字を読むのなら、ホログラムよりもタブレットが良い。
細かい文字を追うのには、ホログラムの透明感や光はその視認性を低下させる。
紙も良いが、本件に限ってはタブレットの方が使い勝手が良いだろう。
……と言う理由で、
A6くらいの奴を。だいたい30分ぐらいで。
なお、そのうちの大半は算盤と仕様を詰めてたり今の資材から作れる量を計算したりのお喋り期間である。*1
「使用感はちょっと拘ってみた。軽いし中々良いだろ? アプリは例によって算盤任せだがな」
「わー不思議! なぞると書のページが切り替わるよ!!」
初めて触ったタブレットの不思議さに、
一方
「……ボタン操作は出来ないかい? わたくしとしては、そちらの方が都合が良かったりするのだけど」
「読むときくらい念動じゃなく手を使え……いや、なんか身体的に制限が掛かっているなら対応するけどよ。別にそうじゃないんだろう?」
「これは手厳しい。どうもわたくしは、この静電容量誘導とか言うヤツとあまり相性が良くなくてね……妙に動かないときが多いから、携帯端末もボタン式のを使っていたんだ」
「なにもそう言う所で年寄アピールしなくても……ああもうわかったよ、ボタン付けてやるから貸せ」
「ありがとう、友よ」
ちなみにせっかくだからと、
なんだこの妖術は、呪いの品じゃないだろうなが第一声であったりする。
これで猫弈の書を読めるのだと説明したら、訝しみながら画面の誘導に合わせてタブレットをつついている。
解りやすい操作チュートリアル付きのあたりに
なお、山海9000には提供されていない。必要ないからだ。
彼にはデータベースへのアクセス許可だけ出せば事足りるのである。
タブレットを睨みつけるように
「……おい、このちっこい板……原理は解らんが、
《はい。一部閲覧制限は掛けておりますが、粗方読めるようになっています》
「エツランセイゲン……? 解らんが、『七想記』が途中までしかないぞ。9巻があった筈だが」
「ごめん
「……待て、10巻だと!? 存在していたのか!?」
何やら盛り上がり始める二人だが、
「その『七想記』と言うのは?」
「あ、うん。姉ちゃんがちゃんとした文字で書いた物語だよ! 国を救った7人の英雄たちが追放されちゃうんだけど、戻ってきたら国は様変わりしてて……って感じのお話!*2
えへへ、実は一部だけ僕も書かせて貰ったりしたんだー! ……でもやっぱり設定聞いて書くよりも姉ちゃんが書いた奴の方が好きだよ。
一人づつ倒れて行く英雄達とか、最後に残った英雄と皇帝の一騎打ちとか、何回も読み返してた」
「おいちょっと待てそれ完結してるんじゃないのか!? 2年間も独占していたのかお前は!? 一番重要な書が入っていないじゃないか何だこのポンコツは!!」
「ポンコツとは言ってくれるじゃないか……今度は
どうも
――
暇に飽かせて書かれた書を、同じく暇を持て余した者たちが読み回したりもするのである。
「
《本当にただの物語でしかありませんが、よろしいのですか?》
「
こういうおすすめはむしろ
……ちなみに、そっちの方は
何気ない
《……残念ながら、
とは言え、『七想記』はそう言う描写は少ないため、ただ娯楽として読むのであれば幾分楽しめるのではないでしょうか》
「それでもゼロじゃないんだね……」
「ねえ算盤、こっちの灰色のは読んじゃダメな奴って解るけどさ。こっちの、タイトルも隠されてる奴はなあに?」
《あなたのような子供が読むのは不適切極まる為、勝手ながらこちらでマスクを掛けさせて頂きました》
「……ちぇー……これ半分くらいタイトル解らない奴じゃない」
《そうして置けば
タイトルぐらいは出しても良かったのですが、タイトルの時点でアウトなものも多かったのでこのような措置を取らせて頂きました》
いわゆるチャイルドフィルタが掛かっているのは
―― 曰く、『クローンと結託した
「……タイトルをマスクするんじゃなくて、項目から消しちまってくれ。俺の奴からも」
《そうですか? 承知いたしました》
うっかりタッチしてしまった日にはもう、頭が痛いどころの騒ぎじゃないのである。
何が悲しくて書の閲覧の最中に地雷原を渡らなくちゃいけないのか。
@ @ @
「……なんだ、これは……」
気が付けば
ふわふわとした空気。緩やかな湯気を揺蕩わせる温泉。あっちには岩場が浮いているような様相も見られる。
まるで物語か何かに見る仙郷のようだ。現実感の無さが浮き彫りになっている。
そして自分が知る限り、新
ならば知らん間に薬でも嗅がされて幻覚を見ているか、あるいは……
「
うっ、頭が……っっ!
