一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治 作:柴野沙希
「遠出するのも、随分と久しい気がしますね」
「そうは言いますけど、一日も無い距離ですよ……ソフィア様」
「一泊にしても遠出なんですよ、先生」
ガラガラガラガラ朝から外へ行く、馬車の中には私と先生の二人きり。全体会議という名の内示も終わり、クラリスのメンタルケアと調整を超えても休みは無いっす。酷い!
今日はシリッサでは無く、地方の視察です。工場町も町外れにありましたけど、今回は完全に他領地です。そも私は辺境伯の上位役職、辺境侯爵なんでね。私が任された西北部の貴族全員は、私の麾下に居ます。ま、領地が増えても私は一人なんで……。たまには顔を出しとかないとね。西方鎮圧で恐怖は植え付けたけど、人は忘れるんで。
「会議、込み入ってましたねぇ」
「ですねぇ。とは言え、穏当に終わって良かったです」
「……穏当でしたか?」
「貴族基準では穏当ですかね……」
「ま、まぁ……皆、臣下の分を弁えていましたから」
「……本当に弁えていましたか?」
「アレは提言ですから、問題無し!」
「直言でしたよね……?」
「結果的に、対立は回避出来たのでまぁ」
「ソフィア様以外にそんな事出来ないですよ……。あの空気を捌けたのは、ソフィア様だけだと思います!」
ニコニコと私をヨイショに来る先生。あの、やめて下さい。嘘のない称賛が一番苦手なんです。別にそんな凄い事してないですし、毎日ヒイヒイですよ?しかも屍の山を築いてる上、これからもいっぱい積み上げる事になりますから。褒められるような人間では無いんですよ……。
私が困ってるのを察したのだろう、先生は私の頭を撫でてくる。なんか私の事を妹とか娘とかの扱いしてくる人多くな~い?まぁいいんだけどさ。でもねぇ……。子ども扱いされるとさ、何となく昔を思い出しちゃうんですよ。
「……先生」
「何でしょう?」
「随分、時が過ぎましたね」
「……そうですねぇ」
頭を下げている私、先生の顔は見えない。撫でる手のひらに、少し力が籠ったような気がした。早いもので、出会ってから8年。シリッサ赴任から3年ちょっとか?確かそうだったはず。先生も20とかだったのに、もう……三十手前か。えぐ。というか古参メンバーは割とそんな感じか……。ミモザに至っては、迎えが来てもおかしくない歳だからなぁ。魔法と衛生に強い教会のお陰で寿命はある程度マシとはいえ、中々ね。
「よかったんですか」
「もちろん」
「……即答ですか」
「えぇ」
撫でる手を止めないまま、私の問いに答える先生。間もなく、迷いのない声。やっぱ凄いっすね先生……。貴女が頭を撫でてるのは、ともすれば貴女の人生を食い潰している元凶なんですよ?
皆、結婚とか家庭とか持ってて当然、持ってないのが不思議な歳になりつつある。別に結婚を禁じてないんですけど、仕事柄、主要メンバーは中々難しいんですよね。ほんとごめんなさい。
「先生に限らず……人に労苦を強いてきました」
「……そうですか?」
「私に人生を捧げさせ、未来の為と労を強いる。勿論、相応の報酬は与えているつもりですが……」
「ね、ソフィア様」
「なんでしょう?」
「私は、農民でした」
「……ですね」
この時代における農民、その言葉は重い。毎日農地の面倒を見ても不安定な収量、生きていく為に何を削るのか。ぶっちゃけ私が農民だったら即死でしたね。現代知識チートがあろうと、村レベルだと産業が臨終してるんで……。無から食事や金属を錬成するしかないんすよね。リアルな線だと、耕作放棄して町に飛ぶとか。なお、置いて行かれた方は絶望な模様。怖いね。
「毎日水撒き、家畜の世話、雑草取りと大忙しです。……師匠が来た年の村は、不作でした」
「……そうだったのですね」
「はい。才能があると私に言ったのも、このままだと飢えて死ぬのが分かってたから」
「では、先生の才能は……?」
「後で、師匠は言いました。無い訳じゃないけど、あると断言出来ないレベル。だそうです」
「しかし、結果を残された」
師匠さんが見てらんねぇから一番マシなの拾ったって感じか。で魔法の才が無い訳でも無いからとりあえず学ばせて、精神と引き換えに成功したと。人の心があるようでないっすね。
「結果的に学院で壊れちゃいましたけどね」
「悲しい事です」
「本当に。……話が逸れましたね」
「確かに」
