猫のあしあと   作:のーばでぃ

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意志の持つ力

 截全(せつぜん)が言った。

 

「よく考えてみると、俺とお前は似ていると思わないか?

どちらも権力と力を渇望し、自分の力でこの世界を変えようとしている。

手段を選ばずにな」

 

「……」

 

 羿(げい)は反射的に出てきそうだった「お前と一緒にするな」と言うセリフを飲み込んだ。

背丈も種族も考え方もついでに役割もすべてが異なっていると認識している奴から『似ている』と言われるのは違和感が半端なかったのだが。

 

 ―― この世界を、手段を選ばずに変えようとしている?

 

「一人で戦うのも大変だろう? すべてのプレッシャーを一人で抱えるのは苦しいはずだ。

俺がいてよかったな」

 

 『何がしたいか』が見えなくなってしまった羿(げい)にとって、そのセリフはどうにも違和感を覚えるものだった。

あるいは猫弈(みょうえき)の書を知らなかった頃の自分であれば、変異体の惨事を知らなかった頃の自分であれば、図星を指されてイラついていたのだろうか。

少なくとも、何が何でも議会法典にアクセスして真実を白日の下に晒してやると思っていた自分であれば。

 

 ……いや。あるいはこれは、截全(せつぜん)の鏡になっているとも言えるのか。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

「……お前は世界をどう変えたいんだ。截国の復興か?」

 

 羿(げい)截全(せつぜん)の『何がしたいか』を問いかけた。

 

「―― それだけでは足りないな。

我が祖、截通(せつつう)はかつて九つの国の統一を目指し覇を唱えた。

世間では暴君の一言で吐き捨てられているが、俺はそうは思わない。

どちらにせよ武を以てしてしか収まらない世の中だったし、それを収束させた方士団も結局のところ武で収めた。

人間はどうしたって争い続けたがる物なのさ。それは歴史が証明している。

だからこそ、強くあらねばならないのだ。復興だけではなく、強くあらねば」

 

「だから練丹術を? 肉体改造には苦痛が伴う……普及させる技術に落とし込めたとして、そこをどうにかできるとは思えないが」

 

「『苦痛は英雄を鍛える』。俺のモットーにして我が家の……いや、()()()の訓示だ。

それからすら逃れようとする臆病なやつは要らん」

 

「……その考え方だと、国力低下を引き起こす温床になりそうだが。

極端な話、強い奴が席巻できたとして結局人は死ぬし、強く有れる期間も短い。つまり、時代を通しての質の安定を担保できない。

そんな安定できない強さに依存すると、強さが維持できなくなった瞬間に国が消滅する。

感情的な部分を排しても、国をデザインするには綱渡りが過ぎるように思う」

 

 まるで聞き飽きたと言わんばかりに截全(せつぜん)が笑う。

 

「だからこそ、安定して等しく万人の力になれる科学技術が重要、と?

―― 否定はしないが、それだけでは肥え太った豚が自らを棚上げし醜くクダを巻く光景が台頭するようになる。その科学技術を自分の力だと勘違いしてな。

お前たち科学者の力は認めるが、それを扱うやつらに果たしてその資格があるのか?」

 

「……」

 

「イヒヒ……故にこそ『苦痛』が必要なんだ。これほど選定に適したものはない。

これに立ち向かい、乗り越えた奴は信用出来る。乗り越え()()()奴はさらに信用できる。

……そして配下にそれを求めるのであれば、求めた者はさらに苦痛を乗り越え続ける者でなければならない。そうだろう?」

 

「……。理解はするが、納得は難しいな。

少なくとも俺はそんな国の官僚にも民にもなりたくない」

 

「今現在、その『苦痛』に立ち向かっている奴がそれを言うのか? 説得力がないぞ」

 

 羿(げい)の眉間におなじみの皺が寄った。

 

「誰が好き好んで自分から『苦痛』を受けたいなどと思うものか。

『苦痛』を経てしてもなお目指すべき目的があるからこそ、覚悟してそこに飛び込めるんだ。

誰かにただ『苦痛』を与えられるのとは違う。それではただ憎悪を生むだけだ。

……お前は昔からそのやり方をしていたのか? 憎悪以外の収穫はあったか?」

 

「ふむ、なかなか耳の痛い話だ……そうだな、目的は必要なのだろう。俺に向かう憎悪も、あるいは必要な理由になり得るだろうがな。

―― しかし、なればこそだ!」

 

 截全(せつぜん)が握りこぶしを見せつけるように掲げた。

 

「見ろ! この力に満ちた我が肉体を!!

