猫のあしあと   作:のーばでぃ

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それぞれのサブイベント ― 猿人 ―

軒軒(けんけん)

 気が付くと、太陽みんな集まって軒軒(けんけん)を囲って、なかなか盛り上がっていた。

 

 中心にいる軒軒(けんけん)と言えば、羿(げい)がお土産に持ってきたVR型のゲーム機を被り、しきりにちゃきちゃきと虚空に向かって何かを弾くような挙動を見せる。

羿(げい)としては非常に見覚えのある動きだったりする。

 

 そして太陽達と言えば、軒軒(けんけん)よりむしろ手元のタブレットに視線を落としていた。どうやらゲーム画面をタブレット上に表示しているらしい。

 

 このタブレットにスピーカーは付いていなかった筈だが、如羿(じょげい)が発声に使っているシステムを一時的にゲームのサウンドスピーカーに流用しているようだった。

パキンパキンと防御化力の音と共に、どこか荘厳な音楽が響いている。

 

 その音楽の奥で、()の声が聞こえてくる。

 

『そろそろ終わりにしよう』

 

「―― よし、まだ回復も十分残してる! 行けるぞ!!」

 

「あの赤い攻撃前の鏢投げ区別忘れちゃダメだよ軒軒(けんけん)!!」

 

「大丈夫、もう覚えた! 今度こそ倒せる!!」

 

軒軒(けんけん)、目押し上手ねえ……》

 

 ……。なんか知らないが、大変に盛り上がっている。

 

 背丈が同じ()の後ろに回って、そのタブレットを覗き込んでみた。

画面の中で、手足を伸ばした()が縦横無尽に空を駆りながら多彩な攻撃を繰り広げている。

それを画面内の羿(げい)が華麗に弾き、あるいは仙歩でかわしながら隙間を縫って三元剣を叩き込んでいた。

 

 何をやっているのか流石にわかった。

猫弈(みょうえき)がやっていた九日 Nine Sols を、今軒軒(けんけん)がプレイしているという事なのだろう。

……そう言う事なのだとは思うが。

 

(おまえ)……相手が相手だろうに疑問は無いのか」

 

「友よ、軒軒(けんけん)の邪魔をしちゃいけないよ。今回は今のところ非常にうまく行ってるんだ。

……彼は今仇を取ってくれているんだ。わたくしがやったら第2形態にも行けずにボコボコにされてしまったからね……わたくしに」

 

「……」

 

 しぃー、と小声で囁くように語る()を見て、逆に羿(げい)の方が頭が痛くなってきた。

 

 他にも気になる事がある。

タブレットの中に映る石窟内、その一角にどう見ても死んで天禍(てんか)の花に侵されている死体が倒れているのである。

……あれは、もしかしなくても自分の死体ではあるまいか。

 

 すると軒軒(けんけん)操る羿(げい)()の猛攻を躱しながら死体に駆け寄って接触。死体から人魂のような物が飛び出てプレイヤーの羿(げい)に吸収された。

ライフゲージと思しき表示がこれを受けて回復する。

 

「……」

 

 どうリアクションすれば良いのか真剣にわからない。

 

 攻撃の合間合間を見つけて、羿(げい)も空中で攻撃を差し込む。

()のライフゲージと思しき表示も、その量は小さいながらも順調に削って行っているように見えた。

多彩な()の攻撃に構えながら、軒軒(けんけん)は焦りが見えつつもそれでいて一生懸命対応している。

そして()が空中から鏢を一本投げると、瞬間移動じみた様相でその場から消えた。

 

「それは覚えた!!」

 

 軒軒(けんけん)はゲームの中の羿(げい)に、何か構えを取らせていた。

気力のような物が渦を巻いて集中し、次の瞬間赤い気を纏って槌を振り下ろす()の攻撃を円を描きながら強烈に弾き返す。

 

「は、ちょっ、なんだそれは!? 防御化力じゃないのか!?」

 

無量(むりょう)弾きだよ邪魔しちゃダメだ!! 行けるよ軒軒(けんけん)対応できてる!!」

 

「むりょう……?」

 

「弾きコマンドを溜めて放す奴だよ」

 

「ためてはなす……???」

 

 ゲームの中の自分が知らない事をしていて宇宙を背負う羿(げい)

そんな彼を置いて戦闘はいよいよ佳境に入る。

()のライフがいよいよ削り切れる領域に入ったのだ。

終わりが近い焦りからか、軒軒(けんけん)()の周りを回る球を踏み外した。

 