「何を言いたいかと言いますと、後悔はすると言う事です」
「それは……」
「飛び出した実家に、迷惑を掛けた学院の友人にパーティーの皆。……うん、ロクな事してないですね!」
たはは……と先生から漏れた吐息が、私の髪を音もなく撫でた。正直、私の臣下の中でもめちゃくちゃ壮絶な人生を送ってる人だと思います……。素直に尊敬ではある。私には無理な人生っすね。前世もクソ削れてたし。
「笑っていいやら……」
「でも、後悔はありません」
「本当に?」
「えぇ。他のどんな生き方をしても、こんな立場にはならなかったので」
「そんな事は無いでしょう」
「あるんです。……貴女は身分で人を見ない、人を適性で見ていますね?」
「まぁ」
「長い時を貴女と過ごしました。その分、大きさも少しは分かるつもりです」
「ちっこいですけどね、私」
「そういう事じゃないです……!!」
真面目な雰囲気を崩した私。撫でる手が止まり、両手をブンブン振ってプンスカ怒る先生。私は顔を上げ、先生の顔を見る。眉間に皺が寄ってますわよ。垂れ目と愛嬌が台無しですわ。
身分、平等関連は明言すると大変なんですわよ。ぶっちゃけこの地方のトップだから強権人事やれてるだけで、ちょくちょく実家や友好的な貴族からも小言は言われてんすよね。聞かねぇけど。君らがやれるならいいけど、絶対数と思想がちょっと合わないというか。少ない割に君たち混ぜたら派閥化するじゃん、ただでさえ人間関係のいざこざはめんどくさいのにさ。勘弁してよ。
「で、何でしょう?」
「……この王国に七つしかない公爵家、貴女はその長女です」
「えぇ」
「その立場に在りながら、真の意味で人を平等に見ている。それは才能です、最も稀有な」
「……それは、どうでしょうね」
「肯定しなくて構いません。されど、私は確信しています」
「なぜ、そう言い切れるのです」
あまり詰めないで下さいな……。外に聞こえず、聞こえたとしても信のある身内だけなんでまぁ認めてもいいんですけど。明言してないだけで、やってることは先生の言う通りですからね。身分よりも能力で見てると言えばそう。それもそれで冷たい?否定はしないっす。
先生は自分の膝に手を置いて、改まった様子で私に目を合わせ直す。なんすか。
「きっとお忘れでしょうが……農民と大貴族が同じ馬車に居る。この国では、有り得ないことなんですよ」
「……」
「貴女は私を好きに殺せる。でも、貴女は絶対にやらない。そう、私は心の底から信じられる」
「…………」
「感情に名前を付けるのは苦手ですが、きっと、これを名付けるなら」
「……なんと、呼ぶので」
「敬愛。私だけの、敬意と愛です」
強火過ぎない?てか反論できないし……。脳焼かれ過ぎでしょ、そんな凄い人じゃないです私は。というか……貴族の話に関しては、自分で語るに落ちてたか。貴族階級の敵扱いされないように襟を正さないと……。まぁあんまり改める気無いけど。こういう時、フェロアオイが開放的でよかったって思うんですよね。祖父はゴリゴリの教会にして貴族主義だったんですけどね。
何とも言えない顔で外を見る私と、薄く笑って私を見る先生。気まずいと言えば嘘になるが、これ以上何か話しても失言する気しかないので……。直接的な愛はいいと思いますが、受け取り方が分かんないんですよね……。
「あ、見えてきましたね」
「……ですね」
た、助けて……。嬉しくない訳じゃないけど、扱いが分かんないんす。えぇい生暖かい顔で見るな。絶対顔赤いわ私。あ~やだ。視察やめてふて寝しようかなもう。
無情にも止まる馬車、開かれた扉から顔を覗かせたのはイリル。この微妙な雰囲気に戸惑ってるっすね。気にするなと手を振ると、鋭い視線に変わった。てか先生を睨んでますね、君らさぁ。これで二人が仲良いのバグでしょ。
「着きました」
「そうね」
「……あの」
「行きましょう!ソフィア様!」
「あぁ、はい」
一度目を閉じ、精神統一に努めた後に外へ出る。あ、先生は馬車止めに行ってから降りて貰います。こういう時は面倒なんでね。
領主の屋敷、その威容が私を迎えてきた。まぁ実家と比べたら星と砂粒っすね。灰の石造りと赤茶のレンガが混ざってる感じね、ふ~ん。灰の石が元で、そこから増築したんだろうな。よくある感じっすね。屋敷周りの草木は綺麗に整理されてます、よろしい。
玄関の前に、領主一家が整列して立ってます。当主、夫人、息子、娘か。見た感じ兄と妹かな。うちと一緒っすね。歳の構成もまぁ、兄貴が15ぐらい?妹は十歳を超えたぐらいか……?よくわかんね。