俺は確かに天禍(てんか)と言う病に侵されている。いずれきっと、俺の体は腫瘍で覆われその亡骸には花が咲くのだろう。

しかしそれは今ではない。今のこの体に、天禍(てんか)は何も影響を及ぼしてはいない!

なぜなら俺の体は天禍(てんか)より強いからだ。俺が強く有る限り、天禍が俺を侵すことは叶わな ――

 

……なぜ後ずさる?」

 

 ぶわりと体中の毛を逆立てて瞳孔を開きながら後ずさる羿(げい)だった。

何ならその右手には呪符すら握られている。

「なんだヤるのか?」と言う截全(せつぜん)の問いかけにビクンと目に見えて体を跳ねさせる。

 

 震えた声で絞り出した。

 

「お……俺に、俺にそういう趣味はない!

 

「何の話だ」

 

 完全な被害妄想である。「見ろ我が肉体を」あたりがアウトだったらしい。

もはやある意味風評被害と言っても差し支えなかった。

 

 興醒めしたように截全(せつぜん)は鼻を鳴らした。

 

「フン……まあこのような話、お前ら科学者からしてみれば根拠は何もないと騒ぐのだろう。

しかし俺の力に対する信仰は揺るがない。

お前らはせいぜい、安定して等しく万人の体を治す方法を死ぬその時まで探るが良い。

……成れば褒めるぐらいはしてやろう」

 

 ―― あるいはそれは、羿(げい)の科学者たる考えに敬意を払った、截全(せつぜん)なりの激励なのかもしれなかった。

 

 既に、現状は詰んでいる。

変異体を相手にする中で截全(せつぜん)は確かにそう考えてしまったのだ。

 

 易公(えきこう)とは連絡が取れない。暮守(くれもり)の姿は見えず、新崑崙(こんろん)はあちこち破綻を見せている。

もはや時間の問題だと誰だって思うだろう。

 

 ……なればこそ、最後の時まで我を貫くつもりでいた截全(せつぜん)であったが、羿(げい)がまだ足掻くなら刹那的な思考をしていた部分は訂正してやっても良いと思えた。

 

 警戒していた羿(げい)が、おずおずと構えていた体をほどく。

そして不本意そうな様子を見せつつ、しかしそれを口にした。

 

「……その理屈を否定するつもりはない。あるいは天禍(てんか)は……体の、心の在り方によって影響が変動する可能性がある」

 

「なんだと?」

 

 思ってもみなかったオカルトなセリフがよりにもよって羿(げい)の口から飛び出て、截全(せつぜん)は思わず瞠目した。

 

 羿(げい)がちらりと右腕を流し見る。

そこには夸伏(こほ)謹製の対変異体兵装『変異体破壊王』が小手のようにはめられている。

 

「……目に付く変異体はすべて排除したな。天人エリアはもう大丈夫だろう。もっとも、天道研究センターの方でまだ大掃除が必要な筈だがな。

しかし、俺の考えが正しいならあと一人……変異体がいる筈だ」

 

「うん?」

 

「先に伝えておく。俺が変異体を排除して回ったのは、有害だからだ。

意思なく彷徨い、人間を見れば襲いにかかるからだ」

 

「当然のことを改めて言わなくても分かっているが。

……つまり、なんだ? 有害じゃない変異体がいると?」

 

()()()()()()。あるいはお前の言うとおり、『強さ』で何とかなっているのかもな。

……それを確かめに行く」

 

 右腕につけていた『変異体破壊王』を截全(せつぜん)に投げてよこした。

 

「―― 変異体破壊のからくりだ。まあ、気付いていたとは思うが。

俺用に調整され呪符システムと連動する形になってはいるが、元能エネルギーを使った武器であるなら流用は出来る筈だ。お前の鉾のようにな。

 

