは……と困った様に笑う先生。確かに仕方ない。どうしようもなく時間が無くて、諦めるしかない事実。それでも、自分の手から零れ落ちていく何かは気になって仕方ないのだ。私は前世からそんなのばっかりです。で、足元がおざなりになって転ぶって感じ。今も、余り変わってないんだろうな。
「……えぇ」
「だからと言って、何か出来る訳では無いんですけどね……」
「それこそ、仕方ないでしょう」
「でも……」
私の目を見てくる先生。なんかついてます?ま、仕方ないですよ。先生にこんなの背負わせる訳にはいきませんからね。地獄に落ちるのは私だけでよろしい。ま、一回死んでるしさ。
「責任を負うのは、私だけでいい」
「ソフィア様、それは」
「私は貴族です。つまり、平民に責を負わさぬ者」
「……」
「恵まれた環境には、相応の責任が乗る。私はそれをよく知っています」
「でもソフィア様は貴族だけしか、知らないですよね……?」
知ってるんだ。時代は違えど、私は平民を心の底から知っているんだ。貧しさも。前世の痛みは、まだ残っている。忘れてはならないものとして。
絶望的な貧しさ。生きる金が無く、仕事さえ見つからない。今日を生きる為に、明日を食い潰す悲しみを知っている。だからこそ、統治を投げだせない部分はある。責任の一つだ。
「……否定できません」
「なら、そこまで負う必要は……」
何も言えず、私は黙り込んでしまった。前世の話なんて、冗談にしてはタイミングが悪いだろう。信じても、信じなくてもいい結果にはならない。話す意味も、心の準備も出来てないんだから。
「私は、弱い人間です」
「そんな事は」
「責任が無ければ、立つことさえ出来ない人間なんです」
「違います」
「……違いません。気を抜けば、取り溢してしまう」
気を抜くと、何もできない人間。必死に全力を尽くしてようやく人並みに揃えられる。だから、気を抜いてしまえば終わる。二度と、責任を負えなくなってしまう。逃げるばかりの自分自身が、帰ってきてしまう恐怖。
「それが人間です。ソフィア様」
「え……?」
「ここに来る前に、話した内容を覚えていますか?」
「……今、完全を求めない。でしたか?」
「はい、そうです」
だから、いずれ完全を目指せるように努力を続けてるんです。続けてないと、私は落ちるところまで落ちてしまう。
「ですから、努力を継続して」
「人は、どれだけ全力を尽くしても……取り溢します」
「可能な限り、減らさなくては」
「それでも、零れます」
零れる数を最小にしなければならない。どこかで起こっている悲劇を、一つでも多く減らしたい。それに全力を尽くすことは、仕方ないでしょう。
私の目に情念が籠っているのを察したのだろう。先生は、悲しい目で私を見ていた。なぜ、そんな目をするんです。
「だから、減るように努力を」
「……考え自体は素晴らしいと思います。ですが」
「何です?」
「貴女は、神ではありません」
「知っていますとも」
「……今の貴女は、神を目指そうとしています」
目が泳ぐ、思考が一気に弾け飛ぶ。そんな訳ない、と反射的に言おうとして、固まった。否定できない。少しだけ残っていた思考が、その言葉を事実であると認識してしまう。
未来人、転生者、貴族。あらゆるものに恵まれた環境だからこそ、完全であることが当然であるように思っていた部分はある。恵まれているのだから、頑張らなければならない。
「では、諦めろと?取り溢せと?」
「違います」
「どうしろと言うんですか!?」
「独りにならないで」
ハッとして、先生を見る。その表情は悲しみと、痛みに彩られていた。もう既に、私は猜疑の中に囚われていたのか。そう気付くには充分だった。信じていたはずなのに、任せないようになっていた。疑っては無い。だけど、自分にしかできないって全部を抱え込んでいた。
「……私は、もう囚われつつあったんですね」
「気付いてくれて、よかった」
「ありがとうございます。先生」
「いいんです。私も、出来ないことばっかりですから」
「恐らく……今、気付いていなければ大変なことになってました」
すっかり緊迫感は消え、先生は少しだけ恥ずかしそうに頬を掻いている。私はもっと恥ずかしいですよ。このままやってれば普通に過労死か、恐怖政治ちゃんになってました。危ない……。
「お互い様ですね……。また、色々と話しましょう」
「ですね。後、頼っていいなら」
「もちろんです!」
ふふん!と胸を張る先生。見慣れた動きながら、今見ると何か頼りになる気がする。いつもは愉快な人ぐらいのイメージなんですけどね。
「それと」
「何でしょう?」
「この話、語ってくれたのは先生ですが……。恐らく、皆の総意ですね?」
「やっぱり、分かっちゃいますかぁ」
「私も長い間、皆を見てますので」
様子を見て話すつもりだったんだろうけど、流れ的に丁度いい感じになったんだろうなぁ。何だかんだメインの部分は先生が話してたんだろうし、皆の話を聞いてくれてたって感じか。ありがたいなぁ、ほんと。
「ロブさんが言ってましたよ」
「何と?」
「お嬢様が死の気配を出してる!って」
「えぇ……」
そんな死霊みたいな……。確かに、いきなり直衛に感謝伝えだすのは、向こうからすると大丈夫かなってなるか。感謝って難しいっす。お陰で気配に気づいてくれたからむしろプラスだったのかもしれない。
「では、話も一段落ついた所で」
「?」
「ちょっとだけ、魔法の勉強しませんか?」
「……悪くないですね」
喜ぶ先生を目の前にしながら、私は立ち上がる。ここでは狭いし、どこか手頃な部屋へ行きますか。
「部屋は確保してあります!行きましょう!」
元気よく立ち上がり、鼻歌を歌いながら外へと向かう先生。置いていかれないように、歩く速度を少しだけ早めた。