公爵家迎えるならこれぐらいにはなるんすよ。別に私はいいんすけど、まぁ家格的にこうなるしかないというか。高位貴族も一々面倒なんですわよ。迎えられる側の格を求められるんでね。
「ようこそ、お越し下さいました。カーセラ伯爵家一同、リードラル卿のお越しを光栄に思います」
そう言いながら、深々と頭を下げるカーセラ伯爵。彼と一緒に頭を下げる家族の皆様。こういう時は礼をしないんすよね私の方は……。威厳のある年上に頭下げさせるも慣れちゃったなぁ。
しばらくして頭を上げた皆さん、それを確認してから私は話し始めるんですわよ。
「一家総出の出迎えご苦労。息災だったかしら、カーセラ伯」
「勿論で御座います。リードラル卿も平穏無事で御座いましたか」
「残念だけど、平穏でも無事でも無いのよ」
顎を上げた私、鷹みたいに鋭いカーセラ伯の顔が更に鋭くなる。気まず。暖かい顔の夫人も沈痛を隠してないし、兄妹は困っちゃってるわ。なんかごめんね。
「何と……痛ましい」
「改革は痛みを伴うと云うけど、本当に傷を貰うとはねぇ」
「真に治癒する時ほど、痛むものかと存じます。傷にも障りましょう、中へご案内しても?」
「えぇ、よろしく」
「セルマ、案内を頼む」
「リードラル卿、ご案内致します。ティナ、バート、荷物を運んで」
「「はい!」」
一家全員、地方貴族なりにしっかりおめかししてていいですわね。シリッサのちょっと前に流行った型のドレスを着てる夫人と、父似の妹ティナね。母似の兄バートの方は、服に着られちゃってるわねぇ。礼の場が苦手ってのが出まくってて面白いわ。確か当主の名前がクライヴ、夫人がセルマだったか……?マジで人と会い過ぎて名前が覚えられん。別にこの一家も次ぎ会うの早くて数年後だろうし、あんま覚えなくていいか……。
無理して王都とか、フェロークの流行りを取り入れようとしない姿勢はポイント高いわよ。地方で流行りに合わせるのは無理あるし、流行を掴む速度で私に勝つのは……。相手が悪いんすよ、相手が。
私のちょっとした手荷物を二人に預ける。一見意味無さそうですけど、ホストの歓迎を無にしないのがゲストなんです。しっかり客人ですよ~ってのを見せるのが大事だったりするのが貴族社会。はい。
「ご宿泊されるお部屋を案内させて頂いた後は、昼食のご予定でよろしかったでしょうか?」
「えぇ。期待しているわ」
「ご期待に答えられる様、精一杯の準備をさせて頂いております」
「それはよかった」
一方的に死ぬほど恐縮されてるのが伝わりますね。いやまぁ逆の立場なら内心大嵐だっただろうけどさ。気まずいのよ、とにかく。とはいえバチバチに不敬かまされたら面子的にさ、それなりの対応しなきゃならない悲哀よ。
「こちらをお使い下さい」
「案内、ご苦労様」
「とんでもございません。手荷物はどちらに?」
「テーブルの上に」
「承知いたしました」
セルマ夫人が兄妹に目配せすると、二人は私の手荷物をテーブルへ静かに置いた。雑に置かないのはよいですわね。貴族教育はそれなりにやってるようで。
「では、一度失礼致します」
「夫人、昼食まで時間はある?」
「……はい」
「屋敷を見回っても?」
「勿論です。私がご案内を」
「いや、いいわ」
「では夫を」
「そうねぇ……そこの兄妹では不足かしら?」
「……まだ若く、非礼を働くやもしれません」
子どもの非礼で一家連座はやらんよ。まぁ向こうからしたら何やコイツ!だろうけど。だって君らに任せたら、綺麗なとこしか見えないし隠されるじゃない。
「フェロアオイ公爵家長女として、子らの非礼で一家を害する事は無いと明言するわ。……不足?」
「滅相も御座いません。……バート、ティナ。くれぐれも、非礼の無いように」
「……了解」
「……はい」
夫人はビビり散らかしてて、兄妹は困惑してますね。ごめんね、反省はしないけど。連座も無いから安心になったのと別に、フェロアオイの名前が出て来たから断れなくなっちゃったって話なんすよね。
後ろ髪を引かれながら、先に夫人は一礼して部屋の外へ出ていく。私は少し座って荷物を再確認する。いやなんか、夫人と同時に出るの気まずいからさ……。兄妹は直衛の皆にビビってますね、最近雰囲気鋭くなったからね彼ら。
「さて、出ましょうか」
「ご、ご案内します」
「……します」
ちょっとした散歩だから、そんな怖がらないでよ。私がまるで怪物みたいじゃん。はは。