「ああっ、目押し失敗した!?」

 

「いいとこまで行ったのに今回もダメか!?」

 

《鏢が来るわよ!?》

 

「な、なんとおぉーーっ!!!」

 

 挟むように飛来する無数の鏢を前に軒軒(けんけん)は跳躍。

リズミカルにパキンパキンとその攻撃を弾いて行く。

羿(げい)を除いた誰もが固唾をのんで見守っていた。

 

 そしてすべての攻撃をしのぎ切ると再び跳躍。

電子の世界で呪符を握った軒軒(けんけん)の右手が仙歩と共に()を掠め、胸の前でその刀印が結ばれる。

 

「これで、終わりっ!!」

 

『ああああーーーッッッ!!』

 

 その呪符の爆砕と共に()のライフがゼロになり、白黒の撃破演出と共に崩れ落ちた。

太陽3人分の歓声が上がった。

なんか一番リアクションが大きいのが()で、ぴょんぴょん跳ねたりなんかしている。

今の自分に疑問は無いのだろうか。

 

「やあありがとう! 本当にありがとう!! 我ながらゲームになると、こんなにあちこちふわふわしていやらしいキャラになるとは思いもしなかったよ。とても見事だったよ軒軒(けんけん)!」

 

「き……キツかったぁ~~……」

 

「いやあ、俺の英招(えいしょう)は本当にチュートリアルだったんだな。易公(えきこう)はこれより酷いって本当か?」

 

《流石ラスボスって風格よね。私は匙投げたわ。自分相手でも無理だったのに、易公(えきこう)なんてもうほんと無理。……このゲーム、ストーリーモードって言う優しいモードがあるらしいけど、猫弈(みょうえき)は使わなかったから実装できなかったのよねえ……》

 

 何と言うかもう、ものすごく和気あいあいとしていた。

 

(太陽の姿か、これが……?)

 

 易公(えきこう)が見たらどう思うだろうかとちょっと考えた。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

蚨蝶(ふちょう)がボス戦だけ再現できるようにしてくれてさ。みんな自分相手に挑戦してみるんだけど、突破できたの夸伏(こほ)だけだったんだ」

 

「めちゃくちゃ吹っ切れている……!?」

 

「今まで大変でしかも天道議会? のメンツが緩い話が出来るような人達じゃなかったから。たまには肩の力を抜いた方が良いって言ってさ。

何だかんだで皆、大哥(にいさん)を動かすのに盛り上がってた」

 

「……不服だが、まあ納得しておくか」

 

()蚨蝶(ふちょう)のは動きを覚えなければ突破できないレベルで難易度も高くて、さらに曲が凄い耳に残ってさ……難しかったけどすごく楽しかったよ!」

 

「……そう言えば確か、蚨蝶(ふちょう)()易公(えきこう)は別格と聞いたな……あと蚨蝶(ふちょう)が7人分身するとかなんとか。

やはり蚨蝶(ふちょう)は、戦えるのか?」

 

蚨蝶(ふちょう)の場合は魂境(こんきょう)の世界で戦ってるんだって。凄くおどろおどろしくて、蚨蝶(ふちょう)の様子も痛々しくて……どこか怖いボス戦だったな」

 

「なるほど、そういう……」

 

 やはり実際に戦う訳ではなかったらしい。

うっかり蚨蝶(ふちょう)截全(せつぜん)を拳でのすレベルの猛者だったらどうしようかと思った。

 

「ボス戦の前後にさ。会話シーンとあと……魂境(こんきょう)? そこに入って、戦った相手の過去が見れるんだけどさ。

……さっきの今だけど、()はなんだか寂しかったな。『すべてが……ようやく今(タオ)に帰する』……って、自分が死んじゃうことを受け入れて、望んでる風でもあってさ。

あのシーンを見てた本物の()も、どこか解ってたような顔してた」

 

「……」

 

 その()の表情は、自分も見た。

永い時を歩んできて、ようやく終われると目を閉じるそれを、どこか羨望するような顔で。

 

「姉ちゃんも言ってた。『死は終わりではなく、ひとつの旅立ち』なんだって」

 

「……ああ。俺の妹も、同じような事を言ってたよ」

 

「で、その後に『良く分からんけどそんなカンジに言っとくとなんか悟ってる風でカッコええやろ?』って言ってた」

 

猫弈(みょうえき)いいぃぃ……ッ!!

