一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治 作:柴野沙希
揺れ、そして爆音。立っていられず、机にもたれかかる私。思わず投げてしまったハンドベルが宙に飛ぶ。ベルの音が聞こえない。耳が遠いせいか?
「……い!」
状況は?屋敷に襲撃?いや、その割には遠い。窓の外を見る。煙は見えない。こっちの方角じゃない。剣戟の音は?いや、分からん。取り敢えずロブかミモザを探し──
「おい!フィア!」
兄さんに肩を揺らされ、我に返る。不味いな、考えが一気に走ったせいで混乱してる。
「!……失礼しました、兄さん」
「大丈夫か?」
「えぇ、仕事と衝撃で少々混乱しただけです。こちらからは煙が見えません、逆側の部屋へ」
私に声を掛けながらも周囲を警戒してくれる兄さん。取り敢えず、場所だけは掴まないと。
「解った。立てるか?」
「……手を借りても」
「抱えたって構わないぞ」
「私が倒れたら、そうして下さい」
兄さんの手を借り立ち上がる。若干まだ、ふらつきながら部屋の外へ出る。廊下に出た瞬間、階下から多くの足音が聞こえた。戦闘音は無い、恐らく近衛が守りに来たか。
時間が無い、無視して逆側の部屋へ入る。そして窓の外を見た。……畜生。
「……大事だな」
「えぇ、本当に」
窓の先、外壁の向こう側で、凄まじい量の黒煙が立ち昇っていた。
「お嬢様!」
「ヒュー様!」
煙を前にして、考えを巡らせる私。兄さんも同じようで、顎に親指を当てて無言。事故ならまだ笑えるが、事件ならマジで笑えんぞ。
数瞬後にはロブとアラーナを始めとした双方の護衛が、部屋に飛び込んできた。
「ご無事ですか!?」
「怪我は無い」
「私も問題無い、状況は?」
私がロブに問いかける。少しでも自己認識以外の情報が欲しい。頭がふわふわしている。回せるだけ回す、状況が見えればやるべき事は絞られるし。
「爆発は東門の外側、恐らく第二火薬保管庫かと」
「そうね。……取り急ぎ、屋敷を戦闘態勢に」
「了解。訓練通りで?」
「えぇ」
使用人の避難訓練は何度かやってるが、やれるのか?襲撃の有無も現状未確定。近衛も正直、避難誘導へ入って欲しい所ではある。
いや、そうか。今は兄さんが居るんだった。僥倖に甘えよ、多分許してくれるでしょ。
「失礼ながら、兄上」
「非常時だ、お前の護衛も受け持とう」
「感謝いたします。ロブ、近衛も全員避難誘導へ当たらせなさい」
「了解。……訓練通りですと、お嬢様の避難が最優先となり、終れば他の避難となります」
「……そうね、移動するわ。モーリス、案内を。他は避難誘導へ」
ロブは敬礼をそこそこに、外の警備へ命令を伝えに行きました。イリル非番、モーリスが案内で誘導は三人だけか。まぁ無いよりマシ。
護衛は兄上の近衛で事足りる。私の近衛は指揮に当たらせるのが最善、避難誘導で混乱するのが一番ヤバい。彼らなら襲撃にも対応できるし。
「若様、お嬢様。ご案内致します」
「頼んだ」
「モーリス、会議室で合ってるわね?」
「はい」
モーリスが先導、兄上の護衛が周りを固める。兄上を中心に、私がその斜め後ろに付く。そのまま部屋の外へ。
部屋の外へ出ると、兄上の近衛が廊下を警戒していた。その内の一人が、アラーナへと話し掛ける。
「動かれますか」
「彼の先導で、御二方に避難頂く。護衛だ」
「了解」
完全武装の魔甲騎兵二十人強に守られながら移動する私たち。ぶっちゃけ死ぬ気がしない。
陸務卿の猟衛隊、王家の憲衛軍でも同数なら拮抗するしな多分。穏当に統治してなかったら、私の近衛は大忙しだっただろうに。今でも忙しい?まぁそうね……。
「お嬢様!」
「持ち場を離れず、警備の指示を待ちなさい!」
使用人の一人が私に声を掛けてくる。混乱するのは分かるが、私が違う指示出すと余計な混乱を招く。待ちを指示しながら、歩みは止めない。
多くの足音に大声、ガシャン!と何かが割れる音が屋敷を包む。どうしてこんな目に……。
混乱する屋敷を歩く。使用人や警備とすれ違う。落ち着いて指示聞いてる人と、浮ついてきょろきょろなってる人。別邸からの古参とシリッサからの新参。新参が悪いというか、古参が凄いだけなんだよね……。
混乱の中を歩き抜け、会議室へと辿り着きました。全体会議で来ることが多いが、本当に非常時で使う事になるとはなぁ……。
「兄上、上座へどうぞ」