……最初に言っておく。俺はもう、そいつは殺さないだろうなと確信してしまっている。

だから、殺す手段はお前に渡しておいてやる」

 

「俺が決めろ……と? 選択肢を俺に渡すのか?」

 

「違う。俺は俺で勝手にやるが、しかしお前は勝手にやる力がないままだろ。

だからくれてやると言ってるんだ。それが無いと選ぶ事もままならないからな。

―― それに、再調達は可能だ」

 

「……なるほど?」

 

 投げ渡された変異体破壊王をもてあそぶ。

察するに、元能エネルギーに何らかの指向性を付ける類の代物のようだ。

 

 そして截全(せつぜん)は自分の腕にはめようとして ―― やめた。

普通にサイズが入らなかったのである。

それを見て身長にコンプレックスを持つ羿(げい)の眉間にとても不機嫌な皺が出来るが、そんな顔されても仕方ないのである。

 

 まあ、鉾に括りつけるなどの工夫をすれば場しのぎくらいは出来るだろう。

 

「俺も、その最後の変異体に心当たりがある。

……共に拝みに行こうじゃないか」

 

 

 ―― いざ、天人エリア貴人殿。

女媧(じょか)のいる場所に。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「―― で、変異体破壊王を截全(せつぜん)にくれてやったわけか」

 

「ああ。すまないな、お前に相談せずに渡してしまって。また作ってくれるだろうか?」

 

「構わないさ。心強い味方が出来たって事だ。俺も、截全(せつぜん)はやることは過激だが見た目はイケてると思ってた」

 

身長は何も関係ないはずだ

 

「落ち着け相棒、誰も身長の話はしていない」

 

 なお、天道議会十王の中でも截全(せつぜん)は随分高身長な太陽である。

 

「しかし相棒、これはスゴい事だぞ。考えようによってはだ。

これで相棒は天道議会の半分以上と渡りをつけたって事になる」

 

「……そう、なるのか?」

 

 羿(げい)は今やっと気づいたとばかりに呟いた。

 

 夸伏(こほ)()勾芒(こうぼう)截全(せつぜん)伏羲(ふくぎ)女媧(じょか)

最初は大義の為、天道議会全員敵に回して王璽を奪い取ってやると息巻いていた相手がだ。

気付けばもう6名も和解と言うか、不戦で置く状況になっている。

改めて考えてみるとそれがとても不思議に思えて、羿(げい)は首を傾げた。

 

 別に敵対しないつもりも、殺さないつもりも全くなかった筈なのだが。

 

 良いか悪いかで言えば、良い方向に転がっているのは確かだ。

特に武力的に一番手こずると考えていた截全(せつぜん)と殺し合いの状況にならなかったのは大きい。なってても別に良かったけれど。

おかげで歩き回れる範囲がずいぶん増えた。

 

 ―― そうなれた理由は解っている。

解っているが、その出所がアレなので、羿(げい)としては複雑しきりだ。

 

 なので話題を切り替えた。

 

「……そちらはどうだった? 確か、猫弈(みょうえき)の石板を探しに行ったのだろう?」

 

「それなのだけどね。どうも、他の誰かに持って行かれてしまっていたようだ」

 

「ほう」

 

 場所を特定した山海9000は、しどろもどろになりながら弁明したらしい。

 

 山海9000が物資の位置を特定するのにはやり方がある。

記録回路をハッキングし、監視カメラや移送データと言った細かい情報を集め、それを統合して場所を割り出しているのだ。

 

 例えばそれが監視カメラの真ん前に鎮座している物資とかであればリアルタイムで所在が分かる訳だが、そうでないなら当然ある程度『予測』が入ってくる。

 

 今回山海9000が示した場所は、桃花村(とうかむら)の近くにある禁足地のエリア、洞窟の奥にある一角だった。

こんな所に監視カメラなんて設置されてはいなかったのだ。

 

『ただの石板 持って行く物好き いない筈。

でも 持って行くなら 容疑者 いる』

 

 山海9000が示した物の人相を聞くと、どうも普通の人間ではなさそうなのである。

 

「―― 錆びた青銅のような肌をした、ひとつ目で赤い角が4本生えている、むき出しの歯と鉄の背負子を背負った長躯の鬼?」

 