 

 相変わらず上げて落とすのが上手い奴だと思う。それしかやらないとも言うが。

軒軒(けんけん)は曖昧に笑いながら続ける。

 

「で……思ったんだ。きっと死んじゃうのって、死んじゃう当人よりも()()()()()()()()何倍も辛くて悲しくて怖い事なんだって」

 

「……!」

 

()はずうっと残されてたんだなって。僕も、残されちゃってたから少しは解るつもりだよ。

……自分が死んじゃうだけならもしかしたら、死は旅立ちだとか言って少しは耐えれるかもしれないけどさ。

兄さんや()が死んじゃうのは……僕は嫌だよ。辛くて、悲しくて、ずっと怖いよ」

 

 それは、主人公の死すら前提とする九日 Nine Solsと言うゲームへの抗議でもあった。

 

 このゲームは、死ぬのである。

不死身の体を持つが故に羿(げい)が、何度も何度も。

そして今四季閣(ここ)に集まっている者達もほとんどが死ぬのである。

()蚨蝶(ふちょう)蚩尤(しゆう)、山海9000、如羿(じょげい)ですらも次々と死んで行く。

太陽だってみな死んで行く。羿(げい)が殺すのである。

 

 そして軒軒(けんけん)は、とことん()()()()いた。

桃花村(とうかむら)においては両親から。

Trueエンドにおいては羿(げい)と共に死ぬ事が許されず、夸伏(こほ)と共に残されていた。

 

 マルチエンディングのゲームを指して、より幸せな方のエンディングをTrueエンドと呼ぶのであれば。

羿(げい)と共に蓬莱(ほうらい)へ行って自らのクローンを作ってまで彼に侍り続ける。

そんなエンドの方が間違いなく軒軒(けんけん)にとってTrueエンドなのだ。

 

 羿(げい)は瞑目した。

 

 同じ状況にするつもりは欠片もない。

『納得』のできる行く末を探し続ける気持ちは変わっていない。

 

 ……しかしそれは、猿人(かれら)との離別が無い道を選ぶという話ではない。

いやむしろ、最終的に離別しなければならない筈だと羿(げい)は思っている。

 

 なぜなら。なぜなら、自分は ――

 

軒軒(けんけん)。お前に知っておいてほしいことがある」

 

 それは、離別を前提とした羿(げい)の告白だった。

 

「実は……俺は悪いやつなんだ。

数百年前、俺たち太陽人は絶滅を免れるため、おまえの一族 ―― 大量の猿人を蒼藍星(そうらんせい)から捕らえ、この新崑崙(こんろん)に連れて来たんだ……

お前たちの自由を奪い、無残に殺した……これが桃花村(とうかむら)の真相だ。

……さらに言えば、全ては俺から始まったと言ってもいい」

 

「そんなこと、とっくに気付いてたよ」

 

 むすりとしながら軒軒(けんけん)が言う。

 

「僕はバカじゃない。神農(しんのう)と村から逃げたあの日、人を殺す機械を見たんだ……

それで、桃花村(とうかむら)はみんなが思っているような場所じゃないって気づいたんだ」

 

「……。

ならわかっているはずだ。俺がいなければ、お前たちはまだ蒼藍星(そうらんせい)で普通の生活を送っていたと。

お前のお父さんとお母さんも……猫弈(みょうえき)だって、まだ生きていたかもしれない」

 

 羿(げい)は暗にだが、言い切った。

軒軒(けんけん)の両親も猫弈(みょうえき)も、すでに死んでいる事を。

 

 それでも軒軒(けんけん)は揺るがない。

 

「ホントのことをいうと、それに気づいたとき、すごく怖いと思った。

でも! 僕と一緒に生活してるのは今の大哥(にいさん)だよ。過去の大哥(にいさん)じゃない」

 

「それは違う。……なぜなら俺はおそらく、同じ状況になったならば、太陽人の為に同じ選択をするだろうからだ」

 

 それは羿(げい)の抱えている心の棘だった。

永生炉(えいせいろ)プロジェクトは、結果論だけでいうなら破綻こそしているものの、間違いなく太陽人を延命させるのに成功した有用なプロジェクトだった。

そして延命と言う点において、それ以外の選択肢は今になってもなお浮かばない。

 

 だから羿(げい)は選ぶだろう。

同じ状況になったら、同じ道を。科学者であるが故に。

 

 軒軒(けんけん)が語り掛ける。

 

「意味が違うよ大哥(にいさん)。……過去の大哥(にいさん)は、その選択において、僕らに対して何も思わなかったかもしれないけど。

今の大哥(にいさん)はどう? 同じ気持ちで同じ選択を取れる?