とりあえず、進むしかないのだろうか。
とても気が乗らないのだが。
目につく施設と言うか変わった物は温泉くらいしかない。
ので、とにかくそちらの方へとてとて歩いてみた。
あるいは誰かいるかもしれない。誰か浸かってたらそれはそれで困りそうな気もするが。
―― そして空中に、ノイズが奔った。
「……は?」
目の前に、新たな景色が広がった。
今度は知っている物だった。
……と言っても、数えるほどしか見た事のない光景だったが。
古木樹の巨大なコアが設置されている空間。
どこか無機質な様相も見せる黒い光体が、支えるように伸びる古木樹の根の先で蠢いている。
新
王璽を集め、議会法典にアクセスしようとしていた目的地。
「ここは……中央演算室、か……!?」
だが、最後に見た時とは違う。
あきらかに
―― そして、そのコアを見上げながら静かに佇む壮年の女性。
「……
探していた師、
「……ずいぶん早い目覚めだな? もっと眠ってくれるかと」
「何? ……俺が生き返る事が解っていたとでも「今は休んでいる場合じゃないと思いだしてな」
………………は?」
自分の口から、意図しないセリフが飛び出した。
まるで自分の体が勝手に動いたように。
いや、違う。動いているのだ。
まるで何かに補正を受けているように、体の自由がどうにも鈍い。
そんな
「残念だ。夢の中で新しい世界を迎えられたものを。この煉獄に戻ってくるとは」
「新しい世界? お前がなにをしていようと、早く止める事だ」
(違う、ちょっと待て! 何が起きている!?)
声帯が引き攣ったように、声がうまく出せない。
そんな混乱の極みにあるような状態で、
「なぜだ? その目で見るがいい。
この太陽人の果実はすぐに飲み込まれるだろう。
この瞬間のため……我々はどれだけ待っていた事か……」
混乱を加速させるように、どこからともなく荘厳な曲が鳴り始めた。
どこか古風な曲調にコーラスまでついた曲が、まるで演出のように。
そして口は、勝手に動き続ける。
「イカれてる……」
「イカれてる? 私は真理を見つけ、永遠の命の謎を解いたのだ。
これがどれだけ偉大な成果かわからないのか?」
(イカれてる……俺はついにイカれたのか??)
「確かに俺にはわからない。お前がどうして同じ過ちを繰り返すのか。
太陽人を変異体のような怪物に変えるなんて答えのはずがない!」
自らの叫びに、多少理解が追い付いた。
太陽人を変異体のような怪物に変える……つまり、
と言うとつまりはこれは……
「先駆者とは孤独なものだ……構わない。
事が成ればお前を含む、誰もが私に感謝するだろう」
……つまり感謝できるほどの思考能力が残ると、残す方法を見つけたという事か?
コアを見上げて
「我々太陽人は誕生以来、運命の前でまるで愚かな野獣のように自分の尻尾を追いかけ続けて来た。
だが今、我々がこの輪廻から抜け出し永遠不滅の境地に足を踏み入れることを喜ぶべきだ」
「お前はこれを解脱だとでも思っているのか? そんなことはさせない」
気の循環を始めた右手を構える
「まったく残酷なことだ……お前を霊枢に閉じ込めたのは戦いを避けるためだったんだがな」
(霊枢に閉じ込める……?)
そして殺意と覚悟の乗った昏い瞳を
「―― 教えてくれ。自分の愛弟子を手にかけて耐えられる師がいると思うか? それも2度もな」
(……)
振り抜いた左手に握られた元能エネルギーの剣。
バックヤードに響く曲が気付けば激しいものに変調していて。
そして視界に大きく、ロゴのような物が見えた。
戦いが始まる。
再び奔ったノイズと共に、まるで動画の停止ボタンを押したかのようにすべてがピタリと停止した。
「ごめんなさい、
景色が一変した。
最初に見た、桃色の霧が掛かった高地だった。
そしてそこに良く知る姿があった。
「
今度は、声を出す事が出来るようだった。
「久しぶりね、
本当に、またあなたの姿を見る事になるなんて……またお話しする事が出来て嬉しいわ」
「……今のは?」
「今のは……シミュレーション!ええ、ただのシミュレーションよ。深く考えなくて良いの。それほどの物じゃないのよ!」
どこか取り繕うように言う
経緯は全く分からなくてもだ。
故に、要求すべきは決まっていた。
「連れてこい」
「えっ」
「
「えっ、えっ、えっ!?!?」
――
@ @ @
「……そう。そんな事になってたのね。
フフ、図らずこんな結果を導いて見せるなんて、あの子らしいと言うかなんと言うか……」
―― やはり、
前代未聞の珍事ではあるが、発生する可能性は確かにあった。
あるいは、
そしてその事が、
「私の事は書いていたの?