兄上には長机の先、上座に座って頂きました。座って、机の上で手を組む兄上。私はその右斜め前の椅子に座ります。新鮮ですね、位置が。護衛の皆さんは立ちっぱなしです。
「さて……襲撃は、現状無さそうだな」
「ですね。……それはそれで、不気味ですが」
「違いない。妹よ、屋敷の見取り図はあるか?」
「書庫に保管しております。……図の保管位置を覚えているのは、この場だと私だけですが」
「口頭で伝えられないのか?」
「何分、機密性の高い図となりますので……かなり複雑な場所に」
「警護上の問題でしたら、私の近衛、そこのモーリスから連携させますが」
「最低限はやれるか、頼んだ」
「モーリス、アラーナと兄上の近衛に警護方法の連携を」
「了解しました。アラーナ殿、こちらに」
モーリスとアラーナが色々と話し始めたのを横目に見つつ、頭を回す。正直、現段階だと候補が多過ぎて分からん。第二火薬庫は建設とかに使う火薬の保管庫だったはず。やっぱ事故なのかね?かなりの厳重警備だったはずだが……。
事故なら報告受けて終わりだし、攻撃前提で考えるか。ともあれ、私に対する攻撃なら第一火薬庫を狙うはず、こっちは軍用の火薬保管庫なんですよね。どうかなぁ、第一はめちゃくちゃ厳重警備だし、妥協して第二の線もある訳で。だけど、戦略的に見れば第二を爆破する意味は相対的に薄い。考えろ、第二火薬庫を爆破する事で何が得られる?建設の妨害、備蓄への攻撃、東門を塞ぐ、とか。
それぞれ検討するか。建設の妨害、公共事業で使う火薬が消し飛んだのはぶっちゃけ痛い。だけど、誰が得をする?火薬の業者か?火薬は軍需品だ、流通が絞られてるから私に売りつけようとした時点で足が着く。費用対効果は薄い。
備蓄への攻撃、まぁもうほんと痛い。大量に保管してましたからね、ほんとね。完全に回復まで戻すなら、最低一年は掛かるぞ……。とはいえ、軍用じゃないし。この目的なら第一を狙うんじゃないか?微妙。
東門を塞ぐ、これも微妙。位置的に東門が使えなくなる可能性は高い、ってだけ。別に南門、西門があるしな……。攻撃として非確実な上、そこまで困らないというのが正直な感想ですね。うーん。
「どうだ、妹よ」
「情報が少な過ぎますね。……事故ならいいんですが」
「だが、時期が怪しい」
「……ですね」
「偶然、俺が来た日に爆発が起こった。これは在り得るか?」
「…………可能性は低い、ですね」
「だろう。なら、敵は居る、で考えた方がいい」
「確かに、そうですね」
ご自分が統治してないからって、容赦のない正論ぶつけてくるのエグいですわよ兄上。私たち二人が居るタイミングで爆破なんてさ、笑えないっすよ。だってそれ、フェロアオイ公爵家に対する宣戦布告ですし。
自分で言うのもアレですけど、我が家に喧嘩売るのってバカどころの話じゃないっすよ。相手にも都合があったんだって、反乱を寛大な心で許す、そんなお優しい貴族じゃないよ?我々は一族郎党に血縁皆殺しまで全然やるよ?てかやったし、西方鎮圧で……。全部が全部そうじゃないけど、反乱系は大抵こうなるんすよ。悲しいね。
「妹、想定される敵は?」
「正直に申しますが、候補が多過ぎます」
「敵の可能性がある、大きな組織でいい」
「でしたら……」
真面目な顔の兄上。私は顎に手を当て、少し考える。……なら、この辺りか。
「幾つか候補が」
「挙げてくれ」
「一つ目は、ギルドですね」
「まぁ、順当だな」
「概要だけ話しますと、主要産業ギルドの創設家が、会議という形で固まっておりまして」
「数は?」
「五つです。彼らはグランドと名乗り、親方の上として徒弟制度を握っております」
「どこもギルドは面倒だが……ここのは特段、面倒臭そうだな」
「えぇ、本当に」
教会の次に片付ける予定だった人達ですね。原材料、流通、技術を握って好き勝手やってるんで、産業が育たないんすよね。だから反発覚悟で工場街を作って、アーヴィンとかの流れを拾ってた訳なんすよ。
とはいえ彼ら、真正面から私たちに敵対するレベルの無謀では無いはず。てか自己保身と既得権益の究極みたいなもんだし、可能性は薄いっすね。
「二つ目は、ここシリッサの貴族です」
「そこまで愚かなのか?ここの貴族は」
「内心はともかく、表立って挑む事は無いかと考えます」
「一応の可能性として、か」
「はい」