……僕の頭が欲しいなら、何なら今からでも飛天玉座を被って見せようか」

 

やめろ!! ……やめてくれ……ッ!」

 

 目を覆って叫ぶ羿(げい)に、バツが悪そうに眉を下げながら「ごめん、ちょっとイジワルだった」と軒軒(けんけん)が謝る。

 

「でも、言ってることは撤回しないよ。大哥(にいさん)は同じ選択をするから悪いやつのままだって思ってるけど、気持ちが違うなら行動もどこか変わって来ちゃうんだ。

……それに、そもそも『悪いやつだ』って言うのも違うと思ってる。

僕はね、九日百科で大哥(にいさん)の項目こそ見ていないけど……永生炉(えいせいろ)プロジェクトの項目の方は読んだんだよ?」

 

「……ならわかっている筈だ。俺が、おまえの両親に、そして猫弈(みょうえき)に、何をしたか。

演算室を見せてやろうか? 永生炉(えいせいろ)プロジェクトの中枢を。

そこにはお前が想像できない程恐ろしい光景が広がっているだろう」

 

「もう見たよ?」

 

「なに?」

 

蚨蝶(ふちょう)のボス戦が終わった後の部屋でしょ? どちらかと言うとむしろ今の蚨蝶(ふちょう)の姿の方にショックを受けたかな。

……終わった後に蚨蝶(ふちょう)が「あ゛っ!?」て言ってた。ボス戦クリアしか頭になくて、演算室見せる事になるって気付いてなかったんだよね」

 

蚨蝶(ふちょう)ううぅぅぅ……ッ!!」

 

 目を覆う理由が別の意味に変わった。

 

「それにね、大哥(にいさん)

……猫弈(みょうえき)姉ちゃんはそれを解っていて、納得して、大哥(にいさん)の事を恨まずに逝ったんだよ。

最後に残ったのは死んだ恨みよりも、食べ物の恨みの方だった……なんか最期まで姉ちゃんらしいなって思ったよ。

それでも()()()()辛さの方が大きいけどさ」

 

「……」

 

「僕らには確かに大哥(にいさん)たちを恨む理由はあるかもしれないけどさ。

でも、飢える事無く今までずっと幸福に生きてこれたのは大哥(にいさん)たちのおかげでもあったんだよ?

実際に恨むかどうかは僕らが決めるんだ。そして僕は姉ちゃんと同じく、恨まない事に決めた。

実際なんでそうなったのかも『納得』しちゃったしね。

 

……でも、でもね?

 

残されるのだけは、絶対に嫌だ」

 

 軒軒(けんけん)の両親も猫弈(みょうえき)も、飛天玉座に送られた。

軒軒(けんけん)にはもう、羿(げい)だけなのだ。

 

 友達は出来た。()も夸伏も、蚨蝶(ふちょう)だって大好きだ。

だけど、軒軒(けんけん)にはもう、羿(げい)だけしか残っていないのだ。

 

 たとえ、その状況を作ったのが羿(げい)であったとしても。

それは彼と別れる理由になったりはしないのだ。

 

 軒軒(けんけん)がしているであろう決意を見て、羿(げい)は瞑目し諦めたように溜息をついた。

 

「もともと同じ状況にするつもりはなかったが……これはどうあがいてもTrueエンドに行くのは無理だな」

 

「そうなったら船に乗らず、入り口で待っててあげるよ。船は出ちゃってるかもしれないけどね」

 

 軒軒(けんけん)が悪戯っぽくそう語る。

やはり羿(げい)がどうあがいたところで、天下無敵のこの少年には勝てる気がしないのだ。

 

「……いつまでも、猿人(おまえたち)の命に甘えている訳には行かない……何か考えなくてはならないな」

 

 そしてまたひとつ出てきた難題を口にする。

天禍(てんか)をどうにか出来ればすべてが解決するが、そんな都合の良い方法が果たして出てきてくれるだろうか。

 

 

 


 

 

 

神農(しんのう)

 羿(げい)神農(しんのう)は取引している関係だ。

羿(げい)が毒を持ち込み、神農(しんのう)が代わりに薬酒を提供する。

 

 ……その薬酒が、実は神農(しんのう)が毒物を胃で醸した物だったと言うのは後から知って愕然とした訳だが、しかし悔しい事に変な臭いはしないし味も良い。

きちんと酒で、しかも体の調子も良くなるとあっては羿(げい)も諦めるしかない。

 