……そうね、我ながら酷かったわ。
何もかも見たくなくなって。耳を塞ぎたくて。
でも、誰かに責めて貰いたかったの……自分ではなく、誰かに。
罪を償いたかったのよ。責めて貰えば、少しでも償えるのかもって……」
太陽人たちはコールドスリープをする際にこの
これが無ければ500年も、そしてそれ以上もの時を旅する事は出来なかったと言って良いだろう。
完璧なシステムだった。
……しかし、完璧すぎた。
故にこそ段々と
――
今のこの
結果、
「一緒に研究していた仲間たちも。愛しい
あまりの凄惨さに、
破綻しているとは聞いていたが、こんな根本的な所から問題があったなんて。
「……すまない。俺がお前を追い込んでしまったんだな。
システムしか見ていなかった……システムが完璧だったから問題などないと。
人間を見れていれば、どうにか舵取り出来た道もあったかもしれないのに」
「……あなたの口からそんな言葉を聞く事になるなんてね。
以前の私だったら、その言葉もマトモに聞けてなかったかもしれないわ」
「……
「随分醜態を晒してしまったわ。
そりゃあまあ、根は良い子だったのかもしれないし、尊敬出来るとこもあったのだけど……ただまあ、うん。
ねえ、今にして思うのだけど。そりゃあ私が言うのもアレなのだけれど。
精神的に異常をきたした人間に「合意とみてよろしいですね!?」って迫るの、普通に考えて犯罪よね??」
「ちゃんと殴ったか? 殴り方わかるか? 小指から握って行って親指で絞めて、人差し指と中指の第3関節を使って抉り込むように打ち込むんだ」
「最終的に肘を入れたわね」
「大変に素晴らしい選択だ。ここで別の選択肢を選べるその優秀さに俺は尊敬を禁じ得ない。
次は膝で行こう」
とても大真面目に
「……まあ、刺激的な日々だったわ。
なんだかんだセクハラされまくりもしたけど、それ以上に同じ目線で傍にいてくれたのは随分救われたりもした。
罪を忘れること自体は出来なかったけれど……それでもただ、責められたり償いの機会を泣いて願ったりして待つだけよりも、もっと出来る事はあるんだって気付かせてくれた。
悪夢の中でも、一緒に居てくれたのよ……」
その語り草に、体の毛が逆立つのを感じた。
思わず聞いてしまうのである。
「か……体を、許したのか?」
「なに聞いてるのセクハラよ!? やめて頂戴まったく……!
別に、
自らの体を掻き抱きながらも、
その表情が、なんか
……どうやら、この件については踏み込まない方が良いらしい。
「……わかった。して、その
俺も殴りたいのだが。彼女が俺の被害者である事は素直に認めて謝るなりなんなりするとして、それはそれで別として助走をつけて殴りたいのだが」
「―― 気付いているのでしょう?
もう、気付いてしまっているのでしょう……?」
……一瞬、言葉が出てこなくなった。
そんな答えが浮かんでくるが、振り払うように反論を紡ぐ。
「……。しかし、まだ2年の筈だ。
耐用年数の平均を考えても、まだ3年近くは余裕があるはず……」
「そうね。……でも、そうはならなかった。
前代未聞の事が続いたうえに、好き勝手しまくってくれたもの。それのせいかもしれない。
……ええ、ちょうどあなたと入れ替わりなんじゃないかって。そう思えるくらい少し前に、ね。
あの子も私たちの被害者なのに。
―― でも笑って、恨み言ひとつなく逝ってしまったわ」
私に……ううん、私たち太陽に、なかなか厄介な
そう言って見上げた空には、先ほどの映像を思わせるノイズがちらりと奔っていた。