一般男性、TS令嬢転生(嫌々)からのしたくもない異世界統治 作:柴野沙希
私を守り切った護衛達、彼らの治療を行っていると、増援がやってきた。
護衛と似たような装備の者が数人と、槍を持っている兵が数十人。隊長格なのだろう、数人の方が私たちの方へ寄ってくる。
イリルと銃兵の皆が、私と彼らの間に立つ。剣の柄に、手を当てた状態で。緊張は感じられない。余りにも平然としている様子に見えた。
増援の中から、一人。頬に傷の走った男が、イリルの側へ出る。
「第8歩兵小隊、小隊長のコリンと申します」
「遅い。近衛隊のイリルよ、証は?」
イリルが眉を歪めて告げた。コリンは特段不快になった様子もなく、首に提げていたロケットペンダントを取り出す。
そのまま彼はペンダントを開き、中に入っていた紙を取り出した。イリルはそれを受け取り、広げた。
紙には何か……昔、小さかった頃にお嬢様が書いていた、謎の文字。お嬢様は絵と言い張っていたが、私は文字と察していた。とはいえ、読めはしない。
文字の形状だけだが……"我は死なり、世界の破壊者なり"と描いてある。全てが落ち着いた後、お嬢様に意味を問いたいものだ。本人は隠したがるだろうが、還天のはなむけと言えば教えてくれるだろう。
「本物ね?」
イリルが横に立つ銃兵の男に見せる。彼は紙を一瞥すると、静かに頷いた。
「本物です」
「ならいいわ。一人残す、後は頼んでいいわね?」
「無論です」
「遅参は掃討の功で相殺しなさい。ミック、残りなさい」
「了解です」
証を判定した彼が残らされるようだ。声には出ないが、雰囲気から彼の不満を少し感じる。理由は分からない。
一人を残し、私とイリルと銃兵が三人、合計で五人が屋敷に戻る事となった。再度の襲撃が正直不安ではあるが、とはいえ、彼らなら守れるだろう。
「ミモザ殿、行きましょう」
「……そうね」
増援が東門から突入していくのを尻目に、イリルと共に、通りへと向かった。筆頭含め、他の皆は大丈夫だろうか。大金庫側も襲われていたのは確かだ、そう考えるなら。
「ミモザ殿」
イリルが私の肩を叩いた。彼女の眼を見る。赤褐色の目は雄弁に、私に一言を告げていた。考えるな、と。
「その、通りね」
「じき鎮圧されます」
「……その後は、考えたくないわね」
「まったくです」
呆れたような恰好をしても、この後訪れる苦難を分かっていた。私も、イリルも。
通りに出た。爆発と戦闘の影響か、人の姿は見えない。路肩に、馬が用意されていた。……一頭しか、いないようだけど。
「ミモザ殿、お乗りになられて下さい」
「え、えぇ……貴女達は?」
「並走します」
「出来るの?」
「距離もさほどありませんし、大丈夫です。鎧も着てませんからね」
困惑が治まらないまま、私は馬を走らせ始めた。駈足で走る馬に、皆は当然のように追いついてくる。
イリルに至っては、走りながら状況の報告までやってきていた。私の知っている世界の狭さを、また一つ、教えられた気がした。
「偶然、非番だったもので。適当に友人を引っ掛けて、ぶらつく予定だったんです」
「なら、どうして?」
「加工区に抜けようとした時、怪しい一団が見えたんです」
「衛兵は?」
「巧妙に分かれた上で隠していました。普通の兵士では、見抜けないでしょう」
「それで、尾けたと」
「はい。公庫方面に向かった地点で抑える手もありましたが、数の問題もあり」
「衛兵を集めて、東門へ?」
「制圧されていた東門を、再度制圧した。というのが正しい表現かと思います」
「なるほど……」
偶然に救われた、それだけの話なのかもしれない。だが、私はあの瞬間、死を覚悟した。星を信じていた甲斐もあったというもの。お嬢様は、私を心配して下さっているだろうか。
しばらく走る、路地を曲がり、屋敷のある行政区へ。屋敷に煙は上がっていない。安心するべきかと思えど、イリルはここにいる。不安が、少し湧く。
外壁を少しなぞるように回り込み、正門へと着く。正門の衛兵は二人。だが、見知った装備ではない。地味な外套に鎧、誰だ?