挙げといてなんですけど、まぁ無いでしょ。アルバーネの爺さんでさえ、軍権を大人しく渡したんですよ?自分の権力の源泉に対して喧嘩売るとか、あるのか?この場合なら簡単なんすけどね。貴族ネットワークで探せる上、粛清も割と楽なんだよね。分類的には身内だから。
「三つ目は、ギャングですね」
「裏社会か」
「はい。こちらも概要だけ話しますが、大きな組織が四つほど存在しておりまして」
「また固まってるのか?」
「仰る通りです。ギルドほど強固ではありませんが、フォビアという名前の会議で、情報交換や交渉を主に行っているそうです」
「敵の可能性は?」
「彼らはギルドや貴族ほど金や権力に囚われません。相対的に、可能性は高いかと」
「ふむ」
裏社会はあんまり詳しくないんですよね。公権力側である以上、相性がちょっと……。内偵も幾つか潜らせてますが、上に食い込めるほど長くないんすよね。ちょくちょく消されちゃうし。
とはいえ、自分の首を絞めるような動きをやるのか……?と思う所ではあります。下手したら、裏社会のある区画が人ごと消える可能性だってある訳で。
「最後の候補は、ここの西です」
私がこう言った瞬間、近衛の空気が張り詰める。話し終わっていたモーリスとアラーナの二人も、思わずといった顔で私を見る。一旦ぼかして様子を見ます。兄上が護衛のいる場所で、どこまで話す気か分かんないし。
兄上は、少し上を見た。しばらくして、誰も外させず口を開いた。
「……それは俺も考えた。ベリルリーチか」
「はい。真正面から我が家に相対出来る、という観点なら外せないかと」
「そうだな……」
ベリルリーチ公爵家。代々当主が近衛卿を務める、七大公爵家の一角。フェロアオイと立場上は同格です。めちゃくちゃ王家に近いんですよね、近衛卿家なんで。近衛卿は王家の傍仕えと監督って感じです。憲衛軍の指揮や王室の財政管理、とかなんか色々やってるみたいな話でした。父上が昔、そう言ってました多分。ぶっちゃけフェロアオイの方が強い気がします。
てか、気にせず話しちゃうんですね兄上。まぁ楽でいいんだけどさ。
「しかし、侵攻の可能性は低いかと」
「根拠は?」
「数日前の段階で、国境沿いにある都市の小麦価格、ピックレーの鉄価格も変動無しでした」
「なるほど。まぁ侵攻なら父上が察知してるか」
「そうですね……」
侵攻レベルの大事なら、"泣き顔"が察知してるだろうって話よ。その場合は私へ報告が来るだろうし、来てないってことは多分違うはず。ピックレーはベリルリーチ公領の東端にある港町ですね。他公領の区分だと、シリッサの最寄りですかね、まぁ、戦争あるなら市場価格に変動出てるだろうし。出てないってことは無いか小規模、だとしたら意味あるのか問題に繋がるんで……。
「まだ、絞り切るには情報が足りませんね」
「当然だろう。……何もない状態で、ここまで候補が出ると思ってなかったぞ」
「概要を何となく知っている程度で、どの組織が確定で敵か、そもそも事故か否かも判断出来ておりませんので……」
「それはこれから考える内容だろうに……」
「……確かに」
そういえば何も知らない段階で、まだ屋敷の避難も終わってないとこだったわ。また先生に怒られる、神になろうとした罪に問われる……。
てか、攻撃だったら私はともかく皆の方が危ないんじゃないか?幹部諸君には護衛付けてますけど、場合によってはヤバい可能性は……ある。
「避難が完了しました。この屋敷への襲撃は無いと見て、大丈夫かと思われます」
「ご苦労様」
「隊長、屋敷の防御については連携済みです」
「助かる。お嬢様、以降の行動はいかがいたしましょうか?」
「……そうね。各幹部の状況が気になるわ、走れる?」
「勿論です」
「現況片付き次第、ここに集まるように伝えて」
「了解です」
「……お願いね」
「…………勿論です」
ロブとモーリスは敬礼の後、部屋を出ていった。誰かは死んでしまうだろう、それが私の信頼する臣下かもしれない。先生かも、ミモザかも、ローナかも、カミラかもしれない。身内が死ぬかもしれない恐怖が湧く。
こういう時、私はどうしようもなく貧弱だ。大きくて、強くて、チートがあったりすれば、自分で全員の様子を見に行けたのに。なんて、考えてしまう。
…………あぁ、やだな。下を向くと、自分の手が目に入った。白くて小さい、私の手。力が無いというのは、こんなにも悲しい事なのか。転生前は考える必要も無かった。それで、よかったのに。