 反芻した羿(げい)の言葉を受けて、()がコロコロと笑った。

 

「聞くからに危険そうな様相だろう? 一周回ってわたくしは興味が出て来たよ。

なんでもこの新崑崙(こんろん)は、そんな鬼があちこち彷徨っているらしい。

身近な事と言っても知らない事は結構あるものだね」

 

「いや、たぶん知り合いだ。おそらく蚩尤(しゆう)の事だろう。100%見た目詐欺の奴で危険はない。戦闘力自体はあると思うが」

 

「おや、既知だったのだね。なかなか顔が広いようだ」

 

「蓄能施設で会った事がある。戦闘兵器に生まれながら戦闘を忌諱し、詩を愛するやつだ。

崑崙(こんろん)を歩きながら珍品を集めているらしい。言えば石板も売ってくれると思う。今度会ったら聞いてみる事にする」

 

 ひょんなことから、顔を合わせば言葉を交わし取引を行う間柄となった人物だった。

漢詩を愛し、初めて出会った時はそれを記念にと一首即興で詠んでくれたのを思い出す。

 

 

楊花落尽柳糸長,万里東風万路香

(楊花落ち尽くして柳糸長し、万里の東風万路香る)

 

春来莫向更漂泊,人心皆是惜流光

(春来向かふこと(なか)れ更に漂泊なり、人心は皆是れ流光惜しむ)

 

 

 春の終わりの様相を謳い、故にこそ旅に出るのではなく春の余韻を楽しむべきだと詠んでいる。

つまりこの場合、羿(げい)との出会いが春である。

……出会った記念にこんな詩を詠われたものだから、すわ()()()()()と多少身構えもしたのだが。

 

 ただ戒律が一部間違っていた*1のでそこを指摘すると、その事実に驚いた後、どうやら演算回路に一部問題があったせいなのでメンテナンスをしたいとのことで、最優の導電体である金と彼の持つ珍品を交換する取引の関係が始まった。

 

 個人的には、友としては大変に重宝している。

特に猫弈(みょうえき)のように下品な書で無いのが良い。

そうそう、こうなんだよ。書ってのはこういうので良いんだよと言う感がなんと言うかこう、落ち着くのである。

 

 ……でも初対面の人間に対して春に例えて別れを惜しむような詩を詠うのやめようね、身構えちゃうから。

 

 彼の持つ珍品のラインナップは、玉石システムの部品や毒物と言ったものまで「なんでこんなん持ってるんだお前」と言うようなもので固められている。

性能よりも芸術を愛するような奴なので、蚩尤(しゆう)なら猫弈(みょうえき)の石板も珍品扱いとして持って行くのも頷けた。

 

 ……そう、売ってはくれるだろう。

だがその石板が何であるか、著者である猫弈(みょうえき)とはどう言った人物なのか、説明する必要に駆られる気がひしひしとしているのが非常に頭が痛い所である。

頭が痛いのでその辺はもう明日の自分に任す事にする。

 

「……しかし相棒、そうなるとだ。『呪いの書』案件についてはまあ石板入手を待つとして、この後はどう動く? やはり天道研究センターに潜るのか?」

 

 夸伏(こほ)の問いに数巡して答えた。

 

「最終的にはそうなるだろうが……先ほど、お前が教えてくれた部分が気になった。

『太陽の半分以上に渡りを付けたことになる』と。

……とするならば、やはり会っておきたいと思う」

 

蚨蝶(ふちょう)か」

 

 天道議会十王の一人、蚨蝶(ふちょう)。その理念は『博愛』。

かつて羿(げい)夸伏(こほ)が、十王の中で唯一話が通じると評していた人物だ。

 

 魂境システムの開発者であり、穏やかで優秀な女性エンジニアである。

……そして、猫弈(みょうえき)(ヘキ)によりスケベラインナップにノミネートさせられた悲しき被害者の一人でもある。

 

 ()が笑いながら言った。

 

「フフ、混浴するのかい?」

 

殴るぞ?