 制作過程を努めて忘れながら羿(げい)は薬酒を口にした。

この薬酒は、例えば毒を口にしたらその毒への特効薬になると言う。

―― そして、ふと思うのである。

 

「なあ、神農(しんのう)……お前の薬酒、例えば病気相手はどうなんだ?」

 

「治るぞ」

 

 神農(しんのう)は短く答えたが、しかし羿(げい)は首を傾げるのだ。

 

「猿人が罹るかはわからないが……風邪だの熱だの、ああいうのは毒から来る物ではない筈だ。元になる毒が無いなら、治しようが無いのでは?」

 

「お前の虚弱は何を飲んで治って行った? 別に対応する毒が無ければいけない訳じゃない。毒が対応していれば特別に効くと言うだけで、何を醸しても風邪のひとつふたつくらいなら一発で治る」

 

「……つまり、文字通りの万能薬という事か。お前の胃袋は一体どうなっているんだ」

 

「ふん」

 

 盃の中身をあおって神農(しんのう)がポツリと聞いた。

 

「……誰か、病気の奴でもいるのか」

 

「誰かと言うか……お前、九日百科は見てないのか?」

 

「あいにく『七想記』を読み返すのに忙しい。軒軒(けんけん)の奴が9巻と10巻を隠していた事が発覚したからな、とんでもない裏切り行為だ。

……まあ、『射猪英雄伝』もなかなか面白いからまだ許せるが。その後だったら読んでやっても良い」

 

「読んでやっても良いってお前……あれだけ知りたがってた真実が大体そのまま載ってたぞ? 今のところ、俺の知る限り相違しているところが無かったくらいだ」

 

「ふん、自分の目で見た以外の真実なんてどれだけ信用できるものかよ」

 

 あまりに当然のように吐き捨てて見せる神農(しんのう)のセリフに、羿は思わず絶句した。

流石は疑心暗鬼の神農(しんのう)と言った所か。確かにその見識は真理を射ているし、何より裏を取る為に方々駆け回っていた羿(げい)の行動そのままでもある。

 

 だがしかし、だからと言って武侠小説の後に回すほどとは。

いや、あるいはそんなに面白いのか? 『七想起』。

しかし猫弈(みょうえき)の書いたものだしな……と若干揺れる。

 

 コホンと咳を一つ。

 

「……全員だ。太陽人全員、不治の病に掛かっている。それも致死性のだ」

 

「全員だと? 感染するのか。……だが、お前も丸いヤツもチビっこいのもそうは見えんが」

 

「訂正する。()だけは感染していないようだ。

俺は……まさかお前の薬酒を飲んでるから治ったなんて言わないよな? いや、感染している筈だ、まだ……一応後で血液検査してみようとは思うが」

 

 病魔に侵されている筈の体を見下ろし、しかし自覚症状が無かったためちょっとだけ疑心暗鬼に陥りつつも羿(げい)が答える。

 

「潜伏期間は個人差があり、いつ発症するかはわからない。

発症すると体にピンク色の腫瘍がぽつぽつでき始め、やがてそれが成長し、咳や倦怠感、内臓不全を起こしてついには死に至る。そして死んだ後には、極彩色の花が咲くんだ。

どうやって感染するかもわからない。どうやって治療すれば良いのかもわからない。

俺たち太陽人は、この病のために滅びかかってるのさ。

 

……そしてお前たち猿人は……

俺たち太陽人が病で死ぬまでの時間稼ぎをするために、俺たちに攫われたんだ」

 

 神農(しんのう)が顔を上げた。

 

「……? なんで俺たちが時間稼ぎになるんだ? 病気になったのはお前達だろうが」

 

「それは……お前たち猿人は頭が良いから、適性があったと言うか……

俺達が時間稼ぎをする為に作った機械の維持に、お前たち猿人が適格だったと言うか……」

 

 羿(げい)は言い淀んだ。桃花村(とうかむら)の理解レベルの人間に、どうやって永生炉(えいせいろ)プロジェクトを説明すれば良いのか解らなかったのだ。

 

 と言うか、九日百科や猫弈(みょうえき)の仕込みがあったとはいえ大雑把にでも理解できてしまった軒軒(けんけん)が異常なのである。

猫弈(みょうえき)の手が無ければ竹簡に記録を残し電気すら使わない、知らない生活をしていた人達に対して、魂境(こんきょう)やコールドスリープをどう説明しろと言うのか。