「何者か、答えよ」
二人のうちの片方、女の声だ。彼女は私たちに問いかけながら、ハルバードで門を塞ぐ。
怪訝な表情で、衛兵に近づくイリル。他の銃兵も警戒しながら、門へ寄る。
「……アンタ、バーサね?」
「…………」
「鎧の方は隠してるみたいだけど、兜の彫刻で分かるわ」
ハルバードが強く握られたせいか、穂先が更に上へと向いた。……少しだけ気が抜ける。恐らく味方だ。
「とうとう左遷でもされた訳?ヒュー様の護衛が、何で此処にいんのよ」
「何者か、答えろ」
バーサと呼ばれた騎士が、低い声で再度告げる。明らかに、不機嫌となっているように思えた。
……ここは、私の役割だろう。馬から降り、騎士へと寄る。シャツの腕を捲り、ブレスレットを外す。金と銀の輪が重なる、お嬢様から戴いたもの。これで取り次いでもらえれば、お嬢様は分かって下さる。
騎士へとブレスレットを渡す刹那、少しだけ渡したくないという感情が湧く。だが、そんな時間はない。
騎士はうやうやしく、それを受け取った。
「……確かに、お預かりいたしました。ミモザ殿」
「えぇ、お願いね」
「おい。ソフィア様に、これを渡してきてくれ」
「了解」
女騎士はもう一人の騎士へブレスレットを渡し、渡された方は屋敷の方へと走っていった。
女騎士の方はハルバードを降ろし、イリルに寄った。そして、大きなため息を吐いた。
「煽らないと会話も出来ないのか?お前は」
「ゴブリンの一つ覚えよろしく、友人を疑うからでしょ」
「パッと見合ってれば本物と?そんな頭で護衛やってるのか?」
「んな訳ないでしょ。ヒュー様付の癖に、クソみたいな聞き方してくるから、つい言っちゃったってワケ」
「黙れ。ソフィア様を守れなかった無能に、仕事を語られたくなど無いわ」
「チッ……最悪」
勝手に険悪となる二人。勘弁して欲しい、私はまだ、切り替えられていないのだ。常に戦いへと身を置いているのなら当然なのかもしれないが、私には無理だ。
黙ってしまった二人。他の銃兵も、気まずそうにしている。……待て、ヒュー様が来られてしまっているのか?
「……バーサ、でいいかしら?」
「はい。どうされましたか、ミモザ殿」
「ヒュー様が来られているの?」
「本日の昼前に到着し、ソフィア様と歓談されておりました」
「……そう、だったのね」
凄まじいほどに、大事となってしまった。この攻撃が、フェロアオイへの攻撃と取られてしまう。お嬢様だけなら、意向もあるだろうが内政上の影響で処理するだろう。
だが、これは、このまま行けば、本家秩序に対する反乱になってしまう。属州の動揺が、一気に内乱として扱われる。それは、恐らく、お嬢様の求めるところでは無い。
色々と、しばらく考え込んでいた。私が襲われ、人が死んだのは大事だ。だが、これまでにも人は死んでいる。敵も、味方も。とはいえ私が判断できる問題ではない。
「……随分と、大変だったみたいね」
バッ!と正門の方を向く。声が聞こえた、今朝も聞いた声が。一時は、二度と聞けぬと覚悟していた声が。取り急ぎ、返答を返す。
「これも、責務ですので」
「そうねぇ……まずは、ご苦労様」
「勿体ないお言葉でございます」
お嬢様がやってきていた。ヒュー様の護衛数人に守られ、正門まで。考え込んでいたが故に、気づかなかったのだろう。
「鍵、帳簿をよく守り切ってくれた。イリル、銃兵の皆も」
「ありがとうございます。ですが、真に称えられるべきは、ミモザ殿を外まで守り切った護衛と考えます」
「今日のローテーションは……確か、リーの部隊ね。彼らが回復次第、話すわ」
「状況をご存じで?」
「いや、知らないわ。だけど……ミモザの状態、入れ替わった護衛で何があったのかは大体察せるわ。本当に、ご苦労様」
「ありがとうございます……!」