 

「あっはっはっはっは!」

 

 今となっては、()も普通に話せる一人になったわけだが。

 

 ―― さて、以前に見た蚨蝶(ふちょう)に関する記述の部分を思い出したくないながらも仕方なく思い出す。

 

 

 

 でもさ、やっぱ蚨蝶(ふちょう)だよね。

何と言ってもあの色気を帯びたふくよかな体ですよ。体がもうドスケべ。特に乳。あのペエに埋もれたいだけの人生だった。

 

 彼女が潜在的Mであるのは魂境(こんきょう)での振る舞いを見てもあきらか。叩いてとねだってくる。しかも平然として羿(げい)に混浴を勧めてくる。ホラー演出に隠れてるだけでアレはもう7~8割がたセックスなんですよ。合意とみてよろしいですね?

 

 しかもさ、考えてみたらMax7人分身だぜ? やべえよおっとりしながら搾り取ってくるよ。あの肉厚な体に溺れちまうよチクショウここが桃源郷か??

 

 

 

 大変に不愉快である。

 

 

 ―― 不愉快であるのだが、気になる記述も随分見受けられる。

 

 叩いてと願ってくる、混浴を勧めてくる、ホラー演出、MAX7人分身。

確かに身体的描写は羿(げい)の知る蚨蝶(ふちょう)なのだが、述べられている行動は似ても似つかないのだ。

特にホラー演出とMAX7人分身。

 

 そう言えば別の書で、太陽達の間で蚨蝶(ふちょう)()易公(えきこう)の三人は別格と言う評価もしていた。

()易公(えきこう)は解るが蚨蝶(ふちょう)も? と訝しんだものであったが。

 

 ……まさか、と思う。

羿(げい)の脳裏に変異体の様相がよぎった。

 

 例えば。

蚨蝶(ふちょう)が既に変異体に侵されていて、理性と蒙昧のはざまで羿(げい)に殺してくれと叫んでいる様を、猫弈(みょうえき)が性癖全開で塗り替えたのではあるまいか。

あの様相は確かにホラー演出であり、変異体であるならば7人分身も腑に落ちる。

万能細胞であるが故に何でもできる可能性があると、勾芒(こうぼう)も言っていたではないか。

 

 『混浴』の部分のみが符合しないが、兎にも角にも蚨蝶(ふちょう)に何かが起こっているとしたら。

 

 

「……そうだな。可及的速やかに、蚨蝶(ふちょう)の状況を確かめる必要がある」

 

 

 次の行動を固く決めた羿(げい)の顔を、夸伏(こほ)は瞠目して見つめつつおずおずと聞いた。

 

 

「え……相棒、そんなに女に飢えていたのか?」

 

なんでそうなる!?!?!?

 

 

 この流れだと、傍から見たら混浴目当てに早急に会いに行きたがってるようにしか聞こえなかったのである。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

 ―― 例えるなら、落ちてくる大岩のごとき鈍重な猛攻だった。

 

 やけに頑丈な古琴を片手で振り回し、力任せに振り下ろす長躯からの一撃を、羿(げい)は化力を以て冷静に悉く弾いて行く。

 

 それでもなお気に満ちた弾けない一撃は、仙歩でするりと躱しつつ伏羲(ふくぎ)を右に左にと翻弄した。

女媧(じょか)が苛立ちを隠さずに叫ぶ。

 

「ちょこまかと! さっきから躱してばっかりで手も出そうとしない! 何様のつもり!?!?」

 

 女媧(じょか)も見ているだけではない。

纏足である彼女は戦闘こそできないが、その笛と特殊な装置により、元能エネルギーの蛇や球を操って次々と羿(げい)にけしかける。

 

 一方、変異体破壊王を括りつけた矛を片手にしながら截全(せつぜん)はしかし、壁際に身を預けて静観の構えだ。

 

 それでもなお、羿(げい)の目は水鏡のように凪いでいた。

防御化力で弾かれた独特の銅鑼の様な音がパキンパキンと場に響く。

 

 女媧(じょか)伏羲(ふくぎ)も戦闘者ではない。

 

 故にこそ、だろうか。

まるで羽毛を打ち抜こうとするかのように、どんなに追っても羿(げい)の姿を捕らえる事が出来なかった。

 