 

 神農(しんのう)が鼻を鳴らした。

 

「ふん、思考を誘導しようとしているな……村の連中が良くやる言い方だ。なんで自分を悪く言ってるかは知らんが、その手は食わん」

 

 いつもの疑心暗鬼である。

 

 そうなるのか? いや、本当にそうなってしまうのか……? と羿(げい)は軽く混乱し、最終的に「すまん、詳しくは九日百科を見るか軒軒(けんけん)に聞いてくれ」と説明から逃げた。

少なくとも、酒を入れながら説明できる内容では無い。話すタイミングを間違えたのも事実だった。

 

「……まあいいさ。つまりはお前は、俺の薬酒でその病気を治したかった訳だ」

 

「いや……治るならすごいが、さすがに無理があるだろう。太陽人の英知が集まってなお、数百年間どうにも出来なかった病だ。

これが細菌性だったら一万歩譲ってまだわかるが、ウイルス性だぞ? しかも原因も分からないから対応する毒なんて存在する筈が無いし……」

 

 神農(しんのう)が眉を潜ませる。

 

「良く分からんこと言って煙に巻こうとするんじゃない。死体に花が咲くのだったか? だったらそれを持ってきてくれ、試してやる」

 

「……いや、おまえを天禍(てんか)に感染させるわけには。それに、本当にそれで治ってしまったら逆にとんでもない事になると言うか……」

 

 そう言えば、猫弈(みょうえき)の書にもあった。

神農(しんのう)パワーでワンチャン治らないかと。

流石にそれで行けるような事態にはならないとは思うが、なってしまった場合はどうなるのか本当に想像がつかなかった。

 

 とりあえず、易公(えきこう)勾芒(こうぼう)はなんか暴走する気がする。

 

「治るなら治るで良いだろうに、何を余計な事をぐちぐちと……お前たちは『試す』という事すらも知らないのか」

 

「……こっちにも色々あるんだ」

 

 そう答えるのがやっとだった。

 

「それに、おまえは怖くないのか。天禍(てんか)はおそらく毒と呼べるような物では無い、はずだ。お前の体が受け付けなかったら、おまえも死ぬんだぞ?」

 

「ふん、どんな昔の話をしているんだか。そういう話は、俺がガキの時に飽きる程やった。

……それにな、お前らが持って来たんだぞ? 皮膚すら侵す黄色い水、猛毒を持つ龍の卵、体を乗っ取る寄生虫なんてのもあったか?

その天禍(てんか)とやらは、そう言った毒物に浸してもなお生き残るほど強いのか」

 

「……。いや、さすがに黄水に浸したら死滅しそうな気はするが……」

 

「なら俺の胃の方が強い。当たり前の話だ。

……お前ら悪魔は頭はそりゃあ何百倍も良いかもしれないが、そのせいで余計な事を考え過ぎなんだ」

 

 考え過ぎ。

羿(げい)の葛藤をその一言でぶった切って、神農(しんのう)はまた盃をあおる。

 

 対する羿(げい)は一瞬頭の中でそれを反芻するも、さすがにすぐに首をふった。

 

「……いや確かに真理の一端はあると思うが、さすがにこの話を全面肯定はしたくないぞ……?」

 

 『敬意を払え』にも限度はある。

流石に神農(しんのう)の疑心暗鬼とトンでも能力をベースにするのは、科学者としての部分に拒否反応が出るのだ。

 

 

 

@ @ @

 

 

 

「……そう言えば神農(しんのう)、恩人を探しているって言ってたな」

 

「ああ? ……そんな事も口にしていたか。忘れろ。もう死んでいるさ……」

 

「いや、多分生きている。九日百科の自分の項目に目を通しておくと良い。

……心構えくらいは、先にやって置いた方が良いだろうからな」

 

 いつもの酒盛りの離れ際、そんな会話があった。

酔いの回った足取りでふらふらぺたぺた去って行く羿(げい)を見送って、神農(しんのう)はタブレットに目線を滑らせる。

 

 『七想記』はまだ読みかけだが、幸いしおりを挟む機能が付いている。

如羿(じょげい)に聞いたら5秒で生えてきた機能である。

 

 まあ、そんなに言うなら見てやっても良いか……とおもむろにタブレットに手を伸ばし、九日百科の項目に手を滑らせ ――

 

 そして酔いが回った目で細かい文字を見たが為に神農(しんのう)は図らず薬酒を醸す事になり、今日のところは見るのをやめた。

 

 

 

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