一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治 作:柴野沙希
妹と会うのは、十年振りだった。息災で、と言いながら小さく手を振る、フィアの姿が頭の縁に残り続けていた。いつしか、遠い記憶になっていたそれ。
久しく会っていなかったフィア。首元の傷と、手元のペンだこが妹の苦労を俺に見せてくれていた。本人は、微妙そうな顔で笑っていたが。見た瞬間、昔のフィアと重なった。やはり、妹だ。
「あの、兄さん」
「何だ?」
「人に見られるのは慣れておりますが、執務に差し支えますので……」
「そうなると、俺が暇になるんだが」
「……今日は執務を諦めます」
「いいのか?」
「貴族ですので」
二、三枚で諦めさせた執務。妹はペン立てに、ペンを放り投げた。割れないのかそれ?多分ガラス製だろ。妹は全然言い訳になってない言葉を投げつつ、俺の前へドカッと座る。そんなに嫌そうな顔をするな。まぁ、逆の立場なら怒ってるが……。許してくれよ、感動の再会だぞ?
胡乱げな妹の目を見る。同じ碧眼だ。表情は不満気、相変わらず顔は綺麗だな。王都でも飛び抜けてるんじゃないのか、いやそうでもないか。俺の偏見が入り過ぎてる。とはいえ王都に居たら、随分と言い寄られるだろう。しかし、身長と愛想がな……。良くも悪くも、落ち着き過ぎてる。
「……フィア」
「何か?」
「こっちはどうだ?」
どうにも話題が見つからず、ありきたりな事を聞いてしまう。いや、こんな口下手だったか?緊張じゃない、別に居心地は悪くない。臣下も目上も無く、精神的には対等な相手。当然立場に差はあるが。
ん……?と目を細めつつ、右上に視線を投げる妹。戦争の話といい、家の話といい、別に話す気の無かった内容ばかりが口を突く。妹も十分、大変だっただろうに。
「質問の範囲が広過ぎますが……まぁ、大変です」
「だろうな。……よかったのか?」
「…………どの道を選んだとて、後悔はあったでしょう」
「本当に思っているのか?」
「えぇ」
静かに俺を見る妹。その表情から、内心は窺い知れない。本当に思ってそうに見えるな。だからこそ、気になる。頭の回る奴が本音を言ってそうな時が一番危ない、俺はそれを王都の生活で学んだ。
王族や上の貴族でも、これだけ内心が見えない奴は多くない。父上ぐらいか……?母上は隠してるって分かるからな、王都の奴らもこの感じが多かった。何も見せません、煙に巻いてます!と表情で語る人。
真に恐ろしいのは、常に本音を言ってる奴だ。そう見えてる時点で、自分は相手に腹芸で負けている。父上と妹がこの分類なんだよな……。妹に関しては、父上に似てるから何となくそうなんだろうな、と。自分で見抜いた訳じゃない。
「そうか」
「兄さんこそ、大変だったのでは?先程の話もそうですが、王都は権謀と見栄の巣窟だったでしょうに」
「戦地は……知ってるか。王都の方は知らないだろ?偏見だよ、それは」
「それは失礼。では違うと?」
「いいや、合ってる」
やっぱりそうなんじゃないか、と言わんばかりに溜息を吐く妹。当然そうだろ、学校は酷かったぞ。馬鹿ばっかりと呼べるほど、俺は顕学じゃないが……。何分、俺の立場が上過ぎた。対等な家格になってくると、大体公爵家や王家になる。結果として、警戒の割合が強くなる。話してて疲れるんだよ。ま、向こうも同じだろうが。
「こちらも似たようなものですよ」
「下だけの方が楽だと思うぞ?」
「承知いたしました。仰る通りです。そのように致します。……兄さんもご存じでは?」
「あ~……。これは、俺の偏見だったな」
「双方、違った苦労がある。そういう話ですよ」
昔から妹は、人を諭すのが上手い。幼い頃のフィアは、割と適当だった。読書やぼんやり、寝ていることが多かった記憶がある。まぁこの妙な落ち着き、弁が立つ感じは昔からだな。
父上と母上がフィアに向上心が無いからと、色々な政策や思想の問題を投げる事もあった。全部それっぽい答えを返してたんだよな、こいつ。今なら、違った答えも返ってくるのか?そういえば、悪戯を透かされたお返しもまだだったな。
「フィア」
「何でしょう?」
「戦争は、何故無くならない?」
「?」
「どう考える?」
凄まじくめんどくさそうな顔をする妹。俺とミモザがよく見てた顔だな。大きくなっても表情は変わらんらしい。いい顔だ。これは勘だが、恐らく妹の本質はこっちなんだろう。
誰だって試されるのは嫌だろうが、合格するのが悪いんだぞ?だから、両親の評価が二分するんだ。まったく……。だがすまん、俺はこれを聞きたい。
妹は右腕を机に立て、こめかみへ指を刺すように押し付ける。考えてる時の癖だな、これも昔から変わらんらしい。
「父上みたいな事を……。その問いは、毎回こう返答します」
「なんて?」
「人が人で在る限り、消える事は無い。です」
「……随分と夢の無い答えだな」
「否定はしません」
「俺も、同意見だ」
たった数年、されど数年。暑苦しい砂地を駆けずり回った意味はあったんだろうか。大切な友人を、戦友を、何人も失った。
奇襲を受け、鎧の上から岩で潰された友人。武門貴族の長男だった。豪快に笑い、品も無くエールを飲む彼を覚えている。
深追いし、流砂に飲み込まれた戦友。俺より歳が上で、叩き上げの騎士だった。爵位が欲しいんです!俺に向かって吠えた彼。砂に呑まれた彼の遺品は無い。一つも。
俺が首長国の連中を憎む以上に、彼らも俺らが憎いだろう。当然の話だ。だから、どうにもならない。むしろ、妹も同意見で嬉しかったぐらいだ。
「では兄さん」
「なんだ?」
「一つ問われたので、一つ問いましょう」
「珍しいな。いいぞ」
「争いは無くなるべきでしょうか?」
「ほう……?」
「時間はあります、兄さんの考えを教えて下さい」
戦争じゃなく、争いそのものか。議題の幅が余りにも広いが……。まぁ妹もいきなり全投げで答えが出ると思ってないだろうし、少し相手になって貰うか。流石に一人じゃ語り切れない。
「フィア、話しながらでもいいか?」
「えぇ、構いませんよ」
「まず、争いとは戦争を指してるのか?」
「少々ややこしかったですかね。広義の意味での競争、その中に戦争も含まれると言えましょう」
「戦争は少し違うんじゃないか?競争で人は死なないが、戦争だと人が死ぬだろう?」
「間接的か直接的かという点に差異はありますが、分類としては同じであると私は考えています」
「なるほど?」
争いの定義から聞いてみたが、頭がこんがらがるな。妹曰く、競争の一つに戦争がある、と。競争にしては、個人で競い合う部分が少なすぎないか?いや、直接的な命の奪い合いは競争と言っていいのか?