 ―― 戦いにおいての格の違いがそこにあった。

伏羲(ふくぎ)もいくつかフェイントを混ぜつつ緩急をつけて襲い掛かるが、そのすべてを初見対応されていた。

 

 そしてそんな状況であるにもかかわらず、羿(げい)が一切攻撃してこないのを見て、伏羲(ふくぎ)は訝しんだように構えを取ったまま羿(げい)の挙動に注視する。

 

 被った覆面の奥にある相貌は昏く、その様相を見て取れなかったが。

羿(げい)は「やはりな」と一つの結論を出した。

 

女媧(じょか)……おまえは、すべてを見ないフリして享楽に逃げる事を選んだ。

兄の伏羲(ふくぎ)が天禍変異体になっている事からすらも目を背けて」

 

「だまれ!!」

 

 まるで崩れ落ちそうな逃避の叫びを受けて、されど羿(げい)は後を続ける。

 

 

「―― でも、伏羲(ふくぎ)の意思はちゃんと生きていたんだな」

 

「……え?」

 

 

 口にされたのは、女媧(じょか)が必死に見ないフリをしていた残酷な真実 ―― ()()()()()()

 

 

「……伏羲(ふくぎ)が変異体となってしまっているのは予想出来ていた。

霊枢の様子から見て、もしかしたら新崑崙(こんろん)が出発する前からそうだったのか?

まあ、そこは別にいい。

 

俺は変異体となってしまった者たちを見てきた。

誰もが生きている人間を牙を剥き、無秩序に襲い掛かってきた。

 

―― しかし伏羲(ふくぎ)にはそれが無い。

 

体は変わってしまっただろう。腫瘍も顕在してしまっただろう。

もはやろくに声も出なくなったのだろう。

 

……だが、お前と共にパーティーに身を置き続けられるぐらいには静かで、お前の声に応えてはじめて武を取るほどには理性があり、今も拙いながらもこちらの出方を窺うほどの意思がある。

これは明らかに他の変異体とは違う行動だ。

 

 

俺はそこに、変異してもなお妹の女媧(おまえ)を護ろうとする兄としての意思を感じている」

 

 

 水のように凪いだ声で、しかしどこか熱を帯びながらつらつらと述べられているその内容に、女媧(じょか)は震えながらぽろぽろと涙をこぼした。

 

「そう……そうよ。お兄様は生きてる。生きてるのよ!

みんな死んだって、化け物だって言うけど……心臓だって止まってるけど……っ!

だって、お兄様なんだものっ! 私と一緒にいてくれるんだものっ!!

お兄様はまだ生きてるのよ!!」

 

 ついには笛を取り落とし、女媧(じょか)はわんわんと泣き出した。

 

 伏羲(ふくぎ)はまるで洞窟に風が通るようなヒューヒューと言う声を出しながら、目の前にいる羿(げい)の事は無視して鈍重な足取りで女媧(じょか)に歩み寄って行く。

 

 截全(せつぜん)がそれを見て目を細めた。

 

「……なるほどな。『心の在り方によって影響が変動する可能性』か」

 

「間違いなく知性は侵されているだろう。

だが他の変異体と違い、最後の『意志』は確かに残っているように見える。

誰も彼もが人を襲う化け物に成り下がった中、ただ一人『意志』を持ち続けているその状況がどれほど凄まじい事なのか、俺には想像するしかできない。

 

―― 俺はこの伏羲(ふくぎ)のその在り方に、最大限の敬意を払いたい。

 

あるいは残酷な事なのかもしれないが。

……伏羲(ふくぎ)がこの状態である限り、俺は伏羲(ふくぎ)を殺さない」

 

 その体に縋りつきながら泣き続ける女媧(じょか)を支えて、伏羲(ふくぎ)は静かに寄り添い続けていた。

 

 

*1
七言絶句では第2句と第4句が同じ韻で終わる必要があるが、「香る」と「惜しむ」で韻が合っていないそうな。語順・音調も合っておらず、俳句でいう所の字余りとかそういう状況になってるのだとか。




 伏羲(ふくぎ)はストーリーが始まる前にはもう死んでいたかもしれないけれど。
それでも意思は生きていたのだと。
一番近くにいた女媧(じょか)がその爪で引き裂かれていなかった事が、その証明だと思ってます。
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