全員で、頭を下げる。お嬢様はそれを見届けた後、一人ずつ手を取り、感謝の言葉を伝えていた。銃兵の皆には戦い抜いてくれた忠誠に感謝を伝え、イリルには。
「イリル」
「はい」
「今度は、間に合ったのね?」
「……はい!」
「あの事件以降、貴女達が守る為の努力をしていたのを見ていたわ。……ミモザを守り切った貴女は、一つの事を証明した」
「……?」
「近衛は優秀な護衛である、という事」
「…………勿体ない、お言葉です。ですが、心より嬉しく思います」
「えぇ、これからも励みなさい」
「はい!」
イリルは敬礼の姿勢を取ったまま、止まっていた。後ろ姿しか見えないが、どうにも、少し震えているような気がした。
そしてお嬢様は私の方へとやってくる。……何と、話せばいいのか。普段は目的があり、話しかけるか、呼ばれていた。呼ばれもせず、感情の見えない真顔で寄ってくるお嬢様。どうしたらよいのか、分からない。
手を合わせ、静かにお嬢様の顔を見る。碧眼に見えるが、少しだけ紫の混ざった目。全てを、見通す星。それが、私に迫ってくる。
カツカツカツと革靴の音が、なぜか遠くから聞こえている気がした。心構えも何も無いまま、直ぐにお嬢様は私の目の前までたどり着いてしまった。
私は女性の中だとかなり大きい、お嬢様を僭越ながら見下ろす形になる。一歩、歩けばぶつかる距離。そして、お嬢様は何も言わず、私の眼をジッと見てくる。
任務は果たしました、このような有り様で申し訳ございません、そちらは大丈夫でしたでしょうか。色々な言葉が、彗星のように、頭の中を走っては消えていった。だが、声に出ない。
しばらく無言の見つめあいが続く、見知った美しい顔も、今だけは新鮮に見える。お嬢様は無言だが、同じように言葉を探してくれているのだろうか。聡明なのだから、きっとそうなのだろう。
だが、お嬢様は一瞬だけ下を向き、目を閉じた。何を仰るのかと、身構えてしまう。再度、開かれた目は。
「……言うべき言葉はあったけど、全部消えてしまったわ」
私にしか見えない彼女の目は、普通の少女のように揺らいでいた。不安と安堵と罪悪などが複雑に入り混じった、人間の目をしていた。思わず、抱きしめたくなってしまう。そんな目をされてしまえば、私の心も動いてしまう。
だが、私たちは公にいる人であるのだ。そのような事は、出来ない。それでも、この心を、どうにか伝えておけないか。
「……私も同じです。あらゆる言うべきことが、頭を流れました。されど、言葉にはなりませんでした」
「ふ……そうねぇ。なら、こうしましょうか。その組んでる手、前に出しなさい」
「?……はい」
私は組んだままの手を、お嬢様の前に差し出した。砂と若干の血が残っていることに、差し出してから気が付いた。慌てて手を引こうとする、だが。
それより先にお嬢様が、私の手を外から包み込んだ。私の手の方が大きい分、はみ出ている。だが、暖かく柔らかい、優しい手。……あの日と、逆になってしまった。
「あの日の言葉、否定してごめんなさいね」
「……いいのです。伝わったのであれば、それで」
「えぇ、きっと……今、あの時の貴女と同じ気持ちでいるわ」
私は知っている。お嬢様が、怠惰なこと、朝が弱いこと、自己を顧みないこと。きっと、お嬢様も同じように私を知ってくれているのだろう。
あぁ、なんだ。こんな歳になってようやく自覚できた。私がお嬢様に持つ感情は、信仰だ。だが、それ以上に。私は彼女を心から親しみ愛している。
「……あまり時間も無いし、中へ。貴女達が最後。さ、会議を始めましょう」
手を引いて屋敷には向かわずとも、何度も様子を見て下さるお嬢様。公でなければ、手を引っ張って色々と聞いたり、話したりをしたかったのだろう。少なくとも私は、そう感じてしまった。
失われた命もあるが……あぁ、まったく。
───生き残れて、よかった。