戦争以外の争いか……争奪、政争、闘争。……なるほど、これは俺の視野が狭かった。妹の言う通りだ。
妹は爪を眺めている、暇そうだな。この程度、序の口と。さて、次だ。
「教会の教えによれば、争いは避けるべきとある。人の心を暗くし、光を喪うから」
「『陽が千登り、陽が千沈んだ。争いの中で人心は澱み、天は黄昏た』星黙教典、8章13節でしたか?」
「12節だ、よく覚えてたな。信仰が揺れども俺はまだ、天を信じてる。……言いたい事としては、争いが人を荒ませる。それは間違いないだろ?」
「えぇ、仰る通りです」
「争いが人を荒ませるなら、無くなってしまえば、皆平穏になれるんじゃないか?」
「……ふむ」
……王都の学校で学んだ訳でも無い割に、よく知ってるな。天なる神の下で教えを実践し、死ぬ。結果として、争いの無い天に召される訳だ。争いがあるからこそ、人は悪となる。悪は奈落に落ち、罰を受ける。悪の根源は争いがあるからなんじゃないか?
「争いとは奪い合いだ。罪源だ。なら、最終的には無くなるべきだろう」
「なぜ、争いは罪と言えるのですか?」
「他者の何かを奪う行為、理不尽だからだ」
「なぜ、他者から何かを奪ってはならないのですか?」
「……それは、当然だろう?」
「なぜ?」
当然、教えの中で明確に悪と定義されているからだ。奪えば、奪われた者が不幸となる。必要なら分け合うべきで、理不尽に奪うのはおかしいだろ。致し方ない状況があるのは理解する。戦場なら仕方ない。だが、奪うという行為を正当化はできないだろ。
「教えで避けるべきと言われている上、容認してしまえば秩序が成り立たないだろ」
「えぇ、仰る通りです。……私は収奪を肯定している訳ではありませんよ?」
「そうなのか?」
「そもそも地位が無ければ、私は収奪される側です」
「……それは」
「あら、兄さんを困らせてしまいましたね。……適当に投げた問いはいかがでしたか?」
「そういう事か。無事、困らされたよ」
「意趣返しの意趣返しです」
ふふ……と顔を引くように笑う妹。引っ掛けられた、畜生。さっきのは適当に考えた質問かよ。ずっと暇そうにしてたのは、最初から真剣に考えてなかったからか。やってられん。パッと聞く限り、学校でも語れそうなテーマだったのが悪い。
「……なぁ、フィアはどう思うんだ?」
「?」
「争いが無くなるべきか、って話だよ」
「そうですね……」
笑い顔から一転して、右上に視線を投げながら顎に人差し指を付ける妹。顔が上がり、火傷の痕が見えた。影のせいか、黒ずみが濃く映る。下手人が生きてれば、責め苦を与えてやれたんだがなぁ。フィアは優し過ぎる。
少しだけ不愉快な気分になり、しばらく時間だけが流れた。俺が指でテーブルを叩く音だけが、部屋に響く。
「結論として、争い自体は必要だと考えています」
「……否定派と言ってなかったか?」
「収奪を肯定していないだけ、ですね」
「なるほど?」
「善悪を論じる気は特に。結論として、一定の競争は社会に必要である。違いますか?」
「……違わないな」
「不満気ですね?」
「いや、なんだろうな……」
こうもあっさり言われてしまうと、何とも言えん。別に内容が気に入らない訳じゃない。実際合っているように思える。だが、こう。納得いかないな……。どうにも、掌の上で転がされた感が強い。
「……小難しいお話で疲れましたね。お茶と菓子でも、持って来て貰いましょうか」
「そうだな。俺も小腹が空いたよ」
「軽食も用意させましょう。私も冷たいものが食べたいですし」
「……また、カシリスのソルベか?」
「…………よく、覚えておられますね」
何となく気恥ずかしそうに、首を掻く妹。好物と癖は据え置きらしい。
妹は少しだけ勢いの付いた様子で椅子から立ち、執務机の方へ向かった。机の上に置いてあるハンドベルを手に取り、鳴らそうとする。
瞬間、屋敷が大きく揺れた。揺れを認識しようとした直後。
ドゴォォォォン!!と耳が壊れるほどの爆音が、シリッサに鳴り響いた。